「クロ・ド・ラ・クーレ・ド・セラン」2003年
「すっぽん料理」に合うワインは何だろうか……。お店ですっぽん料理を食べようと言うことになった時、ワインを持ち込むことになって相談され、はたと困ってしまった私。すっぽんなんてそんなにしょっちゅう食べることがないし、日本酒はともかく、ワインとちゃんと合わせてみた経験がない。内臓料理に鍋、雑炊と来ると、特に何かが合わないということもなさそうですが、逆にこれぞというものも思いつかない。ちらりとネットで検索しても、無難な白ワインと合わせてみた話があるくらいであまりネタがありません。
以前に同じ店で「ふぐ料理」とワインを、ということになった時には、ある意味定石というか、スパークリングワインと濃いめの白ワインを提案してかなりうまくいったのでした。その時のアイテムは英国の瓶内2次発酵熟成タイプの「ナイティンバー」と、アルザスの名酒「ワインバック・リースリング」。果実香が控えめで発酵由来の香りが多く、酸の落ち着いている瓶内2次発酵のシャンパーニュ・スタイルの発泡酒は和食と幅広い相性があるし、アルザスの白は、これは田崎真也氏の「うなぎでワインが飲めますか」(角川)にも紹介されているように確かに本格的なふぐ料理に合います。実際ワインバックを訪れた時も、他ならぬ生産者から日本料理と完璧にマッチングすると言われていたので、ある意味安心感のある組み合わせ。
シャンパーニュとアルザスの白なら、水分が多く魚に近い食感のすっぽんとも当然問題ないはず。しかし同じ店での持ち込みということもあり、できれば前回とは趣向を変えたい。というわけで、悩んだあげく選んで持ち込んだのが以下の4品。うち最初の3本は価格も手頃。何しろお料理もそこそこの値段がするので、あまり背伸びはできません。
まず一本目は、私の趣味もあって日本酒の濁り。新潟にいた時にある意味ファンになった鮎正宗の「毘(びしゃもん)」。妙高の山の中の川沿いにある蔵元で、自宅の井戸から汲み上げた水で酒を仕込んでいます。新潟の酒には珍しくどちらかというと甘口で、辛口好きには今ひとつの評判でしたが、私にとっては非常に体に馴染むお酒なのでした。近くの川で鮎が釣れるので、昭和の初め、滞在されていた若宮博義殿下から「鮎正宗」の名を頂いたとか。今まで東京では手に入らないアイテムですが、ネットで購入できるようになり、かつ今年から純米酒となったということでまさにベストのタイミング。まろやかで濃厚でありながら、後味はベタつかずさっぱり。濁り酒ということもあり刺激が控えめでスタートとしては申し分ない味わいでした。
二本目は、おそらくは一番問題ないと思われた白の辛口。「ガイヤーホフ・グリューナー・フェルトリナー・ローゼンシュタイク2009年」。アルザスの白とスタイルは近いと思うのですが、グリューナー・フェルトリナーはよりニュートラルな品種で、アロマが優しく主張しすぎないタイプ。食事との相性は実に幅広いものがあります。かつオーストリアは自然派の造り手が多く、ドナウ川渓谷クレムスタールにあるこのガイヤーホフもビオロジック。すっぽんの茶碗蒸しとはまさにぴったりの相性でした。
←「ガイヤーホフ・グリューナー・フェルトリナー」
三本目は赤ワイン。これは非常に悩んだところで、某レストランのソムリエにも聞いてみたところ、「リースリング、ピノ・グリ、赤ならピノ・ノワールか……」と色々議論した揚げ句、これを薦めると言われて即購入したのが「ヴァンサン・トリコ・コート・ドーヴェルニュ・ヴァン・ド・フランス・ピノ・ノワール」。ロワール中央部とブルゴーニュの間にあるマイナーな生産地で、かろうじて「フランスワイン・テロワール・アトラス」(飛鳥出版)に一部紹介されているものの、INAOの法律上ヴァン・ド・フランス(テーブルワイン)にしか格付けされず、ビンテージも表記されていないワインなのでした。このワインも当然ながら自然派の造り手によるもので、インポーターはあの新井順子氏。ラベルには子供の描いた三人の妖精のイラストが。非常にナチュラルな、イチゴ風味のピノ・ノワールです。すっぽんの焼き物と一緒に頂きました。ポイントは石灰質土壌が前面に出るブルゴーニュではなく、軟水のミネラルウォーター「ヴォルビック」の産地オーヴェルニュのワインだということ。どこか柔らかいニュアンスがあって、しっかりと和食になじむ気がします。
←「ヴァンサン・トリコ・コート・ドーヴェルニュ・ヴァン・ド・フランス・ピノ・ノワール」
四本目は再び白ワイン。一応これがメインなので、食事が始まる前にデカンターに移して置いたのでした。色は既に熟成が進んで輝きのある琥珀色をしており、実際にグラスに注いでみると実に複雑な、ナッツ香とハチミツ香が重なったような香りが……。「ニコラ・ジョリイ・クロ・ド・ラ・クーレ・ド・セラン2003年」であります。実は何回か別のビンテージを飲んでおり、1980年物と1997年物を5年ほど前に飲んだ時の印象は、確かに良いワインだけど有名な割には大人しいというものでした。その後別なワイン会で2005年(?)物を飲む機会があり、以前に飲んだものとは異なり非常に濃い色と濃い味をしていて驚いたことがあり、この2003年もその時に購入してセラーに寝かせていた次第。
実は別のワインを持ち込もうと準備していたのですが、たまたま読み返していた「美味しんぼ」で、かの海原雄山が、「すっぽんのスープと茶碗蒸し」に「シュナン・ブラン」を使った中甘口のワインを合わせるシーンがあったので、あらためて「これだ!」と思い差し替えた訳です。コミックには銘柄も何も書かれてはいませんが、確かにリースリングと共通点のある「シュナン・ブラン」は、自然な酸と甘味が特徴で川魚などとも相性が良いし、通常ならばあまり樽香のつかない軽めのタイプが安全弁ではありますが、自然派のニコラ・ジョリーならむしろ古樽を使用しながらも樽香はなく、凝縮感があって高アルコールなので日本酒と同レベルのボディがあるので逆に相乗効果が望めるかなと。実際すっぽんの雑炊などと合わせてみても非常に馴染むというか、これは自分ながら意外な発見ではありました。大抵の場合白ワインは日本酒に比べると弱く感じられることが多いのですが、この「クーレ・ド・セラン」に関しては高いアルコール感と引き締まった味でしっかりと余韻を楽しませてくれるのです。
まとめとして……「すっぽん料理」に合うワインとは……? 一応私の結論としては、川や沼にいる水棲動物で、その肉は水分が比較的多く動物の肉よりは魚に近いということから、川沿いの畑もしくは軟水ミネラルウォーターの産地であるということ。樽香が前面に出ることがなく、酸はどちらかというと柔らかめということ。そして、二酸化硫黄は魚のDHAと反応してアルデヒドを生成することから、極力二酸化硫黄の控えめな自然派ワインであること……などがポイントでしょうか。上記の3つのワインはいずれもそれに相当するということで、一応参加メンバーは納得してくれたかと思います。