99/今年の読書一覧


 (◎:おすすめ ○:普通 △:今一つ)
<1月>
井上雅彦編「月の物語」○
 異形コレクションもこれで八巻目。高橋葉介さんの短編が載っていて思わずニヤリ。今回の作品集の中ではこの短編漫画がベストかな。埋めても埋めても眼前に現れる殺した女の死体。何よりもシンプル、そして何よりも恐ろしく、月というテーマにも最もマッチしています。
 梶尾真治「六番目の貴公子」は、「竹取物語」の外伝、なんだけど、何だかおかしい。ぬえだと思って連れて回る象が時折意味なく「ぱおーん」と鳴いたりして。岡本賢一「月夢」も、「重力の軽い月では、脳波が通常値でも悪夢を見ている可能性がある」の一文がゾッとさせてくれます。前作の「チャイルド」ほどのインパクトある作品には巡り会えず、今回は少々小粒揃いかな、と思わなくもないのです が、毎回テーマを決めてこれだけのレベルを維持しているのはやはり驚異というべきでしょう。次回は「グランドホテル」。うーん、読み終わったかと思ったらすぐ次が出る……。
ドロシー・セイヤーズ「ナイン・テイラーズ」○
クリスチアナ・ブランド「招かれざる客達のビュッフェ」◎
 創元推理倶楽部の人に勧められた本。倒叙あり本格推理ありの贅沢な短編集。1960年代から書かれた作品を集めたとのことですが、久々に「大満足」の本でした。「異形コレクション」でショート・ショートが見直されている中、この本が読めたのは良いタイミングだったかも。
 「婚姻飛翔」「事件の後に」などは「誰が殺したか?」を当てるいわゆるオーソドックスなミステリーですが、そのオチは一筋縄ではいかないし、「スケープゴート」「ジェミニー・クリケット事件」は「誰が殺したか」が判明した後にさらにもう一回ひねりが加えられています。「神の御業」「血兄弟」は事故か故意かを最後までひっぱるし、「もう山査子摘みもおしまい」「ジャケット」「この家に祝福あれ」などのように、最後の最後に残酷で皮肉な結末を迎える物もあります。
 特にブラックなテイストの作品は、長編では少々耐えきれないかも知れないと思わせるほどの展開で、短編ならではの切れ味を感じさせます。推理物・倒叙物、あるいはそれに属さない犯罪物語まであり、形式的にはなかなかバラエティに富んでいるのですが、善人も悪人も冷静にわけへだてなく描写するその醒めた視点は全作品に共通していて、登場人物に共感はしにくいものの、彼らの翻弄される運命に思わずシンクロしてしまう自分に驚く始末。
 同じ作者の長編「ジェゼベルの死」が名作らしい。こちらも読んでみようかな。
 同じ時期にセイヤーズの「ナイン・テイラーズ」も読みました。こちらはさすがに古典とでもいうべき風格で、そのラストはまさしく語り継がれるべきものだと思いますが、やや展開自体はもったりとした感じがしないでもなかったので、より現代的な感覚を持ったブランドの方に強く惹かれました。

<2月>
井上雅彦編「グランドホテル」○ 
 好評の異形アンソロジーの第九弾。今回は初のモザイクノベルと銘打って、全作品の舞台が一つのホテルの2月14日での出来事と統一されていました。最初に設定を作って、作家さんに渡したのでしょうね。「異苑」「オルランド」「アモンチリャドー」といったレストランも共通という……。京極夏彦セ ンセイも「厭な扉」で参加。(「厭な子供」が本来は第七巻「チャイルド」に入る筈だったとは……もったいない。)  
 最後に「チェックアウト」と称して井上雅彦さん自身が全ての作品、全ての作家さん達が一同に会する小品を載せているのもなかなかおしゃれな趣向。統一性、という点では、このシリーズの中で文句なしの一番の出来でしょう。  
 作品的には、場所と時間を限定しているため、少々意外性が乏しい印象がありますが、それでも「探偵と怪人のいるホテル」や「TO・O・RU」「新鮮なニグ・ジュギペ・グァのソテー。キウイソース掛け」なんかは結構異彩を放っている、と思いました。今度一人でホテル泊まりでもしてみようか……。でも結構何も起きないんだよなあ、実際は……。
泡坂妻夫「乱れからくり」◎
 これも創元推理倶楽部の人から薦められた本。というか私も題名だけは知っていて、戦後の本格推理の中でも名高い名作ということで気にはなっていました。まあ「気にはなっている」本は他にも山のようにありますが、今回たまたま手に取ることができた次第で……。
