【展覧会】ブリジストン美術館「レオン・スピリアールト展」
以前に観た「ベルギーの巨匠五人展」に出展されていたスピリアールトの作品の中で、最も強い印象を受けたのが「自画像」であります。紙にインクとガッシュと色鉛筆で描かれたこの作品、画面
中央の画家の上半身は殆ど眼窩の部分が黒く塗りつぶされていて、まるで骸骨か幽霊を思わせる恐ろしげな形相をしています。スピリアールトは同じベルギーの画家、お札の顔にまでなったアンソールを尊敬していて、アンソールが散歩に出掛けようとすると追っかけてきてつきまとうほどだったそうですが(ちなみにアンソール自身は「私は一人で散歩するのが好きです」と友人に手紙で書いているそうです……)、アンソールも自画像を骸骨で描いていたりします。しかしアンソールの骸骨自画像がどこかユーモラスでカラフルなのに対し、スピリアールトの自画像はどこか死体のように生気がなく文字通
り陰鬱で、それだけにインパクトが強いものとなっています。
今回のスピリアールト展では、以前に五人展で観た作品に加えてさらに数点の自画像が出展されていますが、どれも皆一様に暗く、さまざまなスタイルの違いはあるものの、孤独と絶望と死の影から逃れられないありのままの自分の姿を描いているようで、何とも痛ましく感じられます。特に前回観たのと同じ作品のすぐ横には、完全に亡霊と化した自分を描いた「鏡の中の自画像」が展示されていて、非常にショッキングな印象を与えていました。
ムンクを思わせる幻想的な作風、とはパンフレットにも書かれていたことですが、確かにムンクのいくつかの作品には、「マドンナ」にしろ「吸血鬼」にしろ、骸骨のように目の落ちくぼんだ人物が頻繁に登場します。しかしムンクの場合は自画像ではなくあくまで絵の中の女性やその他の人物が骸骨化しているわけで、そこには常に他者の死を冷静に見ている画家の視点が感じられるのです。その意味では自らの死を意識したスピリアールトとは若干視点の位
置が異なるようにも思われます。作品の持つ凄まじさという点では、燃え上がる炎のような背景を描いたムンクの方に軍配が上がりそうですが、自らの姿を闇の中に沈ませてしまうようなスピリアールトの作品も、不吉さという点では決して負けてはいないようです。
数点の自画像と並んで印象的なのが「めまい」という、ちらしの表紙にも採用された作品。螺旋状の急な階段を、強風にあおられながら危なげに降りていく女性のシルエット……。殆どモノクロで描かれ、シンプルな構図でありながら、文字通
り目まいを起こしそうな幻惑感を観るものに与える作品となっています。眼下の闇へと連なる階段を、なぜ彼女は降りて行かなくてはならないのか……。上へと登る階段は霞んで消えかかっており、彼女は下へと向かわざるを得ないようにも見える。それは文字通
り死へと向かうしかない人生そのものの寓意なのかも。パンフレットによると、「めまい」にはもう一点、同じ題材を描いた作品があり、そちらの作品は既に失われてしまって写
真しか残っていないようですが、シルエットではなく女性の姿が表情に至るまで細かく描かれているようです。その点では確かにそちらの方がよりムンク的かも知れません。シルエットにすることによって、対象の表情は隠され、結果
としてより多犠牲が付加され、他者の恐怖を目撃するという視点が曖昧になり、漠然とした恐怖感に共鳴するしかなくなる……。自ら描く自分の姿に死の影を塗りこめていかざるを得なかったスピリアールトならではの、「静かな恐怖」を描き出した傑作だと思います。ここには孤独と死と絶望の全てが、さりげなく配置されている……そんな印象を与えてくれるのです。
【映画】スピルバーグ「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」
スピルバーグとトム・ハンクスとレオナルド・ディカプリオの三人が手を組んだ! と大々的に宣伝されている映画であります。16才の少年が、小切手を偽造しパイロットや医者になりすましてFBIを出し抜いていくというウソのようなホントの話をそのまま映画にしたというもの。
こりゃやっぱりコメディ路線で笑わしてくれるんだろう、とあんまり期待もせずに見に行ったのですが、オープニングこそヘンリー・マンシーニかしらと思わせるスタイリッシュなアニメーションで軽快に始まるものの、のっけから異国の不衛生な留置所に拘禁されているシーンから始まったりして、正直ゲラゲラ笑えるというノリではありませんでした。確かに全体的に暗さはなくハッピーなムードではあるんだけれど、もっと笑える話にできると思うんだけれどなあ。やはり実話で本人が監修しているということもあってあまり遊べなかったのかしら。
一緒に行った二人は原作を読んでいたのですが、原作の方がより軽快で主人公も頭が良いとのこと。原作がさしずめとびきり若い「ルパン三世」だとすれば、映画はちょっとウエットなファザコン少年のストーリー。逃亡中に父親を失った主人公は追ってくるトム・ハンクス演じる捜査官ハンラティに父親の姿を重ねていく……のですが、原作ではいつ父親が死んだなんてろくに言及もされていないし、ハンラティ捜査官も実在の人間を何人か重ね合わせた映画上の創作らしいし。
もっともディカプリオは今回のこの役が一番彼らしいような気がしました。危なっかしい若い詐欺師、ってのが意外とサマになっていて、観てはいませんが「ギャング・オブ・ニューヨーク」の肩ひじ張った役よりもずっと自然なキャスティングではないかと。何でも二年近くかかった「ギャング……」のあと、この「キャッチ……」のロケ撮影は2ヶ月で撮ってしまったそうですが、それだけに逆にかなりの部分地の演技で行けたんじゃないかと思うんですが。
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