「ミュジニー B&G」67年



 T氏の仕事の知り合いであるフランス人のGさんは、ブルゴーニュ出身で自宅に何年も寝かせたワインを持っているとのこと。「ボルドーは何十年も寝かせるけれど、ブルゴーニュは十年くらいが丁度いいところでしょう?」との意見に、「とんでもない! ブルゴーニュの真価が発揮されるのは三十年くらいは待たなくては!」と反論したのが、今回のブルゴーニュビンテージ物の飲み会の発端だったとか。
 実際、ものの本にはそう書かれてます。手元にある「FRENCH WINE BOOK VERSION-II」にも、平均保存年数のグラフは、ボルドーのメドックが50年位の所まで線が引っ張ってあるのに比べ、ブルゴーニュのそれは15年位の所までしか線が引かれてませんし。「ボルドーは15年以上待つべし、ブルゴーニュは10年以内に」というのが一般常識だったのでは?
 従って今回、「コルトンの30年物が飲める」という会にたまたま部外者なのに参加できたわけですが、果たして本当に旨いのか? という疑念がなかったわけでもありません。たまたま手に入れることのできたポムロール、シャトー・ネナンの62年も、有料テイスティングで飲んだシャトー・ムートンの73年もやや「盛りを過ぎた」という印象だったので、古いからといって有り難いとは限らないのでした。
 さてさっそくのブルゴーニュワインの会、場所は銀座のカーブ・エスコフィエ。紹介されたソムリエのHさんは、日本人ながらフランスのトゥールダルジャンで働いている方。今回はたまたま日本に来る機会があったからということで、ワインの選定もこの方がなされたとのこと。いきなりの本格的な雰囲気にびびったりして。
 最初に出されたのが話題にものぼっていた「コルトン」の70年物。物の本にも載っていないBARTON&GUESTIERによるもの。前日「コルトン」95年物を飲んだばかりなので、逆にこの淡い色調の物がコルトンとは思わなかったけど、ビンテージを聞いて驚き。実際、三十年も経っているとは思えないほど香りが濃密なのです。いわゆる獣臭と表現されるところの、何とも表現しがたい旨味のある重い香りが特徴的。なるほどあれだけ色の濃い物が寝かされてここまで熟成して色調も変わって来るのか。
 次に出されたのが先程よりも色の濃いタイプのもの。粘性も高くアルコールも心なしか強い感じ。さっきのが三十年物なら、こっちは二十年物位かしらとあたりをつけるが……正解は「ルイ・ラトゥールのシャンボール・ミュジニー、71年物」。確かにシャンボール・ミュジニーは、普通のブルゴーニュより色が濃かったような気もするけど、これほどとは……。
←シャンボール・ミュジニー・ルイ・ラトゥール71年
 三番目に出されたのが先程よりさらに香りが強く、より動物的なニュアンスの強い物。色は同じ位。ということは、年代が近くて場所も近く、造り手が違うのか……正解は「カミュのシャルム・シャンベルタン、71年物」。ラベルは黒字に金文字だったのが、殆ど字が読めなくなって真っ黒になっていましたが、中身の方の力強さは相当な物。
←シャルム・シャンベルタン71年……何も見えないよう……(意味ないなあ)
 四番目に出されたのは、グラスの形状が違っていたこともあって判断しにくかったのですが、先程より色も暗く香りに果実の皮のニュアンスが強く残っているような気がしたので、こちらは絶対さらに若い、多分二十年から十五年くらいの物と見当を付けたのですが……。
「B&Gのミュジニー、67年物」
「○△■×▲……!」

 全くもって恐れ入りました。ブルゴーニュは早飲みという先入観は捨てなくてはなるまい。三十年以上も寝かされているにもかかわらず、色調には充分輝きがあり、独特の芳香はグラスに一口分しか残っていなくてもあたりに立ちこめるほど強く、口に含んだまろやかさは適度にタンニンが抑えられていてシャバシャバでもなく苦々しくもない。これははっきり言って、そんじょそこらのボルドーの一級品よりもよっぽど「強い」ぞ。もちろん、ボルドーにしたってこっちの経験は大したことはないから、あまり偉そうなことは言えません。何はともあれ、知らないと言うことは恐ろしいですね。
 フランスではブルゴーニュこそワインの王、ボルドーは女王とされていますが、なんとなく納得。もちろんそこには、歴史的な背景もあるのでしょう。ジャンヌ・ダルクの活躍したころにはブルゴーニュ公国としてフランスの中心部に位置し、長らく王室御用達だったブルゴーニュに比べ、ボルドーのメドックが脚光を浴びたのは1855年の万博で格付けが行われて以降のこと。長らくイギリスで過ごしたナポレオン三世が、イギリス人びいきのボルドーに花を持たせたかったからとも言われています。ここら辺の事情は複雑で、門外漢の我々には分からないことも多いですね。
 ちなみにソムリエのHさんの所で扱っている中で一番古いワインは、1868年のシャトー・グリュオー・ラローズだとか。「まだ飲めるんですか?」「もちろんですよ!」「飲んだことがあるんですか?」「もちろんです。まだまだいけますよ」
 いやはや、凄い世界だなあ。とにかくGさんによれば、若いワインを何万円も出して飲むのは理解できないとのこと。香りが複雑になって動物的な香りが出てくるのは三十年位は待って当たり前、88年とか89年とかの物がいくら良いビンテージだからといって、今飲むのはとてももったいないと思うそうだ。いやあ、申し訳ありません。それくらいの奴を結構ぱかぱか喜んで飲んできちゃいました。そんな年代物まず手に入らないしね。



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