【書籍】水谷彰良「サリエリ・生涯と作品」
何回も観てしまう映画がある。結末も分かっていて、そこそこセリフも覚えているにも関わらず、わざわざDVDやBlu-rayを回してしまう作品があるものなのである。ミステリにしてもそうで、もう犯人もしっかり筋立ても分かっているにも関わらず、繰り返し読んでしまう、もしくはオチだけでも読み返してしまう作品がある。なぜ「Yの悲劇」は繰り返し読んでしまうのに、「アクロイド」は読み返さないのかと言われてもよく分からない。何か琴線に触れる物があるのだとしか言い様かない。
ミロシュ・フォアマン監督「アマデウス」も繰り返し観てしまう映画である。セリフも流れも熟知しているにも関わらず……モーツァルトの音楽を効果的に使っているというのは勿論ある。数ある音楽ネタ映画の中でも、ネビル・マリナー指揮による「交響曲第25番」を、「ドン・ジョバンニ」を、そして「魔笛」を、なんら原曲を損なうことなく流してくれるこの映画は、繰り返しCDを聴いてしまうのと同じ感覚をもたらしてくれる。
この映画を最初に観るまでは、「嫉妬」がテーマの作品に対してシンパシーを感じる事はなかった。シェイクスピア「オセロ」を初めとして嫉妬をテーマに扱った作品は数あれど、自分が共感をすることはないと思っていた。嫉妬を感じる事自体がおかしい。本当に相手に愛情があれば、そんな感情は起こるはずがないと漠然と思っていた。しかし、サリエリのモーツァルトの才能に対する嫉妬の念は妙に共感できてしまったのである。これは実際説明が難しい。作品が終わっても、サリエリがモーツァルトを単に憎んでいた、という構図には見えないのがこの作品のポイントなのである。サリエリは嬉々としてモーツァルトの紡ぎ出すメロディを楽譜に書き留めていく。モーツァルトを毒殺ではなく過労死させることを意図していたにも関わらず、モーツァルトは、最期まで自分に付き合ってくれるサリエリに対して感謝の言葉を述べるのだ。そして翌朝、妻のコンスタンツェが改心して帰宅し、こんな仕事はさせられない、とその楽譜を取り上げた途端にモーツァルトは絶命してしまう。
この作品に触れるまで、自分にとってのクラシックの最高峰はベートーベンの交響曲に代表される精神的で抽象的な世界だった。ブラームス、ブルックナー、マーラーに続く器楽交響曲の世界こそが純化された音楽の世界で、オペラの世界は俗なミュージカルと共に、音楽とドラマが無理に同居させられた、「よく分からない世界」だった。しかし、この映画で最も魅力的な音楽として扱われるのはオペラなのである。当時は「オペラ」作品を仕上げることこそが作曲の最高峰であり、モーツァルトとサリエリはそこで火花を散らすのである。実際、モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」が上演されるシーンは、その効果的な演出も相まって、まさに音楽の「凄まじさ」が具体的に視覚化された瞬間だった。モーツァルトからワーグナーへと繋がる「盛り上がった音楽が、さらに盛り上がっていく」恍惚とした瞬間が描かれる見事なシーンなのである。
そうなってくると、映画でもほんの少し描かれる「サリエリのオペラ」に対しても俄然興味が湧いてくる。冒頭近く、サリエリが自らの作品を懐かしく思い出すシーンに、実際のサリエリ作品が演奏されるのだが、そこだけ聴くと、決して「悪くない」のだ。それどころかもっと他の部分も聴きたくなってくるほどだ。この映画の後に、実際にサリエリの作品が次々と復刻上演されたことも不思議ではない。再評価のきっかけにもなっているのである。
