「カレラ・ジェンセン」96年



 ロマネ・コンティに魅せられて、ついにカリフォルニアでそれと全く同じ風味を持つピノ・ノワールの名酒を作り上げたカレラの物語は、マルク・ド・ヴィリエ「ロマネ・コンティに挑む〜カレラ・ワイナリーの物語」(TBSブリタニカ)に詳しく書かれています。漫画「ソムリエ」第一巻でも、ブラインド・テイスティングを迫られた主人公が「グラスに残るワインの粘着性は高い……北の地方か……香りは複雑……鮮烈なイチゴやプラムの香り……土臭さや動物的なニュアンスすらある……ヴェルヴェットのような舌触り……アルコール分が高く、果実味と強いミネラルを感じる……ヴォーヌ・ロマネ村の極端にブドウの収量を減らして果実を凝縮させる生産者……間違えようがない。ロマネ・コンティだ!」と一度は断言したものの、相手の手にしているバーボンのグラスから故国フランスに対する憎しみを見抜き「このワインは……ロマネ・コンティ……と普通ならそう思う……だが違う……カレラ・ピノ・ノワール・ジェンセン1987年、カリフォルニアワインだ」と見事言い当てるシーンがあります。そこまでそっくりと言われれば、ぜひとも飲んでみたいと思うではありませんか。ロマネ・コンティは一本30万円だけど、カレラ・ジェンセンは一本8000円位だっていうし。もっとも以前テレビで紹介されたときは、「日本に入ってきた途端、5分で売り切れる」と言っていたので、入手は殆ど諦めていたんだけど。以前同じ所有者の別の畑の「ミルズ」を飲んだ時、その飲みやすさと味わい深さにますます関心が募り、昨年のフェアではなんとかお店に並んで97年物(93年と97年は歩留まりが大きくソフトな仕上がりなので6年の熟成を待たずに楽しめます、と本にはありましたが)を入手したのでした。
 さて、今回はコミックマーケットで委託販売もしていただいた作家の藤原さんから、住吉のレストラン「ランファン」で、96年のカレラ・ジェンセンが飲めると聞いてさっそく足を運んだのでした。
 藤原さんは小学館文庫で「葡萄の宝石」「葡萄の真実」「葡萄の奇跡」といったワイン物の小説を書かれています。段ボール三箱近く資料を集めたというだけあって知識の方はかなりのもの。料理に合うワインを選んで下さいと言われて、とりあえずタラバガニのムースに持ってきた白は、グラーヴの「シャトー・レ・ボナ」96年
 

