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           ま じ め な 小 説 マ ガ ジ ン

          月 刊 ノ ベ ル ・ 1 月 号

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         新年、明けましておめでとうございます。

    本年もまじめな小説マガジン「月刊ノベル」をどうぞよろしく。


 インターネット上にきら星のごとく散らばる創作サイトの中から、私(編集人)ミ
ヤザキ、が独断と偏見(?)に基づき選抜した小説を、作者の了解を得てから順次掲
載してゆくメールマガジンが「月刊ノベル」です。
 コミカル、ミステリ、叙情、ラブロマンス、ファンタジーSF、などなどジャンル
は多彩ですが、アダルトはありません。

 なお、本編終了後に簡単なアンケートがあります。今後の編集に役立てたいと思い
ますので、なにとぞご協力ください。

    http://www2c.biglobe.ne.jp/~joshjosh/novel/

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      月刊ノベルは等幅フォントでお読みください。
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  今月の小説:最初の物語     作者:憑木影
  ジャンル :ファンタジー    長さ:文庫本15頁  

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          発表! 月刊ノベル大賞2002

            大賞作品:  「誤解」  

        作者:憑木影(つきかげ)  得点:24points


 昨年(2002年)の1月1日から12月31日までの間にいただいた「メール評
価」および「オンライン評価」をそれぞれ、○=2points、△=1point、×=-1pointと
して合計した結果、月刊ノベル2002年3月号に掲載した「誤解」(つきかげ作)
が、最高得点となりました。「誤解」は氏の得意分野であるファンタジー系の香りが
ぷんぷんとして、(私の苦手の)カタカナ名がたくさん登場します。しかし、タイト
ルが示唆するように、それだけの冒険活劇ではありません。目にしている現実世界が、
いつの間にか裏返ってしまう、まるでメビウスの環のような錯綜感を味わえます。未
読の方はぜひご一読を。

 なお、読者のみなさんからいただいた○×評価の総投票は138票でした。どうも
ありがとうございました。次点は2作品が同点でした。佐野祭さんの「排水管にあこ
がれて」と青野岬さんの「遠雷」で、13得点でした。

 それから、ここに選ばれなかったとはいえ、昨年、紹介させていただいた9作品は
いずれも編集人ミヤザキが自信を持ってお薦めするお気に入り作品ばかりです。どう
ぞ、バックナンバーの一覧表から、お読みください。あなたにとっての傑作・佳作が
きっと見つかると思います。

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 今月号は、月刊ノベル大賞2002を受賞されたつきかげさんの最新作「最初の物
語」です。幻想的なファンタジーの裏に書き溶かされた「ある秘密」。どうぞ、お楽
しみください。

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■最初の物語    憑木影(つきかげ)


 ここには頭がなかった。あるはずのものが、あるべき場所にないのは、なんだか気
持ちが悪い。
 こことは、もちろん首の上である。
 それ以前に首都高速の上、黒馬に乗って出現するっていうのも大抵非常識だ。まし
てや、首を腕にかかえられてもなあ、という感じ。
「ちょっと、じゃまよ」
 私は、馬上の騎士に声をかける。その騎士は夜の闇のようなマントを身に纏い、腰
には長剣を下げていた。漆黒のマントの下は鎖帷子のようだ。一体、深夜の首都高速
で何をするつもりなんだか。
 腕に抱えられた頭が、口を開く。
「冥界にいるそなたの母親から伝言を預かった」
 地の底から伝わってくるような声とはこれのことだろう。私は肩を竦める。
「忙しいから手短にね」
 私のそっけない言葉に気を悪くした様子もなく、首無し騎士は重々しい声で伝言を
伝える。
「今からかかってくる電話にはでるな」
 そう言い終えると、馬体を翻し駆けてゆく。本来高位の霊的存在なのだろうけれど、
こんなくだらない使い走りに呼び出されるなんて、とんでもない迷惑なのだろうと思
う。これじゃあまるでポストペット並の扱いだ。
 騎士は、闇の中へと消え去っていった。とたんに結界が消滅したのか現実が戻って
くる。
 クラクションを鳴らしながら私のそばを車が通りすぎてゆく。まだ、真夜中を少し
過ぎたくらいなので、結構交通量が多い。
 この時間帯の首都高速で、路肩に車をとめて道端に立っている女なんて、迷惑その
ものだろう。私はハザードランプをつけて停車している愛車に乗る。私の愛車、真紅
のアルファロメオのエンジンをかけた。
 ギアを繋ぐと、無理やり車の流れに突っ込む。抗議のクラクションが鳴ったが、無
視してアクセルを踏みこみスピードをあげてゆく。

