「シャトー・レオヴィル・ラス・カーズ」1975年



 久しぶりのプレステージ・ワイン会。一年半ぶりくらいでしょうか。昨年末も来ることが出来なかったしなあ……などと考えてるところに、私の開催しているワイン会常連のT氏が待ち合わせをしているわけでもないのに来店。うーん、皆さん、さすが勉強熱心でいらっしゃる。
 今回は1960年代から1990年までの熟成ボルドーがテーマ。ラインナップは次の通り。

 シャトー・ムートン・ロートシルト1990年
 シャトー・パルメ1988年
 シャトー・コス・デス・トゥルネル1986年
 シャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランド1985年
 シャトー・レオヴィル・ラス・カーズ1975年
 シャトー・デュクリュ・ボーカイユ1962年

  
 本来、最後の1本は「シャトー・ランシュ・バージュ1962年」だったのですが、抜栓したところ酸化していたとのことで、急遽引っ込めることになったとのこと。
「代わりに、デュクリュ・ボーカイユの1962年となりますが、よろしいでしょうか?」
「勿論異議なしですが、その酸化していたというランシュ・バージュを一口試すことはできますか?
 無理言って無理矢理グラス1杯の「酸化した」ランシュ・バージュを出してもらいました。プロの方々とは異なり、「痛んだ」古酒を口にする機会は逆に滅多にないし、むしろどんな物かを知っておく必要があり、と考えたのでした。実際、経験不足だと、劣化したワインを見分けるのは難しいし、相手が古酒だと熟成したらこうなるのかと逆に納得してしまうことにもなりかねないし。
 さて、その酸化したワインですが、一見悪くないのですが、確かにマディラがしょっぱくなったような違和感があります。醤油を思わせる香りは、ある意味これはこんなものかしらと思ってしまいそう。よく劣化するとワインは酢になると思っている人が多いのですが、酢酸菌が付かない限り酢にはならないし、そもそもワインの酸化とは酸っぱくなることとは違うわけで…酸化によってアルコールがアルデヒドに変わると、どちらかというとぺたっとした味わいになるような気がします。