 魚介の料理に一番合わせやすいのはソーヴィニョン・ブランだと密かに思っているのでした。もちろんソーヴィニヨン・ブランといっても味も香りも千差万別で一概には言えないのですが、私の乏しい経験からしても、ボルドーの白なら酸味が控えめで日本酒のような独特のコクもあって刺身と合わせてもあんまり生臭くならないです。若いシャルドネだとかなりきりっとした酸味があるので場合によっては食事の方に少し酸味を加えないとバランスが取れなくなるし、熟成したシャルドネだとクリーム系のソースが欲しくなってしまう。甘めのリースリングやゲヴェルツトラミネールでも合わないことはないのですが、もう少しさっぱりした物が欲しいというときには、やはりボルドーの白かしら。この「レ・ボナ」は一部セミヨンを加えていて、樽香とは違う軽めの樹脂香みたいなものが感じられました。ほんとは「葡萄の奇跡」に出てくるボルドーの白、「ドメーヌ・ド・シュヴァリエ」をセレクトしたかったところですが。
 さて、猪の肉のパスタなどを頂いた後、メインの「カレラ・ジェンセン」96年へ。ハーフボトルでしたが、まごうことなきカレラのラベルにおもわずうっとり。私の買った97年物では既にラベルデザインが変わっており、小さいラベルに統一されてしまっていたので。
 味の方のコメントは……上の「ソムリエ」のセリフ通りというしかあるまい。ピノ・ノワールとは思えないほどの濃い色調。イチゴのような香りとムスクのような香りとが同居していて、凝縮感のある味はまさに独特のもの。おそらく5年しか経っていないので、もう少し熟成させればさらに複雑味は増すと思われますが、今飲んでも充分楽しめますね。良いブルゴーニュの赤は、寝かせて美味しい物は若いときから美味しいのだと、物の本にも書かれてましたけど、おそらく良質なピノ・ノワールの全てに共通することだと思います。 
 メインディッシュに私は小兎を選びましたが、他の三人の方はそれぞれ牛肉とフォアグラのステーキ、ラムのロースト蜂蜜風味などをセレクト。普通ピノ・ノワールは牛肉との相性が良く、ラムなどくせのあるものは合わせにくいとされていますが、わりと若いのでタンニンも適度に感じられるので、今回に関しては皆さん充分に満足されたみたい。
 さて、思わず調子に乗って「ハーフボルトでは足りない、私もラベル欲しいし……」とばかりにもう一本オーダー。それに合うチーズもお願いしたところ、チーズは合わせにくいので、鹿肉の生ハムを薦められました。確かにチーズとワインというのは定番っぽいけれど、味の濃いボルドーの赤や貴腐ワインと異なり、ピノ・ノワールに合うチーズというのは意外と少ない。シャンベルタンに合わせるウォッシュチーズのラミデュ・シャンベルタンという例はあるものの、大抵の場合ピノのデリケートな香りを殺してしまう危険性があるので。そこで出された鹿の生ハム、一見ビーフジャーキーのような暗い色をしていますが、食べてみると非常に柔らかくまさしく生ハムの触感。ソフトな薫蒸香が心地よいです。
 最後に、これまた珍しいジンファンデルの90年物のポートがあるというので、グラスで頂きました。「IMAGERY SERIES DRY GREEK VALLEY MAYO FAMILY CARRERAS VINEYARD」。この銘柄は今ではもう同じ物を作ってはいないとか。通常のポートに比べ、ジンファンデルというスパイシーな葡萄を使っているだけあって、より香りも味も濃厚な感じ。甘い中にもどっしりとした渋味が感じられます。「そのままボトルを空にしてラベルごと貰っちゃえ!」との声もありましたが、さすがにワインの倍のアルコール度を持つだけあって、そう簡単にくいくいと飲んでしまう訳にもいかなかったのでした。
 
 カレラの畑には「ジェンセン」の他に「リード」「セレック」「ミルズ」といった畑があり、それぞれ異なった個性を持っているそうです。今のところ「ミルズ」しか飲んだことはないんですが、「リード」もこの間買うことができたので、できれば比較して飲みたいところ。「リード」はカレラに出資したシンプソン木材会社の経営者ビル・リードの名から。ローストしたコーヒーの風味とブックベリーの果実の香りがするといいます。「セレック」はジョシュ・ジェンセンにワインを教えたジェンセン一家の友人の歯科医で、医師ワイン愛好家協会会長も勤めたジョージ・セレックの名から。他の畑より濃厚で、タンニンが強くチェリーやプラムなどが複雑に絡み合った香りになっているそうです。「ミルズ」はジョシュ・ジェンセン購入しようといていた石灰岩の土地にあった採石工場の所有者で、ワイナリーの建設に協力したジョン・エヴェレット・ミルズの名から。
 前述の「ロマネ・コンティに挑む」の中のエピソードから。「ワイン愛好家のためのカリフォルニア・ワインガイド誌主催のテイスティング・コンテストに参加したことがある。1979年物の「セレック」もリストに入っていた。……私はこともあろうにセレックに一番低い評価を与えてしまったんだ。もし私がテイスティングに参加していなければ、セレックは一位になり、もっと注目を集めていただろう。だが私が12位にしたせいで、総合では三位になってしまった。このことは、死ぬまで負い目を感じることになりそうだ……」様々な障害を乗り越えて独自のワイナリーを立ち上げた成功者の、唯一の心残り。なんとなく分かるような気がします。



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