09年/「SFセミナー」報告
●ポスト「ハリー・ポッター」の世界
ファンタジーとして異例のベストセラーになった「ハリー・ポッター」シリーズ。このシリーズの登場に伴い、どのような変化が起きたがを論じるというもの。冒頭、小川氏から「いや実はこのシリーズ読んでいないんですが」と言われた時には、思わず会場から笑いが……。ファンタジーというより児童文学の範疇、と考えられていた点では、確かに全国400万部を誇るとはいえ会場でも読んでいない人は多かったです。実際私も第一巻以降は映画でしか内容を知らないし。いくら「ハリー・ポッター」が売れても、他のファンタジー小説はそれほど売れていないという現状は、今の人がそもそもジャンルで読むということをしないあらわれだという。なるほど多くのSF読者が「これを読んだら、当然これも読まなきゃ」と考えて水平展開していくのに比べ、「ハリポタ」の読者は新刊の発売日に並んでも、ローリングを読んだから他も……と横に広がることはないのでありました。ジャンルやテリトリーといった出版業界の枠に囚われず、殆ど単発で、口コミで世界中に広まったこのシリーズは、Amazon.comの登場と発展にも時期的に丁度重なっており、従来の出版流通
の仕組みを飛び越えてしまったことも、その後の新人作家のアプローチに大きく影響しているようです。
●円城塔は私たちSFファンのものではなかったのか?
2006年に「Self-Reference ENGINE」で小松左京賞候補となり、文学界新人賞を受賞しただけではなく芥川賞候補にもなった円城塔氏のインタビュー。物理学を専門的にやっていただけあって、自ら用意されたPowerPoint資料もかなり理系的。実は同時期にデビューされた伊藤計劃氏の著作は読んでいるものの、円城氏の作品は「2007年日本SF傑作選・虚構機関」(創元SF文庫)内に収録された「パリンプセスト」しか読んでなくて、それもあまりに物理学用語や数式や記号の話ばかり出てくるので正直ピンと来なかったのですが……。著者自身の話によると、「物語として読むと分からないのは当然」とのこと。構造とか組み立てを見てくれる人は少ないけれど、それが本来の創作意図のようです。「超立方体を小説に投影できるか?」とか、「メビウスの輪のように裏表がひっくり返る話」とか、はたまた「物凄いコマ数を持つ大きなオセロ盤ならコンピューターの機能が果
たせるのでは?」とか、よくは分からないけどとにかく発想としてはユニークであることは間違いないなあと。結構笑ったのが、「字は好き。単語も好き。文も好きかな。段落は分からない」という言葉。気になるものは「麗しのオルタンス」であったり「ハザール事典」であったりと、内容的にもなかなか異色なものばかり。少なくとも今のところは、作品を読むより本人の話を聞いていた方が面
白かったりして。「生暖かく見守ってもらえれば」というラストのコメントも印象的。
●若手SF評論家パネル
SF空想小説講座ワークショップでもお世話になった森下一仁さんの司会のもとに、第1回から第4回までのSF評論賞受賞者達6名の紹介と、SF評論へのこだわりや志を発表してもらうというもの。アメリカ人が書いたファンタジー小説がネット等で批判的に扱われているのを見て、感動は偏見とは切り離されたところで評価されるべきだと考えたという横道氏と、ハインライン「宇宙の戦士」はあらためて読み返すと決して戦争賛美ではないと思い、今まで巷で言われてきたことをあらためて再検討しようとしている磯部氏。海老原氏はグレッグ・イーガンの「しあわせの理由」など代表的な短編から、それらの著作が決して「心が体を支配する単純構造」ではないことを読み解き、藤田氏はキングの最大長編「ダークタワー」が、評判は芳しくないものの最高傑作であると主張。石和氏はアシモフのポジティブな「秩序を立ち上げる姿勢」を取り上げ、岡和田氏はトマス・M・ディッシュの「キャンプ・コンセントレーション」の収容所の描写
が自分の工場現場での体験と照らし合わせてもいかにリアルであったかを熱弁。いやあ熱い熱い! 20代から40代まで、意外と年齢的には幅広いものの、皆個性的で他に迎合することなく自らのポリシーを貫いているなあとあらためて実感しました。
●嵐を呼ぶ 中島かずきインタビュー
「劇団・新感線」の作家を勤めながら、漫画出版編集者でもあり、アニメーション「グレンラガン」の構成作家であり、2004年には「髑髏城の7人」で小説家デビュー、テレビ「ウルトラマンマックス」の脚本家でもありながら、劇場版「クレヨンしんちゃん」のチーフプロデューサーでもあり、映画「ローレライ」の企画協力者でもあるという、演劇・漫画・アニメ・映画・小説とあらゆる分野の第一線で多面