 読んで納得、確かに日本推理作家協会賞とやらにもふさわしい傑作! でした。まあ今頃読んでいるというのが既に「とっても遅れている」ということなんでしょうが。高校生の頃に「わーい今頃『Yの悲劇』なんか読んでやんの!」とからかわれてしまったことを思い出すなあ。確かにこの「乱れからくり」も「Yの悲劇」の路線を継承したトリッキイな作品。いきなり冒頭で夫婦の乗った車に隕石が落ちてくる、などといういささか荒唐無稽な展開も許せてしまう。次々と殺されていく関係者達の中で、たった一人だけ残された人間……当然容疑者なのだが、実は……という筋書きも、ありがちなオチになだれ込むと思わせて置いて、見事にひっくり返してくれます。
 1979年の作品ということで、原稿用紙千枚なんて当たり前という昨今の長編ブームに浸っちゃってる者としては、人物描写がややあっさりしているように感じられ、「どうせなら京極夏彦ばりにぐちぐちと人間関係をからませていった方が……」なんて思ってしまうのですが、なにしろ二十年前は長い小説なんてとんでもないという時代でしたから、これはいたしかたないかも。短編集「亜愛一郎の狼狽」も読んだけど、これもなかなか面白かったです。
C・ブランド「ジェゼベルの死」○
 創元推理倶楽部の人から薦められた本。先の「招かれざる客達のビュッフェ」が良かったので、さっそく購入。長編本格推理ものですが、登場人物が絞られている割に真相究明は二転三転、裏の裏をかいていくという手法は、短編「スケープゴート」や「婚姻飛翔」、「ジェミニー・クリケット事件」にも通じるもの。特にラストは、あっと思わせる解決が三度にわたって展開され、最後の最後に提示される 本当の解決が一番グロテスク、という、思わず「さすが」とうならせる物でした。
 登場人物に対する感情移入を落とし穴に使うだけじゃなく、最後まで腹のうちを見せない探偵役コックリル警部もなかなかに食えないキャラクター。何より作者の醒めた視線が時折文章に現れているあたりもいいですね。
 まあ冷静に考えると、あの生首を使ったシーンがそううまく実際に再現できるかどうかは少々疑問が残らないでもないですが、野暮は言いますまい。犯人の、というより作者のグロテスクな発想を楽しめばそれで良いのです。
貴志祐介「黒い家」○
 第四回ホラー大賞受賞作品が文庫本になったのでさっそく読んでみました。
 「パラサイト・イヴ」がミトコンドリアDNAをもとにしたアイデアでSF的なホラーを狙ったのに対し、この「黒い家」は生命保険を題材にした比較的スタンダードなホラーです。正直な話、それほど卓抜したアイデアとは思わなかったのですが……展開も極めてオーソドックスだし。
 ただ強く惹かれるのが、登場人物達の抱えている負の要素を克明に描いている点です。ただひたすら凶暴な「殺人者」はともかく、心理学者の金石はサイコパスが環境と遺伝の影響で世界を浸食していく様を嬉々として語って見せるし、主人公の恋人さえ両親に対する憎しみをあからさまに見せるし、主人公でさえ「その命を絶ったことに対して、ゴミムシをパラジクロルベンゼン入りの毒瓶に放り込んだ時 と同じくらいの感情しか湧いてこないのだ」というわけで……。解説には「人間としての尊厳と希望を 感動的に描き出した小説なのである」とあるのですが、うーんちょっと違うような気がします。人間も所詮は弱肉強食の法則にどっぷり浸かった生き物に他ならない、進歩した文明も温存された殺戮本能を広めていく培地のようなものに過ぎないのかも知れない……読み終わってあらためてそんな気持ちを抱いてしまいましたが、どうでしょうか
鈴木光司「ループ」○ 
 「リング」「らせん」に続くベストセラー第三弾。これで完結かと思ったらさらに続編「バースデイ」が出るそうで……。
 「らせん」のラストは唐突で不満の残るものでしたが、今回はその背景を丁寧に描写している点でむしろ好感が持てます。作品内で「リング」「らせん」の世界を「どこなく作り物めいた内容」「荒唐無稽に過ぎる」などと自己批判して見せるあたり思わずにやにやしてしまいました。
 「らせん」までのどことなく閉塞感のある路線から、一気に視点を変えて、ガンウィルスと仮想空間の話にまでまとめあげて、かつ前作までとの整合性をとることに成功しています。この「ループ」にもまだ説かれていない謎が多いようで(結局ビデオテープの作成者ははっきりしない……)おそらく新作でまた説明がなされるのでしょうが、正直な話、ここまでやっているのは立派ですね。映画館では原作とは全く別の展開の「リング2」が公開されて人気を呼んでいるようですが、これはもう内容はともかく作品世界の一人歩きが始まっているということで、作者冥利につきるのでは?
