98年/今年の映画鑑賞一覧


(◎:おすすめ ○:普通 △:今一つ)

<1月>

P・カッタネオ「フル・モンティ」◎
 実は殆ど予備知識なしに行ったのが正解だったのかも知れない。(単に失業した男達がストリップで稼ごうと無茶をするという骨組みだけ聞いていた) 多分誘われなかったらまず自分からは行かなかったかも……。
 とにかく笑えました。楽しい! おすすめ! これはいい! 期待以上! 
 これだけ複数のキャラクターを90分の間に魅力的に見せてしまうというのは実は難しいんじゃないか?
 個人的には離婚した両親の間でイイ味だしてるそれなりに父思いの主人公の息子の男の子と、ノーム人形大好きな元上司のおじさんが好き。

「メン・イン・ブラック」○
 衝動買いならぬ衝動鑑賞。実は結構期待していただけに……。殆どメインのシーンを予告編で観ているだけに、驚きが足りない……。充分キャラを搾ってるのに「フル・モンティ」ほど感情移入出来ない。うーん。
 むしろ地球のゴキブリが殺されると怒ってしまう適役のゴキブリ宇宙人がかわいそうに思っちゃった。設定は好き。「ゴーストバスター」なんだと割り切ればよいのだが。

J・キャメロン「タイタニック」◎
 これは実はすごかった。おすすめ! キャメロン万歳!
 期待はしてなかったんですが……たまたま土曜日朝早く目が覚めたので一人で見に行ったんだけど……タイタニック号の沈没をテーマにしたラブ・ロマンスなーんて。どーせなら「思考機械」の作者、ジャック・フットレルの話でもやってくれよと思ったくらい。
 んーでもしっかり観てしまった。実はロマンスだけの話ではなかったのだな。後半の見せ場は相当な物で、それだけでも一見の価値あり。バックに鋭い人間批判が見えかくれするのがよい。さすが「ターミネーター」の監督! うまく言えないけれど、後に引きずるものがある。最初から「助からない」シチュエーションが提示されているだけに、全てのシーンが印象的になる……。別に、ばたばた逃げられない人々が死んでいくシーンばかりを喜んで観てた訳ではありませんよ。念のため。とーぜん、批判するのは簡単。ダイヤのエピソードが蛇足だとか。(私もちょっとそー思う。なんで大事  に持ってたの?)階級差別がテーマなのは今日的ではないとか。でもそういった細部の不満を忘れさせてくれるエネルギーを感じました。3時間14分は必要な長さだ。

ミミ・レダー「ピースメイカー」○
 結構リアルです。どこまでリアルなのかは正直言って知識の乏しい私には判断しかねる部分もありますが。原爆ってそう簡単に不発にできるの? 手元にある「ザ・殺人術」って本には、「今日まで不発に終わった原子爆弾の記録はない」って書かれてるけど。
 主人公達がかならずしも正統派の優等生に収まっていないのがいい。主人公までが子供に弾が当たってもいいから撃っちゃえ!と叫んじゃうくらいですから。そこまでドライだと観客ひいちゃうだろ、ってとこまでもってくところは好ましいです。

<2月>

G・デル・トロ「ミミック」△
 出だしの雰囲気はとても良い。カイル・クーパーのオープニングもとても印象的で、「セブン」を始めとする多くのタイトルバックの中でも出色の出来だと思います。最初の目撃者となる子供の描き方も良い。
 でもどうも後半の処理が……。道具立てが良いのに伏線が伏線になってないような。題名が「ミミック」なのに、人間に完全に擬態しているシーンがない。只の大きな昆虫……。主人公の妊娠もアドバイスする老学者も物語に生かされていないような気がします。

W・ペーターゼン「エアフォース・ワン」○
 ハリソン・フォードの大統領というわけで、実際アメリカ映画って大統領が好きだなあと思いつつ、良く考えてみるといかにも「アメリカ」した映画を撮っているのは皆ヨーロッパの人だったりして。「インディペンデンス・デイ」もドイツ人のエーミッヒだったし。ティム・バートンの「マーズ・アタック」は生粋のアメリカ人だけど、ジャック・ニコルソンの大統領は徹底して情けなかったからなあ……。

M・デッペ「スポーン」○
 期待の「スポーン」ですが、うーん、私は意外と好きなんだが、こーゆーの。ただ映画ファンが喜ぶ展開なのかというと……。
 悪態をつきまくるクラウンというキャラクターが、いかにも道化役ということで良く喋るんだが、やはり悪役はあまり喋りすぎては軽くなっちゃうという欠点が……。あんまし強そうに見えない。ターミネーターとかレプリカントとか、寡黙なのが良かったのだな。

