「短編小説」のコーナー

「そこのけ姫」



…荒ぶる人間と馬達の戦いを描く壮大なドラマ!
長編アニメーション「そこのけ姫」 宮崎駿馬監督作品

 青年の乗った船が港に着くと、多くの者達が彼を出迎えた。
 全身をすっぽりと黒いマントに包んだその青年は、船から降り立つと、威勢良く叫んだ。
「我が名は蛙豕馬鹿(アシバカ)! そなたたちは……」
 彼が口にできたのはそこまでだった。そこにいた者達は一斉に彼に飛びかかり、踏んだり蹴ったり、唾を吐きかけたりした。薄れ行く意識の中で、彼は思った。『やっぱりボクは、いらない人間なんだ……』
 そこへ彼らの指導者が現れた。
「ああっ、日干悟飯様!」
「悟飯様!」
「そのものを私の所へ連れてまいれ!」そうヒボシ悟飯は叫んだ。
「でも、こいつは馬頭観音の回し者かも……」
「そうだそうだ、そうにちがいねえ!」
 だがヒボシ悟飯は落ち着いた口調で周囲の者達を黙らせた。
「ならばなおのこと、話を聞かねばな!」

 その夜、屋敷の中で、ヒボシ悟飯はアシバカに尋ねた。
「そなたは何しにここへ来たのじゃ?」
「呪いを解くために!」
 そう答えながらも、アシバカは内心がっかりしていた。ここの指導者は女だと聞いていたから、白拍子風の妙齢なご婦人を想像して期待していたのに、目の前にいるのは文字通り日乾しにされたようなよぼよぼのばばあだったからである。
「呪い?」
「その日私は厠で用を足していました。その時突然、村をタタリ馬が襲ったのです。阿鼻叫喚の中、私は村人達が殺されていくのにどうすることもできなかった……。そしてタタリ馬は、厠の中にまで……。仕方がなかった! どうすることもできなかったんだ! 我慢できなかったのだから! そして……その結果、なんと私の体のある部分に呪いがかけられてしまったのです!」
「体のある部分とは、何処じゃ?」
「だから、体のある部分です!」アシバカはそう言い切った。
「ヒイ様から、西へ行けば呪いを断つことができると聞いたのです。そしてここまでやって来たんです。馬をむやみに虐待するのはやめて下さい! 私にかけられた呪いは本来あなたが受けるべきものなのですよ! そりゃあ、体の同じ場所にってわけにはいかないかも知れないが……」
「……そなたに見せたい物がある……」
 ヒボシ悟飯はそう言うと、アシバカを屋敷の外へと連れ出した。

 その丘からは無惨に切り開かれた山を見渡すことができた。
「どうだ、広いだろう。大井競馬場の十倍は広いぞ……」
「山を切り開き、馬達を狩り集め……競馬場を作ると言うのか!」
「森に光が入り、野生馬達が静まれば、ここは競馬場に来る客達で賑わい、豊かな国になる。……そこのけ姫も人間に戻ろう……」
「底抜け姫?」
「私を殺そうと、命を狙っている……」
 そしてヒボシは顔をしかめた。
「そしてそのそこのけ姫の上に立つもの……奴は手強い。馬頭観音として恐れられているが、その正体は……宇宙人・馬頭星雲人だ!」
「馬頭……星雲人?」
 あまりの唐突な展開に、アシバカは思わずずっこけた。
「そうだ……人間達を征服することがやつら馬共の野望! 二千年前、馬頭暗黒星雲は地球のすぐそばまで来た。太陽すら暗黒星雲に飲み込まれ、大災害が引き起こされ、多くの人々か死んだ。『天の岩戸』伝説はそれを伝えるものだ。詳しくは諸星大二郎の『暗黒神話』を読め!」
 ヒボシはそう言うと、かっと目を見開いて叫んだ。
「そこのけ姫は所詮操られた人間に過ぎぬ。だが馬頭星雲人はその気になれば星をも滅ぼすだろう! しかし、私とてスーパーサイヤ人悟空と悟飯の末裔、負けるわけにはいかない! 見よ、私の本当の力を! はああああああああああーっ!」
 突如ヒボシの体から強烈な光が発せられ、一瞬、アシバカは思わず目を伏せた。おそるおそる目を開くと、そこには、光に包まれた金色の髪の毛をたなびかせた若く美しい女が立っていた。体の表面が発光しているために、服を透かして素肌が見えている。
「うおおおおおっ!」
 見とれている余裕はなかった。呪いをかけられた体のある部分が反応し始めたのだ。
「なんだ、それは?」スーパーサイヤ人となったヒボシは、アシバカの様をあざ笑った。「それで私をどうしようというのだ?」
「……呪いのせいだ!」アシバカはそう言い切った。「呪いをかけられた私の体のある部分が、敵であるお前を狙っているんだ〜っ!」
「はっ、助平男が良く言うわ!」
 その時、警報が鳴り響いた。敵が侵入してきたのだ。
「来たか、そこのけ姫……」

