電脳・日本の歴史研究会、掲示板 ログ


松尾一郎メール問題


メール論争から派生した田中正明氏の改竄論争



 このページは、電脳・日本の歴史研究会、掲示板( http://www64.tcup.com/6416/7867zxlotion5.html )で、掲示板管理者である松尾一郎氏から届いたメールについて論争になった件について、関係あると思われる書き込みを岡田が抜粋してつくったものです。


 書き込みは投稿順に昇順に並べています。
 話の流れが分かるように、メール論争及び派生した論争について関係の書き込みを全て抜粋したつもりですが、もしも不適当と思われる書き込みや、抜けている書き込みがあるようなら 岡田 y-okada@muc.biglobe.ne.jp まで指摘のメールを下さい。
 このページの存在自体に対する異議や文句がある場合も 岡田 y-okada@muc.biglobe.ne.jp までメールを下さい。
尚、このページは岡田が勝手に電脳・日本の歴史研究会、掲示板の内容を抜粋して作ったものです。

1 発端からメール公開までの流れ  2 メール公開後の論争 3 メール論争から派生した田中正明氏の改竄論争

91
田中改竄は事実 投稿者:整理部  投稿日:11月 3日(日)01時30分43秒

xihuan zhongguoさんへ
田中正明の改竄は単に字の読みにくいところを直したようなものではありません。

板倉氏は、初めて芙蓉書房の「松井日記」と「原本」を「歴史と人物」の編集室で見比べたときのことをこう記述している。
−−−−−−−−
編集室の一隅で史料を見せられたときは、息の詰まる感じであった。目の前に並んだ自衛隊の坂妻駐屯地資料館蔵の「松井日揮原本」(コピーならびにかなりの数の写真版)と、芙蓉社版・田中正明編『松井岩根大将の陣中日誌』第四章収録の「日記」との間には、見過ごすことのできない大きな差異が、それも単純ミスではない明らかに意図的な改竄がいくつも認められたのである。
かねてから、いわゆる「南京虐殺事件」の研究にとりくんでいた私は、今まで気づかずに何度も田中氏編の松井日記を使って評論してきただけに、このショックを忘れることができない。
−中略−
最後まで目を通した私の結論から言おう。発見された「改竄」は、脱落だけならまだしも「書き加え」まであり、しかもそれらはすべて「南京事件否定」の方向で行われている。これは明らかに編者・田中氏の意図的行為であると断ぜざるを得ない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
板倉氏によれば、意図的なものから、全体に大きな影響のない送り仮名・漢文表記まで含めると、「その異同はおよそ九百ヵ所以上に及んでいる」としている。


92
整理部へ 投稿者:馬鹿につける薬    投稿日:11月 3日(日)01時56分55秒

漢文調を仮名まじりにしたり新仮名遣いにするのとは「改竄」とは言わない。
だから「改竄」したとのの「結論」として、板倉の「その異同はおよそ九百ヵ所以上に及んで
いる」を持ってくることはできない。
それと「書き加え」というものはしていない。
挿入された文は、松井が東京裁判で提出したメモだ。
もし挿入するのなら当然日記とはちがうものだと記すべきだったろう。
しかし田中はそれを一切やらなかった。
これは文献学上の大きなミスであり、田中氏がやってはいけないことだった。

あと田中は「南京事件否定」の方向にはもっていっていない。
元の文章にも大虐殺の証拠なんぞないのに、もっていくもなにもない。
板倉の間違いだろう。

板倉の文章のコピペでなにか指摘したつもりなのだろうが、間違いを指摘するのが最低限度
やるべきことだろう。まさか君は板倉の名前で人を説得させようとしているわけではあるまい?


93
(無題) 投稿者:xihuan zhongguo  投稿日:11月 3日(日)03時06分08秒

整理部さん

やっぱり「原本」に直接書き加えたというわけではないじゃないですか。
それは改竄とは言わないんですよ。字が読みにくくて写し間違ったりしたりは
じゅうぶんありうる事です。現代語じゃないんでしょ?それって
意図的なニュアンスがあるからやめてほしいな、改竄という表現は。


94
お答え 投稿者:整理部  投稿日:11月 3日(日)11時36分53秒

xihuan zhongguoさんへ
原本に書き加えないと「改竄」と呼ばないとすれば、筆記用具の違い、筆跡、書き加えのためのスペースの有無などによって、大規模な改竄は始めからありえないということになります。

松井大将自身の「陣中日誌」原本は誰もが目にすることは出来ません。研究者、一般読者が目にするのは公刊された日誌です。これに原本と異なる抹消、書き加えなど変更を行うことが改竄です。

まあ、言葉の意味を論じてもしようがない。研究者が唖然とする大規模な変更を施した上で刊行したのが田中正明氏です。その変更をいちいち実証することで再びさらし者にすることが必要でしょうか。

そして本質からはずれた議論が沸騰したので「改竄の事実はあった、田中正明氏のが資料を基に論議しても正しく引用している場合にはそれなりに議論すべし、特定の人物(あるいは提示した資料に)だけ悪口を禁じるのはおかしい」と言ったわけです。

これらは板を正常化するためにあえて指摘したまでで、これ以上の議論は差し控えます。


95
最低3つの史料について 投稿者:
松尾一郎  投稿日:11月 3日(日)13時09分59秒

 改ざんかどうか…という問題の前に、まず最低3つの史料を持ち合わせているかどうか問います。

次の3つの史料を持っていますか?
1、昭和六〇年冬(1985)、「歴史と人物」松井大将「陣中日誌」改ざんの怪(板倉由明)
2、偕行社「南京戦史」
3、田中正明「松井大将の陣中日誌」(芙蓉書房)

 最低これら3つの史料が必要ですが、整理部さんはもちろん持っておられると思います。
 もし持って無いなら、図書館へ行ってでも人に頼んでも読んでみる事が最低限のマナーでしょう。

 松井大将の陣中日誌には、南京事件についての記述は一切無い訳です。
 むしろ陥落当初、便衣兵が難民区に逃げ込み、城内には敗残兵がおり、それらを日本軍によって摘出処理する文章は残されていますが、南京事件については一切書かれておりません。
 さらに当時、松井大将の日記の一部が欠損しておりこれは、陸上自衛隊板妻駐屯地に保管されておりその後発見されました。
 その欠損部分が無い時に、松井大将陣中日誌について田中正明氏が翻訳作業を行った訳です。
 田中正明氏は元松井石根大将の私設秘書であり、戦中まで「大アジア協会」で共に働いており松井大将の秘書としての経歴から自分で翻訳を行った後に「松井大将の陣中日誌」(芙蓉書房)を発刊した訳です。
 ところが、板倉由明氏がそれを指摘した事になってますが、実際にこの間違い部分を発見したのは秦郁彦教授です。(これは内々)
 その翻訳部分を、プロの翻訳家に頼んだところその間違いが指摘された。
 その間違いとは主に「漢字→ひらがな」「ひらがな→漢字」「おくり仮名を付けたり」…こういう点を指摘されたのが分かります。
 ところが、その記事を読んだ朝日新聞は「史料に改ざん900箇所のずれ」などと題して2日間に渡って大々的に記事を掲載し、しかもインタビューで答えもしない事を「申し訳無いと詫びた」などとウソのインタビュー記事を掲載したのです。
 当時は今の様に、インターネットがありませんから史料や意見を提示する訳にもいきませんし、岡ねつ造さんのホームページも自分に都合良い部分だけを掲示しています。
 ですからきちんとこれらについて史料を元に判断しなければなりません。
 板倉氏は元々、数千〜約2万前後の虐殺数を主張していますが、これは秦教授の四万人説を半分にしただけです、つまり秦教授の犠牲者数を日本軍と中国軍で2分の1にしただけ。
 こんな馬鹿げた論理の人ですから…以前、私はその点を講演会で問いただしたらしどろもどろの説明でした(笑)
 改ざんかどうかは、判断に任せますが、単なる誤訳でしょう。
 注釈をしてダメなら洞富雄「日中戦史資料集」や笠原十九司「アメリカ関係資料集」なんて、意図的に都合の悪い文章の削除、意図的に注釈を平然といれてます。
 彼らの常套手段ですからね。

ちなみに原本は陸上自衛隊板妻駐屯地にあります。
 入手するのは南京事件関係者であればある程度入手しています。
 入手出来ないのであれば板倉由明さん程度の人物がどうして入手したのでしょうか?
 私もその原本をコピーして持っています、きちんとした調査を元に発言しましょう。
編集済

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96
>岡ねつ造さんのホームページ 投稿者:竜馬  投稿日:11月 3日(日)13時17分53秒

捏チャンのHPあったんですか?見てみたいですね。是非教えてください。


97
岡田ねつ造氏のリンク 投稿者:
松尾一郎  投稿日:11月 3日(日)14時03分27秒

 前にログを残していたような気がしたのですが…無くなっちゃってます、ごめんなさい。
 ちょっと前に見て軽く読んだはずですが…大した事無いし岡田ねつ造氏は、史料と言っても「昭和六〇年冬(1985)、「歴史と人物」松井大将「陣中日誌」改ざんの怪(板倉由明)」を元にしているだけで…その他は何も持って無いので笑える記述ばかりです。(笑)
 前に面倒だしあえて相手にする必要も面倒だったので、適当に「史料持ってねーよ」と答えた時期がありました(笑)
 こんな史料1つだけで、注釈が問題だ!などと言ってたら洞富雄や笠原十九司や吉田裕、井上久士ら、みな改竄者です。(笑)
 偕行社「南京戦史」の中にも「松井大将陣中日誌」がありますが、これも一番下に注釈があります。当然ですよ「あれ」という単語が何を指しているか解説しないと分かる訳ありませんから。(笑)
 注釈や解釈に問題が大有りなのは、例えば笠原十九司でしょうね。
 ビデオ「南京」について「南京大虐殺否定論13のウソ」の中で彼がこう記述しています。

 「見る人が見れば、南京事件を物語る映像記録の1つとなっている」

 笑いましたね。というか…幻覚見ているんじゃないかと驚きました。(笑)
 見る人って…誰やねんとツッコミ入れたくなるような記述で、誰がその数ヶ月前に慰安婦連行写真を間違ったんだよと…(笑)
 こんなもんです彼らの妄想癖のレベルとは。
 石川達三のインタビュー記事のデタラメさを指摘しても、K-Kさんなんて必死で抗弁しているだけで何ら実証的な記述無しです。
 南京のニセ写真についても、いやはや笑えるレベルです。(笑)
 最初から曲解して解釈を行っていて、M-1ヘルメットは保護帽がずれない…とか、南京事件当時に絶対着ているはずが無い翌年6月1日以降の制服を着ている日本兵は、OKだとか(悩)
 一番笑えるのは、彼らお得意の人口20万否定説ですね(笑)
 とにかく期間と地域を広げようと必死(笑)
 こんな馬鹿げた、論理に引っかかる連中はほっといた方が面白いかも(笑)

http://www.history.gr.jp


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南京事件の本質的問題を見誤ることなかれ 投稿者:
松尾一郎  投稿日:11月 3日(日)15時05分14秒

 南京事件で一番の問題は、虐殺が「有ったのか」「無かったのか」という2つの点であり、「有った」のならば、殺害数がどの位なのか?という問題に尽きる。
 東京裁判でもその数を問題視しており、その問題を誤魔化そうとしているのが「虐殺派」。
 この点を見誤らないようにしなければダメ!