 私は五秒間だけ魔法が使える。
 どうやら、私には魔女の血が流れているらしい。母親はもう死んでしまったし、父
親は行方知れずなので詳細は定かじゃなけれど。
 そのせいで、色んなものが見える。さっきの首無し騎士とかはまだいいほうだ。も
っと邪悪なものも含めて、色々なものが見える。

 携帯電話が鳴った。反射的に出てしまう。
「はい、榊原です」
 そういって思わず舌打する。さっきの首無し騎士は全く無駄足になった。今から切
ろうかと思って電話を見る。その時、声が聞こえた。
「真夜子か」
 ボスの声だった。うげっとなる。
「勘弁してください」
「まだ何もいってない」
 フランスに十年間留学していたのが自慢のインテリ親父は、冷静な声で言った。
「頼みたいことがある。原稿をもらってきて欲しいんだ」
 私は鼻で笑う。
「なんで私がそんなこと」
「真夜子、君だけが頼りなんだ。落合えびねの最新作なんだよ」
 私はぎょっとなる。落合えびねといえば『最後の物語』というミリオンセラーの作
者だ。
『最後の物語』は、ボスの出版社が出している。確か『最初の物語』という続編も出
すことになっていたはずだ。
「それってもしかして」
「そう。『最初の物語』だよ」
 私は背筋がぞくりとした。落合えびねはプロフィールは一切明らかにされていない。
判っているのは多分、女性なのだろうという話くらいだ。
『最後の物語』は、いわゆるファンタジー小説らしい。落合えびねは現代のミヒャエ
ル・エンデと呼ばれる。そいう作風なのだろう。
 私はえびねの作品を読んだことはないのでよく判らないが、えびねの作品には全て
があるといわれていた。
 望むもの全てが。
 あらゆる読み手のあらゆる望みが。
 なぜ、そんなことが可能なのかよく判らないが、そういうことらしい。
 それにしてもなぜ『最後の物語』の物語の続編が、『最初の物語』なのかよく判ら
ないけれど、出版されれば大変に売れるであろうことは間違い無い。
「で、どうして私が?」
「攫われたんだ、落合えびねが。原稿は彼女が持ったままだ」
「それって警察の仕事でしょ?私にどうして欲しいんですか」
 ボスはため息をつく。
「判りやすくいおう。これはある意味狂言誘拐なんだよ」
「全然判りやすくないですけど」
「落合えびねは、実は女子高生なんだ。彼女には、あまりよろしくない友人たちがい
る。彼女は、若くしてとてつもない才能を持ったせいか、なんというか倫理的にいか
れている。彼女の素性をオープンにしないのもそのへんがあるのだが。そのあまりよ
ろしくない友人たちは彼女の原稿の価値を知っている。ただ彼らはあまり頭がよくな
いし、組織力もない。色々な手を打つことはできるが変に騒ぐと落合えびねの素性が
明るみにでてやっかいなスキャンダルになる。穏便にことをはこびたい。金は使いた
くないけどな」
 私はなんとなく判った。
「落合えびねは友人に協力しているの?彼女にはなんのメリットも無いどころかリス
クばかりなのに」
「えびねが何を考えているかなんて判らない。というより、常軌を逸したところがあ
るからな、彼女は」
 私はため息をつく。
「で、何をしたらいいんですか」
「とりあえず、ネゴシエーターの役をやってくれればいい。君には君の色々なコネが
あるだろう。それを使ってくれ」
 ふーん、と私は言った。少し間をおく。居心地悪そうにボスが咳払いする。
「私ぃ、これからデートなんですけれど。クリスマスでしょ、今晩」
「引きうけてくれれば、君がやりたがっていたあの連載、やらしてあげよう」
「受けなかったら?」
「今後の付き合いは無いものと思ってくれ」
 やれやれと思う。
「どこにいけばいいですか?」

