「ダグノー・ブラン・フュメ・ド・プイィ」2004年


 

 ワイン会「ワインとアート」のテーマで、色々と面白そうなラベルのワインを探している時、あるワインショップから薦められたのがこの楽譜ラベルのワインでした。
「このラベルの楽譜は、どんな曲になるんですか?」
「なんでも実際に演奏すると変な感じの曲になるそうですよ」

 音楽を聴くのは好きなつもりですが、楽器は弾けないし、楽譜の方はさっぱりなので情けない限りですが、色々調べてみると、ここにあしらわれている楽譜は、造り手ディディエ・ダグノーの友人である作曲家の手によるもので、シャンソン歌手のジョルジュ・ブラサンスのために作った『Mauvaise reputation=悪い噂』と名付けられた曲なのだとか。この楽譜を素直に演奏しようとすると調が違ったり、綺麗な和音が成立しなかったりと、かなり前衛的なメロディーとなるそうです。
 きれいな曲ならともかく、調子の外れた曲の楽譜をわざわざ正面のラベルにあしらうとは、かのムンクの「叫び」をラベルにあしらったワイン「ランコーレ」にも通じるものがあって、なかなか面白いなあと思い、迷わず購入、2004年物だがまだまだ熟成できると聞いてはいたものの、やはり味を確かめたくなり開けてしまいました。
 しっかりしたスタイルの「プイィ・フュメ」で、ソーヴィニヨン・ブランらしいハーブの香りに、石の風味が重なり、凝縮感はあるものの決して重たさを感じさせないワインで、抵抗感なくすんなりと飲めてしまうので、その意味ではブルゴーニュのシャルドネとはかなり趣が違います。余計な雑味がなく、すっきりとしていながら、意外に奥深さがあるという点で、どこか軽やかさを感じさせる楽譜のラベルはある意味ぴったりなのかも知れません。さらに上級クラスの「シレックス」となると、石の写真がそのままラベルとなっていて、より硬質な印象となるのですが、こちらも飲んでみると決して重厚なスタイルのワインではありませんでした。
 さて、造り手のディディエ・ダグノーは、「デキャンター誌」2006年7月号の特集で、「ドメーヌ・ルフレーヴ」「コント・ラフォン」といったブルゴーニュの綺羅星の造り手と並んで「世界の白ワイン10傑」に選ばれたにも関わらず、2008年9月にフランス南西部ドルドーニュ地方で小型飛行機の操縦を誤り52歳の若さで亡くなり、2007年ビンテージが最後となってしまいました。父親と折り合いが悪く、1974年にモトクロス・レーサーとなって世界を駆け回り、1982年から始めたワイン造りで一気に世界のトップに。デュブルデュー教授とアンリ・ジャイエに学び、果実味とミネラル感を合わせ持つ長熟型のソーヴィニヨン・ブランを作り上げたという、今や伝説的な人物です。
 名前は知っていたものの、あまり馴染みのなかったワインでしたが、6年の熟成を経ても全く新鮮さを失わない味わいと、シンプルな楽譜だけがあしらわれたラベルの持つ存在感とが、若くして亡くなった造り手の逸話と相まって、非常に印象的でした。軽やかで植物的な香りでありながら、並大抵ではない息の長さは、人間並の、あるいは人間以上の寿命を持つワインという存在を改めて実感させてくれるような気がするのです。



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