10月


【小説/アニメ】桜庭一樹「Gosick」
 
タイトルの「ゴシック」は、「Gothic」ではなくなぜか「Gosick」、「GO SICK」と何か病的なストーリー展開なのかと思いきや、中身はフリルに身を包んだツンデレ系ゴシック・ロリータの少女探偵と、それにかしずくマゾでマザコンでシスコンのワトソン役の少年という、結構ベタな内容。深夜アニメでたまたま放送されているのを観て、当初は何だかなあと思っていたものの、そこはやはり「推定少女」「砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない」の作者、直木賞作家の桜庭一樹原作だけのことはあります。ライトノベル的エンターテイメントに徹していながら、戯画化されたメインキャストの活躍の背景で、オカルト、錬金術、そして戦争に囚われた残虐な策士達が暗躍し、「少女には向かない職業」「私の男」等で描かれた幼い殺人者や近親相姦といった凄惨な家族の物語のテイストはここでも健在であったりします。
 フランスとイタリアの間に挟まれた架空の小国ソビュール王国。スイス同様に名誉ある孤立を維持しながらも、科学アカデミーとオカルト省が対立し、ヨーロッパの古い陰湿な因習と、無慈悲な科学文明とが共に人間を圧迫しているような時代と場所で、まだ十代の登場人物達は学園を抜け出して、殺人事件の謎に果敢に挑む。主人公のヴィクトリカは灰色狼と怖れられたセイルーン人の末裔で、父親であるオカルト省のブロア侯爵はそのずば抜けた頭脳を利用するためだけに来るべき戦争に備えて彼女を学園に幽閉している。自由がきかず世間知らずの彼女の代わりに、活発に活動するワトソン役を買って出るのは、極東の島国から留学してきた帝国軍人の三男、九城一弥
 基本的には「中途半端な秀才」こと、異邦人の少年である九城の側の視点から描かれているので、古今東西の文学と科学に精通し、ラテン語まで読みこなす天才少女の凄みというものは、特に前半ではそれほど感じられず、かなり小説入門者を意識したマンガ的な展開が当初気になってはいましたが、最終章で架空の第2次大戦が1924年に始まってしまってからは、存在感のある残虐性を秘めたブロア侯爵の登場により、かなり重厚感のあるストーリー展開になっていきます。シリーズの中で敢えて推すとすれば、クリスティー的なミステリー展開に第一次大戦を絡ませた第1巻「Gosick」、黄金ラッシュと奴隷売買を背景に錬金術師の徘徊を描く第4巻「愚者を代弁せよ」、ミステリー仕立てになっていないところが難点であるものの独特の架空戦記のスタイルを取った最終巻「神々の黄昏(上・下)」あたりでしょうか。桜庭一樹作品では、精神的な、そして肉体的な脆さ故の他者への執着心が主人公の少女達を翻弄し続けていて、彼女達は危うくも大胆に一線を超えてしまう……そのどこか切ない、独特の息苦しさが作品群の魅力になっているように思えるのですが、その要素はかなり抑えられているとはいえ、この「Gosick」シリーズの根底にも、しっかり垣間見られるのです。軽くデコビンされただけで絶交だと叫び、注射すら我慢できない少女が、最終巻では唯一の再開の望みを託して自らの肌に針とインクで入れ墨を施す、というシーンは、アニメシリーズでは登場しなかったものの、いかにも桜庭作品らしい痛みをもって迫ってくるものがあるのです。

 本年1月から深夜に放送されたアニメーションシリーズも、8作の長編と4つの短編集を全24話にむりやり詰め込んでいるので少々駆け足の印象は否めませんが(この内容なら一年間48話でやって欲しいところですが、昨今のテレビ事情では難しいか…)、非常に丁寧に作られていて好印象。原作とはまた異なる、表情豊かなキャラクター造形は、アニメーションならではのもの。オープニングでは、1920年代という時代設定を意識してか、アルフォンス・ミュシャ風のイラストが動く様子を楽しめます。最終エピソードの3話は、原作が完結していなかったこともあり、かなりオリジナルの要素が入っていますが、メインキャストそれぞれの存在感を活かしたシーンが用意されていて、緩急の付け方も申し分なく、シリーズ物の締め括りとしてはある意味理想的なエンディングでした。
 最終話放送と最終巻発売が本年7〜8月に揃ったというのも、作者である桜庭一樹自身がかなり製作に協力した結果と思われます。推理作家協会賞、直木賞を受賞した後に、敢えてそれ以前に手を付けていた娯楽長編シリーズに決着を付けるというのもなかなかの趣向。シリーズ製作の前にスタッフに長編シリーズのラストシーンのイメージを伝えていたというから、何と大胆というか、計画的というか。アニメ最終話には九城が残した絵として、桜庭氏直筆のイラストが登場し、ヴィクトリア本人に「芸術的センスのかけらもないな……」と言わせてしまうシーンもあったりして。中川幸太郎氏の音楽も、どこかクラシカルで非常に印象的でしたが、近年の「仮面ライダー」シリーズをはじめとして特撮やアニメの音楽をかなり手掛けている方だったことを知ってあらためて驚いた次第であります。


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