4月


【映画】ニール・ブロムカンプ「第9地区」

 南アフリカのヨハネスブルグの上空に現れた巨大な宇宙船。その中から発見されたのは数十万人の衰弱した甲殻類型異星人。彼らは殆ど無抵抗のまま第9地区の仮設住宅に運ばれる。民間軍需企業MNU(マルチ・ナショナル・ユナイテッド)社のヴィカスは現場責任者として、郊外の第10地区への転居を承諾するサインを取り付けるためにエイリアン達の住む小屋を訪ねるが、そこでウィルスに感染してしまった彼は、エイリアン達の姿へと徐々に変貌していく。エイリアン達の使用する武器は彼らの持つ遺伝子型にしか反応しないが、異星人とのハイブリッドとなったヴィカスはそれらの武器を使うことが可能となった。MNUの研究員らに解剖されそうになった彼は、人間達に追われて第9地区へと逃げ込む。そこで出会った知的なエイリアンのクリストファーは、ヴィカスが持ち出した宇宙船の燃料を取り戻すために、彼と組んで逆にMNUを襲うが…。
 英語では外国人も異星人も同じく「エイリアン」と呼ぶ。この映画では、わざと一般の人々に「外国人をどう思うか」とインタビューして撮影したそうで、作品中で「エイリアンは出て行け」と叫ぶ人々は実は同じ人間に対して罵倒を浴びせているというわけ。その意味でも、南アフリカの人種差別を背景に異星人との不幸な遭遇を描く実にユニークな作品となっています。
 よくあるSF映画とは違って、甲殻類型エイリアンは映画の冒頭から映画「ザ・フライ」に似た姿を現し、その描き方にはあまり神秘性や新規性を感じないのですが、そのいかにも典型的な悪役エイリアンが後半次第に観客の共感を呼び、ラスト近く、主人公がそのエイリアンを守るために襲いかかる軍人達を血祭りに上げるシーンはひたすら盛り上がります。このあたりの展開は、米国では後に公開された「アバター」を思わせます。人間が異星人を虐待し、人間と異星人とのハイブリッドとなる主人公が異星人側の味方となって人間を撃退、
主人公は異星人の社会に受け入れられるが、対立は持ち越されたままラストを迎える…二つの作品の構造はある意味全く同じものとなっています。主人公のヴィカスは滑稽なほど俗物で、軍人達の中で浮いた存在で、ひたすら妻にすがりつき、土壇場で卑怯にも逃げ出したりするどうしようもない人間として描かれている点が「アバター」とは異なるものの、ひたすら武力で他者を排除しようとする人間という存在を徹底して否定して悪役として描いているところが共通しています。以前は反戦を描く映画もここまで徹底はしていなかったように思いますが、最近では続けざまに人間否定の大作映画が登場し観客に受け入れられているように感じます。人間が同じ人間を敵として描くのはある意味妙な事なのかも知れませんが、それでいて自然と納得してしまうのも確か。食物連鎖の頂点に立った我々人間を襲い殺す者は、ライオンでもクマでもなく同じ人間であり、我々が恐怖し憎悪するのは所詮同じ人間なのですから。


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