<3月>

G・デル・トロ「クロノス」○
 「ミミック」の監督ということで、やはり共通するのが「昆虫」。主人公を吸血鬼にしてしまう装置が、金属の鋳型に昆虫の体を仕込んだ物、という設定は、あまりにも無理矢理なんだけど、余程好きなんだねえと思わず納得。「昆虫は神に近い……死んでも復活する」というセリフは、「ミミック」でも言われても良かった物ですな。この作品でも物言わぬ子供が出てきますが、この子の扱いも「ミミック」よりは自然。「クロノス」って「サトゥルヌス」の事でしょう? この子も食われちまうのかと思いましたよ。

ジョン・ウー「フェイス・オフ」◎
 今年イチオシのアクション映画、「ダイ・ハード」の再来、ということで、かなり前評判の良かった作品です。テロリストの弟から情報を得るために顔を取り替える、という設定は知っていたのですが、そんな面倒なコトしなくても整形か自白剤使うかした方がラクだろう、と思ってました。
 基本的にはこれ、トラボルタとニコラス・ケイジの演技を楽しむ映画だと思います。確かに入れ替わった様に見える、ってことは相当息があっていないと不自然になるわけで、細かい仕草、クセ、こだわりをそれぞれがなぞるあたりが実に丁寧に描かれていてびっくり。
 畳み掛けるようなガン・アクションという点では、「男達の挽歌」ほどの衝撃はないものの、冒頭のケイジのぶっとんだ悪役ぶり、中盤のトラボルタの道化ぶりなどは、ハリウッドの顔の「濃い」巧い俳優を使って正解、という感じで、もし香港でアジア系の俳優でやっていたらこれほどグッとは来なかったかも知れない……。
 本来はもっと近未来の、SF映画的仕上がりを狙った脚本だったようですが、あえて現代を舞台に直した気持ちも分からないではないです。SF映画としての「フェイス・オフ」も観たかったような気がしますが。

<4月>

ロビン・ハーディー「ウィッカー・マン」○

ピーター・ロード、ニック・パーク他「アードマン・コレクション」◎
 「ウォレスとグルミット」と同時上映されていた作品が殆どなんですが、新作も四本ほどありました。「アダム」「アーリー・バード」「アイデント」「愛してる・愛してない」。四月にはビデオになるとかで、さっそく買おうかなと思っています。
 「アダム」は特にラスト、当然最後にはイヴがやって来ると思っておめかしをしているアダムに、与えられたのがペンギンという、何の意味もないオチがとても笑えます。
 「愛してる・愛してない」は、男が花びらを一枚一枚抜いていくたびに、天国と地獄の入れ替わりが次第にエスカレートしていく所が面白いのですが、男がさりげなく持っているのが写真立てではなく鏡であった、というブラックな感覚もなかなか良いです。

<5月>

バンホーベン「スターシップ・トルーパーズ」○

ジュネ「エイリアン4」○

<6月>

「ガタカ」○

「アサシンズ」○

<7月>

ラヴィクマール「踊るマハラジャ」◎
 話題の作品ではありましたが、それにしても、観てびっくりとしか言いようがない作品でした。インド映画がここまでノリが良いとは。例の核兵器問題で少々イメージダウンか、と思っていたけど、庶民の娯楽には関係ない話ではありますが。日本の感覚では詰め込みすぎなんだろうけれど、向こうの感覚でいけば日本の映画なんて「絞り込みすぎ」でさぞかし物足りなく感じるに違いない。日本でももっと盛りだくさんの娯楽映画があってもいいのに。
 吉幾三そっくりの主人公も笑えるけれど、ヒロインの描き方が奔放なのが気に入りました。悪態はつくは物はぱくぱく食べるは、とにかく活発。でもそのヒロインの姉が、義兄にあっさり殺されたのに、その義兄は謝っただけで済んでしまうというのは、少々差別でないかい?