 笠原十九司ですら「南京城内では、数千、万単位の死体が横たわるような虐殺は行われていない」(「SAPIO」98年12/23号)と結論している。
 その難民区については国際委員会第六号文書には「陥落当時、難民区にはほとんどの人が集まっていた」とあるのです。
 南京城内の難民区の出入り口には歩哨を立て、各城門にも歩哨を立て難民と言えども勝手に自由に行ったり来たり出来た訳でもありません。
 (仮の)通行証をもらい通行を許されていたのです。
 南京事件での問題は、虐殺は「有ったのか?」「無かったのか?」
 「有った」ならばその数と根拠を示さなくてはいけません。
 その根拠を一切示さないのが、彼らの常套手段という事を肝に命じるべきでしょう。
 彼らは「松井大将陣中日誌改ざん事件」を持ち出すのは、単に信用を失墜させる事をもくろんでいるだけで、事件の本質には何ら問題では無いしその点をキチンと理解しておく必要があります。
 彼らのやり方を学ぶなら彼らの著作を読めば十分理解出来ます。
 さらに史料(歴史資料)ですね、当然ながら多ければ多いほど良いのですが私自身ももう7年掛けて収集した膨大な資料を持っています。
 その10分の1も満たしていない史料を掲示したのがこのホームページです。
 これら全てを読んでいるのは、ごく当然の事です。
 K-Kさんの提示する史料はトリミングだらけで、自分が都合良く解釈出来る箇所だけを掲示している点を見ても彼の行為は悪質です。
 史料をキチンと見極める事も大事な事なのです。
編集済

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南京事件の本質を見誤りつづけていますね   松尾さん 2 投稿者:
K−K  投稿日:11月 3日(日)23時02分01秒

> 南京事件での問題は、虐殺は「有ったのか?」「無かったのか?」
> 「有った」ならばその数と根拠を示さなくてはいけません。
> その根拠を一切示さないのが、彼らの常套手段という事を肝に命じるべきでしょう。

 大きな南京事件の議論の流れは、提示された肯定派の学説を、否定派が否定するというものだったはずです。となれば、否定派が否定する根拠なり、論理なりを提示するべきであり、「根拠を一切示さない」などという主張が、まったく事実を反映していないことは明らかでしょう(否定論とは肯定論が存在するからこそ存在するものです)。
 その否定論者である松尾さんの論理は、この掲示板でもほとんどが否定されましたし、松尾さんのHPに至っては、すでに多くの人がその論理を否定したことはネット上では当たり前のことと為っています(2ちゃんねるやヤフーで松尾さんの論理は、もう否定派でさえ利用していないでしょう)。

 今回のこの様な書きこみも、結局は個別の議論において破綻した自説を誤魔化すために、全体論を持ち出しているだけだといえるでしょう。


> 彼らは「松井大将陣中日誌改ざん事件」を持ち出すのは、単に信用を失墜さ
>せる事をもくろんでいるだけで、事件の本質には何ら問題では無いしその点を
>キチンと理解しておく必要があります。
>彼らのやり方を学ぶなら彼らの著作を読めば十分理解出来ます。

 きちんと理解しておくべきことは、田中正明氏が資料改竄という歴史学上の破廉恥犯罪を行ったとい明白な事実を誤魔化すことは出来ないということです。この点については、岡田さんが以前、以下のように明白な指摘をしています。 


> さらに史料(歴史資料)ですね、当然ながら多ければ多いほど良いのですが
>私自身ももう7年掛けて収集した膨大な資料を持っています。
> その10分の1も満たしていない史料を掲示したのがこのホームページです。
> これら全てを読んでいるのは、ごく当然の事です。

 ええ、当然でしょうね。


> K-Kさんの提示する史料はトリミングだらけで、自分が都合良く解釈出来る
>箇所だけを掲示している点を見ても彼の行為は悪質です。

 以前も書いたとおり、もし、私の引用手法に関して問題があるのでしたら、【 具体的 】に指摘すべきでしょう。松尾さんは、以前もこの問題を取り上げていましたが、結局、その「具体的な指摘」が出来ずに沈黙してしまいました。
 結局、松尾さんのいう「トリミング」とは、資料を抜粋したということを指しているだけのことであり、通常使われる「トリミング」=「資料に記されている意図を曲げる部分引用」ではないということでしょうね。

 せめて、あの「ラーベの感謝状」ぐらいは、HPからはずしては如何ですか(笑)。未だにあのようなことを信じる人なんていませんよ。トリミングそのものだと思いますが?
 それと、何応欽の軍事報告書も削った方がいいでしょうね。


> 史料をキチンと見極める事も大事な事なのです。

 松尾さんに出来ればいいのですが・・・。


100
書き忘れ 投稿者:
K−K  投稿日:11月 3日(日)23時13分14秒

> 彼らは「松井大将陣中日誌改ざん事件」を持ち出すのは、単に信用を失墜さ
>せる事をもくろんでいるだけで、事件の本質には何ら問題では無いしその点を
>キチンと理解しておく必要があります。
>彼らのやり方を学ぶなら彼らの著作を読めば十分理解出来ます。

 きちんと理解しておくべきことは、田中正明氏が資料改竄という歴史学上の破廉恥犯罪を行ったとい明白な事実を誤魔化すことは出来ないということです。この点については、岡田さんが以前、以下のように明白な指摘をしています。
【岡田さんの投稿】
---- 引用 ----
>それとも田中氏の話題以外は怖くて話せないのでしょうか?

 このような掲示板で議論を行う際に、同時に複数の論点を出すと、相手に逃げられやすいので、
一個ずつ議論しようとしてるだけです。

 そして、真面目な議論をする前に、まず済ませておきたいのが、改竄や捏造やトンデモの排除です。
 だから、「田中正明氏の改竄」を論点にしてるのです。

# 岡田が「田中正明氏の改竄行為」を話題にするのには、もう一つ理由があります。
# 岡田は「真面目に議論をする気がなく、プロパガンダをたれ流すだけの人」とは、
#あんまり議論をしたくないです。
# 岡田の知る限りでは、相手が真面目に議論をする気があるか否かを判断するのに、
#「田中正明氏の改竄行為」の話題は、かなり有効な試金石です。

# 岡田の知る限りでは、「田中正明氏の改竄行為」について具体例をあげて立証すると
#(虐殺を否定している人でも)真面目に議論する気のある人なら、田中正明氏を非難します。
#(もっとも、田中氏を非難しても、虐殺を肯定するよう態度を変える人はいなかったと思うが)
# どんなに明確な証拠を示されても、「田中正明氏の改竄行為を擁護」する人は、
#プロパガンダを語りたいだけで、真面目に事実関係を語るつもりが無いものと思っています。
# どんなに明確な証拠を示されても、間違いを認めない人との討論はやりたくないです。
---- 終わり ----


101
自己矛盾 投稿者:整理部  投稿日:11月 5日(火)23時50分13秒

「松井石根大将の陣中日誌」は、いわゆる「改竄事件」で有名な本です。
 まずは、「改竄」に関する田中氏の言い分を聞いてみましょう。


「「南京事件」を隠すために、意図的に改ざんしたものでは毛頭ありません。だいいち大将の日誌には、南京に“虐殺”事件があった、なかった、などということとはまったく無関係なのです。」
 「月刊評論八三四号」

 これが、真実かどうかは、田中氏以外の者には判りません。しかしながら、これは、田中氏が「松井石根大将の陣中日誌」に書いている
 

「かねてから南京に何万という大虐殺が行われたという説に疑問を抱いていたが、このたび発掘された松井軍司令官の陣中日誌を読むにおよんで、南京虐殺は全くの虚構であるという確信を得た。近くこの虚構を本にして世に問うつもりである」
 (P40)

 という記述と明らかに矛盾しています。

http://homepage1.nifty.com/SENSHI/book/objection/7kaizan-1.htm


102
検証 投稿者:整理部  投稿日:11月 5日(火)23時51分26秒


 以下に、松井大将の陣中日誌の原文を記載します。
 
 「十二月二十三日(晴)
 二週間振[リ]ニ帰来ス 上海情勢漸次平静ニ向ヒツツアルモ南市ノ処分未タ終ラス 滬西方面ニアル外国人ノ居住モ一応ハ許可セルモ 支那人ノ出入自由ナラサル為メ実行意ノ如クナラス 其後ノ謀略ニ付原田少将、楠本大佐ヲ召致シテ情況ヲ聞ク 是亦多少共進展ノ模様ニテ上海在住実業家ヲ網羅スル和平、救民運動ハ漸ク其緒ニ就カントシツツアルモ未タ十分ノ纏ヲ見ス 一層ノ努力ヲ要スルモノト思ハル思フニ先日来のパネー事件、蕪湖事件等英米抗議ニ対スル東西ノ衝撃か兎角ニ上海支那人中ニモ鋭敏ニ影響スルモノアリシ乎
 杭州占領(欄外)
 第十軍ハ此日杭州ヲ占領ス 最早何程抵抗ナク第百十四、百一師団ニヨリ易ク占領セラレタルハ可欣 尚在留外国人ノ問題モナク無事ナリシカ幸ナリ 今後風紀問題等モ故障ナカランコトヲ只祈ルノミ 銭塘江対岸ニ対スル作戦ハ今後ノ情勢ニ依リ決スル事トシ暫ク蕭山、余杭附近ヲ消極的ニ占領セシムルニ止ム」「南京戦史資料集U」
 (「南京戦史」偕行社 P146)

 見ていただけば、一目瞭然ですが、もともとの陣中日誌には、田中氏の本にある、


 此日南京占領後の我方の態度方針を説明する為め外人記者団と会見す。最初南京占領軍と其国際的影響を知るため紐育タイムズのアベンド、倫敦タイムズのフレーザーを招致し、然る後在上海の各国通信印と会見す。質問は主として、首都陥落後の日本方針及パネー号に対する善後処置なり。

 などという記述はありません。これについて、田中氏は既述のように
「日記以外に大将が弁護人に与えたメモの挿入(二ヶ所)を日記本文と峻別しなかった等、づさんな点のあったことは認めます。」
「月刊評論八三四号」
 と述べています。
 
 しかし、田中氏のしたことは、ただ単に、日誌に、もともと無かった文章を挿入しただけではありません。
 田中氏は、自分が挿入した文章に、
 
編者注 南京占領から十日を経た外人記者団との会見において、松井大将が「南京虐殺」に関する質問を受けたという様子が全くみられない点、注目すべきである。
 
 という、「編者注」をつけています。
 田中氏のした行為が「日記以外に大将が弁護人に与えたメモの挿入(二ヶ所)を日記本文と峻別しなかった」などというレベルの問題ではないことがお判りになると思います。
 田中氏は、史料を改竄し、その改竄した史料をもとに、南京事件の否定を行おうとしたと言わざるを得ません。
 まさに「原文を勝手に書き直して、虐殺事件を隠した」としか言い様がありません。
 しかも、田中氏は、既述のように、自らの改竄を認めておりません。これでは、歴史を研究する資格はないと言わざるを得ないでしょう。

http://homepage1.nifty.com/SENSHI/book/objection/7kaizan-2.htm


103
それは、メモです>整理部さん 投稿者:
松尾一郎  投稿日:11月 6日(水)00時19分36秒

 松井大将の陣中日誌の元である日記の中に挟まれていた紙なども、一緒に日記として翻訳されたためです。
 専門家に翻訳してもらい初めて、その事実が判明しただけです。
 確かに田中正明氏自身も述べているように、翻訳ミスは認めていますが、朝日新聞の記述にあったように「申し訳無い」などと詫(わ)びた訳ではありません。
 翻訳ミスがあったならば、確認してみるので待ってくれ…と述べているだけです。
 
