3月


【映画】ポランスキー「戦場のピアニスト」

 ロマン・ポランスキーといえば、ホラーの金字塔「ローズマリーの赤ちゃん」であり、生々しい古典の映画化「マクベス」であり、痛ましくも美しい音楽で終わる「チャイナタウン」であります。それと同時に身重の妻シャロン・テートを連続殺人犯マンソンに惨殺された悲劇の人であり、13才のモデルの少女と関係を持って有罪判決を受けたアヤシイ人でもあります。およそ人間のダークな側面 を白日のもとにあばき出すような作品を送り出す一方で、それに劣らぬ人間のダークな側面 に文字通り身を委ねたような人生を送っている……そんなイメージを持っていました。なかなか激しい内容の自伝を書いてベストセラーになったそうですが、日本で売っているのを見たことがないなあ。翻訳されていないのかしら。
 悪魔を宿したローズマリーが見る暗示的な悪夢、そしてマクベスが三人の魔女に見せつけられる誘惑と破滅を暗示する悪夢……不条理な流れの中に挿入されるリアルな映像の断片。登場人物が見る「悪夢」を、これほどストレートに、しかもグロテスクに映像化した作家を他に知りません。
 さて、そんなポランスキーさんがホロコーストを描くという。古くは「アンネの日記」から、最近では「シンドラーのリスト」(パンフレットによると、最初に映画化の依頼が来たときに断ったそうですが……)に至るまで、ユダヤ迫害を真面 目に描いた映画はお涙頂戴物と相場が決まっていますが、あのポランスキーがそんなにフツーの映画を撮るとも思えない。久々の「悪夢」のシーンがお目見えするのではないかしら……。追いつめられた主人公が見る悪夢として、人が人を殺す幻想的だがリアルな映像が効果 的に挿入されるに違いない……。
 そんな期待をして映画に見入ったのですが、疲弊しきった主人公がベッドに横たわる場面 は幾つかあったものの、「悪夢」のシーンは現れませんでした。全てが悪夢のように過ぎていったゲットーと廃虚の記憶の中には、悪夢すら入り込む余地がなかったのだ、と言えばそれまでなのかも知れませんが。主人公は前半でこそ家族とともに身をすり寄せるように生きているのですが、突然家族を奪われ、一人隠れ家を転々とする後半は殆ど声を押し殺し、セリフも殆どなく、ひたすら窓の外から理不尽な悲劇を目撃し続ける存在へと転落します。窓の外で起こる出来事に彼はまったく手も足も出ず、ひたすら見るしかない……強制的に悪夢を見せつけられ続けるという恐怖と無力感。閉塞感と被害妄想のテイストを映画の世界に持ち込んだポランスキーのある意味到達点が、このような作品に集約されたというのは、意外でもあり、当然のようでもあり……。
 「吸血鬼」のようなコメディ映画も作っているとはいえ、やはり多くの作品群では「ユーモア」や「笑い」といった描写 よりも、それを全て押さえ込むシニシズムが優位に立っていましたが、今回の作品でもその辺のドライな感覚は健在。ナチスの将校達が歩道を通 ろうと待っているユダヤ人達に「寒けりゃ、踊れ」と無理矢理ダンスを踊らせるシーン……そして列を作って静かに行進しているユダヤ人達に対して、大晦日だからと鞭打ちした後に、「陽気な歌を歌え」と迫るシーン。迫害するものの楽しげな笑いほど、笑いから遠いものもありますまい。主人公を助けるドイツ軍将校のエピソードも、やりようによっては「シンドラー」なみの感動的なシーンに仕上げることもできるのに、あえて捕らえられ命乞いをするシーンを加えているあたり、覚めた視点はこの作品でも健在です。
 金曜の深夜に「虎乃門」とかいう番組をやっていて、井筒監督が映画を観て5点満点で批評をするというコーナーがあり、丁度この作品を取り上げていたのですが、この作品については「採点不能」とのことでした。単純に感動するしないと言えるような作品ではない、ということのようですが、実際に観てみてあらためて確かにその通 り、と納得した次第であります。初めて監督サンと意見が合ったかな?