<8月>

カーティス・ハンソン「L.A.コンフィデンシャシル」○
 刑事物で、「コンフィデンシャル」というタイトルが付いてしまうと、大体展開の予想はついてしまうのですが、実際それほど意外な展開ではありませんでした。警察内部に最後の敵が、という話は、「刑事ジョン・ブック」をはじめとしていくつかありそうだし。人物が丁寧に描かれている点は好感が持てます。主人公の青年が単なる熱血漢で終わらないところ  がなかなかおしゃれで、気が利いています。キム・ベイシンガーの役は重要な割には印象が薄かった  けど。

<9月>

R.エミリッヒ「ゴジラGODZILLA」○
 一年近く前から予告編が流れていたので、いよいよ期待の……と思っていた映画ではありますが、あれよあよと言ううちに9月あたまで上映終了。うーん受けなかったみたい。前売り買っていたので、9/4の最終日に観に行く。
 確かに「インディペンス・デイ」のスタッフだけあって、「巨大さ」は出ている。あおりで撮る構図が多く、日本の怪獣映画よりもより迫力のあることは否めない。後半のベビー・ゴジラの集団も、まあ「ミニラ」よりはましでしょう。
 しかしどうものめり込めないのは……やはり「ゴジラ」を名乗るからには、ミサイル何ぞでやられてしまってはいけないのだった。何のために初代ゴジラで「オキシゲン・デストロイヤ」を持ち出したのか……軍の兵器でやられる程度なら、どんなにデカくても人間にとって驚異にはならない。人間の「放射能」の副産物として誕生した生物だからこそ、軍隊に倒されては意味がないのである。あまりに「生物」であることにこだわったために、ミサイルや熱線でも死なない、などという設定にはできなかったのだろうが、「インディペンス・デイ」の核兵器でもびくともしない宇宙船に比べても、えらくレベルダウンしているように見えた。とにかくミサイルが当たってはかなわんとばかり、ゴジラは逃げる逃げる。なんだか気の毒になってしまうほどであった。そうでなくても対する人間達が、どうも志の低い連中ばかりなので、「真剣味が足りない!」などと思ってしまうのだった。

G.ピレス「TAXi」◎
 ベッソンの「スピード」か? と思って観に行ったが、これが何とも楽しい「コメディ」でした。悪人も死なないし。警官であることを隠しているちょっと情けない刑事とか、遊び人っぽく見える割には純情なスピードマニアの新米タクシー運転手とか、キャラクター設定もうまいし、強盗団と間違って大臣の車を攻撃してしまったり、いいアイデアを思いついて喜んで飛び出したらその自分の家が火事で焼けちゃったりと、とことん笑える展開も楽しい。とてもしゃれていて、「ルパン三世」を映画化したらこういうノリかな、などと思ってしまった。
 これは文字どおり「脚本のうまさ」の勝利とでも言うべき作品。何しろ有名人が出るわけでもないし、マルセイユから外へ出る訳でもないし。日本映画も、ハリウッドの大作を狙うよりは、ヨーロッパのしゃれた映画を目指した方が良いのではないかな。もっとも日本では、映画のために大都市の交通を毎日曜日ストップするなんて真似はしないかも知れないけれど。
 強盗団がドイツからやってきたベンツ集団で、追う方のタクシーがプジョーというのも、随分とストレートな気がしたけど、別に派手な殺し合いがあるわけではないので、ドイツの人も笑って観れる……かな?

佐藤竜雄「機動戦艦ナデシコ」○

中野裕之「サムライ・フィクション」○
 夜九時からの上映だったとはいえ、あまり人も入っていなかったんで、こりゃあんまし期待できないかなと思ったら、意外や意外、元気の良い映画で、結構楽しめました。オープニングからして格好良いし。「SF」という頭文字だから、SFっぽい要素を少し隠し味程度にからめているのかなと思ってたんだけど、むしろ純然たる時代劇コメディでした。立ち回りが凄いというよりは、あくまで「楽しい」という印象です。そういうつもりじゃないのに「何でこうなる」と言いながら、ひたすら追われる風祭という名の凄腕の剣士を、布袋寅泰が好演しています。一見硬派だけど、どこか変わり者なところがいい。まあ結局、少々予定調和的なハッピーエンドなんで物足りないような気もするんだけど……。最後の決闘シーンも意外とあっけないし。あそこはもう少し引っ張ってもいいと思いました。