チャペック「山椒魚戦争」◎
 1936年にチェコで出版された、SF小説の古典的名作……題名だけは以前から知っていて、特に手塚治虫氏がSF小説のベストに上げていたので気にはなっていた本だった。大体において「古典的名作」なんてあおりがつくと警戒してしまって、読んでみるとそれほどでもないではないか、というパターンに落ち着くか、読んでみたらびっくりするほどの名作で、何でこんな時代にここまで書けちゃうの、と驚かされるかどちらかだろうが、この本について言えば後者であろう。
 人語を解する山椒魚が発見され、安価な労働力として大量に繁殖させられ、動物として差別的に扱われる。そしてある日突然、彼らは反乱を起こす。筋だけ言えばたったこれだけ、良くできた風刺小説の域を出ない、と思われるだろうし、実際そう読む人も多いだろう。
 しかし風刺小説と一言で片付けられがちな「ガリヴァー旅行記」が一筋縄でいかないのと同じように、この小説も一筋縄ではいかない。解説には「山椒魚がナチスを指しているのは明らかだった」とある。実際チャペックはナチスを公然と批判したし、1938年に死去していなければ当然収容所で殺されていただろうから、ある面それは事実だろうが、しかしこの小説の狙いはそれほど単純な物ではないように思われる。全26章のうち山椒魚が反旗を翻すのは最後の方、22章になってからであり、それまでは延々と山椒魚達の受難が人間側から描かれる。彼らは苦痛に対して鈍感で、一匹の雌が百匹の子供を生むし、四肢を切断されてもまた生えてくるので、徹底的に虐待される。博士号を持つ程の知性を持っていても、受けた開頭手術で失敗して死んだら殺されて食べられてしまうほどだ。どんなに迫害されても、ぎりぎりまで沈黙を守るのである。
 小説は「作者が自問自答する」という章で終わる。そこでは人間を屈服させた後の山椒魚同志の戦争が語られるが、それはあくまで作者の独り言に過ぎず、どこか「希望的観測」としか呼べないような頼りなさだ。チャペックは自作の終章についてこう語っている。「筋は全く単純で……世界ならびに人間の滅亡。これは論理のみに基づいた、何ともうとましい一章である。そう、しかし、こういう結末のつけようしかないのである」人類はまさに当然の報いとして自滅するのである。「山椒魚」は確かに人真似上手な、文化を持たぬ存在として描写されているが、この作品が繰り返し描いているのは「山椒魚」という異生命体の独裁の恐怖ではなく、あくまで人間自身の愚かさなのだ。別にナチズムや共産主義だけを揶揄しているわけではない。
 「山椒魚」達が反乱を起こす前に、二つの異なる意見が小説の中で述べられる。「統一された精神を持つ山椒魚世界こそ人間以上に完成された世界なのだから、人間達は彼らに世界を譲って滅びよう」という著書が発表され、「山椒魚から食料と武器を取り上げ、追放せよ」というパンフレットが出版される。どちらが作者の真意か、などという問いは間違っている。作者自身が語っている。「風刺小説を書くのは、人間が人間達に向かって語ることのできる最悪のことである。これは、人間達を非難するので はなく、彼らの実際の行動と思考から単に結論を引き出すだけのことなのである」
泡坂妻夫「亜愛一郎の狼狽」○

<3月>
森博嗣「有限と微小のパン」○
 森博嗣さんの犀川&西之園コンビの連作の最終長編作……ということらしいんですが、別にこの二人の関係には何も進展がないので、ホントに最終作なのかな、という疑いは消えませんけど。ホームページを読んだ限りでは、次回からは別の登場人物による作品が始まるとのことなので、楽しみではありますが。
 このシリーズのお気に入りは「すべてがFになる(THE PERFECT INSIDER)」と「封印再度(WHO INSIDE?)」ですが、今回の作品は英語の題名が"THE PERFECT OUTSIDER"となっていて、「F」とは対をなす様で、「F」に登場した真賀田博士が登場する趣向となっています。
 バーチャルリアリティを使ったりいろいろと仕掛けも多いので楽しめる作品ですが、「F」の持っている残虐性と合理性の同居、という魅力が少々乏しいような……犯人、というか仕掛人の動機がやや弱いので、その点が少々物足りなかったような気がします。
佐藤雅彦「クリック」◎
 佐藤雅彦といえば、「ポリンキー」「こいけやスコーン」「ばざーるでごさーる」のCFで、最近では「だんご三兄弟」の生みの親として有名ですが、その元ネタになった超・短編集がこれ。さすが「超」がつくだけあって、全63編を十五分くらいで読んでしまいました。
 だんご三兄弟は串の先にいる順から長男(一郎君)、次男だとCDにはありましたが、先に刺さっていくのが長男だろうから順番逆なんじゃないかと思っていたら、しっかりこの本には「だんごはみんな弟思いですから、このようにたいてい下の方に兄がきております」とあって、思わず納得。