 改ざんというのは、「無いもの」を「有る」様に見せたり、その逆の行為を言うはずです。
 無かったものを、無いと言う事は改ざんといえないはずです。
 むしろ笠原十九司氏のように、明かに笠原氏自身「写真の撮影は無理だった」と日本の占領地で撮影されていた写真を「慰安婦強制連行」とねつ造したように事実と180度逆の場合はそうかも知れません。
 ところが、松井大将の副官であった角副官ですら南京事件について否定している状態で、どうして改ざんに当たると言えるのでしょうか?
 そういう問題でしたら、むしろ笠原十九司、洞富雄、藤原彰、吉田裕のほうが明かに改ざんに当たる事件が山ほどあります。
 藤原彰は、演習での煙幕弾を「毒ガス作戦の証拠」であるとか「マギー牧師のフィルムは明かに日本軍による残虐行為の証拠」として全てウソであった事が判明しています。
 洞富雄、笠原十九司は共に写真のキャプションの改ざん(特に洞富雄は撮影者自身が否定しているにも関わらず)です。
 吉田裕は、石川達三のインタビュー記事が明かに事実と違う事を知りながら発表をしています。
 彼ら「虐殺派」は、相手にされないともうそれこそ無茶苦茶です。
 ですから、私自身今回著作で、笠原十九司のとどめを刺す論文を1項目追加しました。
 こういう明らかにウソ発表を幾度も繰り返す連中にはトドメが必要です。
 「否定派」は、やさしいのでこれが逆にネックとなっているようですね。

http://www.history.gr.jp


104
挿入部の筆者 投稿者:すらも2  投稿日:11月 6日(水)01時38分49秒

簡単に整理します。

整理部氏の書き込み、
>田中氏は既述のように
>「日記以外に大将が弁護人に与えたメモの挿入(二ヶ所)を日記本文と峻別しなかった
>等、づさんな点のあったことは認めます。」
>「月刊評論八三四号」
> と述べています。

松尾氏書き込み
>松井大将の陣中日誌の元である日記の中に挟まれていた紙なども、一緒に日記として翻訳
>されたためです。
>専門家に翻訳してもらい初めて、その事実が判明しただけです。

ということは【日誌に、もともと無かった文章】の筆者は、(田中氏の創作ではなく)松井大将であるということで双方の認識よろしいでしょうか?
(むろん編註は田中氏の手によるものですが)

#ところで松尾さんキリ番ゲット(80000)のメール届きましたでしょうか?


105
史料を一度提示しなければ・・・ 投稿者:
松尾一郎  投稿日:11月 6日(水)01時40分46秒

 史料を3つホームページにて掲示するしかないですね。
 「松井大将陣中日誌(偕行社)」「板倉論文(全文)」「松井大将陣中日誌(芙蓉社)」「田中正明氏論文」これら3つと最後の1つがあれば、どういう事か簡単に理解できます。
 岡田ねつ造さんのHPは確か削除して自分に都合良い部分だけを掲示していたと覚えています。
 とにかく、ちょっと時間は掛かりますが、掲示してみましょう。

http://www.history.gr.jp


106
手持ちの資料 投稿者:すらも2  投稿日:11月 6日(水)01時50分47秒

一応私もこの件に関しては、
○「南京戦史」 偕行社
○板倉論文「松井岩根大将『陣中日記』改竄の怪」 歴史と人物S60冬
○板倉論文「松井岩根日記の改竄について」 文藝春秋S61新年
○田中編 「松井石根大将の陣中日誌」 芙蓉書房
○田中著作 「南京事件の総括」 謙光社
は所有していますが、まっとうに議論に参加するためには、あと何が必要になりますか?


107
十分だと思います>すらも2さん 投稿者:
松尾一郎  投稿日:11月 6日(水)01時57分03秒

 それだけあれば十分だと思います。
 あとは、掲示するだけの気力だと思います(笑)
 これが結構面倒なんですよね。
 南京事件の実態を解明する事に関して、余り直接的に重要で無いものですし…結構、面倒なんですよね。(笑)
 というか…肯定派のばからしさに付き合っているという、下らなさに癖々します。
 こんな事で南京の実態に関係無いのに…と考えてしまいます。
 でも、仕方ないです。

http://www.history.gr.jp


108
松尾さん ほんとに資料 読んでるか? 理解できなきゃ 持っても無駄だ 投稿者:
岡田  投稿日:11月 6日(水)03時19分07秒

>最低3つの史料について 投稿者: 松尾一郎 投稿日:11月 3日(日)13時09分59秒
> 改ざんかどうか…という問題の前に、まず最低3つの史料を持ち合わせているかどうか問います。
>次の3つの史料を持っていますか?
>1、昭和六〇年冬(1985)、「歴史と人物」松井大将「陣中日誌」改ざんの怪(板倉由明)
>2、偕行社「南京戦史」
>3、田中正明「松井大将の陣中日誌」(芙蓉書房)
> 最低これら3つの史料が必要ですが、整理部さんはもちろん持っておられると思います。
> もし持って無いなら、図書館へ行ってでも人に頼んでも読んでみる事が最低限のマナーでしょう。

 田中正明氏の改竄問題について議論する際に、上記3点を持っていた方が良いことは確かです。
 でも、所有していても内容を理解できなかったり、内容について嘘ばかり書くようでは持っている
意味が無い様に思いますよ。

> 松井大将の陣中日誌には、南京事件についての記述は一切無い訳です。
・・・
>・・・南京事件については一切書かれておりません。

 嘘を書いてはいけませんね>松尾一郎さん
 松尾一郎さんは、本当に「松井大将の陣中日誌」を読んで理解されていますか?
# 田中正明著の「松井大将の陣中日誌」には南京虐殺の有無に関しての記述が有りますね。
# 田中正明氏は、松井大将の陣中日誌 137ページで【自身が挿入した部分(元の日記には
#存在しない部分)】を根拠にして以下の主張をおこなっていますよね。
#「南京占領から10日を経た外国人記者団との会見において、松井大将が『南京虐殺』に関する
#質問を受けたという様子が全くみられない点、注目すべきである」

> さらに当時、松井大将の日記の一部が欠損しておりこれは、陸上自衛隊板妻駐屯地に
>保管されておりその後発見されました。

 松尾一郎さんは、本当に「松井大将の陣中日誌」を読んで理解されていますか?
 松尾一郎さんの上記証言は田中正明著「松井大将の陣中日誌」の記述と完全に矛盾していますね。

 松尾一郎さんの主張だと「最初、田中正明氏は松井大将の日記(一部欠損)を入手していた」
「日記の欠損部分は陸上自衛隊板妻駐屯地にあり、その後発見された」と主張されているのですね。

 でも「松井大将の陣中日誌」 35ページ〜39ページ「『陣中日誌』発掘」に書いてある話が本当だとすれば
上記2点はどちらも否定されます。

 「松井大将の陣中日誌」によれば「最初、田中正明氏は松井大将の日記(一部欠損)を入手していた」
のではなく、「(日記を持っていなかった)田中正明氏が陸上自衛隊板妻駐屯地の倉庫を調べ、
松井大将の日記(一部欠損)を見つけた」という事が書いてあります。
 「松井大将の陣中日誌」によれば「日記の欠損部分(陣中日記第一巻)は板妻にはなく、結局
発見されなかった」という事も書いてあります。

> その欠損部分が無い時に、松井大将陣中日誌について田中正明氏が翻訳作業を行った訳です。

 上記も正しくありませんね。
 田中正明氏が行ったのは草書体から楷書体への変更のはずです。
 草書体から楷書体への変更は書体の変更(いわばフォントの変更)であり、【翻訳】ではありません。

> ところが、板倉由明氏がそれを指摘した事になってますが、実際にこの間違い部分を発見したのは
>秦郁彦教授です。(これは内々)
> その翻訳部分を、プロの翻訳家に頼んだところその間違いが指摘された。
> その間違いとは主に「漢字→ひらがな」「ひらがな→漢字」「おくり仮名を付けたり」…
>こういう点を指摘されたのが分かります。

 またまた嘘ですね>松尾一郎さん
 松尾一郎さんは、本当に「【歴史と人物】松井大将『陣中日誌』改ざんの怪」を読んで
理解されていますか?
 板倉由明氏は「【歴史と人物】松井大将『陣中日誌』改ざんの怪」において
「南京大虐殺否定の方向で改竄(脱落や書き加え)が行われている」と指摘しています。

> 改ざんかどうかは、判断に任せますが、単なる誤訳でしょう。

 上記には2つ間違いがありますね。
 第一に、誤訳では原文にない文が追加されたことが説明できない。
 第二に、田中正明氏は翻訳したわけではない(草書体から楷書体に変えただけ)ので、誤訳とはいえない。

> 注釈をしてダメなら洞富雄「日中戦史資料集」や笠原十九司「アメリカ関係資料集」なんて、
>意図的に都合の悪い文章の削除、意図的に注釈を平然といれてます。

 誰も【注釈】のことを指して改竄と言っている人はいなかったと思いますよ。
 岡田は【書き加え】を指して改竄と主張している。


109br> 松尾さん 嘘を書いては いけないな 投稿者:岡田  投稿日:11月 6日(水)03時21分33秒

>岡田ねつ造氏のリンク 投稿者: 松尾一郎 投稿日:11月 3日(日)14時03分27秒

 「ねつ造」等と事実に反する中傷を繰り返すのは止めてくださいな>松尾一郎さん
# 松尾一郎さんが「言う事をきかないと書き込みを出来なくする」というメールを出したのは
#【 事実 】です。一年半前の事実を指摘する事は、捏造では有りません。
# 理解できますか?>松尾一郎さん

松尾一郎氏>
>前にログを残していたような気がしたのですが…無くなっちゃってます、ごめんなさい。

 いい加減な事は言わない方がいいですよ>松尾一郎さん
 岡田は議論のログをずっと残しています。アドレスを変えたり消したりしていません。
http://www2c.biglobe.ne.jp/~y-okada/nannkin/matuo_1ro.html
# 松尾一郎さんがアドレスを間違えて、見つけられなかったからといって
#無くなったと決め付けるのは早計ですね。

> ちょっと前に見て軽く読んだはずですが…大した事無いし

# まあ、岡田が具体的かつ論理的に田中正明の改竄を指摘したのに対し、
#松尾一郎さんはほとんど反論できていませんでしたからね。
# 松尾一郎さんとしては【大した事がない】という事にしたいのでしょう。

>岡田ねつ造氏は、史料と言っても「昭和六〇年冬(1985)、「歴史と人物」
>松井大将「陣中日誌」改ざんの怪(板倉由明)」を元にしているだけで…
>その他は何も持って無いので笑える記述ばかりです。(笑)