 私はまず首都高速を降りた。
 とりあえず、電話をしなければならない。
 私はフリーのライターだ。ろくでも無い記事専門の。たとえば、いかがわしい風俗
ビジネスとか猟奇犯罪だとか心霊スポットだとかのレポートなんかが主な仕事だ。も
うかれこれ10年近くそういう仕事をやっている。
 そうした仕事だけでは、大して金にならない。
 女も三十年近くやっていると色々金も入用になるものだ。
 だからもう少しいかがわしい仕事もやっている。
 いかがわしいというか、占い師なのだが。
 さっきも言ったように、私は五秒間魔法が使える。それは私に見える幻覚を、他の
人にも五秒間だけ見せられるというものだ。これを使ってろくでも無い悪霊を見せ、
それを祓うショーみたいなことをする。
 人によっては物凄くありがたがって、大金を払うこともあった。で、そっちのビジ
ネスのクライアントには裏の世界の人やら表で有名な政治家やらもいる。ボスのいう
私のコネとはそれだ。
 そんなコネがあってもトラブルの解決には役にたたない。しかし、使える友人もい
ないことはなかった。
 まずボーイフレンドに電話する。結構あっさりとデートの延期を了承した。それは
それで気に入らない。やつとはこれまでだな、と思う。
 次にルドルフのところだ。
 本当かどうかよく判らないが、ルドルフは昔GSG9に所属していた、そしてSA
Sで訓練したこともある傭兵らしい。タイで華僑相手のビジネスをやっていたが、景
気がよくないので日本に来たと言っている。
 自己申告なので本当かは怪しい。彼は私が魔女であることを知って心酔し、私の僕
となった。彼は狼男(これも自己申告)なのだそうだ。
「はい、どなた?」
「私よ、真夜子。今何やっているの」
「何っていうか、録画しておいたギャラクシィ・エンジェルを見ようと思って」
「ビデオの電源を落としていますぐきなさい」
 ルドルフはなぜか日本のアニメのファンである。この不景気真っ盛りの日本へわざ
わざきた理由は、そのあたりに真相があると思っていた。
 私はルドルフに待ち合わせの場所を指示する。

 ルドルフは口笛をふいた。
「やあ、真夜子。素敵な格好だね」
 私は毛皮のコートの下は、赤いナイトドレスだったのを思い出す。何せデートに行
く途中だったのだ。慌ててコートの前を合わせる。
 ルドルフは相変わらず見た目だけはいい男だった。金髪に碧眼、少し痩せすぎな感
じもあるがもう少し背が高ければモデルでも通用しただろう。
 残念ながら身長は170センチ程度なので私と大して変わらない。スタイルがまた
軍用のハーフコートにジーンズ姿なので地味そのものだ。
「実はデートの誘いなの?」
「そうよ。あんたの車は?」
 ルドルフは路肩に止めているインプレッサのドアをあける。WRXを改造してわざ
わざノーマルのボディを乗っけているという変な車だ。そんなことをしてもサスもタ
イアもエンジンもチューンしているのだから、どうしたってノーマルに見えるはずが
ない。
 ルドルフにそういってやるといつも美学が判ってないといわれる。
「それにしても、何で日本車なのよ、どうしてアルファロメオじゃないの」
「FFじゃないか。真夜子、君も日本人ならスバルの技術を認めるべきだよ」
「アルミで車造るなんて、馬っ鹿じゃない」
 ルドルフは肩を竦める。
「で、どこいけばいいの?」
 ハンドルを握ったルドルフが問いかけてきた。
 私はえびねのいるクラブの場所を説明する。ざっと状況も説明したが、興味なさそ
うだ。
 これがアニメのセル画とかなら気合も入るところなのだろう。
 インプレッサはチューンドらしい轟音を響かせながら夜の街を疾走する。サスが硬
いので乗り心地は最悪だった。シートもノーマルのものをとっぱずして軽量のものに
変えているから実に座りごこちが悪い。