 広場には鉄砲隊を従えたヒボシを中心に、数百人もの人間がひしめいていた。
「来るぞ! 抜かるなよ……」
 それを屋敷の壁越しに眺めているアシバカ。
『逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ……』
 そして、そこのけ姫は現れた。白馬に乗って……。
 アシバカはまたがっかりした。野生動物に育てられたのだから、当然真っ裸の女がやって来ると期待していたのに、ちゃんと服を着ていたからである。
「ハイヨー!」
 そこのけ姫を乗せた白馬は一直線にヒボシへ向かっていった。鉄砲隊の放った無数の弾丸は……しかし当たらない。そこのけ姫は大きな剣を手に、白馬からジャンプして、そのままヒボシの頭上へ剣を振り下ろした。  その間に入ったのはアシバカだった。
「双方動くな! 動けばオウムの皮からけずりとったこの刃がセラミック甲をも貫くぞ!」
 場違いにも気取って古いアニメのセリフなどまねたのがまずかったのかも知れない。次の瞬間、アシバカは数百人の人間達に囲まれ、踏んだり蹴ったり、唾を吐きかけられたりした。せっかくの決闘場面にいきなり邪魔が入ったのだから、観客達が怒るのも無理はない。『みんなもっとボクに優しくしてよ!』アシバカは心の中でそう叫んだ。

 そこのけ姫はドザクサにまぎれて、傷だらけのアシバカの体を引きずって森へ戻った。
 頭から水を浴びせかけられて、アシバカは目を覚ました。
「君が助けてくれたのか……どうもありがとう……」
「よくも邪魔したわね! もう一歩であのヒボシの奴を串刺しにできたのに! ひと思いに殺すだけでは飽きたらないわ! あーっもう超ムカつく!」
 そう言ってそこのけ姫は何度も何度もアシバカの体に剣を刺したが、アシバカは死ななかった。
「ATフィールドは中和しているはずなのに、何でやられないのよ!」
「私の体にはタタリ馬の呪いがかけられている。その分並の人間以上のパワーを手に入れた。その分命が吸い取られていくようだけど……」
 やがてそこのけ姫はアシバカを殺すのをあきらめた。
「お前の処分は父宇威主武様にまかせるわ……」 「何だって?」
「あんたバカ? フウイヌム様にまかせると言ったのよっ!」
「誰それ?」
「人間以上のお方よ。人間などフウイヌム様達に比べれば虫けらも同然の存在なのよ!」
「……君の名は?」
「驂」そこのけ姫は面白くもなさそうに答えた。
「……難しくて読めないや……」アシバカはそう言って笑った。

 アシバカとサンの周囲には、いつのまにか沢山の馬達が集まっていた。
 黒い瞳とおだやかな口元。みな平和そうな顔をしている。ただの馬だから当たり前のことなのだが……。
 サンは馬達に近付き、体をすり寄せた。アシバカに見せたきつい表情は消え、その顔に愛らしい笑みが浮かんだ。「ウマ……ウマ……」とつぶやいているようにアシバカには聞こえた。
「この醜くて臭くて野蛮で礼儀知らずでおまけに殺しても死なない人間の処分を、皆様にお尋ねしたいのだけれど……」
 サンは馬達に向かってそう叫んだが、馬達は皆聞いているのか聞いていないのか分からないようなおだやかな顔でうんうんうなずいているだけだった。アシバカには、とてもこの馬達が人間の言葉を解しているようには思えなかったが、サンは不審そうにこう続けた。
「……そんな……どうして? 人間を滅ぼさなきゃ私達がやられるのよ……。一匹でも多く……」
 馬達の反応はない。もぐもぐと草を食べているものもいる。 「……分かったわ……」
 サンはがっくりと頭を下げると、アシバカに向かって言った。
「見逃してやる! どこへでも行けばいいわ!」
「待ってくれ! 話を聞かせてくれないか……きみはどうしてここに?」
「……私は捨てられたの。それをあの方達が拾ってくれた……私に食べ物を分け与え、寝る場所を与えてくれたわ……この世で最も理性的で、合理的で、平和的な方達……その方達を襲ったのがヒボシとその配下の人間どもよ! こちらが無抵抗なのをいいことに、森を切り開き好き勝手に振る舞う、残虐で冷酷で吐く息の臭い人間共! しかもその目的が賭博場を作るためですって? 信じられないわ! だから私はあの方達のために戦うの!」
「……なぜ彼らは自分達で戦わないの?」
「彼ら、ですって?」言うが早いがサンはアシバカを殴りつけた。「あのかたたち、とお呼び! この礼儀知らず!」
「……ごめん……」
「謝れば済むと思ってんの? 内罰的過ぎるのよ、根本的に!」
手を振り上げたサンは、後ろに馬達がやってきたのに気付いて、その手をそっと下ろした。
「御免なさい……」
「えっ?」
「あんたにじゃないわよ! あの方達によ……。あの方達の世界では、暴力は認められない。理性的な生き物は暴力に訴えたりはしないから……。戦争は野蛮で愚かで口の臭い人間達だけがやるものだもの。そして……私にも人間の血が……いやっ、いやっ、せっかく忘れているのに、そんなこと思い出させないで!」
「……サン……」
「ヒボシに戦いを挑んだのは私の独断だった……だってあの方達を守らなくちゃって……でも、許して貰えない……私は……私はどうしたらいいの……」
 両手で顔を押さえるサンに、そっと手を伸ばすアシバカ。
「……サン……」
「触らないでって言ってるでしょう!」
 はねのけるサン。
「……でも……君は……美しい……」
 見つめるアシバカ、振り返るサン。
「……あんた……気持ち悪い……」

