「シャルル・ノエラ・ロマネ・サン・ヴィヴァン」1962年



 『今はなき生産者』……その造り手が亡くなると共に、作っていたワインのブランドも失われてしまう……畑自体は誰かに受け継がれていたとしても、造り手の精神がしっかりと引き継がれていたとしても、やはりそれは同じ物ではない……これが名称自体がそのまま引き継がれていたら、意外にイメージはそのまま保たれていると思うのですが……。たとえばボルドーのシャトーなら、シャトーのオーナーが変わったとしても、シャトーの名が受け継がれている限りそのイメージはそのまま繋がっていきます。「あのオーナーの時代には評価を落とした」といった類の話は、マニアの蘊蓄ならともかく一般の人達にとってはさほどダメージにはならないと思うのです。一方でブルゴーニュでは、ドメーヌの造り手が亡くなってその畑が他の所有者に移ってしまうと、それはもう「違うワイン」であって、アンリ・ジャイエのワインとエマニエル・ルジェのワインを同じ物とは扱われないわけです。
 というわけで、ひさしぶりの参加となったスペシャルワイン会、今回のテーマは「今は無きブルゴーニュ伝説的生産者の奇跡」です。

 最初の一杯目は「ジャッキー・トルショー・クロ・ド・ラ・ロッシェ2001年」
 実はトルショーを飲むのはこれが初めてで、失われた生産者であることも知りませんでしたが、検索してみると「クロ・ド・ラ・ロッシェ2001年」は「wine-searcher」で約30万円の値がついており驚いた次第。2006年引退とのことなので、それほど昔のことではないにも関わらず、既に幻の生産者となっているようです。醸造を引き継いでいるのは「ダヴィド・デュバン」、今はまだそれほどではないけれど、そのうち値が上がるので手を付けるなら今のうち、とのことでした。
 さて、クロ・ド・ラ・ロッシェですが、甘い果実香が支配的で、それほど動物香や樽香は感じられず、若干東洋系のスパイスの風味も。ラズベリーや柘榴、チェリーなどの赤い果実の香り。口に含むと、酸味が意外に強く感じられ、まだまだ若い、といった印象でした。ちなみに一通り飲んでからまた飲み直してみると、より青っぽい香りが支配的に感じられました。香りの変化か比較することによる印象の違いか……いずれにしても熟成感よりも若々しさが優っていました。
 ちなみにジャッキー・リゴーの「ブルゴーニュ100年ヴィンテージ」によると、2001年は「赤は保存しておくべき偉大なヴィンテージ(☆☆)」とのこと。 1月から2月までは天候穏やか、4月になると気温が下がり、5月は涼しく、比較的乾いた気候。7月の前半は涼しく、後半と8月は暑く、ボーヌの収穫は9月18日からでした。

 二杯目は「ジャン・グロ・リッシュブール1995年」
 自分にとってのブルゴーニュ・ピノの指標となるワインの一つが、ミッシェル・グロのモノポール「ヴォーヌ・ロマネ・クロ・デ・レア」です。異論のある方も多いとは思いますが、自分にとってはこれがブルゴーニュワインのまさに「真ん中」に位置するワインで、バランスが取れていて、欲しい香りは全て備えているワインです。
 グロ・ファミリーは1963年にルイ・グロがグロ・フレール・エ・スールとグロ・ペール・エ・フィスに分割され、1973年にはグロ・ペール・エ・フィスがジャン・グロとフランソワ・グロに分かれ、1995年にはジャン・グロがさらにミッシェル・グロとアンヌ・フランソワーズ・グロに分かれ……とややこしく細分化されており、当然ながらミッシェル・グロの先代ジャン・グロのワインに興味はあったものの殆ど飲める機会はありませんでした。今回はミッシェル・グロがアンヌ・フランソワ・グロに譲ってしまったグラン・クリュ「リシュブール」の登場です。
 熟成を経ていることもあって、先ほどのトルショーに比べずっとパワフル! 樽由来のヴァニラ香や熟成由来のムスク香もしっかりと感じられ、より香り自体に厚みがあり、それでいていまだに果実香が支配的。レーズンやイチジク、干し柿のような甘い香りもあり、アプリコットやプラムの風味も重なります。味わってみると、こちらもしっかりと酸味があり、まだまだ若々しさが感じられます。一通り飲んでから飲み直してみると、よりスミレのような花の香りが感じられ、非常に華やか。ミッシェル・グロのワインにも繋がるまろやかでバランスの取れた味わいでした。
 1995年は「偉大な年(☆☆)教訓的なヴィンテージ」 。穏やかな冬、温暖な春、暑い夏のあと、9月は曇りがちで、コート・ド・ニュイでは収穫は9月26日から。色調は濃く、はっきりとした果実香あり。開花期の日照量は少なく、結果として質の良いワインを産むミルランダージュが多くもたらされた年です。