これに触発されて、あらためて「ドン・ジョバンニ」の音楽に興味を持ったので、当時より人気が合ったと言われるガッツァニーガの「ドン・ジョバンニ」も聴いてみた。短い構成で、当時はモーツァルト作品より人気が合ったそうなのだが、今聴くとあまりに音楽が盛り上がらないので驚かされる。映画の中で「音が多すぎる」と批判されるシーンがあったが、実際当時としてはそうだったのだろう。ところが音が多い分、その曲想はさらに変奏されて無限に膨らんでいく。そういう音楽の楽しさを、まさに我々はモーツァルト作品から今も体感できるのであり、逆に言えば、当時の作曲家達はまさに「それができない」からこそ歯痒い思いもしていたと考えられるのだ。 そんな中、興味を持って聴いた「歌劇"タラール"」。実際、「アマデウス」でもそのラスト近くが引用されるのだが、音楽はともかく、ストーリー仕立て自体は、モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」や「フィガロ」と比べて、段違いにスケールが大きく、まさにハリウッド大作的なカタストロフィが感じられる内容なのである。これが「ドン・ジョバンニ」以前に造られた作品だと考えると、これはやはりなかなかのものなのである。
さて、NHK「ららら、クラシック」でもサリエリが取り上げられたことがあって、何でもゲーム「Fate / Grand Order」のキャラクターとして脚光を浴びた結果、水谷彰良著「サリエーリ 生涯と作品 モーツァルトに消された宮廷楽長」が復刻されることになったと紹介されていたので、早速今さらながら購入した次第。
サリエリによるモーツァルト毒殺は、単なる噂話をプーシキンが1830年に戯曲に仕上げ、さらにリムスキー・コルサコフが1898年に短編オペラに作り上げたことで定着した。近年さらに1979年にピーター・シェーファーが戯曲「アマデウス」を成功させ、1984年のミロシュ・フォアマン監督作に至ることになる。もっとも、戯曲でも映画でも、「アマデウス」では別にサリエリは毒を使ったりはしていない。直接手を下したとは言えないような微妙な描き方になっている。しかし水谷彰良氏の著書によると、実際にサリエリの晩年には、モーツァルト毒殺説がまことしやかに噂となり、サリエリ自身がそんなことはしていないと弁明して、さらに疑いを招いたということがあったらしい。そしてその背景にあるのが、当時のウィーンなどでの音楽業界における反イタリア主義なのだという。ロッシーニ等の台頭に反感を抱いた当時の音楽会が、イタリア出身の宮廷楽長だったサリエリに対して攻撃を仕掛けたとも言えるのだ。オペラの発祥の地はモンテヴェルディの生誕の地であるイタリアであり、モーツァルトも「アマデウス」冒頭でヨーゼフ2世に呼ばれて最初に作曲するのがドイツ語のオペラ「後宮からの逃走」であるにも関わらず、その後に作曲したのはイタリア語のオペラ「フィガロの結婚」と「ドン・ジョバンニ」であり、「後宮からの逃走」が当時それなりにヒットしたにも関わらずオペラはやはりイタリア語、ということになってしまったという背景がある。最後に作曲したのはドイツ語の「魔笛」だが、オペラというよりジンク・シュピール、映画でも描かれるようにそれまでのオペラとは事情が異なるようである。ちなみに石井宏著「モーツァルトは『アマデウス』ではない」(集英社e新書)では、モーツァルト自身は自分が歓迎されたイタリアでの体験から、イタリア語で「アマデオ」転じて「アマデ」と署名しており、自分を認めることのなかったドイツの言葉で「アマデウス」と綴ることは一切なかったらしい。
その意味では、サリエリもモーツァルトも、イタリア語圏やドイツ語圏のしがらみを超えたところで才能を開花させた極めてコスモポリタンな性格の芸術家だったと言える。それがその後のプロイセンからドイツ帝国へと至る、ヨーロッパでのドイツ覇権確立への流れの中で、サリエリのモーツァルト毒殺説やモーツァルトの「アマデウス」化がなされていったと言えるのかも知れない。
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