2002年 新春メッセ−ジ


<児童の世紀>への新たな一歩を!

♪すべての子どもたちの夢と幸せを願って・・・

 

■ 新年あけまして、おめでとうございます。

 みなさん、お正月はいかがでしたか。

 ご家族お揃いで、輝かしい新春をお迎えになられたことでしょう。

 日頃、日々の仕事に追い立てられ、ややもするとおろそかにしがちな家族の絆。

 父親として、母親として、また実家に戻っては、自らが子、時には孫としての自分にタイムスリップし、

あらためて家族のぬくもりを体感できるのが、お正月ですね。

 

 昨年は、新しい世紀の幕開けにもかかわらず、テロ、戦争、不況で暗転した一年でした。

 その中にあって、ことのほか子供たちの姿が心に刻まれる年でもありました。

 国内にあっては、痛ましい池田小学校殺傷事件で犠牲となった子どもたち。

 映画の世界では、「千と千尋・・」の勇気に目をみはったり、「ハリ−ポッタ−」の魔法に熱中する子ども

たち。また世界同時多発テロへの憤りと不安の中で、飢えと戦乱が続くアフガニスタンの子どもたち。

 

■ 「平和の世紀」や「人権の世紀」などと言われる21世紀。今こそ、すべての子どもたちの夢と幸せに

つながる願いを込めて<児童の世紀>を目標に掲げてはいかがでしょうか。

 ご存知の方もいらっしゃると思いますが、このキ−ワ−ドを最初に唱えたのは、今から100年程前、

スウェ−デンの生んだ世界的な女流文明評論家エレン・ケイ(1846〜1926)です。

 19世紀終わりごろの工業化への大きなうねりの中で、幼い子どもたちまでが過酷な労働を強いられ、

働く青少年の躾は全く顧みられず、子どもたちが、若さを失い、いじけた大人のように振舞うようになって

いた時代。当時、まだ高福祉社会への歩みが見られなかったスウェ−デンの母親達に、

20世紀に期待をかけ、<美しく、自由な世界>になることを願って、呼びかけた提案(1900年)です。

 日本でいえば、伊藤博文がわが国の舵を取っていた明治の後半、日露戦争突入の前夜とも言うべき

時代でした。

 

■ しかし、21世紀の歩みを始めた今、私達の足元を見て、どうでしょう?

 多発する児童虐待、凶悪な少年事件、さらには学級崩壊やいじめ、ひきこもりなど、今日子どもたちを

取り巻く環境は、かつて彼女が心を砕いた状況と様相を異にするとはいえ、極めて深刻で、

世の移り変わりの中で新たな危機的状況にあるといえましょう。

 残念ながら彼女の提案は、その後2回の世界大戦を経て、自由と民主主義が広がり、すでに彼女の

期待した20世紀が過ぎたにも関わらず、いまだ未完成であると言わざるをえません。

 

■ 今、私は、そばにあるラジカセから流れている音楽に耳を傾けています。

 ちょうどエレン・ケイが<児童の世紀>を唱えたのとほぼ同じ頃、ドイツの作曲家R.シュトラウスが、

愛する妻と一人の息子のために作曲した「家庭交響曲」(1902〜3年)です。

子どもを思う両親の「夢と心配」や快活な家庭生活が奏でなれています。家庭という日常性の導入に

よって、20世紀音楽の新しい潮流を先取りしたともいわれるシンフォニア(Synphonia)。

  Syn=together、phonia=sound

 文字どおり「音の調和」の中に、「家庭の調和」という作曲者自身の思いが込められているかのようで

す。

 

 その音楽が流れている部屋の私の小さな机には、幾枚かの写真があります。四季折々の風景の中で

元気よく遊ぶ子どもたちの写真です。

 (子どもたちといっても、我が子が写っているのではなく、あるグラビア誌から適当に切り取ったもの

ですが・・)

 いくら心がささくれ立ち、いらだちがつのっていても、その子どもたちの無垢の笑顔の前では、

つい頬がゆるんでしまいます。仕事に疲れた身も心も癒されるのです。

 

■ 「和気あいあいとした家庭で育てば、

   子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる」

         (『子どもが育つ魔法の言葉』より)

 こんな言葉を心に止め、今年も、子どもたちから元気をもらい、子どもたちに癒されながら、

未来を生きる子どもたちのために、自らの時間を意味あるものにしていきたいと思います。

 100年前の提案を、未完成交響曲のままに終わらせないために・・・。

 

                    2002年の新春を迎えて