 田中正明氏の改竄を明確にするためには、板倉由明氏の指摘だけでも十分でしょう。
 板倉由明氏の分析にも問題は無いでしょう。田中正明氏も板倉由明氏の歴史と人物の
記述に反論できていません。(田中正明氏は「板倉由明氏が中公出版の『歴史と人物』
(60年冬期号)でくわしく指摘しているが、氏の推定箇所以外はほぼまちがいありません」
と書いています。)

> こんな史料1つだけで、注釈が問題だ!などと言ってたら

 嘘は止めてくださいな>松尾一郎さん。
 誰一人として注釈の事を改竄などと主張している人はいなかった筈です。
 岡田は田中正明氏による「書き加え」は改竄であると主張しているのだよ。

>洞富雄や笠原十九司や吉田裕、井上久士ら、みな改竄者です。(笑)

 「注釈が改竄だ」と主張してる人はいないので、松尾さんの説は崩壊しています。
 「書き加えが改竄だ」と主張してる人はいますが、田中正明氏以外に資料に書き加えを
している人はいませんね。


110
本当に メモがあったか 確かめた? 投稿者:
岡田  投稿日:11月 6日(水)03時41分08秒

>それは、メモです>整理部さん 投稿者:松尾一郎  投稿日:11月 6日(水)00時19分36秒
>松井大将の陣中日誌の元である日記の中に挟まれていた紙なども、一緒に日記として翻訳されたためです。

 質問ですが、田中正明氏以外に上記メモを確認したり、検証された方はいらっしゃるのですか?
# 岡田はメモの存在自体を疑っている。
# 仮にメモがあったとしても、南京攻略時の日記に南京攻略から何年も後に書かれたとされるメモを、
#南京攻略時の日付で挿入している時点で、すでに改竄だけどね

>翻訳ミスがあったならば、確認してみるので待ってくれ…と述べているだけです。

 もう一つ質問ですが、現在までにその「翻訳ミス」とやらの一覧はどこかに発表されていますか?
# 普通は「改竄でない、ミスだ」と反論するのであれば、ミスの一覧表を自分で提示する必要が
#あると思うけど、出版から20年近くたってもミスの一覧が出てないとすれば、「ミスだ」という
#反論には説得力はない。

 あと、田中正明氏によるとメモの挿入は2箇所だそうですが、書き加えられている箇所が
3ヶ所以上あるのは何故ですか?


111
キチンと掲示しましょう>岡田ねつ造さん 投稿者:
松尾一郎  投稿日:11月 6日(水)11時33分06秒

岡田ねつ造さん掲示

>岡田は議論のログをずっと残しています。アドレスを変えたり消したりしていません。

 アドレスが残っていなかっただけです。
 余りにも馬鹿げた、内容ですから「お気に入り」に登録もしていませんでした。
 もちろん今後ともございませんが(笑)

>田中正明氏の改竄を明確にするためには、板倉由明氏の指摘だけでも十分でしょう。

 これは、おかしな主張です。
 一人の主張だけを聞き、当事者の主張を聞かないというのは変な話です。
 そんなに板倉氏の主張が正しいというのであるなら、逆に相手の主張も聞いてみても問題が無いはずなのではないでしょうか。

 史料というのは、互いの主張を見比べて初めて結論が出るものです。
 一方だけの史料を見て判断するなと「南京大虐殺否定論13のウソ」(柏書房)にも書かれています。

 「歴史研究においてはできるだけ多くの史料の渉猟と比較検討こそが必要なのであり、あるひとつの史料に書かれていないからそれ以外のものはニセものだ式の決めつけはやめるべきである。」(井上久士)131ページ


 珍しく「肯定派」が正論を吐いているのでびっくりものですが、正にこの通りでしょう。
 私自身も彼らの関連書籍はほとんど入手していますが、彼らの主張と「否定派」の主張を見比べれば充分どちらが正論を述べているか理解する事が出来ます。
 一方の史料だけを読めば、もちろんその主張に感化される事は当然です。
編集済

http://www.history.gr.jp


112
松井大将の陣中日誌問題 投稿者:渡辺 龍二  投稿日:11月 7日(木)00時31分31秒

また、しばらくこの掲示板から離れます。松井大将の日誌問題について取り上げられているようですね。

この問題についてまとめると以下のようになります。

@文献学的に田中氏に失策があった。
A南京大虐殺には直接関係ない。(松井大将自身はいわゆる南京大虐殺ということは知らず、もともとの日記にも南京大虐殺の記述はないので)
B虐殺否定派側唯一の問題として虐殺派からずっと取り上げられ続けている。(虐殺派側にとっては新聞社の記事から、まるごと創作の証言というものまで南京大虐殺そのものに関する意図的な創作が無数にあるので)


追記

この問題の原因の一つは田中氏にとって松井大将は身近すぎたということ。氏は松井大将の私設秘書として、大将と共に日中和平のために蒋介石や国民政府の有力者と折衝をかさねた方ですからね。原因の二つ目は資料的な配慮がなかったこと。芙蓉書房の本でも、第一章「悲運の将軍」・松井家の祖・から第八章「興亜観音」・松風かなし・という具合で、伝記を書くつもりでその中の一章に「陣中日誌」をいれ、資料や歴史文献という意識ではなくわかりやすくすればいいという感覚で書いたようです。

田中氏は人間的に立派な方で、戦後は長野県だったかな?にこもっていたのですが、松井大将がよりにもよって南京大虐殺という罪名で死刑になったことに衝撃を受け東京に出て、南京大虐殺に異論を唱えること自体が糾弾される時代から孤軍奮闘の活動を始めた方です。松井大将の霊をまつった寺が熱海の伊豆山の山中にありますが、今もそこを守っておられます。





113
松井大将の陣中日誌問題「  投稿者:渡辺 龍二  投稿日:11月 7日(木)00時36分43秒

また、しばらくこの掲示板から離れます。松井大将の日誌問題について取り上げられているようですね。

この問題についてまとめると以下のようになります。

@文献学的に田中氏に失策があった。
A南京大虐殺には直接関係ない。(松井大将自身はいわゆる南京大虐殺ということは知らず、もともとの日記にも南京大虐殺の記述はないので)
B虐殺否定派側唯一の問題として虐殺派からずっと取り上げられ続けている。(虐殺派側にとっては新聞社の記事から、まるごと創作の証言というものまで南京大虐殺そのものに関する意図的な創作が無数にあるので)


114
松井大将の陣中日誌問題「訂正」 投稿者:渡辺 龍二  投稿日:11月 7日(木)00時47分21秒

すみません。投稿のやり方にミスをしてしまいました。下のを消せるといいのですが。
また、しばらくこの掲示板から離れます。松井大将の日誌問題について取り上げられているようですね。

この問題についてまとめると以下のようになります。

@文献学的に田中氏に失策があった。
A南京大虐殺には直接関係ない。(松井大将自身はいわゆる南京大虐殺ということは知らず、もともとの日記にも南京大虐殺の記述はないので)
B虐殺否定派側唯一の問題として虐殺派からずっと取り上げられ続けている。(虐殺派側にとっては新聞社の記事から、まるごと創作の証言というものまで南京大虐殺そのものに関する意図的な創作が無数にあるので)
Cそれと最近は研究が進んできて南京大虐殺の立証ができない状況になっているので、虐殺を主張する人たちの中では、南京大虐殺を立証することよりもこの問題をメインにとりあげることによって印象操作をしようとしているのかもしれません。


115
虐殺否定の根拠としての『陣中日記』・『支那事変日誌抜粋』 その1 投稿者:
K−K  投稿日:11月 7日(木)01時44分23秒

 以下、洞富雄『南京大虐殺の証明』に指摘された田中正明氏の改竄行為(主要部分)をまとめてみました。

『支那事変日誌抜粋』(田中正明翻刻)
---- 引用 ----
尚十二月二十三日、再び右両通信員を招致して南京陥落が各国政府に与えたる影響につき意見を徴するとともに、南京占領後に於ける我軍の態度方針を説明し、南京附近に於ける列国の権益を保護する為め、予の執りたる苦心の程を開陳し、パネー号事件の経緯と陳謝の意を表明す。彼等は我軍の公正なる態度につきむしろ感謝の意を表せり。
 右の外、一月十日。在上海AP、UP、ルーター、ハヴァス其他各国の主要なる通信員と会見し、上記同様、軍の方針併に将来に於ける企図につき説明を与へ、特に右の要旨を述べたり。
  今次支那事変の発端特に上海事件は、支那軍の江南方面に於ける排日
  行動に対し、列国が日本と共同して「一九三二年の停戦協定」の維持
  に尽くさざりしことに原因せり、然かも列国が事変勃発後支那側に同
  情する余り、日支の抗争に対し、中正なる態度を保持せず、中立的義
  務を実行せざりしことは、甚だ遺憾とする所にして、其結果、戦禍の
  及ぶところ遂に列国官民も之を免れ能はざりしは巳むを得ざる所なり。
  云々。
 之に対しては、各通信員は何人も敢て之に対し反駁的態度に出づるものなく、之を肯認せる風ありしを認めたり。
---- 終わり ----

『支那事変日誌抜粋』(『南京戦史資料集2』)
---- 引用 ----
尚十一月三十日、再び右両通信員と会見し、上海占領後に於ける我軍の態度方針を説明し上海附近に於ける列国の権益を保護する為め予の執りたる苦心の程を開陳せるに、彼等は我軍の公正なる態度に就き感謝の意を表せり。
 右の外十一月十日在上海AP、UP、ルーター、ハヴハス、其他各国の主要なる通信員と会見し、上記同様軍の方針と将来に於ける企図等に就き説明を与へ、特に左の要旨を述へたり。
  此次上海事変の発端は支那軍の江南方面に於ける排日行動に対し、列
  国か日本と協同して一九三二年の停戦協定の維持に尽くささりしこと
  に原因せり。然かも列国か事変勃発後支那側に同情するの余り日支の
  抗争に対し中正なる態度を保持せす、中立的義務を実行せさりしこと
  は甚た遺憾とする所にして、其結果戦禍の及ふところ遂に列国官民も
  之を免れ能はさりしは巳むを得さる所なり。云々。
 之に対しては各通信員は何人も敢て之に対し反駁的態度に出つる者なく、之を肯認せる風ありしを認めたり。
---- 終わり ----

 これは有名な改竄部分です。上記の二つの文章を見比べても解ると思いますが、以下、主要な改竄部分を挙げてみます。

(誤)尚【十二月二十三日】
(正)尚【十一月三十日】

(誤)再び右両通信員【を招致して南京陥落が各国政府に与えたる影響につき意見を徴するとともに、南京】占領後に於ける我軍の態度方針を説明し、
(正)再び右両通信員【と会見し、上海】占領後に於ける我軍の態度方針を説明し

(誤)予の執りたる苦心の程を開陳【し、パネー号事件の経緯と陳謝の意を表明す。】
(正)予の執りたる苦心の程を開陳【せるに、】

(誤)右の外、【一月十日】
(正)右の外、【十一月十日】

(誤)【今次支那事変の発端特に上海事件】は、支那軍の江南方面に於ける排日行動に対し、
(正)【此次上海事変の発端】は支那軍の江南方面に於ける排日行動に対し

 この様に、田中氏は、南京陥落前の11月10日・30日に行われたフレイザー(ロンドンタイムス)とアーベンド(ニューヨークタイムス)との会見を、南京陥落後の12月23日と1月10日に行われたことに改竄しています。
 この改竄との整合性を考えてのことと思われますが、松井大将が行った日本軍の【上海】占領後の態度の説明を、【南京】占領後の態度の説明と書き換えています。


