6月


【映画】サム・ライミ「スパイダーマン」

 異星人であるスーパーマンや、大富豪であるバットマンに比べて、スパイダーマンはどちらかというと地味なヒーローであります。人間がマスクを被っているだけだし、飛び道具の類いも持たないし、賞賛されるどころか新聞で叩かれてばかりいるというなんとも報われない正義の味方。昔、池上僚一の日本を舞台にした漫画を読んだことがあるんですが、やたら暗かった。もっともその頃の池上氏のタッチは当時の劇画調で今よりずっと表情豊かではありましたが。
 アニメも観た記憶もあるんだけど、どちらかというと忘れかけていたこのキャラクターを鮮明に印象づけてくれたのが、四年前に小学館から翻訳版が刊行されたアレック・ロスの「マーヴルズ」。マーヴル・コミックの世界をリアルに描くこの本の最終章は、「THE DAY SHE DIED」。ステイシー警部がスパイダーマンに殺されたという疑いをはらすため、老いたるカメラマンの主人公は警部の娘のグエン・ステイシーに接近するが、彼女がスパイダーマンことピーター・パーカーの恋人であることを知ったグリーン・ゴブリンは彼女を誘拐し、その後を追ったスパイダーマンの奮闘むなしく彼女は殺されてしまう。
 このエピソードは1973年に描かれた原作でもかなり話題になったものらしく、今回の映画もそれを多分に意識したつくりとなっています。原作では主人公を慕う女性はグエンとメりー・ジェーンの二人で、映画ではメリー・ジェーン一人に絞られてはいますが。グリーン・ゴブリンが主人公パーカーの唯一の親友の父親であり、二重人格者であることがより主人公を苦しめ、度重なる誤解や逆恨みを買う仕組みとなっています。
 踏んだり蹴ったりの目に遭う、まさに気の毒な主人公ではありますが、そこがある意味受けたのでしょうか、スーパーマンやバットマンを掲げたDCコミックに押されて廃刊に追い込まれたマーヴル・コミックを復活させただけのことはあります。あまりにも純情で思ったことも口にできない等身大の主人公と、人助けを続けながら社会から糾弾され続けるヒーローの姿が違和感なく重なり、本当の意味で無私の姿勢で他者のために自らを投げ出せる人間というのはこういう心を持っているものなのかも知れないと納得してしまったのでした。
 映画の方はやはりハリウッド大作ということで、摩天楼の中を軽々と飛び回る浮遊感はさすがに見事。ストーリーも原作ほど悲劇的ではないものの、単純なハッピーエンドにしていないところは逆に好感が持てました。主人公にしても、ついつい「そこまで思いつめなくてもいいのに……」と忠告したくなるほど生真面 目なところがいいですね。考えすぎることは確かにあまり人を幸せにはしないものだけど、考えていない人間よりはやっばり素晴らしいと思います。これも「バットマン」同様シリーズ物になりそうですが、できるかぎりこのトーンを大事にして欲しいと思います。ダークな主人公が魅力のはずの「バットマン」シリーズも、ティム・バートンの二作以降はなんか大所帯になっちゃって今一つかなと思っていたんで。



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