「ロマネ・コンティ」2003年
「問題は買えるかどうかではなく、あるかどうかである」(マット・クレイマー「ブルゴーニュワインがわかる」白水社)
歴史的なビンテージとされる2003年のブルゴーニュは、ボジョレ・ヌーヴォーで話題となった年でもあり、1990年、1999年に次ぐものとされ、垂涎の的となる「ロマネ・コンティ2003年」の生産量 はたったの3,575本で、下手すると例年の半分程度。発売と同時に売り切れ、その時の価格は一本100万円。とても飲み物の値段とは言えませんね。
極端に高価でありながら、ビンテージごとにかなりの差があり、それどころかロットごとの差もあると言われるロマネ・コンティ。とはいうものの、そこそこの資格を持っていながらこれだけ有名なワインを飲んだことがないというのも悔しいし、かといって車が買えそうなお金をワイン一瓶にぽん、と出せるほどの度胸はないし……。
というわけで、前から気にはなっていました渋谷東急本店8F「シェ・松尾」で毎年行われる「ロマネ・コンティの夕べ」。リリースされたばかりの新着2003年物DRC7銘柄(ロマネ・コンティ、ラ・ターシュ、リシュブール、ロマネ・サン・ヴィヴァン、グラン・エシェゾー、エシェゾー、モンラッシェ)
をディナーで楽しむというもので、一人につき各ボトル1/10の量がグラスに注がれるというもの。定員30名、参加費○○○,○○○円と、まるで家具並の値段ですが、それでもロマネ・コンティ100万円、ラ・ターシュ10万円という価格を考えると絶対「お得」ではあります! 極上のピノ・ノワールの熟成香を愛する物には、新着ワインを抜栓してしまうなんて噴飯ものでしょうが、ボルドーはともかくブルゴーニュは熟成させて美味いものは早く飲んでもバランスが取れていて美味い、という話もありますし、何よりこれだけの銘柄を一度にテイスティングできるというだけでも希有な体験であります。
当然同じ考えの人達も多いわけで、案内と同時に電話を入れてももう既に定員一杯、10人近いキャンセル待ち状態。まあ仕方ない、運が良ければと思って半ばあきらめていたら、直前になってキャンセルが発生、なんと参加できることになったのでした! しかし……。
ケータイに入っていた参加オーケーの伝言を確認したのは出張先の新潟。新潟の冷え込みを甘く見ていた私は、夜にコート無しで外をうろつき、結果
としてしっかり鼻風邪を引いてしまったのでした。
別に高熱を出したわけでもなく、大した風邪ではなかったのですが、それにしても大枚はたいてその結果
当日味が分かりませんでしたではあまりに情けない! というわけで、会の当日、出掛ける前にテイスティング訓練用の香料セットで香りが判定できるかどうか確認。一応香りが全く分からない訳ではないようなのでひと安心であります。最も、普段はあまり直接瓶に鼻を近付けたりはしないので、その意味ではかなり嗅覚が鈍くなっているのは否めない……。
さて、午後7時、会場に入ってみると、結構年配の方が多いのでした。15年近く続いている会なので、毎回顔を出す常連さんもいるとのこと。お互い顔なじみの人も多いのでしょう。初参加で知り合いもいないこちらは、本調子でもないのでひたすら黙って席についているしかない。ワインアイテムとお料理は次の通 り。
Domaine de Villaine Bourgogne Aligote 2003
Echezeaux 2003 (生産量10,378本)
Grands Echezeaux 2003 (生産量5,641本)
Romanee Saint Vivant 2003 (生産量11,924本)
Richebourg 2003 (生産量7,457本)
La Tache 2003 (生産量10,147本)
Romanee Conti 2003 (生産量3,575本)
イベリコ豚のパセリ風味 ブルゴーニュ風 粒マスタードのムース添え
骨付きラムのロティ フルムダンベールソース
冬キャベツで包んだエゾ鹿のアッシェ 栗のピュレとポワブラードソース
