【小説】テッド・チャン「あなたの人生の物語」
最近ではなかなか本屋に寄るヒマがなく、本を薦めてくれるような友人との接触も減っているので、どうしてもガイドブックに頼りがちになります。というわけで、「SFが読みたい! 2003年版」で海外部門第一位
を獲得したテッド・チャンのSF短編集「あなたの人生の物語」を読みました。一時期SFもミステリもやたら分厚い、「ハイペリオン」みたいなタイプの長編作品が話題になっていたのですが、最近ではもっと手軽に読める短編集が喜ばれるようになったみたい。
テッド・チャンはその名の通り中国系の両親を持つアメリカ人で、1967年生まれだから、当然私より若い(それは別
に今さらいいって……)。この短編集に収められたものが作品の全てであるにも関わらず、殆どの作品がヒューゴー賞やネピュラ賞を獲得してるということで話題になっている俊英であります。
一通り読んでみると、バビロンの塔やゴーレム、天使などやや宗教がかったネタが多く、どちらかというと半分ファンタジーを読んでいるような印象でした。扱われている素材は神話的でも、そのアプローチはあくまで論理的でSF的、というのが売りのようなのですが、設定のアクロバット的な展開を楽しむというよりは、神話的な世界の約束事の中で翻弄され、あがく人間をひたすら追っていくというスタイルなので、やはりこれはファンタジー的な作品群と言っていいような気もします。
エイリアンとの第一次接近遭遇と、死んだ娘の回想とが交互に語られる表題作は、一見脈絡なく話が進むように見えて、最後には「なるほどそういうことだったか」とうならせる設定ではあるものの、素直に読んでいて感動できる作品かというと、そうも言い切れないところが苦しいかも。この表題作に限らず、この作品集の中の登場人物は皆、その世界の規律に縛られていて、その中であがきつつも運命を受け入れていく、というスタイルになっているので、それはある意味短編作品の限界なのかもしれませんが、少々息苦しさを覚えることも否めないのでした。
「SFが読みたい! 2003年版」で、前述「あなたの人生の物語」に次いで海外部門の第二位
を獲得したのが、このイーガンの短編集であります。
イーガンもチャンも、短編の着想や構造に共通点があるように思われます。チャンがどちらかというとファンタジー的な、ある意味極端な独自の規律のある世界を描いているのに対し、イーガンの作品はあくまで正統派の未来予測の範囲を越えないという点での相違はあるものの、理不尽な運命に翻弄される人間を徹底して描くという点では似ています。そこに必ずしも救いがあるわけではなく、「しあわせの理由」や「移相夢」の主人公は、「あなたの人生の物語」や「地獄は神の不在なりき」の主人公同様に不幸だったと思うのです。
その意味では、この作品集で一番印象に残ったのは、「ボーダー・ガード」という作品。出だしは「仮想ボールを使って量
子サッカーに興ずる人々」という、いかにもとっつきにくい場面から始まるのですが、中盤から不死に対して登場人物が意見を戦わせるくだりになって一気に話が盛り上がります。
「悲観主義者達は間違っていた。死が人生に意味を与えることは、決してない。生の価値は、常に全てが生そのものの中にある……それがやがて失われるからでも、それがはかないからでもなくて。」
生ははかないからこそ、限りがあるからこそ価値がある……それは意外と、あらゆる文学作品で繰り返し唱えられてきたと思うのですが、この作品の登場人物は、実際に生と死の境界線(ボーダーライン)に立ちながら、その意見に真っ向から食ってかかります。この力強い生の肯定は、それが全て正しいかどうかは別
として、非常に魅力的に感じられたのは確かです。
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