「98年私のベスト3」のコーナー


1.今年のベスト3
書籍
1.井上雅彦編「異形コレクション(1)〜(8)」(廣済堂文庫)
2.テモショック「がん性格」(創元社)
3.北川歩実「金のゆりかご」(集英社)/ヤン・ソギル「血と骨」(冬幻舎)

その他

1.映画「CUBE」(監督/V. ナタリ)
2.ドラマ「眠れる森」(脚本/野沢尚)
3.コミック「マーヴルズ」/「キングダム・カム」(画/アレック・ロス)

 五月に無事退院した後……というよりはそれより以前からかも知れませんが、頭を真綿で絞められるような閉塞感と無気力とにさいなまれています。何かしていないと余計に落ち込むので、仕事も創作活動もそれなりに量はこなしたつもりですが、あまり充実感が得られない。本当の自分はまだベッドに縛り付けられていて、いまそこらを歩き回っているのは幽体離脱した自分ではないかと感じられるほど、生きているという事に対して実感がないような……。

 今そこに立っている筈の現実に現実感がない、というのは人間にとって普遍的な問題なのかも知れない。話題になったドラマ「眠れる森」でも、あやふやな記憶と過去への執着、そして自分が不確かであるが故の他者への執着が繰り返し執拗に描かれていた。記憶の不確かさが描かれている点では、京極夏彦の「塗仏の宴」にも通じる所がある。我々は自分が何か分からないということがこんなにも不安なのか……映画「トゥルーマン・ショー」でも、その不安が時折顔をもたげて、主人公を苦しめる。映画「CUBE」をはじめとして、「ガタカ」にしろ「ニルヴァーナ」にしろ、不条理な状態に投げ出された登場人物達が、いかに突破口を見出せたか、もしくは見出せなかったかを描いたSFやミステリーに、自分自身もっとも心を惹かれたと思うし、こういった作品がそれなりに評判が良いのは、それが個人的な嗜好というよりは時代的な気分を強く反映しているからなのだろう。説明のつかない喪失感が、意外と多くの人達を蝕んでいる……そんな気がする。

 自分は自分自身でしかない。生そのものに意味があるわけではない。生は混沌としてもともと不確かなものである。意味など、なくても良いのである。人は自分の生が充実していれば、自分の人生の意味など問う必要すら感じないだろう。人生の意味は何だろうと疑問を持った瞬間に、その人生は色褪せてくる。自己否定は精神だけではなく肉体をも蝕んでいく。精神と肉体は不可分なものなのだから、考えてみれば当たり前のことだ。「がん性格」という本で、情動が免疫系に及ぼす影響を簡潔に説明されているのを読んで、なんとなくそこら辺のからくりが分かったような気もする。もっとも、仕組みが分かったからといって事態は簡単にはならないが。

 虚無感は場合によってはさらに凶悪な、暴力的な感情へと発展することもある。混沌とした現実や意味のない生を否定するために、力を求めることになる。特定の人間を標的としない無差別犯罪の裏には、漠然とした喪失感が潜んでいるような気がするのである。「CUBE」に登場する警官は、最も強い意志を持っているかのように見えたにも関わらず、最後には「助けてみせる」と言った相手を殺してしまう。「血と骨」の俊平は凶暴な感情を抑えられず近付く者全てを叩き潰さずにはいられない。彼らは復讐すべき相手に復讐するのではない。その喪失感故に、世界全てを敵に回すのである。我慢ならない、屈辱に耐え切れない、そう口にする間もなく、彼らの凶器は他者に襲いかかる。彼らの行動は他者にとっては不条理な世界の構成要素だが、彼らにとってもまた世界は不条理な形で襲って来るのである。

小説の分野で今年最大の収穫は井上雅彦さん編集のアンソロジー「異形コレクション」だった。良質な短編小説が並ぶ中、自分がどの作品を好きになるかで、逆に自分の抱えている問題やこだわりに気付かされる。草上仁「命の武器」で、産み落としたばかりのわが子を叩き殺さなくてはならなくなる主人公。小林泰三「ジャンク」で、自分のために拷問され殺された男の体に移植された女。高瀬美恵「夢の果実」で、生き埋めにされ、夢を見ることにより豊かな赤子の実をならす木へと変貌する少女。殆ど感情移入する間もなく駆け抜けていくような珠玉の小品群……悲しみを表現する文章は二、三行にも満たないのに、その深さは殆ど人の一生そのものを飲み込むほどのものだった。

 無力感はある意味では何物も生み出さないかも知れない。しかしそこには共鳴がある。無力な状態へと貶められ、自らの無力さを自覚した者たちが、それでもあがいている……そこに共感を覚えるからこそ、不条理な世界での不条理な運命に悲しみを感じるのだ。「血と骨」で凶暴な父親の身勝手な怒りに翻弄される成漢ら子供達、あるいは「金のゆりかご」のシステムや組織の圧迫感に自らを見失う子供達……。「眠れる森」の「クソみたいな人生」だと繰り返す敬太に、あるいは「マーヴルズ」の、スパイダーマンの恋人グエンが殺されるのをただ見ているしかなかった主人公に……。希望を持ちながら、勇者足り得なかった者達の無力感にこそ、胸を揺さぶられるものがあった。

2.おまけ・途中で挫折しましたベスト3

(1)トールキン「指輪物語」全8巻(評論社)

本好きの人のうち、これを読んで褒めない人はいないというほどのファンタジー小説の決定版……。ということらしいんですが、入院中がんばって半分ほど読んだことは読んだんですけど、どうものめり込めない。なんか読んだことのあるような場面が続くのは、むしろこちらの方が原典で類似品が多いせいかも知れないんですが……。「ニーベルングの指輪」の話は結構好きなだけに、同じ様な題材を扱っているこちらの方は何か登場人物達が普通っぽすぎるような気がして……。

(2)植谷雄高「死霊」全1巻(講談社)

う、わざわざ旧かなづかいで統一してある……。
以前NHKで特集していて、その後すぐに著者が亡くなったりして、とても気になっていたので、この大作が分厚い一冊にまとまって出版された時は正直な話喜んで買ったのですが……二章から先に進まない。こちらが気合いを入れすぎているというのもあるんだけど、それにしても一体これは何の話なんだろう……。

(3)ルイス「マンク」全1巻(国書刊行会)
題名がかっこいいから、という理由で「マンク」と「メルモス」は前から気になっていた幻想小説でした。丁度7月にあった特別講座で話題になったこともあって、本屋をそれなりに探し回ったのですが、結局「メルモス」は見つからずじまい。「マンク」のみ全一巻にまとめられた形で再販された物を発見して購入したのはいいのだけれど……結局手つかずのまま。まあこれはまだ買ったばかりだから、来年には挑戦するということで……。

もちろん挫折したのはこの三冊にとどまらない。おなじく旧かなづかいの「わが輩は猫である殺人事件」や「異形の愛」「虚数」「精神鑑定」等々の厚めの本が机に積み重なっています。持ち歩くのには重いからなあ……やはり本は文庫に限るぜ。



◆トップページに戻る。
◆「宇都宮斉作品集紹介」のコーナーへ。
◆「宇都宮斉プロフィール」のコーナーへ。
◆「一杯のお酒でくつろごう」のコーナーへ。
◆「漫画・映画・小説・その他もろもろ」のコーナーへ。
◆「オリジナル・イラスト」のコーナーへ。
◆「短編小説」のコーナーへ。