「短編小説」のコーナー

「なまけもの」



 これは一匹のなまけものの観察日記である。
 彼は朝八時十五分に起きるが、会社が始まるのは朝九時。彼はなまけものなので、ぎりぎりまで寝坊できるようにわざわざ会社の近くで一人暮らしを始めたのだ。家の前の八時三十一分発のバスに乗れれば会社に間に合う。
 なまけものの彼は朝食を作って食べるなどという面倒臭いことはしない。野菜ジュースか飲むヨーグルトを口にすればまだましな方で、たいていはぎりぎりまで寝ている。なまけものなので、髪をとかすなどということはしない。頭から水をかぶってタオルで拭いて終わりである。それでも寝癖は直らない。事務所で隣りに座っている課長に笑われることもあるが彼は気にしない。
 八時二十分。テレビをつけて「ポンキッキーズ」の後半を観る。「機関車トーマス」や「ピーターラビット」をやっているのでさすがのなまけものの彼もこれを見逃す訳にはいかない。ぎりぎりまで観てしまうので、終わったと同時に家をでるのだが、今日も乗り遅れてしまった。丁度バスが停車駅を離れていくところである。走れば次の駅で乗れるかもしれないのだが、なまけものの彼はそんな面倒臭いことはしない。潔く数分遅刻することを選ぶ。
 会社に着くとビジネス手帳を広げる。他の人々が朝早くから忙しく事務処理を始めている中、手帳を広げてそのままそれをぼー……っと眺めている。とてもねむいので、朝一番では彼の頭は全く機能しないのだ。誰かに声をかけられるまで、じっと手帳を見つめてスケジュールを確認するふりをしている。昨日まで何をやっていたのかサッパリ思い出せない。
 会議が始まる。彼は司会進行役兼議事録記録係なのだが、つまらない会議なので、誰も協力してくれないというのが実態である。会議も三十分以上かかると段々眠くなってくる。ふとノートを見ると、さすがなまけものの議事録、字がぐちゃぐちゃで何を書いてあるのか自分でも分からない。記録は回覧しなくてはならないのでとてもあせる。会議の後であれこれ人に聞いて回ることになる。聞いてもやっぱり内容が分かっていなかったりする。
 会議が外で行われることもある。お互い資料を持ち合って打ち合わせをするわけだが……。さすが、なまけものの彼、今日は資料の方はちゃんと用意してあるのだが、肝心の打ち合わせの相手を会議に呼ぶのを忘れていた。スケジュールは遅れに遅れ、おかげでスケジュール表を何回も書き直す手間が増える。
 来客に応対しなくてはならないこともある。普通、一対一で仕事の話をしてれば、眠くなったりはしないものだが、なまけものの彼の場合はそういう常識は通用しない。平気でうつらうつらし始める。案の定手帳の文字はぐっちゃぐちゃ。
 さてそんなこんなで夜の九時・十時まで会社にいることになる。段取り良くやっていれば余計な手間も減るのだろうが、なまけものの彼はそんな改善法まで頭が回らない。時々、嫌になっちゃってほっぽりだして帰ってしまうこともある。
 家に帰ると、当然の事ながらベッドと机の上はぐっちゃぐちゃである。いつから布団干してなかったっけ? とか、いつから靴磨いてなかったっけ? とか、考えると色々恐ろしいことはあるのだが、なまけものの彼は恐ろしいことはあんまり考えないようにしているのだ。
 漫画を描くために机に向かわなくてはならないのだが、なかなか向かわない。椅子に座るためにはそこに乗っている本やノートのかたまりをベッドに移さなくてはならず、その為にはベッドを片付けなくてはならないからだ。しかし、その前に今日は十時に間にあったのでテレビで「SMAP×SMAP」を観なくてはならないのだ。「ビストロスマップ」は自炊をするのにとても参考になると彼は思っているのである。もっともなまけものの彼、これを参考に料理を作ったことなど一度もないのだが。
 結局十一時になってしまう。そこでふと、なまけものの彼は夕食がまだだったことをやっと思い出す。畜生この番組が十一時始まりだったらそれまでに夕食が作れるのに。冷凍ピラフを解凍し、PET入りの緑茶を飲む。そんなこんなで十二時になってしまう。