 目的地につく。
 毛皮のコートに真紅のナイトドレスの女と、軍用ハーフコート姿の外人という実に
珍妙なとりあわせだったが、クリスマスの夜に外人にひっかかった馬鹿女とも見れた
ようでそれほど奇異に思われずすんなりクラブへ入った。
 でかいところだ。
 まるで、倉庫のようにでかい。
 しかも暗い。そして轟音。低音の刻むリズムは、巨大な生き物の心音のようだ。
 冥界の幽鬼のように若い子たちがゆらゆらと踊っている。
 私は何かの気配を感じて天井を見た。
 龍だ。
 巨大で漆黒の龍が天井でまどろんでいる。
 物凄く巨大だ。この大きなフロアの天井一杯に張り付いている。頭の先からしっぽ
の先まで百メートル以上あるんじゃないだろうか。
 龍は、激しいビートを聞きながら心地よさそうにまどろんでいる。龍のくせに音楽
の趣味が悪い。
 龍はにゅうっと首を私の前に伸ばしてきた。
『おまえに音楽の趣味をうんぬんされるいわれはない』
 龍は凄まじい轟音となっている音楽に負けない、雷鳴のような声でいった。
「あーら、そう。こんなところでひまそうねえ」
『愚かな女だ。なぜヘッドレスの警告を聞かない』
「ヘッドレス?あの首無し騎士のことね。夜中の首都高に馬にのって現れる馬鹿のい
うことなんて聞くいわれは無いわよ。あんた、名を名乗りなさい」
 龍は鼻で笑った。炎のような吐息が渦巻く。
『愚かな魔女に従うものか』
 龍は威嚇するように巨大な口を開く。私なら三人くらい入りそうだ。牙は刀のよう
に鋭く長い。
 私はポケットからバタフライナイフを出すと手のひらを切る。おい、と後ろでルド
ルフが慌てて止めようとしたが、私は血を龍の口に放りこんだ。
 龍は、ごうっ、と咆哮して口を閉ざす。
「遅いよ、馬鹿。もう血の契約はできた」
 龍は悔しそうに語る。
『我が名はイムフル』
「馬鹿は君だ。真夜子。何やってる」
 私はナイフをおさめる。ルドルフには当然龍が見えていない。何をやったか判らな
いだろう。
 私の前から人が引いていた。頭がおかしい女と思われたのだろう。半径3メートル
の円ができてしまっている。私はいごこちが悪くなって、咳払いをした。
 髪を金髪に染めた屈強な体格の黒服が私の前にくる。
「あんた何か勘違いしているんじゃないか」
 ルドルフはその男の手首をとると、あっさり腕関節を極めた。黒服はうめく。
「ねえ、私、落合えびねに会いたいの」
「しらねえよ、そんなやつ」
 黒服の言葉にルドルフは極めた腕をさらにしぼる。黒服は慌てていった。
「奥のVIPルーム」
 私たちは黒服の示したVIPルームへ向かう。ルドルフは、黒服の肩関節をはずし
て後に続く。黒服は苦鳴をあげて蹲った。
 VIPルームの前につく。
 私たちの前に、でかい黒人の男が立ちふさがる。
 背が2メートル級で、胴も分厚い。ボブ・サップなみだ。ルドルフと並ぶと大人と
子供くらいの差がある。
「出版社の人?」
 黒人は予想以上に流暢な日本語で言った。
「そうよ」
「金はあるの?五百万っていったはず」
「はあ?」
 私は耳が遠い老人みたいに聞き返す。
「あんた馬鹿あ?」
 黒人は私に手を伸ばす。ルドルフがその手を取りながら、黒人の膝関節に蹴りをい
れた。
 右膝が脱臼する音がする。
 そのままとった手首の関節を極め、黒人を投げた。投げながら肩の関節もはずす。
黒人はうめき、おびえた目でルドルフを見た。