M.レダー「ディープ・インパクト」◎
 ロングランを続ける今年の夏のイチ押し映画であります。15日の朝に出かけていったら、ずらっと人が並んでいて焦りました。確か六月から公開されているはずなのに。悪人の出てこない、どちらかというとお涙頂戴タイプの映画、とは聞いていたので、まあそれほど期待せずに観に行ったのですが、見終わった後では、逆によくまあ二時間の中であそこまで沢山の人間を動かせたものだと感嘆してしまいました。それぞれのキャラクターの短いエピソードが効果的に積み重ねられているので、すんなりと話についていけます。普通あれだけ人を登場されたら、あちこち場面が変わって混乱するのではと思うのですが、意外と「職人技」を感じてしまったのでした。
 その分、彗星衝突のシーンはあっさりとした印象。コマーシャルで観た以上のショッキングなシーンは出てこない。とてもうまくまとめられていて、心憎いほどの仕上がりですけど、欲を言えばもう三十分延長して、スペクタクルシーンに費やしても良かったなと……。「インデペンデンス・デイ」の都市破壊や「タイタニック」の沈没シーンの引っ張りはそれなりに効果的ではありましたから。

川崎博嗣「スプリガン」△
 アララト山の「ノアの箱船」をめぐる、アーカムの特殊工作員の高校生と、子供ながらに機械化小隊を牛耳るペンタゴンの大佐との戦い。大友克洋監修を前面に打ち出しての公開ですが、原作には関与しておらず、構成と箱船のデザインに少し参加した程度とのこと。とはいえ、イメージ的には、「アキラ」で鉄雄が軍の施設に乗り込んでいくあたりのシーンにかなり近いものがあります。
 敵の「大佐」が年端もいかぬ少年である、というところがミソで、絵的にはなかなかおもしろいんですが、声も子供が吹き込んでいるので、どうもぎこちない感じがするんだなあ。これは十年前の「アキラ」の映画でも感じたことなんですが、マサルとかキヨコとか老化した少年少女の声を子供にやらせているんだけれど、何か不自然。老化すれば当然声も老いると思うんだが……。今回の「大佐」も、いまいちキャラクターのイメージと声とが一致していない。リアリティを出したい気持ちも分かるんですが、巧い女性の声優を使うとか、音声に特殊効果を重ねるとか工夫した方が良かったような気がするなあ。

アザリロヴィック「ミミ」△
 童話「赤ずきん」をモチーフに、虐待を受ける少女の日常を息詰まるようなタッチで描く……。と雑誌に紹介されていた作品でした。実際、殆どBGMもなしに、どことなく閉ざされたような雰囲気が醸し出されていて、導入部はなかなかのものでした。繰り返される薬を飲む唇のアップのシーンや、睡眠薬を飲んだ少女が運ばれる途中に意識を取り戻すシーンなどは丁寧に描かれているのですが。
 よく確かめなかったら、この作品、52分しかない中編だったのですね。従って、少女の入院するシーンでそのまま終わってしまう。「えっ、もう終わり?」フィルムが途中で切れちゃったのかと思いましたね。ラスト近くに「教訓」とかタイトルが入るんだけど、これではあまりにも説明不足……というよりこっから先の話も大事なんではないかい、と……。ペローの童話では、グリムと異なり「赤ずきん」は狼に食べられて、そこでおしまい。少女は助からない。その童話のある意味での残酷さを狙った、ということなんでしょうが、映画の方はそこまでは追求していないように感じました。  

<10月>

V. ナタリ「CUBE」◎
 ある日目覚めると、いつの間にか5メートル四方の立方体の部屋にいた。各部屋への移動は可能だが、トラップの仕掛けられている部屋に入ってしまうと一瞬にして殺されてしまう……。プロットは明確、たったこれだけの設定で、90分の完成されたスリラーが出来上がってしまっていることに、正直言って驚きました。カナダの28才の監督の処女長編であり、制作費約5000万円、実際に作られた部屋は二つだけ、費用の関係上撮り直しすらきかないという状況で生まれたとは思えないほど、完成度の高い力作でした。俳優の演技がどうも、という友人の意見もありましたが、殆ど無名の俳優7人だけで、撮り直しもできなかったことを差し引かなくても、並のハリウッド映画より余程インパクトがあったと思うぞ。トラップのからくりの判別に、三桁の数字の因数が絡むあたりが少々説明不足という話もありますが、そういった不満点を越えて、むしろ殆ど説明らしい物抜きで、観客をいとも簡単にこの不条理世界に引き込ませてしまうところに、この作品の持つ一種の力強さを感じました。設定がシンプルであるが故に、この映画には他の不条理な、シュールな作品に見られる曖昧さ、虚ろさがありません。
 舞台となる立方体の部屋は、不気味でシンプルでかつ美しく、アングルやカット割りが緻密に計算されているので、間が持たないという所が全くないのです。同じカナダ出身のデビッド・クローネンバーグや、不条理小説のカフカに影響を受けたという話ですが、たとえそれらの作品を知らなくても、「CUBE」という巨大な殺人建築物を作った黒幕については一切触れられず、現代社会の閉塞感が濃厚にたちこめているこの作品に魅了される人達は、意外と多いんじゃないでしょうか。六本木での単館上映では連日整理券が配られるほどの人気でしたが、何となく分かるような気がします。何も罪を犯していないにも関わらず、死を宣告される。ルールは歴然としてあるが、それははじめから与えられているとは限らず、それを苦心して見つけ出しても助からない場合もある。完全な八方ふさがりではなく、希望がちらつかされるが故に、より一層あがき苦しむことになる。信念を持っていた人間すら狂気に陥る……。この作品に魅せられた人は誰でも、別に他者から指摘されるまでもなく、自分達の人生がこの「CUBE」そのものであることに気付かざるを得ないでしょう。何も身に覚えがないのに逮捕されたり、虫に変身したりするカフカの作品もまさしく同じ主題を抱えていますが、この映画はよりアクティブで、カラフルです。この生死を賭けた、正気と狂気とがせめぎ合う物語は、文字通り「ゲーム」なのであり、それ以上でも以下でもないところが、むしろ鋭く本質を突いている様に思われるのです。
 「トラップで死んだのはたった一人……後は全て人間同士がトラップになっているんだ……」インタビューにそう答えた監督の言葉を読んで、私は図らずもあの酒鬼薔薇聖斗が、犯行に及ぶにあたって「さあゲームの始まりです」と宣言したことを思い出しました。(「殺意の時代」参照)

