6月


【映画】ウォルフガング・ペーターゼン「トロイ」

 ホメロスに心酔したシュリーマンは、その叙事詩の記述に従ってトロイを発掘し、それによってトロイヤ戦争が史実であったことを証明した……という話を子供の頃本で読んで、それなりに感動したものです。ただし最近では、彼の発見した遺跡は、実はトロイではなく、ローマ時代になっても栄えていた都市だったとされており、トロイヤ戦争が果 たして実際に行われたかどうかはどうやら定かではないようです。
 完璧な防御力を誇るトロイの城壁を突破するために、ギリシャ側は巨大な木馬を作り、トロイ側が戦利品としてその木馬を城内に持ち込むと、その中に潜んでいた兵士達が夜中に抜け出して街に火を放つ。結末だけ見るとどう考えても卑怯なだまし討ちにしか思えない話ではありますが、考えてみれば日本のヤマトタケルのクマソ征伐にしたって、源頼光の酒呑童子征伐にしたってだまし討ちのようなもの。ホメロスは敵方であるトロイの王族、ヘクトールやプリアモスに対して「敵ながらあっぱれ」的な描写 をしているようなので、その意味では現代の相手をののしるばかりの戦争よりはまだ節度があったのかも。
 映画の「トロイ」は、基本的にはトロイヤ戦争を史実として扱い、生身の人間同士の戦闘として描いていますが、ホメロスの「イリアス」「オデュッセア」では、ギリシャの神々がギリシャ側とトロイ側に分かれて色々と干渉し、それによって戦いの優劣が左右されます。そもそも戦争の始りからして、極めて神話的。争いの女神エリスが「一番美しい女神へ」と書かれたリンゴを投げ入れると、ヘラとアテナとアフロディーテがそれぞれ自分の物だと手を伸ばして争い始め、ゼウスはその審判をよりによって地上の羊飼いパリス(実はトロイヤ王プリアモスの息子)に任せます。ヘラは権力を、アテナには戦場での名誉を、アフロディーテは人間の中で最も美しい女性を妻に与えることをパリスに約束し、パリスは当然ながらアフロディーテを選びます(そりゃ権力だの戦場での名誉だの、そんなものもらってもなあ……)。しかしどこぞの相手のいない普通 の女の子でも与えればよいものを、アフロディーテがめあわせたのは既にスパルタ王の妃となっているヘレネ。しかもヘレネにはオディセウスをはじめとして彼女に忠誠を誓った名将達がぞろぞろとついている始末。かくしてヘレネを奪ってトロイヤへと逃げ帰ったパリスを追って、ギリシャの船団が襲いかかることになったわけでした。
 実際には古代の都市国家同士の覇権争いだったに違いないトロイヤ戦争は、こうして最初から最後まで神々のわがままに振り回される形で進められることになるわけですが、実際に映画を見終わって思うのは、やはりここは荒唐無稽でも神々やその超能力を実際に見せた方が面 白かったんじゃないかしらということ。「ロード・オブ・ザ・リング」では、原作通 りに魔法使いや龍や森人間をリアルな形で出すことによって、物語の神秘性も娯楽性も一層高まったように思うので。木馬の場面 も、やはりラオコーンの警告と、その後に続く海蛇によるラオコーン親子の殺害という場面 がないと、何だか物足りない気が……。ラオコーンは「木馬が怪しい」とトロイヤの人々に警告し、その直後に海から現われた蛇によって二人の息子共々殺されてしまう。それを見た人々は、ラオコーンの無礼が神々の不興を買ったのだと思い込み、木馬を城内に入れる決心をするわけで……人間以上の能力を持った神々が人々を欺くが故に、人々は愚かな行為を繰り返し、英雄が報われずに死んでいく……。それを実在しない神のせいだとしたのは確かにある意味ご都合主義ではあるのですが、どうにもならない悲惨な現実を、人間以上の神々の仕業とあきらめざるを得なかった、古代の人々の行き場のない嘆きのようなものをそこに感じるのです。


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