116
虐殺否定の根拠としての『陣中日記』・『支那事変日誌抜粋』 その2 投稿者:
K−K  投稿日:11月 7日(木)01時45分01秒


 この改竄により、田中氏は以下のような主張が出来るようになりました。

---- 引用 ----
 松井大将の陣中日誌や獄中記によると、大将は南京入城を済まして上海で二回にわたり外人記者を集め記者会見を行っている。その会見で“虐殺”に関する質問はなに一つも受けていない。そればかりかニューヨーク・タイムズのアベント記者を二回も招いて、南京占領に関する国際評価や国際世論の動向を訊ねている。そこでも大将はこのことを聞いていない。当時の中国新聞をふくめ外国新聞のどこにもそのような記事はのっていない。南京に入城した百二十人もの日本のカメラマンや特派記者のうち誰一人として“大虐殺”の存在を知らなかったのである。と同様、十数人の外人記者も、南京に居残った約四十名の外人も、揚子江上の五隻の米英の艦船乗員も“大虐殺”は見ていないのである。そればかりではない、その翌年十月、上海駐在の外人記者団十数名が、つぶさに南京の戦跡を視察しているが、その時も“虐殺”の質問はなかったと、当時同盟通信南京特派員の小山武夫氏し(元・中日ドラゴンズ社長)は証言している。
---- 終わり ----
田中正明「朝日新聞に拒否された五通の反論」(『文芸春秋』)

 南京大虐殺が存在しなかった根拠の一つとして、この外国人記者との会見を挙げているわけです。


 さらに問題なのは、上記の『支那事変日誌抜粋』に合わせるように、『松井大将陣中日記』をも書き換えていることです。
 この改竄に関連する松井大将の『陣中日記』の部分を挙げます。

《十一月十一日》
【田中本】
 此日、AP、UP、ルウター、ハヴァス其他の上海諸国主要通信員と初度の会見をなし、勉めて角張らざる態度を以て、軍の方針及予の将来に於ける企図に関するヒントを与へ
【南京戦史資料集】
 此日、AP UP ルゥター、ハヴァス其他の在上海各国主要通信員と初度の会見をなし 勉めて角張らさる態度を以て軍の方針及予の将来に於る企図に関するひんとを与へ

《十一月三十日》
【田中本】
 此日、倫敦タイムスのフレーザー及紐育タイムスのアベンドを召致し、予の上海占領後に於ける態度を説明し、就中、上海に於ける列国の権益を保護するため、予の執りたる苦心の程を説明せり。彼等能く予の意を諒し、且つ我が軍の公正なる態度に付き尊敬感謝の意を表し、各本国に向ひ委曲通信すべきを約す 
【南京戦史資料集】
 此日倫敦タイムスのフレイザァ及紐育タイムスの「アベンド」を召致し 予の上海占領及其後に於ける態度を説明し 就中 上海に於ける列国の権益を保護する為め予の執りたる苦心の程を説明せり 彼等能く予の意を諒し 且つ我が軍の公正なる態度に付尊敬感謝の意を表し 各本国に向ひ委曲通信すへきを約す 

《十二月二十三日》
【田中本】
 此日、南京占領後の我方の態度方針を説明する為め、外人記者団と会見す。最初、南京占領と其国際的影響を知るため紐育タイムズのアベンド、倫敦タイムズのフレーザーを招致し、然る後、在上海の各国通信員と会見す。質問は主として、首都陥落後の日本の方針及パネー号に対する善後処置なり。
【南京戦史資料集】
※この条なし

《一月十日》
【田中本】
 此日、各国の主要なる通信員と記者会見す
【南京戦史資料集】
※この条なし

 『支那事変日誌抜粋』において、南京占領後に記者との会見を行ったことにしたために、『陣中日誌』でも、12月23日と1月10日にその記者会見を作り出しています。

 『陣中日記』のみ、もしくは『支那事変日誌抜粋』のみが間違っているのでしたら、確かに「誤り」であるといえるかもしれません。しかし、上記の通り、別々の資料である『陣中日記』と『支那事変日誌抜粋』との内容が一致するように書き直しされていることを考えれば、意図的に行われたと考える以外は不可能でしょう。
 この様な行為を、改竄以外に、なんと表現したいいのでしょうか?


116
K−Kさんに対する、若干のお願い 投稿者:すらも2  投稿日:11月 7日(木)02時13分40秒

K−Kさんの下記二件の書き込みは、(失礼ながら、K−Kさんの少し前の書き込みとは一転して)非常に有意義な投稿で、議論対象になります(私の見解は近々示します 今日はもう遅いので)。

しかしながら今回の書き込みは、その内容の相当部分は既刊の書籍からのものでありますので、その辺を考慮いたしまして【可能な限りコンパクトな書き込み】をお願いできませんでしょうか?

K−Kさんの書き込みの大きな特徴の一つに【文章が非常に長大である】という点がありますが、掲示板というメディアの性質上、また論点の分散を避けるという観点からも

○ご自身のご意見・見解は掲示板に
○既刊行物の史料は、史料の明示(「題名」著者**出版*頁)もしくはご自身のWebPageに

示していただけますと、掲示板が見やすくかつ議論しやすくなると思うのですが。
ご検討のほどよろしくお願いいたします。


117
現況 投稿者:整理部  投稿日:11月 8日(金)18時51分46秒

誤解を与えているといけないので断っておきます。
改竄問題は終わりと思っていました。

「戦史研究所」という私がときどき見に行くサイトにたまたま立ち寄ったところ、
田中氏の自己矛盾を鋭く突く文章があり、エッと驚いたのでコピペに及びました。
それが11月5日の整理部掲示、自己矛盾、検証であり、私の意見ではありません。

以後の流れをなるだけコンパクトに紹介します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
【松尾】
松井大将の陣中日誌の元である日記の中に挟まれていた紙なども、一緒に日記として翻訳されたためです。専門家に翻訳してもらい初めて、その事実が判明しただけです。

  整理部コメント:翻訳とは何? 日本語でしょ。田中氏は松井大将の秘書で文字は
  見慣れているんじゃ?

【すらも2 】
ということは【日誌に、もともと無かった文章】の筆者は、(田中氏の創作ではなく)松井大将であるということで双方の認識よろしいでしょうか?

【松尾】
史料を3つホームページにて掲示するしかないですね。
  
  整理部コメント:それはすごい。

【岡田】
1.田中正明氏以外に上記メモを確認したり、検証された方はいらっしゃるのですか?
2.現在までにその「翻訳ミス」とやらの一覧はどこかに発表されていますか?
3.田中正明氏によるとメモの挿入は2箇所だそうですが、書き加えられている箇所が3ヶ所以上あるのは何故ですか?

【K−K】洞富雄『南京大虐殺の証明』に指摘された田中正明氏の改竄行為のまとめ

『支那事変日誌抜粋』において
「11月30日、11月10日に外人記者会見を行い、上海占領後の日本軍の方針を説明している。」(『南京戦史資料集2』)

ものが、

「12月23日、1月10日に外人記者会見を行い、南京占領後の日本軍の方針を説明している。」(田中正明翻刻)

に変わっている。

これによって田中正明は「その会見で“虐殺”に関する質問はなに一つも受けていない。」(だから”大虐殺”はなかった)と言えるようになった。

それにあわせて松井大将の『陣中日記』にも以下の改竄を行った。

《十二月二十三日》南京占領後の態度方針を説明するため外人記者団と会見した。質問は主として、首都陥落後の日本の方針である。(田中本)
記載なし(原本)

《一月十日》記者会見を行った。(田中本)
記載なし(原本)

『陣中日記』のみ、もしくは『支那事変日誌抜粋』のみが間違っているのでしたら、確かに「誤り」であるといえるかもしれません。しかし、上記の通り、別々の資料である『陣中日記』と『支那事変日誌抜粋』との内容が一致するように書き直しされていることを考えれば、意図的に行われたと考える以外は不可能でしょう。


118
史料を1つも持ってませんね>整理部さん 投稿者:
m  投稿日:11月 8日(金)20時23分26秒

 整理部さん掲示

>整理部コメント:翻訳とは何? 日本語でしょ。田中氏は松井大将の秘書で文字は見慣れているんじゃ?

 これでハッキリしました。
 整理部さんは板倉氏の論文もキチンと見てませんね。
 これでは、話しになりません。
 原文を、板倉論文で掲載されています読めるものなら読んで欲しいです。
 
 これでは、あなたの資格無しを宣告するしかありません。

http://www.history.gr.jp


119
ハッキリしているのは田中正明氏が歴史学上の破廉恥犯を犯したという事実です   松尾さん 投稿者:
K−K  投稿日:11月 8日(金)20時42分13秒

 ハッキリしているのは、田中正明氏が、明白な資料改竄を行ったという事実です。

 松尾さんを含めた田中正明擁護派は、結局、洞氏の指摘(それも十数年も前のもの)に何一つ反論が出来ないわけです。

 ならば、田中正明氏が、歴史学上の破廉恥犯とも言える史料改竄を行ったと断定せざるを得ないでしょう。

 そして、その破廉恥犯の言い訳を、ネット上に垂れ流している松尾さんも、当然、問題ですね。何せ松尾さんは、この問題に十分精通している上で、言い訳を垂れ流しつづけているのですから。
編集済


120
ハッキリしているのは笠原十九司氏が歴史学上の破廉恥犯を犯したという事実です(プッ)K-Kさん 投稿者:
m  投稿日:11月 8日(金)20時54分14秒

ハッキリしているのは、笠原十九司氏が、明白な資料改竄を行ったという事実です。

 K-Kさんを含めた笠原十九司氏擁護派は、結局、秦氏の指摘(それも4年も前のもの)に何一つ反論が出来ないわけです。

 ならば、笠原十九司氏が、歴史学上の破廉恥犯とも言える史料改竄を行ったと断定せざるを得ないでしょう。

 そして、その破廉恥犯の言い訳を、ネット上に垂れ流しているK-Kさんも、当然、問題ですね。何せK-K、とほほさんは、この問題に十分精通している上で、言い訳を垂れ流しつづけているのですから。

 =3プッ
編集済

http://www.history.gr.jp


121
決定的ですね   松尾さん 投稿者:
K−K  投稿日:11月 8日(金)21時10分36秒

 今回は、何一つ反論が出せませんね?