 「計算の苦手な電卓がおりました。2足す6は、えーと、9ぐらいだと思います」「エスカルゴという料理が出来たとき、かたつむりの国会はいちはやく全世界の同胞に通達を出した。動く速さを今より20%スピードアップすること」「DOGといぬとでは……なんとなく静かそうなので、いぬの勝ち」とまあ、全編こういう雰囲気なので、文字どおり安心して読めます。東大出て電通にいた人が、こーゆーお茶目な本を書いてくれるのは、何となくほっとするなあ。
エルロイ「キラー・オン・ザ・ロード」○
 ジェイムズ・エルロイといえば、最近「L.A.コンフィデンシャル」が映画になり、また「不夜城」の作者が結構好きだと言うことで気にはなっていた作家でしたが、読むのはこれが初めて。文庫でお買い得だし、殺人者の一人称ということで雑誌にも紹介されていたので買ってみました。
 主人公は実在の連続殺人者チャールズ・マンソンと刑務所で出会い、彼を超えると宣言するわけですが、正直な話セックスの覗き見から入ってしまうあたり今一つ魅力的なキャラクターとは言いがたい。 もう少し知性の面からの、あるいは狂気からのアプローチがあっても良かったかなあと。数十人を血祭りに上げた人間像としてはまだ輪郭が弱いような気がするのです。
 ただ、作者が実際に母親を惨殺され、自らも酒と薬に溺れて刑務所を行ったり来たりしていたというだけあって、無駄の少ない淡々とした描写は逆に真に迫っています。もしかしたら、人は案外簡単に何の呵責もなく人を殺せて当たり前なのかも知れないと思わせてくれる。何もずば抜けた超人的な精神力など必要ない、その気になれば誰だって……。
 さしたる動機もなく快楽のために残虐な連続殺人事件を起こした男は、死刑を認めていない州で検挙されたので、ぬくぬくと刑務所で小説を読んだりバーベルを上げたりして。その一方で、彼らを上げたFBI捜査官はノイローゼのために自殺してしまう、というくだりもあって、なかなか考えさせられます。 冤罪の可能性がある場合は死刑は避けるべきだとは思うけど、そうでないのが確実な場合は極刑も認めるというのが世の為かな。
城アラキ「ワインの涙」◎、村上龍「ワイン一杯だけの真実」△
 どちらもワインをテーマにした短編集。
 収録されている作品で語られるワインは以下の通り。「ワインの涙」はシャトー・マルゴー、ロマネ・コンティ、コルトン・シャルルマーニュ、ヴーヴ・クリコ、フェレイラ・ビンテージ。「ワイン一杯だけの真実」はオーパス・ワン、シャトー・マルゴー、ラ・ターシュ、ロス・ヴァスコス、チェレット・バローロ、シャトー・ディケム、モンラッシェ、トロッケンベーレンアウスレーゼ。これを飲んでればえらそーなことが言える、そんな高級銘柄ばかり。うーん、何てスノッブな企画だ。喜んで買ってしまうこっちもしょうもないが。
 「ワインの涙」は漫画「ソムリエ」の原作者が書いており、漫画の主人公の佐竹君も出てきます。知名度は村上龍に負けるかも知れないけれど、万人に抵抗なくお勧めできるのはこっちの本の方かな。ほろ苦い失恋や別れを描いているので、逆に安心して読めます。「ブラインド・テイスティング」はロアルド・ダールの「味」を彷彿とさせながら、よりマイルドな苦みのある短編に仕上がっています。 「ワイン一杯だけの真実」は逆に孤独な女性だけを主人公にした、徹底して「官能」の世界が描かれる、起承転結のない物語で構成されています。うーん、確かに香りと味だけで人を虜にしてしまうと言う意味では、ワインに対するこういうアプローチは自然なのですが、こうやたらと倒錯っぽいセックスのオンパレードだと、さすがに食傷気味の感がありますな。それしかないんかい、と突っ込みたくなります。
 ワインをネタにした短編を、といつも思っているけど……意外と難しいのだな、これが。やはり百聞は一見にしかず、ワインは読む物ではなく飲む物ですね。
C.ブランド「疑惑の霧」○
三浦佑之「童話ってホントは残酷」○

ジム・トンプソン「内なる殺人者」○

<4月>
井上雅彦編「時間怪談」○
 もはや定番となった異形コレクションの第十弾。これだけしっかり定期的に発行されて、かつレベルダウンしないのは大した物だと思います。西澤保彦「家の中」では部屋にいきなり老婆が寝ているし、早見裕司「後生車」ではノストラダムス予言をうまく使ってラストの衝撃を強い物にしているし、北原尚彦「血脈」ではホームズがゲスト出演しているし、村田基「ベンチ」では年がら年中同じベンチに腰掛ける老婆が出てくるし、飯野文彦「家族が消えた」では単なる兄弟愛に終わらない残酷な仕掛けが あるし、梶尾真治「時縛の人」ではタイムマシンが出てくるし、菊池秀行「踏切近くの無人駅に下りる子供達と、老人」では踏切に立ち続ける老人が出てくるし……。
 今回の私の一番のお気に入りは、牧野修「おもいで女」。今回ホラー大賞で佳作をとった方の短編。これはびっくり。「女」ったって怪物なんだけど、こんな形で襲ってくる怪物なんて私は知らない。敢えて比較するなら「エルム街の悪夢」の夢から襲ってくるフレディだろうが、こちらの方が恐いかも知れない。うーん、皆さん、よくこんなアイデア思いつきますよね……。