<11月>

ジョン・アミエル「知らなすぎた男」◎
 ビル・マーレー主演のコメディ映画。11/21に始まったばかりなのに、もう終わるかも知れないということで誘われるまま観に行ったんだけど、これが意外と掘り出し物。いかにもな巻き込まれ型コメディなんだけど、笑える笑える。「ピンクパンサー」のクルーゾー警部を思わせるノリの良さで、久しぶりに正統派の喜劇を観たという感じ。イギリスに住んでいる弟を訪ねてやってきたビデオショップの店員が、参加型演劇体験ゲームに参加したつもりが、英国情報部とロシア情報部に狙われる羽目になるというお話なんだけど、主人公が最初から最後まで回りの人間達が演技をしていると思いこんでいると言うわけで……。最後はコサックダンスと爆弾入りマトーシュカ人形の争奪戦で締めくくられるという楽しさ。監督はこの前にサイコパス犯罪を描いた「コピー・キャット」を撮った人と知ってびっくり。脚本は「ロマンシング・ストーン」のシナリオを書いた人、というのはとてもうなづけたんだけど。
 米国人の主人公の破天荒さと、英国人達の回りくどさの対比がギャグになっていて、その点では非常に上品な笑いなんだけど、本物のスパイ達は、この映画のラストみたいに黒眼鏡に黒いスーツなんていうMIBみたいな格好はしていないんでしょうね。同じ映画館のレイトショーは同じく英国人のスパイを描いた「シークレット・エージェント」という地味なシリアス映画でしたが、こちらでは難題を押しつけられて身内に殺される地味で小市民的なスパイをボブ・ホスキンスが好演していました。ヒッチコックの「サボタージュ」のリメイクとのことですが、とても暗くて、「知らなすぎた男」とは対照的な世界を描いていました。

クリストファー・ハンプトン「シークレット・エージェント」○

たむらしげる「クジラの跳躍」◎

 前にビデオで「銀河の魚」を観たことがありましたが、その画面の青の美しさに見とれたものでした。今回、5年ぶりの新作とのことでしたが、もっと前に観たような気がしていたんだけど、気のせいだったのかな。とてもノスタルジックな画面なので余計にそう感じたのかも知れません。
 銀座テアトル西友で夜9:20からの一回きりの上映。構成は、「ファンタスマゴリア」の四編のうち二編、「銀河の魚」、「ファンタスマゴリア」残り二編、「クジラの跳躍」の順で、全部で一時間足らず。それぞれの作品に絵本の原作があり、CD-ROMがあり、映像作品があるわけで、相当の思い入れがないとここまで繰り返し制作出来ないのではと思いました。
 「ファンタスマゴリア」は「まどろみの先で見つけた小さな惑星」で、そこで南へ旅する雪だるまの話や、夜空に星を映し出す映写機技師、虹から絵根具を作る職人の話などが淡々とした映像で語られるもの。詩的なナレーションもさることながら、画面の端でむしゃむしゃ物を食べているネジを巻かれたぬいぐるみや、さりげなく砂漠を渡っていく蒸気船などの描写が愛らしい短編です。
 「銀河の魚」は天文学者のおじいさんと孫のユーリーが、ボートに乗って銀河を暴れる巨大な魚を退治する話。新作「クジラの跳躍」は海の上にいる時間の流れが極端に遅い世界の住人達が、クジラの一瞬のジャンプを眺めるという作品。「海はガラスでできていた」というオープニングが全てを語っています。定番の「ビル人間」も主人公の老人の夢に出てくるあたりがご愛敬。半透明のグリーンで表現された「ガラスの海」がなんとも美しい。一見シンプルで無機的に見えながら、その実なんとも言えない暖かみが感じられます。やっぱりたむらさんの絵って素晴らしい。「銀河の魚」のビデオは持っているんだけど、この「クジラの跳躍」のビデオも待ち遠しいです。

