03年/「SFセミナー」体験記



●開催:2003年5月3日 13:00〜18:00:「昼の部」(全電通労働会館)、20:00〜9:00:「合宿の部」(ふたき旅館)、
●プログラム:「昼の部」1)SFラジオドラマの世界(門倉純一、真銅健嗣)
            2)微在汀線の彼方へ〜飛浩隆インタビュー(飛浩隆、鈴木力)
            3)SFの海・レムの海〜スタニフラフ・レムを語ろう(巽孝之、芝田文乃、島田和俊、野田令子)
            4)SFをBUCHIのめせ!〜出渕裕参上(出渕裕、牧真司)
 「合宿の部」(選択制)1)ファンタジーの原風景〜羊と丘のイギリス(山口なおこ)
            2)北野どうぶつ図鑑をみんなで折ろう!(志村弘之)
            3)2003年版SFアニメ総解説〜アトムの子ら(日下三蔵、須藤玲司)

「SFラジオドラマの世界」
 かの有名なオーソン・ウェルズによるラジオドラマ「宇宙戦争」の出だしの部分がまずは会場にて流されました。H.G.ウェルズの古典的作品を、オーソン・ウェルズがニュース形式であまりに真に迫る口調で物語ったがために大パニックを引き起こしたという有名な逸話で知られていますが、当時のラジオドラマの内容そのものがレコードやCDの形で世の中に出回っているとは知りませんでしたね〜。ちょっと買ってみようかしら。
 ゲストの真銅氏はNHKにおいていくつかのドラマを担当された方。最初は「大河ドラマ〜秀吉」等テレビドラマの演出に携わっていたけれど、98年以降はオーディオドラマを担当しているそうです。全60回、全編流すと15時間近くかかってしまう大作「封神演義」を手掛けたときには、小・中学生の反響も大きかったことに驚いたそうです。

「微在汀線の彼方へ〜飛浩隆インタビュー」
 「SFが読みたい! 2003年版」で国内編ベスト2にランクインした「グラン・ヴァカンス」の作者、飛浩隆を迎えてのインタビュー(ちなみにベスト1は野尻抱介「太陽の簒奪者」)。昨年話題になった作者初の長編SFとのこと。残念ながら読んでいないので、さっそく会場で購入したのでした。
 なかなかユニークな方で、一時間のインタビューの間殆ど笑い声が絶えなかったほど。「いつ頃から創作をやりだしたのか」との問いに、小学校の頃、登下校の時一人で両手を振り回しながら頭の中で「脳内映画」を上映して悦に入っていた、というエピソードで答えたり、「自分のSFの源泉はどこから」との問いに「仮面 の忍者赤影」の人の顔を盗む忍者自分の身体を紙吹雪にして飛んでいってしまう忍者などが強く印象に残っているなどと答えたりと、意外な回答で場を盛り上げていました。
 「グラン・ヴァカンス」には「人間は情報を代謝していく存在だ……」というセリフがあるのだそうですが、なかなかに印象的な言葉でした。なるほど外部から情報を取り入れ、それを自分のものとし、別 な形で発信しながら毎日を送っている……人間って確かにそういうものかも知れません。そういう意味で「ジャンルとしてはSFしか書けないのだ」という言葉が非情に説得力のあるものとなっています。