【映画】ピーター・ジャクソン「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」

 全三部作からなる「指輪物語」の映画第2作目。前作「ロード・オブ・ザ・リング」のガンダルフ墜落のシーンから始まりますが、オープニングタイトルはシンプルで、その分火口へと落ちるシーンは相当な迫力。というか、いくらなんでも死んじゃうだろう!てな凄さです。やはり三部作を通 じて実質的に活躍するのは魔法使いガンダルフなんですね。アーサー王伝説のマーリンみたいな位 置づけとはいえ、その活躍ぶりは段違いです。
 さて、「今度は戦争だ」とばかり、前作以上の集団戦闘シーンが続出。魔狼ワーグにまたがるオークの軍隊とローハンの騎馬隊が戦うところなど、一体どうやって撮影したんだろうかと思うし、クライマックスで一万のオーク軍の水平に構えられた長槍に向かって突撃していくシーンなどは、そのまま撮影したら危険すぎるし、合成するとしたら気の遠くなるような作業になるし……その辺はかなりカットごとに処理を変えているとはいえ、40分近い戦争のシーンをこれだけ丁寧に描いた映画というのは他になかなかなかったと思います。中世を舞台にしたアーサー王やジャンヌ・ダルクを描いた映画も、史実に基づいたとはいえ規模だけでなく時間的にもかなりあっさりした物が殆どだったし。黒沢映画の「七人の侍」の雨の乱闘シーンに近い印象もありますが、大群が城を崩していくスケールの大きな戦闘と、登場人物達が剣をふるい、あるものは倒され、あるものは生き延びるという個々の戦いのシーンとがうまく切り返されて連続していく様は、まさしく手に汗握る、という表現をそのまま地でいくストレートさ。
 善対悪という構図があまりにはっきりしているため、交渉も駆け引きもなくいきなり全面 対決になってしまうあたりは、まあファンタジーとしての限界かも知れません。特に今のキナ臭い国際情勢を見ると、「やっちまえ!」式の、平和なんか説くのは蛇の舌の役割よ、みたいな展開には抵抗を感じなくもないのですが……特に今回は、対立する相手であるサルマンも僅かに塔の中でうろうろするだけで殆ど出番はないので。その分、第三部の決着の仕方が非常に興味津々です。「スター・ウオーズ三部作」方式なら、文字通 りのスペクタクル大団円となるのですが、原作通りなら一通りの決着の後にもう一つの展開が用意されているわけで……ピーター・ジャクソンのこの二作目までの進め方を見ていると、そこら辺は意外と自由にやっている印象があるので、あくまで原作通 りにやって欲しいとは思うものの、さてどうなることやら。
 うごめく生きている大木、全身CGの敵とも味方ともつかないユニークなサブキャラクターの登場、肉体的に苦しむ主人公……と、そういえば「ハリー・ポッター」第2作目の「秘密の部屋」と似ているところもあるなあ……。両者とも一年ごとの三部作というのが成功理由の一つでもあるのですが。


【映画】マイケル・ムーア「ボーリング・フォー・コロンバイン」

 単館ロードショーで話題となり、拡大公開となったいわくつきのドキュメンタリー映画です。アメリカの銃器規制問題を扱っていながら「笑える」映画だと宣伝されていたので、そりゃちょっと面 白いかもなと思ったのですが、実際観てみると思いの他真面目な映画で、それほどクスクス笑えるってものでもなかったです。冒頭の銃をぶらさげたワンちゃんの映像や、カナダの突撃訪問なんかはそれなりに可笑しいけれど、「What A Wonderful World」の曲をバックに延々と流れる米国軍の他国侵攻の映像や、6歳の少年が6歳の少女を銃で撃ち殺してしまった事件を負うくだりはただひたすら痛々しい。もう少し乾いたブラックなユーモアを期待していたのだけれど、それはどちらかというと英国の方が本場なのかな。一部アニメーションが挿入されるのですが、そこもむしろ本作でも引用される「サウスパーク」あたりの持つテイストで良かったのではと思ったくらいだけど……。
 この映画ではひたすらストレートな告発が繰り返されます。その意味ではむしろ初期の小林よしのりの「ゴーマニズム」あたりのノリに近いかも(最近は読んでないのですが……)。しかし日本では薬害エイズやオウム問題でもカメラ持参でここまで徹底した「突撃インタビュー」をやって見せた例はないから、単純比較はできないでしょうが。
 カナダを取材するシーンは特に考えさせられました。要はアメリカは銃を規制していないからいけないんだ、日本みたいに全面 禁止にすりゃあ、と日本人なら誰でも思うところでもアメリカ以上に銃の世帯保有率が高い隣国カナダでは、銃による死亡者数はアメリカの百分の一、必ずしも銃の所有がそのまま銃犯罪に直結している訳ではないらしい。禁酒法をしいた途端に飲酒量 が跳ね上がり、ギャングが羽振りをきかせるようになった歴史を思えば、禁銃法でも施行されようものなら、密売人が暗躍し下手すると余計に死亡率が上がり兼ねないです。
 問題なのは規制の有無ではない……恐怖心の蓄積なのだ。その辺を繰り返し、語らずに「見せている」ところにこの映像作品の芯の強さがあります。「ブッシュ反対!」「銃を規制しろ!」の連呼に終わらず、あくまで「対話」以上のものは求めない。フェアーに言い分を聞こうじゃないかと言いつつ、しっかり自らの一つの主張に集約させてしまっているところに、ある種の「あざとさ」を感じる人もいるでしょうが、ドキュメンタリーの手法としては真っ当なものだと思うぞ。
 気になったので上映終了後劇場でムーア著「アホでマヌケなアメリカ白人<原題:STUPID WHITE MEN>」(柏書房)も購入。どぎついマンガ風の表紙とタイトル、けんか腰の口語体風の和訳に少々戸惑いつつも、一気に読んでしまいました。ブッシュ大統領の選挙疑惑に始まり、黒人差別 や女性差別、共和党・民主党批判まで、映画以上にその物言いはストレート。地球温暖化や狂牛病のあたりの説明は少々安易な気もするけれど、米国社会の抱えている矛盾と危険性には今さらながら不安を感じますなあ。日本のように閉鎖的で出生率1.3といった有様のもはや衰退するしかない国家と違い、移民を受け入れ国土も広いアメリカは 今後も人口増が続くと言われています。EU加盟国の人口も減り続けてるし、中国・インドの人口増加もそろそろ頭打ちとなれば、今後人口増を続けられるのはアメリカの他にはイスラム圏があるばかり。枕元に銃がないと夜も眠れない国と、過激なイスラム原理主義の国とがいわゆる「世界標準」になってしまうとしたら、この先一体どうなるというのかしら。



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