12月


【歌劇】サリエリ「タラール」
 映画「アマデウス」では、モーツァルトの代表作がそのまま演奏されていることが大きな魅力となっていますが、敵役で主役のサリエリが、自らの作品を指揮、演奏する場面も一部登場します。といってもそれほど出番はなく、冒頭の部分で、神父に自分の栄光の半生を語り始めるシーンと、モーツァルトが皇帝と対面するときの歓迎マーチのシーン、そして「フィガロの結婚」の上演が終了した後、サリエリがモーツァルトを自分のオペラの新作に招待するシーンくらいでしょうか。
 サリエリの作品は殆ど演奏を聴く機会はないものの、「アマデウス」以来気になって何枚かCDを購入していましたが、当時の代表作とされるオペラ作品については殆どリリースされているものもなく諦めていました。たまたまAmazon検索していたところ、サリエリの代表的オペラの1つ「タラール」がDVDで出ていることを知り購入してみました。1988年ドイツのシュヴェンツィンゲン音楽祭収録、マルゴワール指揮ドイツ・ヘンデル・ゾリステンによる演奏。「タラール」の上演は、Wikipediaによると丁度モーツァルトの「フィガロ」「ドン・ジョヴァンニ」の間の1787年。となると映画でサリエリがモーツァルトを誘った新作と時期がぴったり重なります。
 果たして「タラール」のエンディングは、確かに「アマデウス」で紹介されていたシーンと同じ音楽でした。サリエリは上演終了後、皇帝ヨーゼフ2世から「最も優れたオペラである」と絶賛され、その場で勲章を授かり何度も頭を下げながらも、誘ったモーツァルトの反応が気になって座っていた席のあたりをちらちらと眺める。やがて彼の前に現れたモーツァルトは、サリエリから感想を求められて「まさに、サリエリ!」と、褒めているのか褒めていないのか良く分からない答えを返す。
 「アマデウス」でのこのオペラのエンディングは、何か神話のような仰々しい舞台設定で、いかにも映画の冒頭でモーツァルトが軽蔑した「神話上の人物が大げさに叫ぶ」作品っぽいわけなんですが、実際本編を通して観てみると、これはこれで面白いんじゃないかしら、と思った次第です。設定はとても壮大で、自然の守護女神と火の守護男神が、古い人類を一掃して新しい人類を創造するシーンから始まります。その後は王としての役割を与えられた人間と、兵士としての役割を与えられた人間とが対立し、舞台は何故かキリスト教国が攻めてくるイスラム教国に移って、兵士が人徳によって暴君を最後には圧倒するという物語が展開します。人望のある兵士タラールの妻を誘拐した暴君アタールが、大司祭アルテネと組んでタラールを抹殺しようとするものの、タラールに救われたことのある宦官長カルピージが非力ながらタラールを助け、結果としては暴君は自滅しタラールは王となる…というシンプルな話で、別に人類創世とか守護神とか出て来なくても充分成立するじゃない、と思うものの、作品発表当時はまさにフランス革命前夜、絵空事であることを強調しないと、という事情があったのかも知れません。
 それにしても、中東を舞台に、民衆を圧迫する暴君を人望のあつい兵士が倒すというこのオペラを、旧教カトリックの総本山、中央集権の砦のハプスブルク帝国を仕切っていたヨーゼフ2世に対して披露して絶賛を浴びたというのは本当なのでしょうか。物語自体は、タラールをあの手この手で排除しようとするアタールと、何とか妻を救い出そうとするタラールとのせめぎ合いが意外に面白く、起伏のある物語となっていて、音楽的には「ドン・ジョヴァンニ」のあの凄まじくたたみかけるようなエンディングには及ばないものの、当時としては「フィガロ」や「ドン・ジョヴァンニ」のきわめて庶民的なホームコメディ的なものよりもより刺激的なストーリーとして受け入れられたような気もします。何しろテーマは「人類の平等性」であり、「王侯貴族に生まれようと、平民に生まれようと、その人生を決めるのはその資質である」という、別な意味で当時の革命前夜のヨーロッパの世相を反映させたもので、モーツァルトのオペラとはまた異なる批判精神が感じられます。
 敵味方の間を自在に行き来する道化役のカルピージは、「ドン・ジョヴァンニ」のレポレロや、「魔笛」のパパゲーノのように目立つキャラクターで、しかもそれが宦官という設定なので、発表当時はカストラート(去勢歌手)が演じたのかなあと思ったのですが、そうなるとなかなか後世再現しにくくなったのかも知れません。ちなみに「アマデウス」では、サリエリがモーツァルトに対し、フィガロは長すぎた、一時間で退屈する皇帝に対して四時間の対策を披露しても…と説明するくだりがありますが、「タラール」自体上演時間3時間の大作で、「フィガロ」とそれほど上演時間は変わりません。むしろサリエリのオペラが当時絶賛されながらその後上演されなくなったのは、舞台装置があまりに贅沢で再現が厳しいからという話もあり、今後もっと取り上げられても良いのではという気がします。


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