「SFの海・レムの海〜スタニフラフ・レムを語ろう」
 オープニングでいきなり6月21日から公開予定の映画、ソダーバーグ監督作品「ソラリス」の 予告編が上映されました。本国アメリカでは今一つの評判で、二週間程度でアカデミー受賞作「シカゴ」へと切り替わってしまったそうですが……。タルコフスキーの1972年の映画があまりに有名なので、今リメイクしてもなかなか受け入れられないでしょうね。確かタルコフスキー版は大学の頃映画館で観たのですが、三時間近くの上映時間の間スローテンポの長回しが続き、「凄い」と思いながらも寝てしまうという困った映画だったように記憶しています。その点、今回の新作は上映時間90分程度だとか。「なんと90分で観れる惑星ソラリス!」……そう考えるとちょっと観てみたいような……。
 米国では今回の新作に対して、「ソラリス」は冷戦中のしかも「2001年宇宙の旅」(68年)の直後であったから作品に意味があった、「スター・ウォーズ」の後にそんな思索的なSF映画をやっても無意味、といった論調のかなり「オイオイ」と思わせるような批判がなされたようです。巽氏に言わせると「82年の『ブレードランナー』を意識して作られた作品。どこか『ナインハーフ』的……」とのこと。ちなみにレムのいるポーランドでは今回の映画は一般 公開されていないそうですが、試写を観たレムはやはり気に入らなかった模様。レムはタルコフスキー作品の方も気に入らず、作品の方向性を巡って監督と喧嘩したそうですけれど。
 レムの作品は本土ポーランドでは「泰平ヨンの航星日記」「宇宙飛行士ピクルスの物語」などが小学校六年生の課題図書となっていて、毎年装丁を変えて本屋に並ぶほど。ご本人は80年代末に小説の執筆をやめて評論に専念しているそうです。最近も甥っ子の為に書き取り練習用に話して聞かせた物語がそのまま本になったそうですが、その内容たるや、いきなり池で死体が見つかるなどといったかなり過激な内容になっているそうです。
 レム作品はタルコフスキーの映画のお陰で英米でも評価が高まり、SF界の名誉会員に任命しようという動きもあったそうですが、残念ながら立ち消えに。レム自身がアメリカSFをしこたま批判していたこともありますが、かのフィリップ・K・ディックが強く反対したためでもあるようです。ディックはマルクス系のSF雑誌でレムが取り上げられていることに対し、「レムがアメリカSFを侵略しているから取り締まって欲しい」FBIへ手紙を書いたというから相当なものです。これが俗に言う「レム事件」。日本ではディック、バラード、レムの御三家といえば、サイバーパンクに先立つニューウェーブの代表格ですが、そんなことがあったとは。
 レムの再評価は86年頃、ブルース・スターリングによってもたらされます。87年8月号の「Science Fiction Eye」の連載コラムには、「レム事件」について「アラバマから来た少年がドストエフスキーとトルストイを読んで傑作を書いたら、ロシアから絶賛されて共産主義のつまらない作品がどっと送られてきた。こんなもの下らないとコメントしたら入会もしていない団体から除名すると言われたようなものだ」などと書いたらしい。アラバマとはすなわちポーランドで、ドストエフスキーとトルストイはH.G.ウェルズとスティーブンソンのことだそうです。ふむふむ。
 スタニフラフ・レムを語ろう、などという地味なテーマでは間がもたないんじゃないかしらと思ったけれど、映画評といいレム事件といい結構前半笑いっぱなしでした。日本では今のところ入手できるのはハヤカワの「ソラリス」、国書刊行会の「虚数」くらいのもので、私もこの二冊しか持っていないのですが、6月からは国書刊行会から「スタニフラフ・レム・コレクション」全6巻が発売されるとのこと。これを機会に読んでみようかしら……とはいうものの、読んでない本が棚に並びっぱなしだしなあ。

「SFをBUCHIのめせ!〜出渕裕参上」
 話題のTVアニメシリーズ「ラーゼフォン」を監督したマルチクリエーター出渕氏のインタビュー。「ラーゼフォン」はあの「エヴァンゲリオン」を彷彿とさせる緻密な仕上がりの作品で、しかも一応完結して終わるとのことで、セミナー中も三、四人から推薦の言葉を頂いたのでありました。キャラクターデザインがあの山田彰博というのも、結構回りにファンの多い要因となっているのかも。うーん、これも観るしかないか。DVDで揃えてみるか?(←結構影響されやすい……)
 4月19日から公開されている映画版は、監督を他の人にゆずり、違ったテイストになっているらしい。とはいうもののTVシリーズのフィルムを3/4使っていて、新作部分は30分。TV版が記憶を取り戻していく過程を描いているのに対し、映画版は記憶を失っていく過程を描いたとか。観た人に言わせるとかなり恋愛物の要素が強く、やはりTVシリーズの方がお勧めだそうです。「観測問題を恋愛物に扱うとは、かのグレッグ・イーガンもやっていないでしょう!」とはインタビュアーのコメントですが、一体どんな話なんだ?

