【小説】京極夏彦「巷説百物語」「続巷説百物語」
京極作品に関して言えば、講談社ノベルズのシリーズは「姑獲鳥の夏」から全て奇麗に揃っていたのですが、「怪」に連載された「巷説百物語」シリーズの方は単行本に手を出していませんでした。連載段階で結構読んでいたというせいもありますが。今回「後巷説百物語」が直木賞を受賞したというのと、映画「嗤う伊右衛門」の上映に合わせてか、三月になってケーブルテレビで「怪」四部作が一挙放映されたり、TVKテレビのアニメを観る機会があったりしたので、この際だからと一挙に読んでしまおうと思った次第であります。
しかし近所の本屋で売っているのは、第一作の「巷説百物語」が角川文庫、第二作「続巷説百物語」が中央公論新書ノベルズ、第三作「後巷説百物語」が角川書店単行本と、値段も大きさも装丁もバラバラ。本来ならネット販売か何かで一括で単行本を揃えるのがスジなのですが、待ちきれずに今手に入るバラバラの状態で三冊購入してしまいました。お陰で本棚の収まりの悪いこと。京極堂シリーズはきれいにノベルズで揃っているのになあ。
戯作者山岡百介を中心に、御行の又市、山猫廻しのおぎん、事触れの治平、算盤の徳次郎といった小悪党達が、庶民にとってまだ身近な存在だった妖怪達を引き合いに出して悪業を暴き懲罰する物語。実は「怪」の一作目「小豆洗い」を読んだ段階では、まあうまくまとめた短編だなあという程度の印象で、ドラマ化されたりアニメ化されたり賞を取ったりするほど盛り上がろうとは予想していなかったのでした。出世作の京極堂シリーズがいまだに映像化されていないことを考えると、ある意味意外な成り行きなのですが……。
連作短編集としてあらためて通して読むと、章ごとに視点が入れ替わる「巷説」、主人公百介の視点で統一され、「巷説」の作品の間を埋めるようにして一つの長編を形成している「続巷説」、そして老人となった百介が昔話を語る「後巷説」と、それぞれ細かい趣向が凝らしてあり、独立した短編が一つの統一された世界観を形作っているところが分かってあらためて納得。それぞれ一冊の本として読むと、一個一個の作品に目を通
しただけでは味わえない充実感があります。第一シリーズではあくまで語り部の一人に過ぎなかった百介は、第二シリーズでは見事に物語の中心に収まり、第三シリーズでは単なる語り部の立場を越えて、驚愕すべき体験を淡々と事も無げに語るどこか風格のある人物として描かれています。
難しい漢字がどんどん出てきて、決して今風の文体ではないにも関わらず、意外とスイスイ読めてしまうのは不思議。どちらかというと、夏目漱石の「吾輩は猫である」や芥川龍之介の諸短編を読んでいる時の感覚に近いような……セリフがカギカッコの中と地の文の両方にまたがることによる独特のリズムや、どこかとぼけた重複の言い回しに特にそれを感じます。
この基本骨格は原作もドラマ、アニメも変わらないのですが、それぞれ別の雰囲気を持っていて興味深い。
ドラマは文字通り「必殺仕置き人」の世界。罪のない人間達が次々と殺されて、悲劇が頂点に達した時に、「さて、弔いだ」とばかりに又市、おぎん、徳次郎、治平といった面
々が小道具片手に悪人達を血祭りに上げるという……誰が黒幕かというミステリ的な仕掛けもあることはあるけれど、基本的には勧善懲悪の痛快時代劇のノリですね。特に第4話「福神ながし」は原作にはないオリジナルで、京極堂シリーズを彷彿とさせる憑き物落としこと「中禅寺洲斎」なる人物が又市一味と対峙するというお遊びも。一方アニメーションでは、ホラーのテイストが全面
に押し出されていて、又市一味もどちらかというと変幻自在の「この世のものならぬ
」異形者達として描かれています。又市は一瞬にしてその場から姿を消してしまうし、長耳というキャラクターは体の大きさも自由に変えられる変身能力を持っているし、やたらと妖艶なおぎんはどうやら年を取らないようだし……。闇の世界の住人というよりはむしろ妖怪そのものという感じ。どちらも原作の世界とはかなり違っているとは思うのですが、それなりに比較対照して楽しめてしまうところはある意味このシリーズの強みかも知れません。京極堂シリーズの場合はこうはいかないような……原作において各々のキャラクターがかなり細かく描写
されているので、イメージが少しでもずれると非常に違和感が生まれそう。その点又市一味は、ドラマのように寡黙な美青年に描かれようが、アニメのようにチビな皮肉屋に描かれようが、どちらもそれほど不自然に感じなかったりして。ちなみに、ドラマでもアニメでも、共に「京極亭」という名で原作者の京極夏彦がゲスト出演しています。いやはや、サービス精神の旺盛な御仁であります。
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