 さて、いよいよテイスティング。あえてソムリエさんのおすすめ通り、年代の新しい物から古い物へと進めていくことに。今回は食事込みですが、味が分からなくならないように最初はあえてパンと水だけ頂きます。
 まずは「ムートン1990年」。フランシス・ベーコンの独特のラベルが印象的ですが、88〜90年のボルドー当たり年の中では、ムートン90年はあまり評判がよろしくないそうな。88年、89年と比べると、90年は評価が分かれる、とは物の本にも書いてありますが、ソムリエさん曰く「ムートンとしては強くはないが、逆に洗練されている」とのこと。一時間ほど前に抜栓したばかりなのに既に開いている……ということはボルドー・シャトー物としてはパワフルとはあまり言えないわけで。香りは華やか。ムスク香、レーズン香、ブルーベリー、ブラックベリー…いかにもそれらしい形容が並んでしまいますが、全体としては「暖かい」印象とでも言いますか、香りの広がりはボルドーのトップクラスならではのもの。味わいも意外に酸味がしっかりしていて、チェリーのニュアンスがありながらかなり余韻が長い。しかしムートンのあの凝縮感、しっかりした苦渋味、五大シャトーの中では一番野性的……というイメージとはちょっと異なる、ある意味らしくない、洗練された柔らかい味わいでした。
 次に「パルメ1988年」。こちらも黄金の88〜90年のボルドーの中では実はあまり評価がよろしくないとされているものだそうです。パルメと言えば、黒光りするラベルがトレードマークで、柔らかいスタイルのマルゴー村の中では、格付3級であるものの1〜2級に迫る味わいのあるものとして知られていて、私自身本家本元のシャトー・マルゴーよりも美味しいのでは、と思うほどですが…。
 T氏曰く、「オクラの香り!」…なるほど、確かに的を射ています。青っぽいといっても、シャープなピーマンの香りではなく、どこかねっとりしたオクラの香りなのです。これは面白い! カベルネ・ソーヴィニヨン47%にメルロ47%と、メルロの比率が高いので、メルロの植物的で土っぽい風味が表に出ているのかと思ったのですが…。1980年代のペトリュスにも感じた「若い」風味に通じるものを感じました。これはさらに寝かせるとまろやかになっていくのでしょうか…。
 そして「コス・テス・トゥルネル1986年」。こちらはある意味「中庸」を行く、正統派の熟成ボルドーという感じ。ボルドーに時々見られる青っぽさは、こちらとしてはやはりどこか抵抗感があるので、むしろ真っ当な感じのするこのワインは自分としては納得できる味わいなのです。
 4番目の「コンテス・ド・ラランド1985年」となると……こちらは再び「青っぽい」。パルメの「オクラ」とも通じる風味があります。ちなみに「オクラ」は、てっきり日本語かと思っていたらそうではなく、英語で「okra」と言うらしい。和名は「ネリ」らしいけれど誰も使っていないですね。英名okraの語源はガーナで話されるトウィ語 (Twi) のnkramaから、とWikipediaにも書かれています。こちらもカベルネ・ソーヴィニヨン45%に対し、メルロ35%とカベルネ・フラン12%を含んでいて、その意味ではハーブっぽいニュアンスも納得できるというもの。ちなみに、グラスで一時間ほど置いたさきほどのパルメは、この段階に来るとやや「オクラ」の香りが落ち着いて、コーヒーやチョコレートのような熟成ボルドーらしい風味も少し出始めています。やはりワインはあまり焦ってぐいぐい飲んではいけないのでありました。
 4杯目まで来て、あらためて振り返るとやはりムートンが良いかな、なんて言っているこちらはミーハーかしら…などと思いつつさらに古いビンテージの「レオヴィル・ラス・カーズ1975年」へ。80年代、90年代に比べて、70年代のボルドーはおしなべて今ひとつ、手元の「ヴインテージワイン必携」(マイケル・ブロードベント)でもかろうじて1970年、1971年が四つ星止まりといったところですが、それはあくまで平均値であって、やはりワインは飲んでみないと分かりません。正直なところこの5杯目でさらにがらりと印象が変わりました。なめらかでスムーズ、余分な雑味は全くないものの、あまり枯れた印象もありません。ブルゴーニュワインを思わせる味わいで、酸がしっかりしていながら、さらに奥に甘味が控えているという感じ。しばらく置くとチョコやクッキーの香ばしさ、そしてヨーグルトのような乳酸の甘酸っぱい風味も感じられるようになり、洗練されていてかつ複雑味もあります。
 そして「デュクリュ・ボーカイユ1962年」。こちらもブルゴーニュ的。というかこのクラスの古酒になると、ボルドーもブルゴーニュも近い味わいになってくるようです。こちらの方がより干したイチジクのような植物系の香りが支配的で、その意味では理想的な熟成ボルドーといえます。干したイチジク、といっても、枯れた感じというよりは、要素が詰まっているという感じで、むしろその意味ではとても活き活きしていると言っても良いでしょう。

 

 さて、ここで一通り味わって落ち着いたので、今度は食事と合わせてみることに。ちなみにこの段階で既にテイスティングを始めてから2時間半。
 選んだ料理は、「ボルドー産極太ホワイトアスパラガスのポシェ」と、「熊本産桜肉ハラミのステーキ、山椒風味のブールノワゼットソース」。ホワイトアスパラガスは、これは本来なら白ワインが相手でしょうが、もう時期が終わり始めているのでやはり、と思って注文した物。しかしこの植物的な風味が、逆にさっき「青っぽい」と感じた80年代のボルドーとしっくりくるのでした。桜肉ステーキも、ブールノワゼット、すなわち焦がしバターソースに、山椒が加わったことで、やはりパルメやコンテス・ド・ラランドとはぴったりの相性でした。

 デザートワインは「イヴ・キュイレロン・ルーシリエール」。ローヌの甘口ワインで、一部貴腐葡萄が使用されているとのことですが、白桃を思わせる瑞々しい甘味は、ボルドーなどの貴腐ワインとはかなり印象の異なるものでした。洋梨やマスカットなど、どこまでも果実の風味が支配的ですが、T氏の話では前回飲んだ時はアールグレイの風味がしたとのこと。
 最後のデザートは、「練乳と蜂蜜のバニラアイス、ペドロ・ヒメネス添え」。甘口シェリーの代表格であるペドロ・ヒメネスは、糖度が300g/L近くあり、文字通りアイスクリームにかけるしかないほどの甘さなのですが、このデザートに使われているのはノエ(NOE)の30年物で、さらに余韻の長い味わいとなっているのでした。

  


 



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