 一日漫画を描く時間を最低二時間は確保する、というのが彼の計画である。会社にある間、彼はいつもその事を気にしており、早く家に帰ってあれを描こう、これを描こうと思っているのだが、いざ家に着くとなかなかこれがどうして机に向かう迄が億劫なのである。
 今から二時まで頑張ればノルマ達成だ。よしやるぞと立ち上がるが、なんだが眠くなってきた。音楽をかけようとCDを探し出す。あれも聴いたしこれも聴いた……これは今の気分に合わん……などとやっているうちに十二時半。やばいとおもいつつ紙に向かう。コマの枠線と台詞のフレームをぼんやりと眺めているうちに、どうにも眠くて我慢がならなくなってくる。コーヒーを飲む。少し目が覚めるが、今度は髪がかゆくなってくる。一度気になり出すと止まらない。なまけものの彼は風呂に入ることにした。
 彼は長風呂が好きである。なまけものらしく湯船につかってぼおっとしているので、入浴に一時間かかる。自分では決してぐずぐすしているつもりはないのだがなぜかそれくらいかかってしまうのである。実家にいるときはいつもそれで文句を言われたが、今ではいくらぼんやりしていようと文句を言う者はいない。従って「ああいい湯だった」と出てくる頃にはもう二時を回っている。変なものでこの時点で意外と眠気は収まっている。何だがこのまま寝てしまうのは惜しい気がする。このまま寝てしまっては今日一日何をしてたんだか分からない。でも、湯上がりの状態で原稿に向かうわけにはいかない。原稿が湿ってしまう。
 で、何をするかというと、ラジオを聴きながら本を読んだりしているのである。もっとも、なまけものの彼は、読まなければいけない小説や文芸書の類はなかなか開かない。何回も読んだことのある、今さら読んでももうしょうがないだろうというような漫画雑誌を開いてしまうのだ。「コミッカーズ」を読むと浦澤直樹の取材の記事がのっている。週刊で「HAPPY!」を、隔週で「MONSTER」を連載している作家さんだ。 「HAPPY!」を四日で、「MONSTER」で六日で描いているそうだ。プロだし時間もあって当たり前、だと思っていたが、実際には時間があっても描けるものではない。彼は以前、五日ほど連続した休みがあった時、ようし作品を集中して仕上げるぞ、と宣言して、その実一日くらいしか作品に向かえなかった。これがプロとなまけものの差だろうか。ほとんど比較のしようもないが。
 そう考えると、何だか悲しくなって涙が出てしまう。勿論、じゃあ頑張れば? という論理はなまけものの彼には通用しない。面倒臭くなって結局寝てしまう。なまけた一日だと後悔することしきり。
 ほんでもって午前三時半。寝ないと明日がつらい。でも今日一日なまけてしまったことが残念で眠れない。疲れをとらなくてはと、分かってはいるものの眠れない。彼はとても寝付きが悪い。ベッドで布団をかぶってから一時間近く眠れないことがある。あせればあせるほど眠れない。
 ヒツジが三百四十二匹……ヒツジが三百四十三匹……ヒツジが……あれっ?
 そんなこんなで、なまけものの一日はあっと言う間に終わってしまう。
 ちなみに、なまけものの彼の97年の目標は次の通りだったが……。中間報告は?
・小説〜週一冊、五十三冊。←六月時点で十五冊。
・映画〜映画館に月一回、十二回。←七回。まあまあのペース?
・イベント〜展覧会か演劇に月一回。←二回くらい。
・創作〜・長編推理小説「アートマン(仮)」、目標千枚。←百五十枚で挫折。
    ・長編SFホラー小説「ネクロポリス・ノート」、目標五百枚。←ゼロ枚。挫折以前の問題。
    ・長編SF漫画「冬の日の幻想」、目標百ページ。←シナリオ四十五枚、なんとか上げたが……。
    ・短編コメディー漫画「ハッピー・マシーン」、目標四十ページ。←五十二枚の下書き止まり。
    ・CD−ROM作品「列車TRAIN」←写真素材は集めたものの、手つかず状態。
その他
・ホームページ〜月一回更新と宣言しながら、二ヶ月以上放ったらかし。
・お題〜あ、これ今、書いてます。「なまけもの」。なんて自分にぴったりのお題なんだ!
 命には限りがあるぞ、がんばれなまけもの!(……ひとごとみたいに……)

(完)


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