 ルドルフは、すばやくそのこめかみに蹴りをいれる。黒人は気を失った。
 安心して様子を見ていたもう一人の黒服が慌てて私たちの前に入ろうとする。
 ルドルフは、ガーバーのフォールディングナイフを抜くと、黒服の前で構えた。黒
服はたたらを踏む。
 ルドルフは急に変な外人口調になって言った。
「私、これから家に帰って、シスタープリンセス見ないといけませぇん。急いでまあ
す。だから手加減できませえん。殺しちゃうかもお。ユーシー?」
 どう考えてもいかれたやつである。黒服はびびって後ずさった。私だってこんなや
つに近づきたくない。
 ルドルフはVIPルームのドアに手をかける。
「レディファーストで」
 ルドルフはドアを開いた。私は部屋に入りながら言う。
「なぜラブレスじゃないのよ」
「ガーバーの何が悪い」
 私の突っ込みに憮然としながら、ルドルフは後に続く。
 VIPルームに一人の少女がいた。
 学校の制服らしい紺のブレザーに同色のスカート姿だ。紅いタイを締めていた。
 まるで人形のように足を揃えて座っている。
 そして、整った顔立ちからは何も感情が感じられない。
「こんにちは、えびねちゃん。私は榊原真夜子。そして、こっちにいるのが」
「何を言っているの?」
 えびねは冷然と言った。
「あなたは一人よ。そこには誰もいない」
 私は傍らを見る。そこにルドルフの姿は無い。
 私はぞくりとするものを感じ、えびねのほうを向く。
 そこは、病室だった。
 えびねはベッドの上に座っている。
 病院が支給するガウンを羽織っていた。
「これは、どういうこと」
 私は眩暈を覚える。私の言葉にえびねは十代の少女とは思えないような厳然とした
声で答えた。
「どういうも何も、私たちは同じ病院の患者でしょ。幻覚でも見たの真夜子さん」
 私は自分の姿を見る。同じように、病院支給のガウンを羽織っていた。私はえびね
を見る。えびねはサイドボードにおかれた原稿用紙の上に手を置いていた。
「あなた、これが欲しいんでしょう」
 えびねは相変わらず年齢と合わない、冷酷な裁判官の口調で語る。
「私があの人に聞いた物語。いいわよ。持っていきなさい」
 私は激しい眩暈を感じていた。そして、心臓が痛いほど高鳴っている。私の心の中
で誰かが叫ぶ。
(いけない。それを受けとっては)
「あの人って」
 私は息が苦しくなっていた。口を開いても全く空気が肺にいかない感じだ。私は無
理やり声を絞り出す。
「誰なの?」
 えびねは、くすりと笑う。その少女らしいしぐさが全く似合わない。
「あなただって知っているじゃないの、真夜子さん。あの人よ」
 えびねは窓を指差す。
 私は恐ろしい予感に震えながら、窓に近づく。
 汗が額から滴り落ちて行く。
 窓の外。
 そこには壮大な荒野が広がる。
 荒れ果てた紅い大地。
 木も草もなく。
 全てが灼熱の炎で焼き払われた後のような。
 そして、荒野には十字架があった。
 巨大な十字架。新都庁くらいのスケールはあるだろうか。そして、その大きさに相
応しいサイズの巨人が磔にされている。その胸には槍が刺さっていた。
 巨人は胸から血を流し、茨の冠をした額からも血を流している。
 恐ろしい。
 巨人が。
 私のほうへ。
 頭を向ける。
 その瞳が私へ。
 向けられる。
 私は悲鳴をあげるため、口を開けた。
 突然、ぽんと何かを手渡される。
 原稿用紙だった。
 表紙にこう書かれている。

