8月


【映画】クリストファー・ノーラン「ダークナイト・ライジング」
 
丁度この映画がアメリカで公開されたその初日に、コロラド州の映画館で銃の乱射事件が発生、「ジョーカー」を名乗る若い男に12人が撃ち殺された。来日イベントは中止され、ノーラン監督はメッセージを各方面に流し、作曲者ハンス・ジマーは追悼音楽を作ったという。「ダークナイト」はその登場人物たちの生々しい存在感が印象的だったが、まさに狂的な破壊者としての「ジョーカー」に扮した故ヒース・レジャーのリアリティある演技は、日本とは異なる銃社会であるアメリカではある意味「すぐそこにいる存在」だったのだと言えるだろう。
 日本の感覚だと、こんなに銃による無差別殺人が起きるくらいならしっかり銃を規制すれば良いのに、という話になるのだが、アメリカでは逆にこういう事件が起きると銃がとても売れるのだそうな。事が起きたら警察はどうせ間に合わないから、やはり自分で武装しておかないと、と思うらしい。まさにMADとしか言い様のないジョーカーは、アメリカ映画の中でもいまや筆頭の悪役だろうが、日本では「キ○ガイ」という言葉すら規制されているので(「ウルトラセブン」のDVDだったかしら、「まるで○○○○病院だ!」の○○○○の台詞がそっくり削られていたと思う)、MADな悪役は日本ではメジャーになりようもない。
 さて、そのシリーズ3作目にして最終作の「ライジング(原題は"THE DARK KNIGHT RISES" 最終話にして「闇の騎士、立ち上がる」というわけ)」だが、前作「ダークナイト」の冒頭にひけを取らないアクションから始まる。犯罪者べインを輸送する飛行機は、虜にしたはずのベインに乗っ取られ空中で半壊する。部下たちはベインの死の命令に笑顔で答え落下する飛行機と運命を共にする。科学者の誘拐が目的だったことだけが分かるが、余計な説明は一切なしにストーリーは進んでいく。
 前作「ダークナイト」の結末で隠されることとなった事の真相は、ゴードン本部長から書類を奪った他ならぬベインによって公にさらされることになる。敗れたブルース・ウェインは牢獄へ落とされ、1作目「ビギンズ」の「影の同盟」を継ぐ者達がゴッサムを蹂躙する様をテレビの映像を通じて目撃することになる。あまり関連のなかった1作目と2作目の物語が3作目でしっかりと繋がり、三部作としてある意味うまくまとめられていた。ノーラン監督の前作「インセプション」に登場する俳優がそのまま大勢出ているのはご愛敬かも知れないが。
 バットマン・シリーズは、ティム・バートン版もクリストファー・ノーラン版も、アメリカでは超ヒットだが日本ではあまり人気がない。前作「ダークナイト」はまさにヒット作だろうとその時思ったけれど、実際のところ日本での興行成績は1作目「ビギンズ」とあまり変わらず16億円程度。無理もないかも知れない。バットマン・シリーズは、ある意味ヒーロー勧善懲悪物というよりは、コスチュームを着たおじさんと精神異常者のハデな乱痴気騒ぎ。日本のウルトラマンシリーズは、超越的な存在が無償で人間を守るという話で、どちらかというと大乗仏教の他力本願の世界に近い。念仏をとなえれば、みんなの願いが天に届けば…という徹底した依存症的な世界観は、契約社会と自己責任のアメリカ社会ではおそらくピンと来ないに違いない。特に数あるアメコミ・ヒーローの中でも、バットマン・シリーズは普通の人間が自ら武装するという、度を超えた自警団的なもの。自分の身は自分で守る、という精神がそのまま肥大化したようなものなので、おそらくは日本のヒーローの概念から最も遠いと言える。
 そうでなくても、今回の「ダークナイト・ライジング」でも、主人公はしょっぱなから体を壊して杖をついているし、女には最後まで騙されっぱなし、新たなる敵であるべインには、ついに最後まで一対一で勝つことはできないし、例によって悪役側が妙に躊躇してくれるおかげでトドメを刺されずに済んでいるし…その意味では超人とはほど遠いのだが、さらに問題なのは、今回の敵はウェイン財閥の開発した「クリーン」エネルギー装置を奪って移動爆弾へ改造し、密かに用意していた兵器群を盗んでテロに活用するのである。善が悪を、正義が反逆を、結果として支援してしまうという、ある意味現実にありそうなねじれ構造が物語の骨組みとなっているのだ。核開発や格差社会を糾弾するような台詞もちらほら見受けられ、ダークなテイストながらも予定調和的なティム・バートン版とは異なる、苦い味のするエンターテイメントとなっていると思う。


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