「ナイティンバー」1999年
今、ちまたで注目されているワイン漫画には2種類ありまして、一つは講談社・モーニング連載の「神の雫」。こちらは多くの漫画原作を様々なペンネームで使い分けて担当している亜樹直原作のもので、季刊「ワイナート」の協力でフランス(一部イタリア)ワイン中心にかなりマニアックな内容で展開しています。一方、最近連載が始まったのが集英社・ビジネスジャンプの「ソムリエール」。10年ほど前ヒットしたワイン漫画「ソムリエ」と同じく、堀賢一氏監修・城アラキ原作によるもので、堀氏がカリフォルニアワイン協会駐日代表ということもあって、こちらは対称的にむしろフランス高級ワイン偏重主義を皮肉るような内容となっています。
例えば最近の掲載作品では、主人公のソムリエールが何とか認めてもらおうと店に来たブランド評論家に、お薦めの一杯としてイギリスのスパークリング・ワインを出します。評論家は「味オンチのイギリス人の作ったワインなど飲めるか!」とこれを一喝して下げさせます。店のオーナーはお詫びにと代わりにヴーヴ・クリコを出し、スノッブな評論家は機嫌を直すのですが、オーナーは彼女に「お前はワインだけを見ていたが、私は客を見ていた。味の分からない客にはこれで十分」と釘を刺すのでした。ちなみに、その彼女が出した一杯がこのイギリスのスパークリング・ワイン「ナイティンバー」であります。
同じ作者の「ソムリエ」にも、シャンパーニュだけを有り難がるブランド志向の女性にヴァン・ムスーを出してうならせるというシーンがあり、中身も確かめずに高級品を持ち上げたがる人間達に対して警告する傾向があります。この点では「神の雫」とは丁度逆を行くわけで、こちらではカリフォルニアのピノ・ノワールは「カリピノ」と蔑まれ、ニュージーランドのピノ・ノワールに対しても「格付けもクソもない」と手厳しい。「オーパス・ワン」よりもボルドーの格安ワイン「モン・ペラ」
の方が美味しいと断言したりしています。(「モン・ペラ」は私も飲みましたが、確かに価格以上に美味しいけれど「オーパス」を超えているかどうかはちょっと……
)
いずれにしても、それなら飲んでみなくてはなるまいと思い、さっそくネット検索で「ナイティンバー」を探し、とりあえずまだ在庫があったので2本購入。しかし翌日にはしっかり完売していました。この手の漫画の影響力は馬鹿にならないもので、実際「神の雫」の方でも紹介されたワインはことごとく売り切れるとか。
正月に実家で実際に飲んでみました。色はやや濃く、輝きのある黄金色で、香りはナッツ香にイースト香が混じり、やはりどこかビンテージワインを思わせます。味わいも酸味は控えめで余韻があり、シャルドネ主体とは思えないほど濃厚なボディがあります。別
な言い方をすれば、やや飲みにくさを感じさせるほど。のど越しで味わうというよりは、噛みしめて味わえ、というスタイルのスパークリングです。
シャンパーニュやシャブリは、その石灰質土壌が有名ですが、そのフランスの地層はそのまま海を超えてイギリスの南の地域まで続いているそうで、土壌も気候もシャンパーニュにはひけを取らず、しかも歴史的にもかなり古くからワインが作られていたようです。ラベルの裏には、12世紀に既にこの地のユニークな気候がブドウ栽培に適していたことが発見されたと書かれています。ちなみに、「ナイティンバー」は「新しい木の家」という意味だとか。瓶内発酵の後澱とともに5年間も熟成させる、と書いてあったので、そうするとこの1999年が一番新しいビンテージということに。そこまで熟成期間が長いと、これだけ濃厚な味わいになるのもうなずけます。とにもかくにも、かなりのこだわりを感じさせるワインです。「地図で見る世界のワイン」(産調出版)のイングランドの項目には、この「ナイティンバー」がフランス人の助けを借りてアメリカ人が作った、と簡単に書いてあるだけですが……。
雑誌「Which?」のブラインドテイスティングで、 他のシャンパンを押しのけ第1位
となり、ロンドン開催の2006年ワイン&スピリット国際大会では、このナイティンバーのクラシック・キュベ1998年が熟成スパークリング・ワインの部門で金賞ベストに、例年のエリザベス女王結婚記念式典や、
2002年のブレアー首相主催の女王即位50周年記念式典晩餐会のテーブルを飾り……とまあ、輝かしい受賞歴はともかく、これはある意味非常に個性的で通
好みのお酒で、誰もが手放しで美味しいと思うかどうかは難しいかも。弟の反応は「美味いが重たい」といったところ。ちなみに後日お店に持ち込んでワイン仲間と飲みましたが、ブラインドで飲んだ一人は「フランスのビンテージ・シャンパーニュ!」と回答。この方は06年秋にめでたくCSWに合格し、もう一方のスパークリングを「カバ」と当てたくらいだから舌は確か。やはり只者ではない、「ナイティンパー」であります。もう少しフランス以外の国のワインも勉強せねば!