 三杯目は「ルネ・アンジェル・グラン・エシェゾー1981年」
 かの「クロ・ヴージョ」で最高のワインを造るとされたルネ・アンジェル。お店で最後の一本「ルネ・アンジェル・クロ・ヴージョ1997年」を飲んだのがもう五年前。今や全く目にすることのなくなったルネ・アンジェルに再会です。2005年に当主フィリップ・アンジェルが亡くなり、以後はドメーヌ・ジゥジェニーが畑を引き継いでいます。
 さて、こちらも香りがかなり複雑。栗やバルサミコ、オレンジマーマレードの香りがからみあったような印象。香ばしい中にどこか瓜系の、メロンやスイカを思わせる香りも。味わってみると酸味もしっかりしている中、どこか出汁の旨味に通じるこくが感じられ、やはり色々と溶け込んでいると思わせる味わいです。一通り飲んでから飲み直すと、不思議にパンケーキのような甘い香りが支配的になっていました。若干印象が変わりましたが、これも経時変化でしょうか。以後は何度繰り返し飲み直してもパンケーキの香りに感じられました。
 1981年は「3年連続の良いヴィンテージ(☆)」(79-81年連続☆)とやや微妙な評価。冬は穏やかで、春はやや暖かく、7月は雨が多くて気温も低く、8月は一転して暑く乾燥。しかし激しい雷雨が葡萄を傷め、収穫は9月27日に晴天の中で始まったとのこと。

 四杯目は「クレール・ダユ・シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ1978年」
 コート・ド・ニュイの名門ダユ家は、1971年にジョセフ・ダユが亡くなると、その妻は殆どの畑をルイ・ジャドへ売却、一族の血を引くブルーノ・クレールが所有するグラン・クリュは「クロ・ド・ベーズ」のみで、ボンヌ・マールなど錚々たる畑はドメール・ルイ・ジャド所有となっています。
 さて、さすがはシャンベルタン・クロ・ド・ベーズ、強いムスク香、ミーティな風味はやはりシャンベルタン系列ならではの香りです。香りは安定していて、この一品のみは何度飲み返しても印象は変わりませんでした。酸もタンニンも中庸なのに、ひたすら長い余韻が感じられ、これもある意味出汁を味わうのに近いイメージです。まさに正統派の熟成ブルゴーニュでした。
 1978年は「例外的なヴィンテージ(☆☆☆)」 、間違いなく20世紀最高のヴィンテージ、とのこと。寒かったために果実の熟するのが遅れ、開花の始まりは6月9日、7月6日に終了、開花期が長引いたためにミルランダージュになった実が多く、粒の間に隙間が出来たおかげで、葡萄の樹は夏の悪天候に耐え、9月になると天候は回復、10月も申し分なし。コート・ド・ニュイの収穫公示は10月9日。収量はごくわずかで、それだけに味わいと希少性を兼ね備えたヴィンテージとなりました。

 五杯目は「アンリ・ジャイエ・エシェゾー1976年」
 まさに幻と言えばこのアンリ・ジャイエでしょう。「アンリ・ジャイエ・ヴォーヌ・ロマネ・クロ・パラントゥ1978年」を飲んだのはもう8年近く前になりますが、とにかく熟成ブルゴーニュの全ての味わいを兼ね備えているような素晴らしいワインでした。果たしてこのエシェゾーの方は……?
 最初の印象は、ミーティでムスク香を感じ、その中にアニスや中華系スパイスの風味を感じるものの、ずっと前に味わったクロ・パラントゥーに比べて、意外に香りが大人しいのでは、と思ったものの、しばらく置いてから味わうと印象はがらりと変わり、ルネ・アンジェル・グラン・エシェゾーにも感じられたパンケーキのような甘い香りが……。アンリ・ジャイエがピュアなタイプの造りだとすれば、ルネ・アンジェルはハードな造り、とはソムリエさんの弁ですが、この明らかに共通の甘い香りは……やはりテロワールという奴なのでしょうか。
 1976年は「偉大なヴィンテージになりえたかも知れない良い年(☆)」 。乾燥の影響が残った年で、3月から暑く、7〜9月には一滴の雨も降らず、収穫量は少なく、収穫はコート・ド・ニュイで9月14日に始まった。果汁は滅多にないほど濃縮されていて、タンニンの強いワインになっているようです。


