混声合唱のための童謡メドレ−「いつの日か」
編曲:源田俊一郎
とんだばやし混声合唱団にとって源田俊一郎先生の作品は、
「ふるさとの四季」(第2回)、「ホ−ムソングメドレ−」(第4回) に続いて3回目。
唱歌・童謡ブ−ムといわれる中、次世代に歌い継ごうと、
来春から小学生の音楽の教科書に唱歌・童謡がかなり復活するとのこと。
今回歌う曲もいくつか取り上げられる。
メドレ−の最初は「しゃぼん玉」。
「消えた」という歌詞が4回も繰り返される。
はかなく消えた幼い娘への鎮魂歌ともいえる野口雨情の思いが込められている。
子を失った父親のおさえきれない情念、消えていく生命へのいとおしさ、
そんな悲しみを少しも出さずに、さらりと中山晋平の歌心が曲になる。
小さな子どもの命を、光り輝くシャボン玉にたとえて・・・。
今回の曲のほとんどは、
大正デモクラシ−の波にのって展開された童謡運動から誕生しているが、
第二次世界大戦直後の曲が2つある。
その一つ、♪しずかな しずかな・・で始まる「里の秋」。
出稼ぎで故郷を離れている父を慕う歌だと勝手に想像していたが、
時代状況からするとそうではない。南方で戦う父の安否を気遣い、
無事な帰国を母とともに願う子どもたちの心情、
さらには外地引揚げ者の同胞や家族を励ます気持ちを歌ったそうだ。
随所に“遊び心”も散りばめられている。
いくつかの曲が分解され合体された「汽車のうた」。
木魚や鈴など鳴り物とともに難しいお経を唱える「証城寺の狸囃子」。
あの長調の「どんくりころころ」が、いつのまにか悲しい短調に・・・。
アレ、アレッ?! とにかく歌って、聴いて楽しい。
♪ 夕やけ小やけの 赤とんぼ
負われて見たのは いつの日か
コ−ダでは、終曲「赤とんぼ」の歌詞であり、
メドレ−タイトルでもある“いつの日か”というフレ−ズが繰り返される。
「(楽譜の)曲順にかかわらず、自由にカットし組み合わせて結構です」
と、演奏上のアドバイスがあるが、
「しゃぼん玉」に始まり「赤とんぼ」で終わる構成に、
ことのほか編曲者の強い意思を感じる。
「この曲を書いているとき
アメリカでは同時多発テロにより多くの人命が奪われました。
巨大なビルが崩れ落ち、
憎しみと暴力による報復の連鎖が始まっていくのを見ながら、
せめてこの不安な気持ちから逃れたい、
癒されたいという思いが小さな祈りとなって、
音のひとつひとつにきざまれたかも知れません。
「いつの日か」は郷愁であるとともに未来への希望でもあります。
これらの曲を歌うことで、聴くことで、
ささくれ立った人々の心が和らぎ、
愛に満ちた平和な心持ちになってくだされば幸いです。」
と、編曲者自らのコメント。素朴なメロディ−を通して、
こんな熱い気持ちをそっと歌い紡げればと思う。
来年、とんだばやし混声合唱団は、
団創立10周年・第10回定期演奏会という節目を迎える。
その記念すべき時に、新しい合唱曲を源田先生にお願いすることにした。
夢と希望あふれる未来の“いつの日か”に思いを馳せつつ・・・。
(補足)
*戦後に作曲されたのは「里の秋(1941)」と「みかんの花咲く丘(1946)」である。
なお「汽車のうた」の「汽車ポッポ」は最初1938(S13)「兵隊さんの汽車」の題名・
歌詞で作曲され、戦後1945になって現在の歌詞・題名で歌われるようになった。
ちなみに「汽車」は1912(M45)/「汽車ぽっぽ」(本居長世)は1927(S2)である。
(2004.7 記)
[参考文献]
○歌い継ぎたい日本の心 愛唱歌−とっておきの話
吹浦忠正 海滝社 2003.4
○童謡 心に残る歌とその時代
海沼 実 NHK出版 2003.3
○案外、知らずに歌ってた 童謡の謎
合田道人 祥伝社 2002.2
○愛唱歌ものがたり
読売新聞文化部 岩波書店 2003.3
○唱歌・童謡ものがたり
読売新聞文化部 岩波書店 1999.8
○NHK 日本のうた ふるさとのうた 100曲
全国実行委員会編 講談社 1991.3