 ならば、松尾さんも、田中正明氏が改竄を行ったという事実を認めたと考えてよいでしょう。
編集済


122
何言ってるのでしょうか(涙)>K-Kさん 投稿者:
m  投稿日:11月 8日(金)21時24分46秒

 KーKさん掲示

>今回は、何一つ反論が出せませんね?
>ならば、松尾さんも、田中正明氏が改竄を行ったという事実を認めたと考えてよいでしょう。

 余りにも馬鹿臭くて、反論する気にもなりませんね。(笑)
 史料を持っている人間ならこんな馬鹿げた主張に引っ掛かりませんよ。

 1人引っかかってるけど。(笑)
 そんな事してまでいるK-Kさんに送ります。
 
 「盛者必衰」
 昔は、これでも尊敬していたんですが…人間落ちぶれたくは無いものです。
編集済

http://www.history.gr.jp


123
反論できない「馬鹿げた主張」   松尾さん 投稿者:
K−K  投稿日:11月 8日(金)21時36分20秒

> 余りにも馬鹿臭くて、反論する気にもなりませんね。(笑)

 へー、そうなんですか。
 私の間違い探したくて、『証言による「南京戦史」』を持っていない、などとあげつらった松尾さんの発言とは思えませんがねぇ。


> 史料を持っている人間ならこんな馬鹿げた主張に引っ掛かりませんよ。

 ところが、何一つ反論できないのですから、説得力はありませんよ。


> 1人引っかかってるけど。(笑)

 それって、「すらも2」さんのことでしょうか?
 私の投稿スタイルに難癖をつけるだけで、終ぞ、反論が返ってきません。

 「すらも2」さんは、「馬鹿げた主張」に引っかかる人なのですね(笑)。


 で、結局、何一つ反論が出来ないのですね?
 ならば、松尾さんも「馬鹿げた主張」に引っかかっているクチですね。
編集済


124
松井大将の日誌について・・・ 投稿者:KOIL  投稿日:11月 8日(金)23時24分50秒

秦郁彦『昭和史の謎を追う(上)』(文春文庫)p187
に板倉論文の一部が転載されてます。

例えばこんな感じ

-----------------------------
二月八日
「莵に角支那人を慈しめ、懐かしめ、之
を可愛がり、憐むこと、只慈悲心の心
だけにて足るを以て」【一六六・一五】→
[莵ニ角支那人ヲ懐カシメ之ヲ可愛カリ
憐ム丈ニテ足ルヲ以テ]
 これは田中氏の意見を書き加えたこと
なのだろうか。その上わざわざ「これが
松井大将の本心なのである」という編者
注までついている。
-----------------------------
(注、傍点があったが省いた)
編集済

http://alpha01.manekineko.ne.jp/s32311/nanking/


125
田中氏のクセ? 投稿者:
K−K  投稿日:11月 8日(金)23時47分31秒

 こんにちは、KOILさん。

 田中正明氏は、改竄した箇所に注記を付けるのがクセのなのかも知れません(笑)。


《十二月二十三日》
 此日、南京占領後の我方の態度方針を説明する為め、外人記者団と会見す。最初、南京占領と其国際的影響を知るため紐育タイムズのアベンド、倫敦タイムズのフレーザーを招致し、然る後、在上海の各国通信員と会見す。質問は主として、首都陥落後の日本の方針及パネー号に対する善後処置なり。

【田中氏注記】
「南京占領から十日を経た外国人記者との会見において、松井大将が”南京虐殺”に関する質問を受けたという様子が全く見られない点、注目すべきである」


《一月十日》
 此日、各国の主要なる通信員と記者会見す

【田中氏注記】
「この記者会見でも南京虐殺事件は問題にされていない」


 放火犯が、自分が放火した火災現場を見に来る心情に近いのですかね(笑)。


126
別に感情的にならなくても・・・。 投稿者:
m  投稿日:11月 9日(土)13時15分41秒

 そんなに一生懸命、本当に頑張りやさん達ですね(笑)
 K-Kさん、便意兵さん、流転さん。
 岡田ねつ造さんは、どうしたのかなぁ…。
 また、ねつ造する準備をしているのでしょうか?
 お待ちしております。

 あ…そうそう、あなた達のお仲間に、不沈戦艦、谷原茂生(ヤン・ウエンリー)ってのがいるとおもいますが、彼らはいつ登場するのでしょうか?今、相談中ですか?
編集済

http://www.history.gr.jp


127
あ・・・松尾さん・・・・ 投稿者:KOIL  投稿日:11月 9日(土)18時33分14秒

>  あ…そうそう、あなた達のお仲間に、不沈戦艦、谷原茂生(ヤン・ウエンリー)ってのがいるとおもいますが、彼らはいつ登場するのでしょうか?今、相談中ですか?

駄目だよ松尾さん、自身の妄想をここまであからさまに書いたら・・・・・

ふつーに考えて、ヤン・ウェンリー↓が仲間にいるわけないでしょう!
http://www.g-language.org/~gaou/giron/giron00/nanjing2.html
http://www.g-language.org/~gaou/giron/giron00/nanjing3.html

まさかとは思いますけど、自分の論敵を全てひっくるめて、一枚岩のようなものだとみなしていませんか?

そうだとすればマジでまずいです。ホントに。
編集済

http://alpha01.manekineko.ne.jp/s32311/nanking/


128
感情的と言えば・・・・   松尾さん 投稿者:
K−K  投稿日:11月 9日(土)20時59分36秒

 感情的といえば、松尾さんの十八番ではないですか(笑)。

 心配しなくても、大丈夫ですよ。

 松尾さんの十八番を取り上げるつもりはありません。


 まぁ、田中正明氏が改竄したという事実が明白となってしまったので、松尾さんとしてもこういう投稿しか出来ないということでしょうね(笑)。


129
恥ずかしくてHNすら晒せなくなったの?>松尾(敬称略、理由は以下) 投稿者:名なし便衣兵  投稿日:11月 9日(土)22時13分21秒

>別に感情的にならなくても・・・。
笑いが【感情】だとすれば、俺は確かに「感情的になっている」な(笑)
おまいの投稿って、ホントに笑えるから、なぁ。

あのな、おまいって、思ってたより遙かに「一般常識がない」みたいだから
教えてあ・げ・る・が、
まともな反論をできもせずに、相手の言ってる事を
「感情的にならなくても」とか「バカバカしくて反論する気にもならない」
とか言っちゃうのは、世間では普通「負け惜しみ」って言うんだぜ?w

ま、この間のやりとりで、おまいが誇りもプライドも誠実さも論理性もまるで
持ち合わせない、タダの「売文屋」だって事はよーくわかったよ。
何せ、俺にこれだけバカにされていて、何らの反論すらできないんだものなw

自分のホームグランド(つまり、おまいの掲示板だ)で、これだけぼこぼこに
されるってのも、珍しいがな。
ま、弟子入りする相手(田中正明の事だよ?)を間違えたって事さ。
人生は長い。まだまだやり直しはできるんだぜ?今からでも遅くはないさ。
田中正明のところから、逃げ出してみたらどうだ?w


130
そう言えば松尾さんは・・・・ 投稿者:
K−K  投稿日:11月 9日(土)22時26分11秒

>「感情的にならなくても」とか「バカバカしくて反論する気にもならない」
>とか言っちゃうのは、世間では普通「負け惜しみ」って言うんだぜ?w

 そう言えば松尾さんは以前、以下のようなことを書いていました。
『ですが、呼ばれる限りは出来る限り返答する事がポリシーですので』

「バカバカしくて反論する気にもならない」などと書いているところを見ると、松尾さんはポリシーを変えてしまったのかもしれませんね(笑)


131
答え様が無いものには、答えられませんよ>K-Kさん 投稿者:
m  投稿日:11月10日(日)15時23分54秒

 K−Kさん掲示

>「バカバカしくて反論する気にもならない」などと書いているところを見ると、松尾さんはポリシーを変えてしまったのかもしれませんね(笑)

 出来る限りお答えするとうには、今も変わってませんよ。
 ですが、私も人間ですから、いくら何でも余りにも下らない事にお付き合いするほどヒマでは無いという事でしょうか。(笑)
 なにぶん現在、著作と来月に控えている講演会のセッティングが重要ですから

http://www.history.gr.jp


132
さあて、いよいよ莫迦発言の総仕上げ、か>松尾(敬称略、理由は以下) 投稿者:名なし便衣兵  投稿日:11月10日(日)19時21分08秒

さて、おまいはごちゃごちゃ言いながら逃げ回る事で、重大な問題発言の
総仕上げをしちまったみたいだな。たぶんそんなこたぁ自覚してないだろうから、
晒してやるよ。
>いくら何でも余りにも下らない事にお付き合いするほどヒマでは無いという事
>でしょうか。(笑)
これは、「田中正明の資料改ざん」が、立証された事(立証、だよ?おまい、反論の一つもしてないしな。第一、反論しようがどうしようが、証拠はすでに挙がっちまってるからな)に対する、おまい(松尾)の発言だ。だが、松尾の「レスについてのポリシー」と絡めて
述べているから、おまい(松尾)の「お返事する対象をどう選ぶか」についての一般原則
を述べた発言として見ていいだろ。
おまいは、「あまりにも下らない、と判断した事には、お返事しない」って述べたわけだ。

すると、「ベトナムと枯れ葉剤をイコールで結んだ発言に対する質問」は、
    おまいにとっちゃ、「お返事するに足りない下らない話」って事だな。
    
 たいした人権感覚だな。

また、流転氏の「誰に対して『言ってねーよ』と発言したのか、に対する質問」も、
   「お返事するに足りない下らない話」だって事だな。

 自分の発言に責任も持てないのかよ。 

それに、「対岸にまで桟橋架ける莫迦がどこにいるのか、って質問」も、
   「お返事するに足りない下らない話」だって事だ。

 責任も持てない事を根拠に、石川達三の証言を「でっち上げ」呼ばわりできるんだな。

で、一方で、
>パイロットの事はどうなったのでしょうか?
>便意兵さんが、航空機操縦資格をお持ちでない事は、100%間違いなかったの
>でしょうか。
とか、自分でも「無駄な話」と認めてる事には、お返事するんだよな(笑)
おまいの「ぽりしい」って、どうなってるの?
そういうの、普通は「ぽりしい」って言わずに「ご都合主義」って言うんだぜ?
世間一般ではな(笑)。

そんなおまいが
>著作と来月に控えている講演会のセッティングが重要ですから
とか言ってる「著作」も「講演会」も、実にクダラン中身のないバカバカしいものに
なるんだろうな、と思えて仕方がないよ(笑)。


133
田中正明氏の弁護を放棄したのですね   松尾さん 投稿者:
K−K  投稿日:11月10日(日)20時35分58秒


> 出来る限りお答えするとうには、今も変わってませんよ。

 あぁ、つまり、反論が出来ないということですね(笑)。


> ですが、私も人間ですから、いくら何でも余りにも下らない事にお付き合
>いするほどヒマでは無いという事でしょうか。(笑)

 はぁ、そうでしょうねぇ・・・・。
 以前は、田中正明氏の捏造問題を出せば、簡単に食いついて来たのですがねぇ。
 
 しかし、「ヒマでは無い」わりには、意外と他の掲示板でウロチョロしているようですね。
http://8417.teacup.com/age11/bb
 それにしても、松尾さんは、どこに行っても問題を起こすようです(笑)。


> なにぶん現在、著作と来月に控えている講演会のセッティングが重要ですから

 あぁ、頑張ってください。
 でも、何でも左翼のせいにするのでは、高校生程度のメンタリティーだと思われてしまいますよ。ただでさえ、松尾さんは、あそこで醜態をさらしたのですから、少しは気をつけたほうがいいのでは?