↑アンリ・ジャイエ・エシェゾーのコルク。かなりきわどい……。

 六杯目は「ドメーヌ・グリヴレ・シャンボール・ミュジニー・レザムルース1971年」
 アンリ・ジェイエと言えば伝説的な造り手として本のタイトルにもなっているくらいですが、当たり年にはアンリ・ジャイエを越えるとも言われるドメーヌ・グリヴレに関しては、殆ど資料らしい資料がありません。とにかく凄い、と聞いたことはあるものの、何しろ情報もなく……。1970年代のシャンボール・ミュジニーは、名手ヴォギュエが不調の時代で、このグリヴレが一番良かったという意見もあるほど。
 シャンボール・ミュジニー・レザムルースといえば、漫画「ソムリエ」第一巻のラストを締め括り、漫画「神の雫」の第一の使徒となった曰く付きのワインです。「レザムルーズ」はフランス語で「恋人たち」を意味し、それだけにロマンチックなイメージをまとったプルミエ・クリュなのですが、こちらを味わってみると、意外に肉系というか、さきほどのシャンベルタンに近いムスク香が感じられました。このクラスになるとやはり果実香よりもそれ以外の香りが優るように思います。しばらくしてから飲み直すと、シャンベルタンの肉系の香とヴォーヌ・ロマネの華やかな花系の香りの間の、どこか紅茶的なニュアンスが強く感じられるようになりました。
 1971年は「偉大な年(☆☆)」。1930年代、1940年代生まれの造り手に聞くと、赤ワインについては1971年こそ自分達のキャリアの中で最高の年であるという答えが返ってくる、とはジャッキー・リゴーの言葉です。収量は少なく例年の半分しかなく、6月の花の時期には雨と雹が非常に多かった影響で、残った僅かな葡萄はミルランダージュとなり、ワインに濃い色を与えました。その後暑くなり、収穫時の状態は申し分ないものとなり、9月22日に収穫は始められ、出来上がったワインはタンニンがたっぷり含まれていたとのことです。

 最後の一杯は「シャルル・ノエラ・ロマネ・サン・ヴィヴァン1962年」
 今回の目玉は何と言ってもアンリ・ジャイエで、以前から気になっていたドメーヌ・グリヴレも当然ながら見逃せないと考えていたものの、シャルル・ノエラは正直なところそこまで意識はしていませんでした。シャルル・ノエラは1980年に売却され、畑はルロワに買収、その商標はネゴシアンのセリエ・デ・ウルシュリーヌが引き継ぎ、今は同名ブランドで全く異なるワインを造っているとのこと。
 さて、ある意味ノーマークだったシャルル・ノエラですが、味わってみてビックリ、全く異なる個性のワインでした。何とも言えない独特の甘い香り、まさにココアとしか表現できないような香ばしさ。市販のチョコレートではなく、もっとナチュラルな甘い香り……その存在感は圧倒的で、私にとっては今回別格に「凄い」ワインでした。味わいは複雑で濃密、それでいてバランス良く余韻も長い。しばらくするとココアの香りはやや落ち着き、正統派の熟成ピノ・ノワールのムスクやベリーの香りが支配的に、でもまだまだ力強く若々しい……と思っていると再びココアの香りが復活……これが熟成ロマネ・サン・ヴィヴァンの真骨頂だろうか……とあらためて感銘した次第です。
 1962年は「例外的な年(☆☆☆)」。 1月は寒波、湿度による病害リスクなし、3月も氷点下が続き、4月までは雨と晴天が交互に。5月のはじめと7〜8月は好天、9月は一部雷雨あるも好天、収穫はコート・ド・ニュイで10月6日から15日。 葡萄は熟し健康、ミルランダージュのおかげで輝くようなルビー色。稀なエレガンスを持ち花のような香り。このヴィンテージ唯一の欠点は、最高評価の1961年の直後だったことだと、ジャッキー・リゴーは記しています。
 さて、一通り試飲も終わり、それぞれのグラスには後一口分が残った状態で、せっかくなので何か一品食事を合わせてみようと考えました。熟成ブルゴーニュはデリケートなので、無理して料理と合わせなくても……と思いつつ、逆にこれだけのアイテムを食事と楽しむ機会などなかなかありません。
 迷った末、あえてソムリエさんのおすすめだった鴨のコンフィは選ばず、自分の勘に頼って、白トリュフのリゾットを選択しました。 

 

 卵は紹興酒でマリネしてあり、これが意外に熟成つながりでワインとの相性もぴったり。刺激は控えめで、トリュフの香りは熟成ブルゴーニュとなめらかに寄り添い、まさに理想のマリアージュとなりました。



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