9月


【小説】ガルシア・マルケス「百年の孤独」

 スヌーピーとチャーリー・ブラウンの四コマ漫画、ピーナツ・ブックスの中にこんなエピソードがありました。料金5セントの精神分析医ルーシーとチャーリーの会話。手元に本がないので記憶に頼るしかありませんが、確かこんな会話。

 チャーリー・ブラウン「孤独を救える?」
 ルーシー「5セントくれれば、何だって救えるわ!」
 チャーリー・ブラウン「どうしようもなくやけっぱちの絶望的な孤独でも救えるの?」
 ルーシー「追加料金なしで?」

 私が「孤独」という言葉を初めて知ったのがこの漫画だったような気がします。

「百年の孤独」と聞いて、一切の予備知識なしに、どんな内容を思い浮かべますか? 「孤独」 を辞書で引くと「周囲に頼りになる、心の通いあう相手が一人も居ないで、ひとりぼっちであること」とあります。要するにひとりぼっち。それが何と百年も続くというのですから、これはもう相当なものです。生まれてから死ぬ までおよそ百年間独りぼっちの状態とは……密室のような空間の中で、ひたすら呪いの言葉をつぶやき続ける、例えばドストエフスキーの「地下室の手記」とか、人間としての存在を否定される「フランケンシュタイン」の怪物のような物語。あるいは映画「サイレント・ランニング」の宇宙居住区の中で一人物言わぬ ロボット達と暮らす主人公、あるいはキューブリックの「2001年宇宙の旅」の年老いていく船長とか……。「ひとりぼっち」の状態というのはイメージとしてやはりそんな感じ。
 しかるにこのマルケスの作品は、その意味では題名から受ける印象とは全く正反対のどちらかというと「にぎやかな」小説でした。全編を通 しての主人公は不在で、「ブエンディア家」の一族の百年にわたる盛衰の物語なので、やたらと登場人物が多く、しかもその生き様は淡々と客観的に語られ、心理描写 に近いものは殆どありません。「はじめて愛によって生を授かった者が出現したとき、一族の歴史は終わる」と帯のあおり文句にはありますが、そこまで仰々しいことを言わなくても、一族の面 々はぽこぽこ自らの欲求のままにくっついて子供を産み落としていくので、あまりそのオチにこだわる必要もなさそう。「愛の不在」などという言葉を持ちださなくても、この小説の一族達は皆元気に思い思いに生きていて、今だ因習と世間体に縛られがちな現代人よりも余程フツーに見えます。
 この小説の面白さは、年代記風に一族の盛衰を描写しつつ、いかにもさりげなく百四十才を生き抜いてしまう女達や、そのまま唐突に昇天してしまう美少女などのある種荒唐無稽な出来事が淡々と盛り込まれることにありそうで、その意味では成程「純文学的」ながらベストセラーになったのも分かるような気がします。しかしなあ、登場人物の誰一人として真実孤独には見えないように思えるのは何でだろう。人間同士がうっとうしいくらい絡み合って描かれるこの小説には、「孤独」という言葉ほど似付かわしくないものはないように思えるのですが。


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