「グリヴレ・クロ・ヴージョ・グラン・モーペルティエ」1945年



 年末恒例のプレステージワイン会、今回のテーマは「クロ・ド・ヴージョ」。輝かしい歴史を誇る一方で、広すぎる特級畑が多数の生産者に分割されているということで、何かと白い目で見られがちなブルゴーニュワインです。

 1109年にシトー派修道院が開墾し葡萄の樹を植え、以来フランス革命の際ナポレオンによって1790年に没収されるまで修道院に守られていたクロ・ド・ヴージョでは、現在のボルドーと同様に、修道士達の熟練したブレンド技術によって独自の高品質のワインが造られていたとされています。広大な特級畑の最上のものは斜面上部から、やや品質の劣るものは水はけの悪い斜面下部から、それぞれ収穫された葡萄をうまくブレンドすることで、安定的に最高水準のワインを造る……これにより、最高の名声を得たヴージョのワインは、当然ながら政治の世界にも利用され、1373年、大修道院長ジャン・ド・ラ・ビュシエールは30樽のクロ・ド・ヴージョを教皇グレゴリウス11世に贈り、枢機卿の地位を得たと言われています。
 フランス革命で没収されたヴージョの畑は、銀行家ラヴェル家に売られ、そしてナポレオンの軍隊を援助していたウヴラール家がそれを引き継ぎ、ウヴラール家が1889年にこの畑を手放すまで、およそ700年もの間単独所有が続いたわけです。それだけに十分価値のある特級畑だったわけですが、以後畑は切り売りされ分割所有され、今や造り方も異なる80名近い所有者がひしめき、しかも斜面上部だろうが斜面下部だろうが等しく特級畑の地位が認められているので、なかなかに複雑な状況となっているわけです。
 ちなみにジャスパー・モリス「ブルゴーニュ大全」(白水社)によると、2007年にボルドーのフレデリック・アンジェラ(後述)の家で20種類のヴージョを試飲する会に参加したものの、「畑の位置と品質・スタイルの間に関係性を見出すことはできなかった」とのことです。「区画がどこにあるかよりも、醸造家の腕前の方がずっとモノを言うようであった」と結論付けています。ちなみにその時のベストは「アンヌ・グロ2000年」と「ルネ・アンジェル1988」だったとか。というわけで、特級畑の地図を引っ張り出してあれこれ言ってもなかなか話はそう簡単ではないとも言えそうです。
 そんな「クロ・ド・ヴージョ」ですが、特に映画にもなったイサク・ディーネセンの小説バベットの晩餐会に登場する印象的なワインでもあります。女主人が壜を取り上げて「中身は何かしら? ワインではないかしら?」と料理人のバベットに尋ねると、バベットは驚いたように答えます。「ワインですって? とんでもない、お嬢様。クロ・ヴージョの1846年物ですよ」
 物語の舞台は1885年なので、このワインは分割される前のウヴラール家の単独所有のもの。フィロキセラ禍以前のまさに最高品質を誇るものだったと言えます。従って同レベルの物を今望むのは無理なのですが、それでも「クロ・ド・ヴージョ」は、修道院に守られてきた伝統のワインとして、どうしてもこだわりたくなってしまう銘柄なのです。
 さて、今回のワイン会のラインアップは以下の通り。
 ●ドメーヌ・デュージェニー・クロ・ヴージョ2009年
 ●ルネ・アンジェル・クロ・ヴージョ1999年
 ●メオ・カミュゼ・クロ・ド・ヴージョ1989年
 ●ジャン・グロ・クロ・ヴージョ・グラン・モーペルティエ1972年
 ●シャルル・ノエラ・クロ・ヴージョ1962年
 ●レリティエ・ギィヨ・クロ・ド・ヴージョ1959年
 ●グリヴレ・クロ・ヴージョ・グラン・モーペルティエ1945年

   

 ドメーヌ・デュージェニーは、ボルドー五大シャトーの一つ、シャトー・ラトゥールの支配人、フレデリック・アンジェラ氏が2006年に設立したドメーヌです。2009年には、ヴォーヌ・ロマネに醸造施設を導入し、本格的なワイン製造に乗り出しました。シャトー・ラトゥール同様ビオディナミ農法を採用しています。所有する畑は、クロ・ヴージョの丘の最後部に位置する、斜面最上部のすぐ下という最高の区画。樹齢60年のブドウ樹が1.37haの土地に広がっており、特級畑グラン・エシェゾーに隣接しています。2007年から除梗ブドウによるキュヴェと全房ブドウによるキュヴェのブレンドでワインを造っています 。
「ドメーヌ・デュージェニー・クロ・ヴージョ2009年」は、実際に味わってみると、非常に「クリア」なブルゴーニュというイメージでした。ほのかに甘い風味があり、色合いもやや暗めで、ベリー系の香りが支配的で、2009年という天候に恵まれた当たり年ということもあって非常に若々しく、それでいてソフトな口当たりです。

