11月


【映画】ドゥニ・ヴィルヌーヴ「DUNE 砂の惑星」

 原作はF・ハンバートの長編SF「砂の惑星」D・リンチ作品の再映画化と思ったら、今回の上映は前編のみで後編は別途制作とのこと。155分で前半戦だから、後半戦は180分くらいで一応仕上げる見込みでしょうか。リンチ作品の前半30〜40分相当という印象だからまだ先は長そうであります。

 「DUNE」といえば何はなくともホドロフスキーの幻の映画企画「ホドロフスキーのDUNE」です。ダン・オバノン、H・G・ギーガー、メヴィウスらを巻き込み、ダリやオーソン・ウェルズの出演をもくろんだ極めて独創的な企画は、結局のところホドロフスキーの12時間の上映時間に対して映画会社がNOを突きつけて終わるのですが、4時間×3部作の「ロード・オブ・ザ・リング」を経験した後の身としては、早過ぎたこの企画、ぜひともホドロフスキー作品として観てみたかったなあと思わずにはいられません。「エル・トポ」「ホーリー・マウンテン」の破天荒で、ある意味趣味は悪いかも知れませんが、途轍もなく独創的な映像美を堪能するという、なかなかできない体験ができたかも知れません。

 その代わりという訳でもないのでしょうが、D・リンチ作「DUNE」を大学生の頃観た時は、意外に凄いではないかと思ったものです。興行的にはともかく、同じ映画研究会の仲間の間では評価も高かったように記憶してます。物語の進行をナレーションで済ませたり、主人公の考えをそのまま台詞で読み上げてしまったりと、台詞で説明を入れることで話を分かりやすくさせようというきらいはあるものの、冒頭で巨大な胎児を思わせる「ナビゲーター」が大きな水槽に入ったまま現れたり、敵役のハルコーネン男爵が自分の悦楽だけのために近習の心臓弁を抜いて絶命させたりと、なかなかにこちらも不健全な描写のオンパレードで、ホドロフスキーほどではないにしても、「異形への愛」が感じられる作品なのです。

 その意味では、今回のヴィルヌーヴ版は、異形のナビゲーターも登場せず、ハルコーネンもただ思わせぶりに周囲を威嚇するだけで、丁寧に造られているもののどこか「普通」なのです。異世界物のはずなのですが、巨大な砂虫が登場しようが羽ばたく飛行艇が登場しようが、今の地球の延長線上にある世界のように感じられてしまいます。ヴイルヌーヴ監督はこれより前に、テッド・チャンの原作を映画化した「メッセージ」や、リドリー・スコット「ブレードランナー」の続編となる「ブレードランナー2049」を制作していて、SFにはかなりこだわりのある作家だと思うのですが、今回の「DUNE」に関しては、前出のホドロフスキーやリンチの提示したビジュアルを今一つ越えられていないような印象でした。

  そもそも「DUNE」の世界では、宇宙を移動するために「DUNE」で産出されるスパイス「メランジ」を服用しなくてはならないし、ホドロフスキーが「魂の戦士」と言って人集めをした際もドラッグをやっていたという話もあるくらいだから、1970年代のドラッグ・カルチャーというか、かなり「アンダーグラウンドなやばい物」の溢れる世界観を反映した作品であることは確かなのです。その意味では、色々と規制のうるさい今の時代にこの作品を映像化しても、どこか泥臭さや危うさが排除された一足先に既に浄化されたような世界を描くことになってしまうのは仕方がないことなのかも知れません。 

 

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