 ついにヒボシ悟飯の率いる軍隊の総攻撃が始まった。N2地雷が落とされ、戦略自衛隊が森に侵入し、無抵抗の馬達を次々と血祭りにあげていった。その攻撃は的確で、圧倒的で、無慈悲だった。
 戦わぬ馬達の中にあって、一人サンだけが暴れ回っていた。
「あんた達にやられるわけにはいかないのよ!」
 白馬に乗り、仮面をつけ、一本の槍だけを手にして、彼女は力のかぎり戦った。敵を串刺しにし、戦艦を持ち上げ投げ下ろし、ミサイルをものともせず、戦闘機を蹴っ飛ばした。
 だがついに彼女の体力も限界に達した。力尽きた彼女に、数人の敵がとびかかり、×××××××……。

 スーパーサイヤ人に変身したヒボシ悟飯は無敵だった。
「はあああああああああーっ!」
 彼女は雄叫びをあげると、気合いだけで周囲百メートルを砂漠化してしまった。なにしろ惑星をも破壊するというサイヤ人の末裔である。文字通り無敵なのである。
 そして彼女はついに目指す敵、馬頭観音の前に出た。
 それは小さな石像だった。三つの頭に八本の腕。
「ふん……ただのお地蔵さんか……」
 ヒボシはにやりと笑うと、石像に向かって手を伸ばした。
 そこへアシバカが駆けつけた。
「やめろ! 撃つなヒボシ!」
「ふふふ、神殺し……いや仏殺しがいかなるものか、見せてやろう! はあああああああーっ!」
 ヒボシの手の先から光がほとばしり、石像の首をはねとばした。
「だめだ!」
 アシバカは叫んだが、もう遅かった。
 封じ込められていた暗黒物質が石像の首から吹き出した。
「な、何だ?」
 驚くヒボシ。その後ろでアシバカが力無くつぶやく。
「……ヒボシ、『暗黒神話』なら僕も読んだよ。馬頭暗黒星雲は暗黒物質でできた巨大な生命体だって……。自分で起こした核エネルギー反応で活動するのかも知れないって……。ここにはその一部がおさめられていたんだ……」
「……ばかな!」
「もう、誰にもこの馬は止められない……」
 暗黒物質は、瞬く間に辺りを飲み込んでいった……。

 しかし、予想に反して、カタストロフィーは起こらなかった。
 暗黒物質は、そのまま宇宙へ帰って行った。どうも人間にも他の生き物にも地球にも、全く関心がなかったらしい。
 後には焼けこげた大地と、馬達の死体が残された。攻撃側の人間達は殆ど無傷だった。
 サンはつぶやいた。
「人間は嫌い……みんな、みんな、大嫌い……」
 アシバカはサンに言った。
「それでもいい。共に生きよう……」
「生きようって言われても……」
 敵の人間達に××××され、×××××され、×××××されたサンはもう虫の息で、そうでなくとも数十本の槍が横たわる彼女の体に突きつけられているのだ。仲間達に囲まれて「もう一度競馬場建設を一からやり直そう」と余裕でほざいているヒボシとその軍隊の前で、生き残る確率など0.0000000000000001パーセントもなかったのである。
(おしまい)

エンデングタイトル
「♪〜そこのけ、そこのけ、お馬が通る……」(うた:メラよしかず、編曲:力石ジョー)