 さて、このドメーヌ・デュージェニーが購入した畑は、元々ルネ・アンジェルが所有していたものでした。マット・クレーマー「ブルゴーニュワインがわかる」(白水社)でも、他の生産者に対しては辛口コメントが続く中、ルネ・アンジェルに対しては「すべてが申し分なくそろった、クロ・ド・ヴージョきっての造り手」と絶賛しています。ブルゴーニュ全土で敬愛されたというディジョン大学の教授も務めた祖父ルネ・アンジェルの跡を引き継いで、フィリップ・アンジェルが素晴らしいワインを造っていましたが、惜しくも2005年、旅先のタヒチで突然の心臓麻痺のため他界、49歳という若さであったため、後継者がおらず、所有していた畑はシャトー・ラトゥールのオーナーであるフランソワ・ピノー氏に売却されます。その金額は1,300万ユーロという、ヴォーヌ・ロマネでは過去最高額の取引となりました。
 その「ルネ・アンジェル・クロ・ヴージョ1999年」ですが、こちらも1999年というブルゴーニュの五つ星の評価の高いヴィンテージであるものの、先の「ドメーヌ・デュージェニー」とは対照的なワインでした。血や鉄を思わせる金属的な香りが支配的で、ひたすらまろやかでクリーンなデュージェニーとは正反対の、複雑味がありアクセントの強いワインでした。同じ畑のワインでこの違いは……果たしてヴィンテージによる物なのか、造り方の違いによるものなのか……ソムリエの方に言わせると、この鉄っぽい風味はルネ・アンジェルの特徴でもあるとのことで、例えばグラン・エシェゾーなどにも見られるとのこと。ビオデナミを宣言しているデュージェニーに対し、ルネ・アンジェルの頃にはそういったことをうたってはいないので、やはり造り方の違いが大きいのかも知れません。

    

 三本目はブルゴーニュの著名な造り手、メオ・カミュゼです。クロ・ド・ヴージョの大地主の一人で、斜面上方の絶好の位置に3.36haの畑を持ち、伝説的な造りアンリ・ジャイエがこの畑を分益耕作していました。今回試飲した「メオ・カミュゼ・クロ・ド・ヴージョ1989年」も、表向きは引退したアンリ・ジャイエがコンサルタントとして指導に当たっていた時代に造られました。その意味で1980年代後半から1990年代前半はメオ・カミュゼの黄金期とも称されていますが、実際に味わってみると、こちらも非常に綺麗な印象。上質な紅茶をたしなむような、すっと入ってくる感じがたまりません。全く引っ掛かってこないことは、ピノ・ノワールのある意味美点でもあり、正統派の証してもあると思うのですが、少々スマートすぎるかなと言うのは贅沢でしょうか。少し置くと次第に香りに甘さが出てくるところはさすがだと思います。

 四本目はジャン・グロ、グロ・ファミリーの礎を築いた造り手の登場です。「ジャン・グロ・クロ・ヴージョ・グラン・モーペルティエ1972年」……これについては他と異なり、「グラン・モーペルティエ」という名前が付いています。クロ・ド・ヴージョの内部には実はおびただしい小区画(リュー・ディ)があるのですが、ジャスパー・モリスに言わせると、「大抵はひどい名前(?)なので使われていない」とのこと。その中でグラン・エシェゾーに近い区画である「グラン・モーペルティエ」と、ミュジニーのすぐ下にある「アン・ミュジニ」の2つについてはラベルに表記されることがあるそうで、これも斜面上部の良質な畑であることを意味していると言えます。  このワインについては、まず驚いたのがとても淡い色をしていること。一瞬ロゼかと思うくらい淡い色合いです。それでいて、香りも味わいもむしろ濃厚、メオ・カミュゼを上回るパワフルで濃密な香りと、舌をやや締め付けるような収斂味も備えています。ルネ・アンジェルに通じる金属的な風味も感じられました。色が淡いことで知られているのがこのジャン・グロとシャルル・ノエラなのだそうで、ジャン・グロを引き継いだミッシェル・グロはむしろ色は濃かった印象がありますが、色合いと反比例して濃い味わいを持つ、まさに旨味系熟成ブルゴーニュの代表格と言えるかも知れません。