貫井徳郎「慟哭」○

<5月>
森岡浩之「夢の樹が接げたなら」◎ 
 水道橋で行われた毎年恒例の「SFセミナー」で、ゲストの一人に「星界の紋章」で有名な森岡浩之氏がいました。その後の夜の合宿では、その「星界の紋章」のアニメ版の上映があって、結局私は徹夜して全話見通すことができたのですが、まあ言ってみれば格好良くて賢い美人の王女様と、フツーの人の良い少年との逃避行、という感じで、「うる星やつら」とか「天地無用」とか「ナデシコ」とかのアニメの王道パターンの踏襲にも思えて、原作は読んではいないとはいえ、今一つぴんとは来なかったので した。別にこういうパターンは嫌いではないし、やたらと筋骨隆々の強いヒーローと足手まといのヒロインというパターンよりは余程マシではありますが。
 結局そのセミナーからの帰りに購入したのがこの「夢の樹が接げたなら」。「星界……」とはまたひと味違う、という森下先生の薦めもあったのですが……これが確かに! 言語が自由にデザインされる 未来を舞台にした表題作を筆頭に、子供を体験できる疑似世界の中での本当の子供との対話を描いた「普通の子供」や、気の遠くなるほど周到なサディストの倒錯的な犯罪を描いた「スパイス」、デジタルマネーに振り回される人間を風刺した「無限のコイン」など、SFにはこんな手がまだ残されていたか! と驚くこと請け合いの短編集でした。
 こうなったら「星界の紋章」の小説版も読んでおくかな。それにしても、軽いタッチのスペース・オペラと、バーチャルな世界の矛盾を鋭く突いた短編とはかなり印象が違います。どちらの世界が本当に描きたかったのか……いやいややはりどちらも作者の本領と言うべきでしょうか。
鮎川哲也 「五つの時計」「下り"はつかり"」◎
 実は日本を代表する推理作家の一人である鮎川先生の作品を読むのはこれが始めて。「赤い密室」がいい! とか、「黒いトランク」がいい! とか聞いてはいたんだけど、本屋さんであまり見かけなかったので……。今回創元推理文庫で短編集が出たのでさっそく購入。
 表題作には実はそれほどインパクトを受けなかったのですが、「下り"はつかり"」に収録されている「赤い密室」「碑文谷事件」「達也が嗤う」「死が二人を分かつまで」は期待を裏切らない出色の出来。 「赤い密室」では医学部の死体解剖室を舞台にした密室が登場するが、さりげなく凝った作り。「碑文 谷事件」では異なる場面を同時進行させながら、様々なアリバイが錯綜する。「達也が嗤う」ではほんとに目と鼻の先に手がかりをぶら下げながら見事に背負い投げを食らわせてくれるし、「死が二人を分かつまで」では冒頭のほほえましい老人同志の結婚式から一転して……という展開。物語の冒頭と結末で見事に印象が異なるところや、手がかりを十分提示しながらも一筋縄ではいかない密室やアリバイ崩しなどは、基本中の基本でありながら、なかなかお目にかかれなくなった推理物のスタイルであります。 
E・フェラーズ「猿来たりなば」○
 1942年に出版されたフェラーズの傑作本格ミステリ。原題は「Don't Monkey with Murder」、要するに「殺しでいたずらするな」とでも言うのでしょうか。Monkeyは「猿」のことで、「いたずらする」という動詞でもあります。なかなかに気の利いた題名。何しろトビー・ダイクとジョージの二人組が遭遇したのは何とチンパンジーの誘拐殺人事件だった! という意表を突いた展開。古い本なのに1999年宝島「このミステリーが凄い」の海外部門の第四位に輝いただけのことはあります。
 探偵役のトビーとワトソン役のジョージが、実は立場が逆転してしまう所が面白い。この二人の会話が結構楽しいのであります。しかもチンパンジーの死にちゃんと意味付けがされているのが良いです。私はしっかり間違えました。うーん、情けない。それにしても、クリスティアーナ・ブランドといい、このフェラーズといい、イギリスの女流ミステリは奥が深いなあ。もっともっと紹介してくれるといいですね。創元推理文庫さん、頑張って下さい。
篠田節子「絹の変容」○
神林長平「プリズム」○


<6月>
小森健太郎「マヤ終末予言/夢見の密室」○
 大学で同じサークルだった小森氏の久しぶりの長編推理小説。大学時代に既にキャラクターが確立していた「星野君江」が探偵役を勤める古代文明ミステリーファイル・シリーズの第二弾。前回は「バビロン空中庭園の殺人」でしたが、今回はマヤ文明。なんとあの京極夏彦先生の推薦文付き。うーん、小森さん出世したなあ。
 マヤ文明の古代宗教を現代に復活させようと意図する新興宗教団体が舞台。そこに参加したOLがワークによって瞑想のレベルを上げていく過程で、儀式の最中に火事にまぎれて密室殺人が起きる。しかも殺された女性の双子の妹が自分が姉と言い張り、その精神治療にあたる医師の助手として星野探偵が現れる。