(好意的な映画批評)
 これは自然と文明との対立を描いた悲劇である。主人公のアシバカ、敵役のヒボシ悟飯、そしてそこぬけ姫が生き生きと描かれ、そして最後には、大自然の怒りが全てを飲み尽くす悲劇へとなだれ込む。
 当然批判的な意見も多いだろう。ラストにカタルシスがないと。あっさりと宇宙へ帰っていく暗黒物質。当然そこで人間達も滅びるべきだったのかも知れない。しかし、宮崎監督は敢えてそう描かなかった。これは人間の文明の歴史をなぞった作品だ。人間の文明が滅びていない以上、ここで人間達が勝利することは当然の結果だったのだ。もちろん、サンの陵辱される場面の描写のあまりのすさまじさには問題があるのではないか、と思わないこともないが。
 古代神話と馬の関係について、深く考察していることには脱帽せざるをえない。思わず私も社会思想社の森浩一著「日本古代文化の探求 馬」を買って勉強してしまったくらいだ。この作品がヒットしたおかげで、この作品を単に鑑賞するだけに飽きたらず、この作品をもとに神話や動物学や天文学について論じ合う若者達を街で多く見かけるようになった。喜ぶべきことである。
 映画には残された謎も多く、私も色々と考察しなければならないと感じている。例えば、ヒロインのサン、この名前の由来はどこから来るのだろう。映画でも諸星大二郎の「暗黒神話」が多く引用されているが、そこには馬頭星雲、そしてヤマトタケル伝説について多くの事が言及されている。
 馬頭観音像は三つの頭を持つ。三つの頭に八本の腕。ちなみにこれはオリオンの中央の三ツ星と、オリオン座を形作る八つの星を意味するという。三、すなわち参は古来オリオン座の三ツ星を指すと言われる。そしてそれは、神社に伝わる三つ巴、そして天皇の三種の神器へと受け継がれていくのだ。また一方で参、すなわち参宿(オリオン)は、インド由来の密教では猛悪の性格を持ち、その星を祭る際には血を備えるとも言われる。馬は古来から神聖視されていて、エリアーデという学者は、馬は宇宙と同一視されていたとまで言っている。
 また、忘れてならないのは、スウィフトの「ガリバー旅行記」の引用である。主人公のガリバーは、最後に馬の支配するフウイヌム国にたどり着き、そこでヤフーすなわち人間達の醜さに驚愕する。鋭い人間批判で知られるこの名著について、語るべき所は沢山あるのだが、それにしても人間の支配者がなぜ馬なのだろうかと、以前から不思議に思っていたが、この映画を観て、馬頭暗黒星雲を巡る壮大なドラマに思いを馳せるうちに、なんとなく納得できてしまったような気がする。遠い古代から、馬と人間は不思議な縁で結ばれていたのだ。
 私もこれからは、たとえ競馬場へ行っても、一部の知人達のように、馬券を買い漁って競争の勝ち負けに一喜一憂するのではなく、ゆっくりと馬達を眺めて過ごすように心掛けたいと思っている。

  (批判的な映画批評)
 なんじゃこれは! 見終わって思わず呆然とした。何が言いたかったのかサッパリ分からない。こんな作品を褒める奴の気が知れない。
 なにしろあちらこちらにアニメだのマンガだのの無意味な引用が無遠慮に並べられているのだ。観ていて恥ずかしくなる。唐突にATフィールドだのオウムの皮だのスーパーサイヤ人だの言い出すのには、すっかり呆れ果ててしまった。
 大体、説明されていないことが多すぎる。タタリ馬の呪いはどうなったんだ? 何で平気なんだ? なんであそこで自衛隊が出て来るんだ? 暗黒物質は結局何だったんだ?
   おまけにレイプまがいのシーンまである。節操がないのにもほどがあるぞ! 私は小学生の息子を連れて観に行ってしまったんだぜ! どうしてくれる!
 ばたばたと動物だけが死んでいく映画なんて暗いだけだ。なんでもっと明るく生きようとしないんだ? まったく、近頃の若い連中の考えてることはさっぱり分からんわ!

(パンフ広告)
「そこのけ姫」オリジナルグッズ通信販売
@下敷 B5サイズ 300円
Aテレホンカード 50度数 各1000円
Bダッシュタタリ馬 21センチ 500円 プルバックメカでパカパカ走る!
Cダッシュタタリ馬(大) 2メートル30センチ 500000円 プルバックメカでパカパカ走る!
Dサンお面レプリカ 39800円 サンのお面を1/1サイズでレプリカしました!
Eサン等身大フィギュア 398000円 サンの体を1/1サイズでレプリカしました!
F馬頭暗黒星雲等身大マスコット オープンプライス 買ってからのお楽しみ!

(完)


◆「短編小説のコーナー」へ戻る。
◆トップページに戻る。
◆「宇都宮斉作品集紹介」のコーナーへ。
◆「宇都宮斉プロフィール」のコーナーへ。
◆「一杯のお酒でくつろごう」のコーナーへ。
◆「漫画・映画・小説・その他もろもろ」のコーナーへ。
◆「オリジナル・イラスト」のコーナーへ。