【小説】伊藤計劃「虐殺器官」/「ハーモニー」
独特の感性を持った伊藤計劃というSF作家さんがいるらしいという話を聞き、買って読んで見ようかなと思った矢先に、その方がガンで亡くなったと聞いて衝撃を受けました。享年34歳。モーツァルトにしても芥川龍之介にしてもモディリアーニにしても、30代で病死したり自殺したりした文学者や芸術家には、長生きした人物以上に強い思い入れを感じてしまうものですが……それにしても、平均寿命はここまで伸びたというのに……。ガンというのは怖い病気なのですね。
さて、「年刊日本SF傑作選・虚構機関」掲載の短編「The Indifference Engine」、ハヤカワJコレクションの「虐殺器官」「ハーモニー」の長編2作品を読みましたが、確かにいずれも粒揃いの傑作。世界中に広がる虐殺のサイクルを描く「虐殺器官」と、全ての苦痛が取り除かれたユートピアを描く「ハーモニー」は、対照的な未来世界を呈示しながらも連続した物語となっています。
先に読んだのは「ハーモニー」の方でした。体内に仕込まれた「Watch Me」の作用で、苦痛のない社会が実現する中、主人公の少女達はそれに対し反旗を翻します。冒頭で自殺を成し遂げる少女ミァハは言う。「向こう側にいたら、銃で殺される。こちら側にいたら、優しさに殺される。どっちもどっち」
この言葉の持つ意味は深い。虐殺を伝播させる苦痛に満ちた社会も、優しさと寛容に満ちた社会もどちらも狂っている。作者はこの作品を、入院先の病室でノートパソコンを打ちながら短期間で書き上げたそうですが、自ら苦痛のただ中にある状態で、この物語を書いたことに非常にやりきれなさを感じます。何もかもがあり、救いだけがない…そんな世界を書き連ねてこの世を去った作者のご冥福を祈らざるを得ません。
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