的な活動を展開している中島氏のインタビュー。メディアミックスが当たり前になってきている昨今、クリエーターにもマルチな才能と臨機応変なバランス感覚が必要とされる時代なのだなあとあらためて実感した次第であります。「ボルテス5」の最終回を観るために部活を切り上げ、親戚
が来ているにも関わらずテレビの前に座ったという高校時代、いきなり江口寿史や原律子を担当して、漫画家は漫画が描けないものだということを思い知ったという編集者時代、市川染五郎と組んで動員数を一気に上げるまでは1999年までノーギャラだったという劇団・新感線の話など、話の内容は非常にバラエティに富んでいて、ご本人は「色々な仕事が出来たのは、あくまでタマタマ、偶然だと思っています」と謙虚にコメントしていましたが、2000年以降一気に活動の場が広がったのはやはり様々な場面
での努力あってのことでしょうなあ。
●追討 伊藤計劃
デビュー作「虐殺器官」が「SFが読みたい!2007年度版」で1位を獲得し、長編第二作「ハーモニー」が昨年末に刊行されたばかりなのに、今年3月には肺ガンでこの世を去った伊藤計劃氏を偲ぶ会。デビュー作「Self-Reference
ENGINE」で同じ小松左京賞を争った昼の部登場の円城塔氏、早川書房の塩澤快浩氏、小松左京賞選考委員の一人だった大森望氏等が参加。武蔵美大の漫研在学中に「アフタヌーン」で佳作入選、ゲーム「メタルギアソリッド」の同人誌活動が高じて後にはノベライズも手掛け、「虐殺器官」の第一稿はわずか10日で書き上げられ、選考委員のイチオシだったにも関わらずオチが暗いということで小松大先生からは却下、その年の左京賞は該当者なし。入院中に1日80pのペースで書かれた「ハーモニー」の登場人物達のモデルは看護婦さんそのままだとか。沢山のエピソードに圧倒されたのでありました。「伊藤計劃氏の登場でSFはもう20年は大丈夫だと思った」が「彼の死で5年は止まった」と、最後にはしんみりしてしまいましたが、そんな中塩澤氏の「でも結構ミーハーな人でしたよ」という一言が印象に残っています。
●日本のSFアニメ総解説
今年の春も新作目白押し。「鋼の錬金術師」は原作に近づけた再アニメ化、軽音楽がテーマの「けいおん!」は海外でも前評判高い(?)とか。「咲-Saki-」は麻雀少女物、「涼宮ハルヒの憂鬱」は新作があるのやらないのやら。「キャラディのジョークな毎日」は学生支援アニメーション、「マリー&ガリー」はゴスロリとガリレオの組み合わせ。例によって話しだけ聞いているとどれも結構面
白そうなんだけれど、また例年通り殆ど観ないんだろうなあ……。
●グイン・サーガ超入門
現在126巻(他に21の外伝あり)にも達する栗本薫の大長編ファンタジー「グイン・サーガ」の世界を紹介。冒頭の1巻から16巻あたりまでがアニメ化されるのでそれに合わせた企画。正直今から1巻から読み始めようという気にもなれず、手っ取り早く解説を聞いて読んだ気になってしまおうと正直安直な気持ちで聞きに行ったのでした。ストーリーの概要とキャラクター(絞り込んで100名!)紹介、舞台となる大陸の地図解説など、実際読んだ気になれたといえばなれたような。さすがにあまりにも長い長編なので、伏線のはずがどこかで話が途切れてしまったり、当初は気合い入りまくりだった作者も適当に力が抜けてきたりと、物語の周辺の話が意外と面
白かったりして。
●非英語圏SF映画上映会
日本で公開されることのないアジア方面のSF映画を鑑賞しようという、今や毎年恒例となったコーナー。今回はインドの作品を紹介。「Mr.INDIA」(1987)は地球征服ならぬ
インド征服を企む敵に立ち向かう透明ヒーローの物語。透明と言ってもただそこに誰もいないだけですが。「KOI...MIL.GAYA」(2003)はインド版「未知との遭遇」+「E.T.」+「アルジャーノンに花束を」+「小林サッカー」ってこれ2007年のセミナーの時にも観た作品でした。というわけで今回はなんとその続編「KRRISH」(2006)が登場。前作で宇宙人から力をもらった主人公の息子が、スーパーヒーローになって大活躍。「ゾロ」か「バットマン」のノリで、黒いマスクを身に付けて別
人に変身、未来を観ることができるコンピューターの心臓部に囚われている父親を救うために大奮闘するのでありました。一応前作とも繋がっているのですが、「E.T.」みたいな話の続編が「ゾロ」みたいな話っていうのもなかなか無理矢理で凄いものが……。「AMMORU」(1995)はインドの女神様の功徳を描く……といいつつスプラッタ・ホラーのノリで血が流れ首が飛び赤ん坊は溺れるというなかなか凄まじい映画なのでした。「SPERM」(2007)はタイのオバカSF映画。主人公の精子が突然変異で空中を飛び回りバンコク中の女性を妊娠させまくってしまうという、何が何だか良く分からない物語なのでした。これは何かの教訓なのか……なんて考える必要は全くないんだろうなあ、多分。