6月


【書籍】P・ルクーター/J・バーレサン「スパイス、爆薬、医薬品」
 
大体学生の頃は、ある程度進学進路を決める段階で、理系か文系かを選択することになります。当時としてはそれほど疑問にも思っていなかったのですが、まあ自分は語学が好きだから文系だとか、実験が好きだから理系だとか、適当に決めていたような気も。自分の場合は、多分に性格的に文系だったにも関わらず、文学や歴史は独学できるから、むしろ不得意ながら独学の難しい科学の世界を、などと殊勝な気持ちで理系を選んだため、大学でひたすら落ちこぼれてしまったことはいうまでもありません。偏微分とか電磁気学とか、教本の1ページ目から理解不能でありました。
 しかし、今さらに思うのは、文系・理系の分け方って、今や古くさくないか? ということであります。どんな学問をやろうと外国語の文献をあたるには英語の基礎は必要でしょうし、パソコンやモバイルを駆使するのが当たり前の時代に、機械は苦手とか言っていられません。そもそも文系も理系も二律背反するものではなく、相互に補い影響し合うもののはず。
 ワインとかそれなりに専門的に学ぶようになって、あらためて思うのは、ワイン一つ勉強するにも文系・理系の両方に足を踏み入れることが必要だということです。英語をはじめとして生産国であるフランスやイタリアの言葉に触れることはもちろん、文化的背景を知るには世界史や世界地理の文系的知識が必要だし、香りの化学や生物学といった理系的な知識も重要な訳で、そこに文系だとか理系だとか言っている余裕はないし、そもそもそこで境界線を引くのはあまり意味がなさそうです。
 今回書店で思わず手にとって、そのまま衝動買いしてしまった本書も、その意味では文系も理系も区別せずに、世界のあらましを体系的に解き明かすことを試みています。化学が歴史に影響を与え、地理が化学に影響を与えてきたことを端的に示すエピソードが満載です。本をめくると文字通り理系の本で、化学式がそのまま書かれていたりします。しかしそこで議論されているのは世界の激動の歴史。ビタミンと壊血病、スパイスと大航海時代、オリーブオイルとヘレニズム文化…その関係はある意味どこかで聞いたことのある、なじみのあるテーマなのですが、個々の物質の関連性を化学式を使って説明しながら、その僅かな構造の違いが、人類の歴史を左右してきたという事実を、淡々と解説しています。
 原題は「NAPOLEON'S BUTTONS」…「ナポレオンのボタン」。当時フランスの兵士達のボタンは錫でできていましたが、ロシアの極寒の中では錫の構造が壊れボロボロになってしまう…ナポレオンの敗北は、金属に関する知識の不足が要因だった。本書はそんな話から始まり、様々な化学物質の性質と発見が歴史を変えてしまう例を、丁寧に解説しています。その意味ではナポレオンの夢を砕いたものは、アスコルビン酸の欠乏による壊血病であり、塩の欠乏であり、麦角アルカロイドであったかも知れないと話は続いていきます。著者が有機化学者ということもあって、その語り口は非常にユニーク。なんだかあらためて有機化学とか勉強してみたくなりました。


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