134
史料を提示する事が大事ですから>K-Kさん 投稿者:
m  投稿日:11月11日(月)01時10分10秒

 一言だけ…
 
 竜馬さん、ご苦労さまです。

 ところで、田中正明氏の件に付いては、史料をホームページに掲示します。
 すぐには出来ませんが、それで判断してもらう事が一番だと思います。
 どうして田中正明氏に関する史料をあまり提示していないかと言えば、これは「南京事件」の本質的問題とは何ら関係無いためで、松井石根大将の日記の中には、事件に関する記述どころか、南京事件が無かった事を裏付けるものであるためです。
 松井大将は南京事件について記述は一切行っていないどころか、むしろ治安が回復に向っている様子を記述しており関係無いからです。
 
 この「改ざん事件」と呼ぶ人々は単に、田中氏の信用を失墜させるだけが目的であるだけで、南京事件の真相であるとか本質的な問題には触れないからです。
 まぁ、一応史料を提示して、それを読んだ人が決めればよいのではないでしょうか。
 どちらにせよ、南京事件の本質的な問題とは関係ありませんから、アホくさいというのが本心ですが(笑)

http://www.history.gr.jp


135
田中正明改竄問題の弁護を放棄ということですね?   松尾さん 投稿者:
K−K  投稿日:11月11日(月)09時06分39秒


 松尾さん、私が求めているは、「史料」を提示することではありませんよ。
 私は、先の田中正明氏の改竄を証明する文章において、該当する部分を明示したはずです。

 これに反論するという簡単なことが出来ずに、面倒な「史料の提示」をするというのはどういうことでしょうか?書いていることが矛盾していますよ。

 結局、「史料を提示」することで(もしくは「史料を提示する」と書くことで)、お茶を濁すのではだけではないのでしょうか?
 今までは、ちゃんと反論していたのに(内容は別として)、今回になって「バカバカしく(い)」「下らない事」「アホくさい」ことになってしまったのは、どういう理由でしょうかね。



136
別に弁護はしてませんが>K-Kさん 投稿者:
m  投稿日:11月11日(月)18時37分25秒

K-Kさん掲示

>松尾さん、私が求めているは、「史料」を提示することではありませんよ。

 私は別にK-Kさんの為に、史料を提示しようとしている訳ではありません。
 史料は私のホームページを見て頂ける方に提示したいだけです。
 その後、その方達が決めればいいだけの事です。

竜馬さん掲示

>彼の対応が対応ですのでご了承いただけますか?

 私は一向に問題ございません。
 基本的に、上記の規定さえ保護して頂ければ大丈夫です。
編集済

http://www.history.gr.jp


137
田中正明改竄問題の結末 投稿者:
K−K  投稿日:11月11日(月)19時37分50秒

> 私は別にK-Kさんの為に、史料を提示しようとしている訳ではありません。
> 史料は私のホームページを見て頂ける方に提示したいだけです。
> その後、その方達が決めればいいだけの事です。

 松尾さんは、田中正明氏の改竄を「弁護していない」と書きましたが、松尾さんのHPには、その改竄行為を行った田中正明氏の言い訳を載せているのですから、その行為自体を弁護していると言わざるを得ません。

 また、過去、この掲示板上でも再三に渡って、田中正明氏を弁護していたことは、例えば岡田さんが作った過去ログ集でも明らかです。その松尾さんが「バカバカしく(い)」「下らない事」「アホくさい」等の逃げ口上以外に発言出来ない事実を考えれば、実質的には今回の私の証明を認めたといって過言ではないでしょう。


138
これは、「返事するに値する話」なのか>松尾(敬称略、理由は以下) 投稿者:名なし便衣兵  投稿日:11月11日(月)22時45分26秒

>いや、K-Kさん次第では・・・
って言うような話は「バカバカしくて相手する気にもならない」ような発言ではない
ってことか(笑)
とすると、おまいにとって「差別的発言」や「偏見に基づいた発言」ってのに対する
責任感とか【人権感覚】ってのは、ずいぶん優先順位が低ーい、んだな。
ついでに、歴史の検証において、
【資料の改竄】が意味すること、
【研究者に資料の改竄者がいる】ことの意味ってのも、その重大さがまるでわかって
いないんだな。
おまいは以前、こう言ってたよな。
>どうして田中正明氏に関する史料をあまり提示していないかと言えば、これは「南京
>事件」の本質的問題とは何ら関係無いためで、松井石根大将の日記の中には、事件に
>関する記述どころか、南京事件が無かった事を裏付けるものであるためです。
この発言ほど、おまいには【歴史の研究について、あれこれ言う資格すらない】ことを
端的に証明する言葉はないな。なぜか、おまいにはわかるまい?教えてやるよ。

○南京事件に関係あろうがなかろうが、【歴史の研究家】が資料を改竄していいものか
 どうか、松尾はそんなこともわかっていない。関係なきゃ、資料の改竄しても、
 いいのか?改竄疑惑が、「関係ないこと」だと?バカも休み休み言えよ(笑)
○田中正明は、なんのためにこの本を出版したのか、弟子のくせにわかっていない(笑)
 田中正明は、【メモを挿入した(おまいによればだw)】場所に、なんてコメントつ
 けてるんだよ。
 >編者注 南京占領から十日を経た外人記者団との会見において、松井大将が「南京
 >虐殺」に関する質問を受けたという様子が全くみられない点、注目すべきである。
 だろ?南京事件の肯定否定に絡めての「編者注」だろがよ(笑)
 関係、ホントにないのか?

そんな、とってもいい加減なおまいが出す本っての、俺実は楽しみなんだよ(笑)
どんなバカなことがかいてあるのか、ってな。立ち読みして大笑いしてやるから、
なんツー本なのか、書名言ってみ?(笑)
編集済


139
当事者だから言っているのですよ   松尾さん 投稿者:
K−K  投稿日:11月11日(月)22時46分18秒

> 当事者がこんな事言ってるくらいですからね。(笑)

 そう、当事者だかこそ言っているわけですよ。

 松尾さんは、自身のHPにおいて田中正明氏の言い訳を載せているのに、その改竄の明確な証明に対してクチをつぐんでいるわけですが、当事者として何か言ってみては如何ですか?
 それとも、「弁護をしていない」などと、また、逃げ口上をうつつもりですか?


140
掲示に関しては>整理部さん 投稿者:
松尾一郎  投稿日:11月13日(水)10時43分59秒

 自称・掲示部という名前を使うのであれば、やはり双方の言い分をまとめる知識や、資料を持って判断すべきだと思いますよ。
 ここ最近、忙しくて登場する事は出来ませんが、整理部さんの主張からすれば、議論という点では以前から、K-Kさん、流転さん、便衣兵さんらの方が、はるかに本質的な問題から遠いと言えますし、虐殺根拠を示すのでは無く、単に相手の提示した史料を揶揄するだけです。
 ここ最近、虐殺派の論理もそうですね。
 「南京大虐殺否定論13のウソ」(柏書房)などを読んでみても、上杉あきら「脱戦争論 小林よしのりとの裁判を経て」(東方出版)などのでもそうですが、明らかに基本的な部分を差し置き都合よく解釈を行っているだけです。
 最初から歪曲し解釈を行い、都合よく判断しています。井上久士氏の論文などは、読んだ際に、藤岡教授自身が間違っているような書き方をしていたので、図書館で調べたら井上氏の改ざんの方が分かったという具合です。
 さらに上杉あきら「脱戦争論 小林よしのりとの裁判を経て」(東方出版)の中でも、写真判定の最低3つの条件 1、いつ 2、どこで 3、誰が これらについては何ら吟味せず論じています。
 可能性だけで論じているのは便衣兵さんの論法と同じです。
 かれは以前、(私が彼を)パイロットでは無いと断じた際に、どうしてそう思うのだ?と問い掛けましたが、彼の掲示文の中には、航空機免許を所有するものならば決して使わない単語が使用されており、さらには彼の判断力の低さを考え、間違い無くパイロットでは無いと判断できた訳です。
 その証拠に彼自身、この事について一切言明するどころかこれ以上の論争を行っておりません。
 話はそれましたが、上杉本の中で論じている中で「戦争論」の写真について引用している項があります。
 「揚子江に捨てられた死体」をのぞき込む兵士の写真ですが、彼らは昭和13年6月に日本陸軍の制服改編後の写真を南京事件とされる時期に着ているのはおかしい、という「戦争論」の主張そのものを歪曲しています。これは彼らの常套手段です。
 同じ事を井上久士氏が行っています。
 襟もとの階級章を、あえて肩の階級章と偽り、昭和13年10月以降も着ていたとする主張にスリカエています。
 これは完璧なねつ造、歪曲の類です。
 日中戦争時は昭和13年6月の装備改編に間に合わなく、6月以降も旧服装で戦地にいた兵もいましたが、昭和12年12月前後に翌年6月に改編する装備などを持っていた兵士は一切存在しておりません。この点を「戦争論」で問いただしているのです。
 彼らの常套手段は、きちんと知識のある人物ならいざ知らず、知識の無い人なら簡単に引っかかってしまうでしょう。
 同じ事は、松井大将陣中日誌にも言えますし、まずきちんとした史料を元に、判断すべきだと思います。

http://www.history.gr.jp/


141
どちらが曲解・捏造でしょうか?   松尾さん 投稿者:
K−K  投稿日:11月13日(水)21時40分53秒


> ここ最近、忙しくて登場する事は出来ませんが、整理部さんの主張から
>すれば、議論という点では以前から、K-Kさん、流転さん、便衣兵さんらの
>方が、はるかに本質的な問題から遠いと言えますし、虐殺根拠を示すので
>は無く、単に相手の提示した史料を揶揄するだけです。

 揶揄ではありません。松尾さんのいい加減な史料の提示に対する批判です。
 人口論を振り替えてみれば、明白でしょう。

 もちろん、松尾さんが、それを「揶揄」としたいのは解りますが、事実を曲げてはいけません。


> 最初から歪曲し解釈を行い、都合よく判断しています。井上久士氏の論
>文などは、読んだ際に、藤岡教授自身が間違っているような書き方をして
>いたので、図書館で調べたら井上氏の改ざんの方が分かったという具合です。

 何かを批判するのでしたら、具体的に行うべきでしょう。
 結局、それが出来ないと言うことは、中傷しているということに変わりがありません。


> 話はそれましたが、上杉本の中で論じている中で「戦争論」の写真に
>ついて引用している項があります。
> 「揚子江に捨てられた死体」をのぞき込む兵士の写真ですが、彼らは
>昭和13年6月に日本陸軍の制服改編後の写真を南京事件とされる時期に着
>ているのはおかしい、という「戦争論」の主張そのものを歪曲していま
>す。これは彼らの常套手段です。
> 同じ事を井上久士氏が行っています。
> 襟もとの階級章を、あえて肩の階級章と偽り、昭和13年10月以降も着
>ていたとする主張にスリカエています。
> これは完璧なねつ造、歪曲の類です。
> 日中戦争時は昭和13年6月の装備改編に間に合わなく、6月以降も旧服
>装で戦地にいた兵もいましたが、昭和12年12月前後に翌年6月に改編する
>装備などを持っていた兵士は一切存在しておりません。この点を「戦争論
>」で問いただしているのです。

 その文章は、上杉聰編『脱戦争論』の中の平林昌巳氏の論文です(上杉氏は「あきら」ではなく「さとし」です。漢字ぐらい読めるようになりましょう)。

 平林氏は、件の文章の中で「まず、軍服から見ていくと、確かに南京ではないかもしれないが、わずかに南京の可能性も残る、というのが結論です」と最初に明記しています。

 その上で、「写真2」として肩の階級章を指摘しているのは、松尾さんの主張どおりです。しかし、平林氏は本文中には、「(写真2の襟に見えるのは階級章でないこともわかります。実体はわかりませんが、紐のように丸く見えます)」(P52)と書いています。