ラ・フランスのミルフィーユ
グラスはロブマイヤー・バレリーナNo.3、ワインは全て2時間前に抜栓。
←ラムのロティ ←エゾ鹿のアッシェ
最初に出されたのは、DRCの共同経営者であるヴィエーヌ家の作る白ワインのブルゴーニュ・アリゴテ。アリゴテといえば、シャルドネが主流となる前に広く使われていた品種で、かの有名なコルトン・シャルルマーニュもシャルドネを使用する前はつい最近までアリゴテとピノ・グリを使っていたそうで、アリゴテ使用が禁止されたのは1948年のこと。カクテルのキールはこのアリゴテを使った白ワインとカシス・リキュールで作りますが、ある意味カクテルにして丁度いい程度の、やや垢抜けない品種というイメージがあります。実際いくつか飲んだ限りでは、シャルドネをややもったりさせたような、そこそこコクはあるけど風味は今一つというものが多かったように思います。しかるにこのアリゴテ、正直「美味い」のであります。色はやや輝きのある黄色で、シトラス系のクリーンな香り。引き締まった辛口で、酸味はシャープ。グレープフルーツの薄皮を少しかじったようなほのかな苦味が感じられ、その意味ではシャルドネに近いのですが、余韻が長くかなり骨太な印象を受けました。
そしてエシェゾー。グラスの底が見えるほど透明な赤紫色で、柔らかなグラデーションあり。むわっとくる広がりのある香りは、ブドウの皮を連想させる若々しくフレッシュなもので、ラズベリー、ストロベリー、カシスといった赤い果
実のもの。辛口でやや酸があり意外と苦味も感じられました。風邪を引いた後でやや苦味に過敏になっているのではと、やや自分の感覚に一抹の不安が……。
続いてグラン・エシェゾー。物の本には、「グラン・エシェゾーはエシェゾーの三分の一ほど高価なだけで、濃さと複雑さにかけてはゆうに二、三倍もありそうな、このドメーヌのお買い得品」とあるのですが、実際に飲んでみるとそんなには違わない……というか、むしろグラン・エシェゾーの方がやや大人しい感じ。色合いは殆ど変わらず、香りはややフルーツ香が控えめで、味わいもソフト。若干ミネラル感はこちらの方がありそうですが、その分やや固さが感じられ、普通
に美味しいのはむしろエシェゾーの方かも。
少し間を置いてから、ロマネ・サン・ヴィヴァン。やや赤みを帯びた明るい色で、香りは若々しくよりストロベリーの香りが前面
に出てきています。味わいもやや酸味が強い印象。そしてリシュブール。色合いも香りもロマネ・サン・ヴィヴァンに非常に近い感じで、やはりベリーの風味が強い。
ここで出された4品をあらためて比較試飲。嗅覚がいつも通りではないとはいえ、ある意味香りの強弱くらいは感じ取れるはず。しかるにどうみても一番最初に出されたエシェゾーが一番華やかで甘い香りがしてバランスが取れていて美味しいのでありました。講師の方も「昨年会で飲んだ2002年のロマネ・サン・ヴィヴァンとリシュブールは素晴らしかったが、今年の2003年はやや"らしからぬ
"印象で、つっかかりながら喉を落ちていく感じ」とコメントしていました。ちなみに渋谷東急での販売価格は、エシェゾーが42,000円であるのに対し、ロマネ・サン・ヴィヴァンが81,900円、リシュブールが86,100円と倍近くなっています。
出された料理はラムのロティ。青カビチーズであるフルムダンベールを使ったまろやかなソースのおかけで、デリケートなピノ・ノワールとの相性もより良くなっている感じです。料理との相性でもう一度飲み直してみると……それでもやはりエシェゾーが一番良いような。華やかで柔らかい香りが、ソースの優しい舌触りととても合っている。ロマネ・サン・ヴィヴァンとリシュブールはやや酸味が勝りそのため若干ずれを感じるような気が……。
