「カオール」1989年


 


 新宿「蛮<VIN>」は、本にも載っていたので一度は行ってみたいと気になっていたお店でした。フランス産を中心にリーズナブルな物を揃えているとのこと。実際店内に入ってみると、思っていたよりカジュアルな雰囲気で、黒板にお勧めの銘柄や料理が書かれていたりします。
 せっかくなら珍しいものを、と思ってグラスワインの白で何かないか聞いてみたら、勧められたのが「グロ・マンサン2000年」。ボルドーよりさらに南のガスコーニュ地方のヴァン・ド・ペイで、グロ・マンサンは品種名。同じ南西地方で作られる「ジュランソン」等に使用される品種で、山本博著「ワインが語るフランスの歴史」にも「グロ・マンサンは辛口のフルーティなワインを生むが、ハーブや花の混じったような複雑な香りを持つ、爽やかで軽快な口当たりのワインである」と紹介されています。実際、淡い色、熟したリンゴのような香り、控えめな酸、ミネラル感など、食前酒には最適で、イタリアワインを思わせるような味わいでした。クロダイのポワレと頂きました。あまりなじみのない品種ですが、「ジュランソン」はあのブルボン王朝の創始者アンリ四世の出身地のワインで、フランス王室の洗礼用ワインとなっているとのこと。
 二杯目も白のグラスワイン「ルセット・デ・サヴォア2002年」 。ソムリエ・アドバイザー試験で必ず出題される品種(シノニム)問題対策で、「ルーセットROUSSETTE = アルテッスALTESSE」と覚えたりしたものですが、実際に飲んだのはこれが初めてじゃないかしら。面 白いことにラベルにも「ルーセットROUSSETTE 」「アルテッスALTESSE」の両方が表記されていました。濃い黄金色、というより琥珀色に近く、ハチミツのような甘い香り。しかし飲んでみるとまごうことなく辛口で、非常にコクがあり、とても飲みごたえがありました。サヴォアはジュラの東南に位 置し、スイス・イタリアの国境近くに広がる産地。その意味でもあまりフランスワインらしくないかも。あえて言うなら貴腐ワインの辛口版、という印象。
 三つめはフルボトルの赤でいこうと、ワインリストにあった「コート・ロティ」を注文したけれど、あいにく在庫がないとのこと。「年末に飲んじゃいました」……うう、なかなかリストに載ることのない銘柄なので、とても残念。
 代わりに何か面白いものはないかと聞いてみたところ、ブルゴーニュの赤と、「カオール」の89年物とが候補に。「カオール」といえば、「黒いワイン」と呼ばれるほど色の濃い赤で、フランスでもローマ時代にまでさかのぼると言われるほど歴史の古いワイン。「オーセロワ」と呼ばれる品種が用いられますが、こちらも同じく品種(シノニム)問題対策で、「マルベックMALBEC = コーCOT = オーセロワAUXERROIS」と呪文のように唱えて覚えた記憶が。従来長熟向きに作られていて、少なくとも十年以上寝かせるとされています。「ワインが語るフランスの歴史」にも「カオールには中小零細生産者が多く、優劣が著しい。優れた醸造元の長く寝かせたものに当たれば、実に濃厚で洗練された香りを持ち、フランスでも指折りの芳醇なワインを味わうことができるだろう」と書かれています。
 珍しさを重視して「カオール」を注文。実際にグラスに注がれてみると、かなり濃い赤紫をしていて、フランスで一番濃いかどうかはともかく、はっきりした色合いは十年以上の熟成をあまり感じさせません。ある意味強いワインには違いなさそう。最初は段ボールのような匂いを感じたものの、しばらく置くと果 実香が立ち上ってきて非常にバランスが良くなってきました。苦味は強く余韻も長く、確かに飲みごたえがありました。「鴨のコンフィ」と一緒に頂きましたが、羊とかも合いそうですね。
 「グロ・マンサン」に「カオール」と、どちらかというとフランスの王道、ボルドー・ブルゴーニュとは異なる南の地方のワインを続けて飲んだわけですが、本来北仏と南仏は別 の文化圏で、異なる言語や宗教を持っていました。1208年のアルビジョワ十字軍による弾圧によって南フランスは徹底的に破壊され、二度と繁栄を取り戻すことはなかったといいます。しかしことワインに関しては、最大の生産量 を誇るラングドックをはじめ、プロヴァンス、ベルジュラック、カオールなど今でも名産地が多く、歴史のある銘柄も多いので目が離せません。ミーハーなもので、どうしてもボルドー・ブルゴーニュの銘柄に目を奪われがちですが、たまにはフランス・ヨーロッパの歴史に思いをはせて南仏のワインを楽しむのも一興かも。



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