 もっとも、最初の殺人が起きるのが全322ページのうち220ページ目、それまでは延々と精神世界と古代文明、瞑想や催眠に関する話が続くので、推理小説の構造としてはちょっと抵抗があるかも。これは同じく「ローウェル城の密室」にも言えることなんですが、犯罪が起きるのが物語の中盤なので、読んでいるうちにこれって推理物なのかしらと不安になってしまう。伏線を張って事件の盛り上がりを 中盤に持っていこうという意図なのでしょうが、今回の場合は、先に事件の描写を持っていって、過去に遡るという手法を取った方が、記憶喪失や入れ替わりなども効果的に引っ張れるような気がするのですが。
法月綸太郎「法月綸太郎の新冒険」○

<7月>
寺田克也「西遊奇伝・大猿王 第一巻」◎
 会社の同僚から、凄いからぜひ読んでみて下さいと言われた本格フルカラー漫画。「ウルトラジャンプ」で平成七年から不定期連載されている漫画が、やっと単行本一巻として刊行された物。 全編CGで着色されたフルカラー、というのも凄いですが、何より設定がぶっとんでます。「西遊記」をベースにした物としては諸星大二郎の「西遊妖猿伝」がありますが、史実と絡めてよりリアルな幻想劇を目指 した「妖猿伝」に比べ、こちらの「奇伝」は史実そっちのけで大胆な展開を見せます。聖天大聖を名乗る悟空を解放する玄奘三蔵は、胎児に逆戻りしてしまい、五感を奪われた女の腹に入っているし、沙悟浄は悟空に破れて首だけになって馬の背中にくくりつけられているし、釈迦は宙を飛ぶ巨大な仏像の胎内にいて、自ら造物主を名乗り変化自在の奇怪な生命体として描かれていて、悟空達一行の目的は天竺に行って釈迦を殺すことだというのですから、いやはやなんとも。
 どことなくエンキ・ビラルを思わせる、粘質感のあるカラーリングはCGならではのもの。ややコマによっては雑な絵もありますが、それもバランスを考えてのことでしょう。独特の書体が異形の空間にマッチしてて、ある意味観ていて心地よい作品であります。それにしても、これ何巻まで続くのかなあ。中途半端に終わられて欲しくないなあ。
平野啓一郎「日蝕」◎
 京都大学在学中という作者の重厚な処女小説。私より十歳も年下なのに芥川賞受賞作家。うーん、やっとこさ読み終わりました。何せ15世紀のヨーロッパを舞台にした異端審問と両性具有の話を、全て旧漢字で書いてあるので、とにかく読みにくいのでありました。
 内容は、「薔薇の名前」を思わせる魔女狩り全盛期の欧州世界の雰囲気を良く伝えていて、しかも両性具有という神秘的でもありながら実在もする存在を扱っているので、やや戸惑いながらも納得、という印象でした。良く書けるなあこういう文章。漢字を検索するだけで面倒臭くなりそう。作者は古今の文学に小さい頃から慣れ親しんできたので、こういう書き方は全く苦にならないらしい。リヨンとかバリとか、すっかりカタカナが定着している地名まで敢えて漢字で書くというこだわりは凄いです。
森博嗣「黒猫の三角」△
井上雅彦編「トロピカル」○
C.ブランド「ハイヒールの死」△


<8月>
浅暮三文「カニスの血を嗣ぐ」○
 嗅覚が極度に発達した隻眼の男を主人公に、匂いを巡る男と女と犬の犯罪絵巻。「カニス」とはラテン語で犬の事だそうです。
 著者の浅暮さんは、「ダブ(エ)ストン街道」でメフィスト賞を受賞した方で、SF空想小説ワークショップや創元推理倶楽部で良く顔を合わせます。私が昨年入院した時にはワークショップのメンバーと一緒に見舞いに来てくれたことも。口髭がトレードマーク。主人公と同様広告代理店に勤めていた関係上、思わず仕事の話の描写にはにやりとしてしまったりして。
 主人公は匂いを手がかりに独自の捜索を続けるのですが、その為全編に匂いの描写がぎっしり、はっきり言って、かなりヘビーです。読んでて頭がくらくらしそう。まさに嗅覚に生きる犬達は、こんな風にして世界を認識しているのだろうなあと思います。その生々しさは必見の価値有り。推理小説というよりはハードボイルドな幻想小説という趣です。
篠田節子「夏の厄災」○
 SFセミナーの講演が大変面白かった篠田先生。さっそく処女作「絹の変容」を読んだのでした。見事な糸を紡ぐ蚕が、遺伝子操作によって肉食化する話。なかなかにリアリティがありましたが、なにしろ短すぎて、感動を噛みしめるまでには至らなかったのでした。
 そこで長編大作「夏の厄災」に挑戦。形を変えた日本脳炎が、一つの街に大流行してしまう話。ウィルスに関する詳細な説明がとても説得力がありました。ウィルスをなめてはいかんぜよ。その形は変わりやすく、ワクチンを仕上げる前に暴走されたらたまったもんじゃない……。
 あえて悪人も善人も作らず、物語を勧善懲悪の形に単純化しない……それが篠田先生の基本方針の様です。なるほど確かにそれは分かるんだけど、それ故に誰もが至って平凡で、それなりに主義主張はあるものの、暴走もしなければ発狂もせず、淡々と話が進んでしまうので、何か消化不良な印象があります。もっとぶっとんだ人間が出てきても良いのでは?