<12月>

サルヴァトレス「ニルヴァーナ」◎
 2050年のクリスマスに向けて開発が薦められているゲーム「ニルヴァーナ」。そのプログラマーである主人公ジミーは、人格を持ってしまったゲームの中の主人公ソロの願いを聞き入れて、ゲームそのものを消去するために旅立つ。
 あらすじだけ追うと、ゲームを消去するために奔走するところはともかく、何故主人公が自ら死へ赴こうとするのかは今一つ説明不足ではあるのだけど、冒頭の生きる意味を失ったと告白する言葉に共感を覚えてしまった者にとっては、それほど唐突な展開ではないかも知れません。生きることに意味はない、それは真理としては単純な事実に過ぎないかも知れないけど、一度それが自覚された途端、死以上の絶望をもたらすことだってあり得るのだし。「ニルヴァーナ」とは「涅槃」、「吹き消すこと」を意味するサンスクリット語。自らがひとひらの雪の結晶に過ぎないことを平然と受け入れることができて、ようやく自分探しの旅は終わる……分かるんだけど、自分はまだそこまで悟れませんが。依然としてうじうじと頭の痛い毎日を過ごしているのだな。インド哲学は、興味はあるんで何度か本読んでいる筈なんだけど、いまだになじめないでいます。
 イタリア映画とは思えないような落ちついた色調の、ある意味で暗いトーンの映画でした。眼球を臓器売買で売ってモノクロの電子アイを埋め込んでいるハッカーが、モグリの医師の手術を受けるシーンなどは、なかなか不健康で良いです。パンフを良く読むとフランスとの合作とあったので、さもありなんと思ったのですが。もっとも、主人公の勤める会社名が「オコサマ・スター」というのは……日本語から取ったとすればおいおいというようなネーミングですけど。

P. ウィアー「トゥルーマン・ショー」○
 身の回り全てが作り物で、自分一人がだまされている……誰でも一度はそんな考えにとりつかれたことがあるだろう。しかしそのシチュエーションを真っ向から扱った映画は今までなかったような気がする。これはもう、純粋にアイデアの勝利かもしれない。
 主演がジム・キャリーということで、「マスク」や「バットマン・フォーエバー」のイメージが強いから、今回もシリアスな設定の上で結構笑わせてくれるのでは、と期待してたのですが、思ったよりも全体にブラックなトーンだった。前半もっと笑わせてくれても良かったのだが……。脚本が「ガタカ」を書いたアンドリュー・ニコルということでなんとなく納得。「ガタカ」もかなり閉塞感を感じさせる映像が独特だった。「CUBE」といい、「ガタカ」といい、またこの作品といい、解放感の全く逆を行く物が最近流行っているようだ。時代の気分にマッチしているのだろうか。実際、決して心地良くはないのに、簡単にのめり込んでしまう自分に気付くことが多い。
 パンフレットにあったように、この作品にキリスト教的世界観を当てはめてみるとかなり納得できる部分が多いような気がする。何をしようと自由だ、がんばってみればよい、暖かく見守っているよ、でも決してここからは出してやらない……世界はそう言って常に我々の目の前に立ちふさがる。本物の自由を得ることは殆ど不可能で、その負担はあまりに重荷である。主人公は外の世界へと踏み出すが、その行く手は必ずしも祝福に満ちてはいない。彼の脱出劇に感激した視聴者は、放送の終了と同時に何か他の番組やっていないかとチャンネルを回す。最後まで皮肉に満ちた作品だった。
 それにしても、平凡な人間の一日をひたすら追うだけでそんなに視聴率稼げますかね。日常なんてあんまりにもしょうもないことの連続でお話にもならないという気かするのは私だけでしょうか。



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