 さて、五本目は同じく淡い色合いで知られているシャルル・ノエラ。最盛期にはアンリ・ジャイエと肩を並べるほどの名門でしたが、1988年に売却され、所有畑はあのラルー・ビーズ・ルロワ女史に買収されました。一方で「シャルル・ノエラ」という商標は、ドメーヌ・シャルル・ノエラ当主の甥にあたる、ネゴシアンのセリエ・デ・ウルシュリーヌ当主が譲り受け展開するというややこしい状況になっています。
 物の本では1961年を上回る高い評価のある1962年ですが、「シャルル・ノエラ・クロ・ヴージョ1962年」も、先のジャン・グロに通じるパワフルさを兼ね備えたワインでした。色合いはジャン・グロほど淡くなく、風味はややおとなしめに感じましたが、やはり味の方向性は共通していて、旨味系熟成ブルゴーニュであると言えます。しばらく置くと香りはやや甘くなっており、息の長さが実感できました。

     

 六本目はレリティエ・ギイヨ。ディジョンのクレム・ド・カシス・リキュールの大手メーカーで、かつてはヴージョで少量の上質ワインを造っていました。現在はボワセ社が畑を買収し、ドメーヌ・ド・ラ・ヴージュレがワインを造っています。 「レリティエ・ギィヨ・クロ・ド・ヴージョ1959年」はさらに古いヴィンテージなのですが、面白いことに先のシャルル・ノエラの1962年よりもより輝きのある明るいルビー色をしており、そしてこちらも強い金属の風味がありました。ローストビーフのような動物的な香りもあり、それでいて味わいは柔らかく、じんわりくる感じでなかなかにユニークなワインだと思いました。

 そして最後は「グリヴレ・クロ・ヴージョ・グラン・モーペルティエ1945年」です。幻の生産者グリヴレは、元々バレルメーカーの家系で、その一族フェルナンド・アルフレッド・グリヴレ(1885-1958)と、その息子であるベルナール・グリヴレ(1913-?)が、シャンボール・ミュジニー、ヴージョ村を本拠地にワイン造りを行っていたようです。DRCやアンリ・ジャイエを超えると言われる程の評価を受けていますが、時代が古く文献が残っていないためその背景は不明瞭で、フランスでも多くの論争を呼ぶ生産者です。しかもヴィンテージは、終戦直後の1945年! 戦争が5月に収束した後、当然ながら労働力と物資の欠乏が続き、3月と4月にひどい霜が降って収穫を減らしたものの、霜にやられなかった葡萄の木は暑く乾燥した夏を経て、「自然による剪定」と少ない降雨によって、高品質の濃密な葡萄が少量収穫された年です。  色合いは若干くすんでいましたが、香りは柔らかく、フルーツの香りも熟成由来の香りも全て兼ね備えていながら、どこまでも優しい印象。なんとも不思議な味わいで、さまざまな個性的なワインを味わった後に原点に、ナチュラルに落ち着いたという印象でした。まさにまろやかな完成形、円を思わせる優しさと完成度……前回のプレステージワイン会でも感じましたが、すごいヴィンテージは老いてなお若い……というより、一巡回って若返るような印象さえあります。先入観なしに味わったら1980年代とか答えてしまいそう。

 一通り堪能した後に、わずかに残ったワインとマリアージュ。今回のチョイスは、「鰻とゴボウの串焼き・山葵添え」「シャラン鴨と神奈川産トリュフ」「シャポン鶏のラーメン」という異色のラインナップ。鉄分が感じられる古酒と合わせるなら、定番のブフ・ブルギニヨンではやや味が濃いのでは……むしろ、ここは焼いた鰻と鴨をあわせるべきだろうと考えた次第であります。そしてソムリエの方おすすめの裏メニュー、九州の地鶏・シャポン鶏のラーメンは、これはもう全く想定外のメニューではありましたが、ブルゴーニュの古酒が持つ独特の出汁的な風味に、おどろくほど良く馴染んでくれました。確かにチーズ風味のパスタなどよりもよほど相性が良いように感じました。

  

 



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