京極夏彦「百鬼夜行〜陰」○
 一年ぶりの京極先生の新刊! うーん、「陰摩羅鬼の瑕」なかなか出ないなあ。どうやら「百鬼徒然草〜雨」の方が先に出るような感じ。ご本人に言わせると、決してデビュー以降書くペースは落ちてはいないとのことですが……。
 今回は本編の京極堂シリーズの番外編という趣で、「姑獲鳥」から「塗仏」に至る長編の登場人物の中の一人が、それぞれの短編の主人公として描かれていて、かつそれぞれに例によって妖怪が割り当てられています。ミステリーというよりは文字通り「妖怪小説」としか呼べないようなつくりになっています。妖怪の世界に通じた者でないと書けないなあ。なにしろちゃんとそれぞれの小説の内容がそれぞ れの妖怪に見事に結びついているのだから。
 なつかしいあの人物にまた会える、という感慨がありますが、一方で「これ誰だっけ?」と思うことも……。京極先生の作品は巨大でしかも複雑なので、私なんかは登場人物名をノートにメモしておかないと混乱してしまうのですが。
井上夢人「パワー・オフ」○
N.ブレイク「野獣死すべし」○
C.ブランド「切られた首」○


<10月>
富樫義博「HUNTER×HUNTER」○
 「幽遊白書」で一世を風靡した後、「レベルE」でしばらく単発のSF短編を描いていた作者が、久しぶりに週刊ジャンプで連載し始めたいわくつきの作品です。うーん良く復帰しましたね。作品が受けると全てバトル物にされてしまうというジャンプ専属契約主義の中で、イヤになっちゃって描けなくなっちゃった人も多いというのに。
 西村繁男「さらば少年ジャンプ」によれば、悪名高き専属契約制度が始まったのは、創刊したばかりのジャンプが週刊誌になった頃。「ハレンチ学園」が当たった永井豪に「マガジン」の息がかかった時点で、「男一匹ガキ大将」を当てたもう一人の人気作家本宮ひろしを押さえるために始まったものだそうです。契約料は年額24万円、しかも執筆保障の項目はなしという結構きびしい物。当時の大御所達を押さえられないハンデを、「○○先生の作品が読めるのはジャンプだけ」というあおり文句で逆手に取った訳ですね。その結果誰も彼もが引き延ばしスタイルのバトル物を、編集部から言われるまま人気投票が落ちるまでやり続けるという、作品の完成度を高めるという行為とは無縁の悪しき風習がまかり通ってしまったわけで、さすがについていけなくなった作家達が次々と連載をストップ。その結果「幽遊白書」と「ドラゴンボール」は作者自身が下りる形での連載終了となったわけです。
 そういった意味では富樫義博氏もかなりこだわりのある作家で、「幽遊白書」全19巻は、初期のいかにも痛快勧善懲悪といったスタイルから、後期の痛ましいほどの人間否定をちらつかせた作風へと変貌していくまでを順を追って見ることができる作品になっています。段々絵がラフになっていくほど、そのネームはぎらぎらしたものになっていきます。
 「幽遊白書」の一番人気のキャラクターは邪眼を持つ飛影。登場場面が少ないにも関わらず、その内面描写は回を追うごとに深く暗い物になっていきます。「以前は生きるために戦い、勝つために手段を選ばなかった。目的があったからだ。だが、今はない。別にいつ死んでも構わなかった……」満たされることにより、むしろ目的を殺がれたような虚無に襲われる。飛影はそういう人物なのです。
 今秋アニメも始まった新作「HUNTER×HUNTER」は、主人公のゴンが消えた父親と同様「ハンター」となるべく仲間達とがんばる、といういたって単純な構造をしていますが、この人物配置が「幽遊白書」そっくりなんですね。直感的でストレートな性格のゴンは幽助を、直情的で短気なレオリオは和馬を、冷静沈着なクラピカは蔵馬を、そして暗殺者の少年キルアは飛影をそれぞれ彷彿させます。気まぐれな殺人狂のヒソカや死んだ目をしたキルアの兄なんかは、戸愚呂兄弟のような役回りかしら。ここら辺、作者は結構意識して配置しています。明朗健全なゴン君を最前列に立たせておいて、その友人キルア君の周囲を取りまく怪しげで不健全な人物達が好き勝手に暗躍する、そういう展開を思わず期待してしまうのです。
井上雅彦編「GOD」○ 

<11月>
京極夏彦「百器徒然袋〜雨」◎
 前述の「魍魎の匣」を観に行ったときに持っていたのがこの「百器徒然袋」。待ち時間の間もこれを読んでいました。おかげでこの一週間、久しぶりに京極世界に浸ることができました。
 この本、決して薄い訳ではないのですが、内容的には榎木津礼二郎と薔薇十字探偵社の面々が遭遇する「器」にまつわる三つの事件をどちらかというとコミカルに描いているので、他の作品に比べてとても読みやすかったです。他の作品の殆どは、「意識は病気」の典型とも言える関口氏によって語られるので、重厚でかつ暗闇を手探りでおそるおそる進んでいくような危うさを持っているのですが、今回のシリーズは他人のことなどお構いなしの榎木津探偵を中心に、勧善懲悪の物語が軽快に進んでいきます。  関口氏の代わりに、同じように大人しい別の人物が語り部を務めるのですが、始終榎木津に振り回されっぱなし。しかも榎木津は人の名前を決して覚えようとはしないので、毎回「あッ、あんたはいつかのなんとか云う人!」としか呼ばれない。本人の名前が明かされるのは最後の物語の一番最後の文章という、凝った仕掛けになっています。