『最初の物語』

 えびねは、微笑む。
「さあ、持っておいきなさい」
 私はその笑顔が恐ろしく、また悲鳴をあげそうになる。
「おい」
 いきなり、ルドルフに肩を掴まれた。
 そこはクラブの中だ。いつのまにか、VIPルームの外に出ていた。手の中にはち
ゃんと原稿がある。
「やばいよ、これ」
 私たちの前に、特殊警棒を構えた黒服たちがいた。それ以外に、金髪で鼻にピアス
をしたような子供たちも、鉄パイプや金属バットを構えて立っている。
 その数は二十人ほどか。一般の客は皆帰ってしまったらしく、物騒な目つきをした
子供たちだけが残っている。それもいれれば全部で三十人。
「しかたない」
 ルドルフがため息をつく。
「道具を使うよ」
「なめないでよ」
 そういうと、私は一歩前へ出る。黒服の一人が言った。
「原稿を置いていきな。交渉する気があるなら、命はとらない。今なら一千万で」
「我が血の契約を果たす時が来た!」
 私は全身の力をこめて絶叫した。子供たちが苦笑しながら、ちょっと引く。
「黒き龍、イムフル。我らの前へ真の姿を現せ!」
 五秒間。
 パニックを起こすには十分だった。
 天井から巨大な龍が降りて、咆哮する。クラブの中を凄まじい暴風が走りぬけた。
硫黄の焦げる匂いが漂い、細かな雷が部屋を飛び交う。
 所詮は子供たちだった。絶叫を上げながら、あとずさってゆく。腰を抜かして床を
這いずるものもいた。
 僅か五秒。
 しかし、子供たちの心には、一生消えない傷が残るだろう。
 私たちは子供たちの間を駆けぬけ、クラブを飛び出す。インプレッサに乗って走り
出すまで、一分とかかっていないだろう。
 急発進したインプレッサに驚いて尻餅をついた人が数人いたが、轢いたわけじゃな
いので問題無い。インプレッサは夜の街を疾走する。
 後はボスに原稿をとどけるだけだ。
「さすがだなあ、真夜子」
 ルドルフは素直に関心しているようだ。おそらく魔法を使わなくても、あの状況な
らルドルフはなんとかしたとは思う。ただ、二度と私たちに関わらないようにするに
は心に傷を残してやるのが一番だ。
「まあね」
 そういいながら、私はえびねのことを考える。彼女も魔女らしい。私とは比べ物に
ならない力を持った。ではこの原稿には、なんらかのルーンが込められているのだろ
うか。
 やばいのかもしれない。
 なるほど、冥界から母が警告をよこすわけだ。
 でも、私の知ったことではない。
 インプレッサは止まった。ボスが待つ出版社の百メートルほど手前だ。
「じゃ、ありがとねルドルフ」
 そういってインプレッサから降りようとする。
 突然。
 こめかみに拳銃がつきつけられる。
 CZ75。
 ルドルフは元GSG9に相応しい正確さでそのハンドガンをホールドし、私の頭に
ポイントしている。当然セーフティは、はずれていた。
 ルドルフはハンターが獲物を見る目で、私を見ている。何の感情も無い、殺しにな
れきったものの目。
「ちょっと」
 私は言った。
「なんでベレッタ93Rじゃないのよ」
 ルドルフは、舌打ちする。
「あれは、ハリウッドスターの持つ銃だ」
「じゃあCZ75は誰が持つわけ?」
「ガンスミスキャットの主人公」
「馬っ鹿じゃない。CZ75なんていんちきじゃん」
「馬鹿言え、世界一の銘銃だ」
 ルドルフはため息をつく。
「原稿を置いていけ。そしたら、トリッガーを引かない」
「もしもーし、脳みそさん起きてますかー」
 ルドルフは表情を変えない。
「君がその原稿を受け取ったときの顔を見た。それがどれほど危険なものかは、理解
しているつもりだ」
 ふう、と私はため息をつく。
 毛皮のコートを脱いで真紅のドレスを顕わにする。
「そういうの僕には無意味だよ」
「二次元の女の子のほうが好きなんでしょ。判ってる。でも、あんた好い男よ。キス
してよ。そしたら、原稿を渡すわ」
「馬鹿言え」
「本気」
 ルドルフは一瞬ためらったが、CZ75をうまく頭にポイントしたまま、すばやく
キスする。ルドルフの口から血が垂れた。
「どう、私の血の味」
「血の契約?意味ないね。契約で僕の真の名を知り、真の姿を見ることはできるだろ
うが、それだけだ。君の魔法は意味が無い」
「真の名は?」
「ヴォルフガング。さあ、はやく原稿を」
 私は厳かに命じた。
「ヴォルフガング、真の姿を私に現しなさい」
 五秒間。
 黒い狼がインプレッサの運転席に座っていた。
 狼の前足ではCZ75は撃てない。私はCZ75を拾うとルドルフの額にポイント
する。元の姿に戻ったルドルフはため息をつく。
「馬鹿だね、君は」
「おたがいさま。シスタープリンセスがお家で待ってるよ。はやく帰りなさい」
 私はインプレッサを降りる。
 そのまま出版社を目指して歩く。会社のビルの前で、CZ75をごみ箱に叩きこむ。
 ビルの玄関に立つ。
 一瞬そこが病院のように感じられた。
 私は病院のガウンを着て。
 そして、
 私は首を振って、イメージを振り払う。
 扉を開いた。

(終わり)

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        発行日:平成15年1月15日
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