 つまり、平林氏は、襟にある白いものを階級章であるとする小林氏の主張を否定し、肩口に階級章が見えると主張しています。そうすると、「図1−22」に書かれている様に「南京戦(昭和12年12月)当時の軍服」と一致するということになるでしょう。

 以上が平林氏の主張のあらましですが、私の見解として、はっきり言ってしまえば、写りの悪い写真を見て何かを断言すること自体に無意味さを感じます。その点、平林氏は、「わずかに南京の可能性も残る」と前置きしているのですから、それ以下の検証も妥当なものと言えるでしょう。

 翻って、小林氏は、写りの悪い写真に対して細部を断言し、その上、「つまりこれは南京大虐殺の/写真ではないのみならず/何者かが日本兵に化けて/「日本軍の残虐写真」を/デッチあげたものだという/可能性がある!」と主張しているわけです。まったく、「デッチあげた」という根拠も論証もせずに書いているのですから、批評にも価しないものであることは言うまでもないでしょう。

 話しがそれましたが、上記の通り、曲解しているのは松尾さんだったようです。別に驚きませんがね(笑)。



> 彼らの常套手段は、きちんと知識のある人物ならいざ知らず、知識の無い
>人なら簡単に引っかかってしまうでしょう。

 もちろん、曲解・捏造・改竄等は、田中正明氏をはじめとする否定論者の常套手段といえるでしょう。まったく、松尾さんの仰るとおり、知識のない人を騙すには、小林氏の様な手段を用いるのは効果的なのかもしれません。



> 同じ事は、松井大将陣中日誌にも言えますし、まずきちんとした史料を元に、
>判断すべきだと思います。

 結局、これが言いたかったのでは(笑)。
 田中正明氏の改竄問題は、すでに証明したとおりです。
 そして、松尾さんは、今回、一言も反論が出来ませんでした。
 この事実だけでも、十分、捏造が証明されたと考えてよいでしょう。


142
「すらも2」さん 投稿者:
K−K  投稿日:11月15日(金)22時53分42秒

 お久しぶりです。

 さて、田中正明氏の一件はどうなりましたか?

 反論をいただけると思っていましたが?

 それとも、田中正明氏の改竄を認めるのですか?

 結論を訊かせていただければ幸いです。


143
「ばばっち」さんへ : 田中正明改竄問題 1 投稿者:
K−K  投稿日:11月16日(土)18時48分57秒

【タイトル】虐殺否定の根拠としての『陣中日記』・『支那事変日誌抜粋』 その1
【 名前 】K−K <ymgt_geo@geocities.co.jp>
【 日付 】2002/11/07 01:44:23

 以下、洞富雄『南京大虐殺の証明』に指摘された田中正明氏の改竄行為(主要部分)をまとめてみました。

『支那事変日誌抜粋』(田中正明翻刻)
---- 引用 ----
尚十二月二十三日、再び右両通信員を招致して南京陥落が各国政府に与えたる影響につき意見を徴するとともに、南京占領後に於ける我軍の態度方針を説明し、南京附近に於ける列国の権益を保護する為め、予の執りたる苦心の程を開陳し、パネー号事件の経緯と陳謝の意を表明す。彼等は我軍の公正なる態度につきむしろ感謝の意を表せり。
 右の外、一月十日。在上海AP、UP、ルーター、ハヴァス其他各国の主要なる通信員と会見し、上記同様、軍の方針併に将来に於ける企図につき説明を与へ、特に右の要旨を述べたり。
  今次支那事変の発端特に上海事件は、支那軍の江南方面に於ける排日
  行動に対し、列国が日本と共同して「一九三二年の停戦協定」の維持
  に尽くさざりしことに原因せり、然かも列国が事変勃発後支那側に同
  情する余り、日支の抗争に対し、中正なる態度を保持せず、中立的義
  務を実行せざりしことは、甚だ遺憾とする所にして、其結果、戦禍の
  及ぶところ遂に列国官民も之を免れ能はざりしは巳むを得ざる所なり。
  云々。
 之に対しては、各通信員は何人も敢て之に対し反駁的態度に出づるものなく、之を肯認せる風ありしを認めたり。
---- 終わり ----

『支那事変日誌抜粋』(『南京戦史資料集2』)
---- 引用 ----
尚十一月三十日、再び右両通信員と会見し、上海占領後に於ける我軍の態度方針を説明し上海附近に於ける列国の権益を保護する為め予の執りたる苦心の程を開陳せるに、彼等は我軍の公正なる態度に就き感謝の意を表せり。
 右の外十一月十日在上海AP、UP、ルーター、ハヴハス、其他各国の主要なる通信員と会見し、上記同様軍の方針と将来に於ける企図等に就き説明を与へ、特に左の要旨を述へたり。
  此次上海事変の発端は支那軍の江南方面に於ける排日行動に対し、列
  国か日本と協同して一九三二年の停戦協定の維持に尽くささりしこと
  に原因せり。然かも列国か事変勃発後支那側に同情するの余り日支の
  抗争に対し中正なる態度を保持せす、中立的義務を実行せさりしこと
  は甚た遺憾とする所にして、其結果戦禍の及ふところ遂に列国官民も
  之を免れ能はさりしは巳むを得さる所なり。云々。
 之に対しては各通信員は何人も敢て之に対し反駁的態度に出つる者なく、之を肯認せる風ありしを認めたり。
---- 終わり ----

 これは有名な改竄部分です。上記の二つの文章を見比べても解ると思いますが、以下、主要な改竄部分を挙げてみます。

(誤)尚【十二月二十三日】
(正)尚【十一月三十日】

(誤)再び右両通信員【を招致して南京陥落が各国政府に与えたる影響につき意見を徴するとともに、南京】占領後に於ける我軍の態度方針を説明し、
(正)再び右両通信員【と会見し、上海】占領後に於ける我軍の態度方針を説明し

(誤)予の執りたる苦心の程を開陳【し、パネー号事件の経緯と陳謝の意を表明す。】
(正)予の執りたる苦心の程を開陳【せるに、】

(誤)右の外、【一月十日】
(正)右の外、【十一月十日】

(誤)【今次支那事変の発端特に上海事件】は、支那軍の江南方面に於ける排日行動に対し、
(正)【此次上海事変の発端】は支那軍の江南方面に於ける排日行動に対し

 この様に、田中氏は、南京陥落前の11月10日・30日に行われたフレイザー(ロンドンタイムス)とアーベンド(ニューヨークタイムス)との会見を、南京陥落後の12月23日と1月10日に行われたことに改竄しています。
 この改竄との整合性を考えてのことと思われますが、松井大将が行った日本軍の【上海】占領後の態度の説明を、【南京】占領後の態度の説明と書き換えています。


144
「ばばっち」さんへ : 田中正明改竄問題 2 投稿者:
K−K  投稿日:11月16日(土)18時49分40秒

【タイトル】虐殺否定の根拠としての『陣中日記』・『支那事変日誌抜粋』 その2
【 名前 】K−K <ymgt_geo@geocities.co.jp>
【 日付 】2002/11/07 01:45:01

 この改竄により、田中氏は以下のような主張が出来るようになりました。

---- 引用 ----
 松井大将の陣中日誌や獄中記によると、大将は南京入城を済まして上海で二回にわたり外人記者を集め記者会見を行っている。その会見で“虐殺”に関する質問はなに一つも受けていない。そればかりかニューヨーク・タイムズのアベント記者を二回も招いて、南京占領に関する国際評価や国際世論の動向を訊ねている。そこでも大将はこのことを聞いていない。当時の中国新聞をふくめ外国新聞のどこにもそのような記事はのっていない。南京に入城した百二十人もの日本のカメラマンや特派記者のうち誰一人として“大虐殺”の存在を知らなかったのである。と同様、十数人の外人記者も、南京に居残った約四十名の外人も、揚子江上の五隻の米英の艦船乗員も“大虐殺”は見ていないのである。そればかりではない、その翌年十月、上海駐在の外人記者団十数名が、つぶさに南京の戦跡を視察しているが、その時も“虐殺”の質問はなかったと、当時同盟通信南京特派員の小山武夫氏し(元・中日ドラゴンズ社長)は証言している。
---- 終わり ----
田中正明「朝日新聞に拒否された五通の反論」(『文芸春秋』)

 南京大虐殺が存在しなかった根拠の一つとして、この外国人記者との会見を挙げているわけです。


 さらに問題なのは、上記の『支那事変日誌抜粋』に合わせるように、『松井大将陣中日記』をも書き換えていることです。
 この改竄に関連する松井大将の『陣中日記』の部分を挙げます。

《十一月十一日》
【田中本】
 此日、AP、UP、ルウター、ハヴァス其他の上海諸国主要通信員と初度の会見をなし、勉めて角張らざる態度を以て、軍の方針及予の将来に於ける企図に関するヒントを与へ
【南京戦史資料集】
 此日、AP UP ルゥター、ハヴァス其他の在上海各国主要通信員と初度の会見をなし 勉めて角張らさる態度を以て軍の方針及予の将来に於る企図に関するひんとを与へ

《十一月三十日》
【田中本】
 此日、倫敦タイムスのフレーザー及紐育タイムスのアベンドを召致し、予の上海占領後に於ける態度を説明し、就中、上海に於ける列国の権益を保護するため、予の執りたる苦心の程を説明せり。彼等能く予の意を諒し、且つ我が軍の公正なる態度に付き尊敬感謝の意を表し、各本国に向ひ委曲通信すべきを約す 
【南京戦史資料集】
 此日倫敦タイムスのフレイザァ及紐育タイムスの「アベンド」を召致し 予の上海占領及其後に於ける態度を説明し 就中 上海に於ける列国の権益を保護する為め予の執りたる苦心の程を説明せり 彼等能く予の意を諒し 且つ我が軍の公正なる態度に付尊敬感謝の意を表し 各本国に向ひ委曲通信すへきを約す 

《十二月二十三日》
【田中本】
 此日、南京占領後の我方の態度方針を説明する為め、外人記者団と会見す。最初、南京占領と其国際的影響を知るため紐育タイムズのアベンド、倫敦タイムズのフレーザーを招致し、然る後、在上海の各国通信員と会見す。質問は主として、首都陥落後の日本の方針及パネー号に対する善後処置なり。
【南京戦史資料集】
※この条なし

《一月十日》
【田中本】
 此日、各国の主要なる通信員と記者会見す
【南京戦史資料集】
※この条なし

 『支那事変日誌抜粋』において、南京占領後に記者との会見を行ったことにしたために、『陣中日誌』でも、12月23日と1月10日にその記者会見を作り出しています。

 『陣中日記』のみ、もしくは『支那事変日誌抜粋』のみが間違っているのでしたら、確かに「誤り」であるといえるかもしれません。しかし、上記の通り、別々の資料である『陣中日記』と『支那事変日誌抜粋』との内容が一致するように書き直しされていることを考えれば、意図的に行われたと考える以外は不可能でしょう。
 この様な行為を、改竄以外に、なんと表現したいいのでしょうか?


1 発端からメール公開までの流れ 2 メール公開後の論争 3 メール論争から派生した田中正明氏の改竄論争