4品を飲み終わったところで、グラスにラ・ターシュが注がれます。以前持っていた92年物のラ・ターシュはいい加減酔いの回った状態で空けてしまったし、今回は風邪気味だしと、よくよく考えてみるとベストの状態で飲んだことがないという不届き者であります。これでは長野の露天風呂につかりながらロマネ・コンティを飲んで不味かったとか言ってる林家こぶ平(現正蔵?)を笑えません。前述の4品同様輝きのある赤紫色で、高いアルコールを感じさせる華やかな香り。わずかに火打ち石の香りと、今までのものには見られなかったムスク香が感じられます。口に含んでみると、シャープでぴりっとくる酸味のきいた「強い」味わいで、ある意味やや飲みにくいと思わせるほど。これは正直難しいところ。人に勧めるべきなのかどうか……というより、熟成によってこのバラバラな要素がよりまとまっていくのかどうか……。出された料理はエゾ鹿のアッシェ。アッシェは挽肉のことで、まだ赤い色をした鹿肉がロールキャベツよろしくゆでたキャベツに包まれていました。濃厚というよりはソフトな味付けになっていて、これもある意味デリケートなピノ・ノワールとしっくりくる感じでした。
そして本命の「ロマネ・コンティ」であります。何故か準備に手間取り、殆どメインが終わってデザートか、というタイミングでの登場。見た目は前述の「ラ・ターシュ」と変わりません。香りはやや大人しい感じですが、若干香水のような、軽やかなアロマがあります。抵抗感がなく、すっきりしていて、すんなりと飲めるという感じ。逆に言えば、ある意味シンプルであっさり。正直、「うーん、これが……?」としか表現しようのない、正統派のピノ・ノワール……。
羽仁進著「ぼくのワイン・ストーリー」(徳間書店)には、映画評論家の荻昌弘氏が、ポール・ボキューズでロマネ・コンティを飲んだ時、「まったく余計な夾雑物を含まない抵抗感のなさ」に驚いたことを書き残していた話が紹介されています。また、「FAVORITE
WINE BOOK III」(マガジンハウス)での至高のテイスティングのページでは、田崎真也氏が「今、ここで飲むと、90年だと(本の刊行は97年)、ロマネ・サン・ヴィヴァンとかグッと軽いほうが、香りが開いているというか、複雑性があるので、そうすると『何だ、ロマネ・コンティ、たいしたことないな』とか言う人が多い」と書いています。つまりはそういうことかしら? そうでなくとも、コート・ド・ニュイの特級クラスを10年も置かずに飲むなんて無謀だったとか? 結構席の周囲の人達も今一つ納得がいかないようで、これ本物? とでも言いたげな感じ。
最後にモンラッシェ。デザートと同じタイミングで白の辛口というのも少々厳しい感じがしますが、とりあえずはテイスティング。やや輝きのある黄金色で、粘性があり、香りはわずかにナッツのような香ばしさがあるものの、樽香は殆ど感じられず、いわゆるバタール・モンラッシェやムルソーの持つ、バターのような濃厚な風味はなく大人しめ。辛口で酸味もありフルボディ。ミネラル感があり意外と余韻は長い。赤のラ・ターシュよりも余韻が残る感じ。その意味ではこの順番で正解なのかも。2003年のブルゴーニュの白はそうでなくても評価の分かれるところなのだそうですが、このモンラッシェも8月10日〜19日には収穫していて、その後ブドウを冷やさなくてはならなかったとか。会場からは「アリゴテの方が美味い」との声も。確かに噛みごたえというか口に残る感じは強いものの、白ワインの風味としてはおそらく一番最初に出されたブルゴーニュ・アリゴテの方がバランスよくかつインパクトがありそう。
モンラッシェも多分寝かせればパワフルさが表に出てくるような気もするのですが……。
とりあえずは2003年のDRCを一通り飲んでみたわけです。今飲んで一番美味しいのはエシェゾー。おそらくは格上のアイテムほど熟成によって風味が増すとは思いますが、おそらくはそれでもかなりデリケートな変化ではないかと。こうなったら20年熟成のロマネ・コンティに挑戦するしかその真価を知る術は……しかし最新のビンテージでさえ入手困難だというのに……! 20年近く前は、確か一本20万円以内で入手できたような気がしますが、それでも当時は「こんなもの誰が買うんだ……?」と思ったものです。うーん。