 第一編「鳴釜」は汚職、第二編「瓶長」は贋作、第三編「山嵐」は料亭と、かなり俗っぽい題材を扱い、本編シリーズの猟奇的な殺人といった物は殆ど顔を出しません。第一編では財閥の政略結婚におカマ騒動を持ち込むし、第二編では逃げた亀と高価な瓶の探索が並行して行われるしと、結構京極先生、この作品群では遊んでおります。しかめ面の京極堂もこの三編では随分と巫山戯たこともやっているし。現実感のなさに苦しみ、始終周囲の人間達の顔色を伺わざるを得ない関口氏やこの三編の語り部のような人間にとって、傍若無人、あくまで自分の基準で行動し決して悩まない榎木津は、一種の理想像なのかも知れないですね。文句ばっかり言いながら、それでも逆らえないという彼らの気持ち、何となく分かります。榎木津の方ではそういう連中を「この下僕共め」と心底軽蔑しているのですが。結構こういう構図って、身近なところにもあるかもなあ。所詮人生、悩んだ方が負けなのだな。
井上雅彦編「俳優」○

<12月>
佳多山大地・鷹城宏「探偵小説美味礼讃1999」◎
 「小説推理」に1999年の1月から連載されていたミステリ書評を一冊にまとめたもの。創元推理評 論賞の第一回大賞受賞者と第三回受賞者の共著によるものですが、第三回受賞者の鷹城宏氏は私の大学の同期で同じく「漫画倶楽部」に所属していました。今も銀行に勤めながら、ミステリ評論を商業誌に発表しています。聞いたところによると、一ヶ月の残業時間が100時間とか……そんな激務の中でどうやって評論書いたり対談したりできるんだあ? 今月もあの京極先生と対談があるとか……うっ、うらやましい。
 さて本編のミステリ評論ですが、これが結構面白いです。同世代ということもあって、映画やアニメに言及する部分も多いのですが、著者の懐がとても広いので、「なるほど、こういう見方もあったか!」と驚かされることが多かったです。例えば「3000年の密室」について解説する章でも、表紙に使われたデルヴォーの油彩画から話が始まり、ロザリンド・ウィリアムズ「地下世界」やヴェルヌ「地底旅行」にも触れて、作品世界の位置付けをそういった周辺部分から見極めていくという手法が取られています。 風呂敷を広げるだけ広げておいて、最後にはうまくまとめているし、引き出しの多い人でないと書けないよなあ。
 もっとも読んだことのない推理小説の書評を読むのは危険が伴います。「※警告! この後本書のトリックに言及します! 未読の方は読み飛ばして下さい」と書かれていても、ついつい目がその先に進んでしまうもんなあ。結局未読の「ハサミ男」のオチを知ってしまった。うーん、迂闊……。
 「有限と微小のパン」や「夢見の密室」など読んだことのある作品の書評もあるのですが、あまりにもうまく解説をしてくれているので、「この作品、こんなに面白かったのか?」とあらためて思っちゃうことも。たいていの場合あまり不可読みもせずに読み飛ばしているので、作品の仕掛けに気付かずにいることも多いのですけどね。
村上知行訳「西遊記(上・中・下)」○
 寺田克也の「西遊奇伝」に結構インパクトを受けたので、本棚の隅に転がっていた文庫本の「西遊記」と中野美代子の「孫悟空の誕生」を読み返してみることにしました。確か前に読んだ筈なんだけど、意外と記憶に残っていないのでした。
 今風に読むと、あまり面白い小説とは言えないかも知れない。天界を暴れ回るオープニングはともかく、後半は菩薩や如来に助けられっぱなしで、映画的なダイナミックさはないし。不思議だなあ、虫プロアニメの「悟空の大冒険」も、ゴダイゴの音楽で有名なテレビの「西遊記」もあんなに面白かったのになあ。
 やたら情けなくって、なにかと「悟空〜!」とすがりつくおカマっぽい三蔵法師は、「悟空の大冒険」ならではの創作、と思っていたら、意外や意外、原典版の玄奘はアニメ以上に情けない。悟空の忠告を無視していとも簡単に妖怪達に騙されるのは日常茶飯事、悟空がいない時に八戒と悟浄が逃げようとすると、わんわん泣いてしまう。お寺に泊めて貰った際に自分が掃除をすると言い出すのだけど、途中でばててしまうし……。旅の主役でありながら、どう見ても一行の足を引っ張っている張本人であります。 「孫悟空の誕生」によると、実在の高僧である玄奘がここまで貶められているのは、玄宗の時代に同じ く三蔵と呼ばれた善無畏という僧が、非常にのんべえで粗野だったことに起因しているのだそうな。そもそも三蔵とは本来「経・律・論の三蔵に通暁した高僧に贈られる称号」なので、何も玄奘一人を指すわけではないそうです。
 こうなってくると、堺正章が悟空を演じたテレビの「西遊記」ももう一回観てみたいなあと思うのでした。どこかビデオ化していないかな。
ジョン・ウィンダム「時間の種」○
R.クック「アクセプタブル・リスク」○


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