●「ファンタジーの原風景〜羊と丘のイギリス」
 イギリスに半年ほど留学していた「南京豆企画」の山口さんによる、イギリスの風景写 真の紹介の部屋。まずはイギリスの地酒、蜂蜜から作ったワイン「ミード」が振る舞われ(私が抜栓させて頂きました)、十人前後のなごやかな雰囲気の中でビデオ上映が始まったのでした。一応ビールの関連でベルギーとドイツを、ワインの関連でフランスとイタリアを訪れたことはあるのですが、そういえばシャーロック・ホームズとH.G.ウェルズと切り裂きジャックの国、イギリスは訪れたことがないのだよなあ。山口さんもファンタジーや歴史の世界はアーサー王伝説の周辺から入っていったとのことですが、文学や歴史という側面 では「イギリスが心のふるさと」という人は案外多いんじゃないかしら。
 アーサー王伝説の魔法使いマーリンが立てたとも言われる有名なストーンヘンジから始まって、満潮になると見えなくなってしまうマーリンの洞窟や、アーサーの骨が発掘されたとされるアーサー王の墓(結構あちこちにあるらしい)、修道士カドフェルシリーズの舞台となったシュルーズベリーから、 夏の間に走っているイベント列車機関車トーマスまで、色々な写真が紹介されました。それにしても村から村の間まで街燈一つないのが当たり前というイギリスの田舎道、山口さんもよく一人で歩いたものだなあ……しかも3キロ近いMacのi-Bookを抱えて……。

●「北野どうぶつ図鑑をみんなで折ろう」
 前回のSFセミナーに登場した「かめくん」の作者北野勇作氏の新シリーズ、文庫の「北野どうぶつ図鑑」は、「かめ」「とんぼ」「かえる」「ねこ」と文字通 り動物ネタの短編集なのですが、全巻にその動物の折紙が付録として付いているところが最大の特徴。その折紙を監修しているのがワークショップやSF関連の集まりでよく会う志村さん。折紙のスペシャリストで、キングギドラ「2001年宇宙の旅」のモノリス(正確に縦・横・高さの比率を再現)まで折ってしまうという強者であります。
 その場で折り目の印刷された専用紙(なんと志村さん直々に自宅で印刷して来たとか……)を渡されての折紙実践講座。まずは全員一番簡単だという「かめり」(りぼんを付けた女の子のかめ)を折るのですが、ちゃんと山折り・谷折りの線が書かれているのにも関わらず一時間近くかかってしまったのでした。一番易しいのでこれかい……ということで、次は残りの三十分でめいめい好きなものを折ることに。私が選んだのは一軒簡単そうに見えた「ねこ」。しかし耳の部分とか、折り目をつけた後にいったん開いて立体化させる……というところがどうにも分からず、結構大変なのでした。今回のどうぶつ図鑑の折紙は、志村さんの創作というわけではなく、日本折紙協会(そういう協会があるのね……)刊行の「おりがみ」に紹介された作品にアレンジを加えたものなのだそうです。奥が深いなあ。折り方を暗記して宴会の席なんかにちょちょいと折って見せたら結構受けそうなんだけど、とても複雑で覚えられそうもないのでありました。

●「2003年版SFアニメ総解説〜アトムの子ら」
 アニソン選曲家とパンフには紹介されている、フリーの編集者日下氏による、本年春に始まったTVアニメの主題歌を紹介する毎年恒例のコーナー。約30本近い新番組がスタートする中、SF/ファンタジー系でない作品はたった三本(「探偵学園Q」「DEAR BOYS」「人間交差点」)しかないとか。SFは売れないと言われつつも、やっぱりコアなファンが付くのはこの分野だったりするのだな。一番の話題作はもちろん「鉄腕アトム」なんだけど、丁寧な絵、小中千昭・小中和哉コンビによる練られた脚本、という売りにも関わらず今一つピンと来ないのは、やはり原作に対するこだわりが強いからかしら。どんなに優秀なクリエーターが描いても「原作と違う」の一言で片付けてしまうのだな。むしろ日本のコミックはおもいきり精密で不健全な実写 +CGでやった方がいいんじゃないかと最近思うのでした。アトムがハリウッドで映画化される、という話を聞いたけれど、ぜひ「A.I.」のような子役が演じるのではなく「いかにも精巧なロボット」という形で映像化して欲しいものです。
 作り込まれた絵、という点では注目作は「LAST EXILE」のようですが、日下氏の推薦は「ワンダバスタイル」(アイドル虐待くだらな宇宙旅行?)、「エアマスター」(空中殺法ケンカバカ一代・リアルあずまんが大王?)あたりなのだそうだ。う〜ん。



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