10月


【DVD】ディズニー「白雪姫」

 1937年誕生の世界初の長編アニメーションです。ディズニー長編映画の第一作であり、今回映像を修復してDVDで発売されたのでした。ちなみに世界第二作目の長編アニメーションは「ポパイ」「ベティ・ブープ」を制作していたフライシャー兄弟の「ガリバー旅行記」。こちらの方はひと足お先に「淀川長治世界名画クラシック100選」でDVD化されているのを持っていたので、やはり第一作は観ておかねばならないだろうと購入したわけです。
 映像特典として貴重なメイキング映像やコンテ、スケッチなどが観れるのが何よりもこのDVDの目玉 ですね。それによると初期の「白雪姫」のスケッチは、まるで「ベティ・ブープ」のように下ぶくれでどんぐりまなこ。今でこそあの白雪姫のデザインは、いかにもディズニー調の小人達と比べると没個性的で浮いているように感じるけれど、当時としてはあれだけリアルなキャラクターがしなやかに動くというのは画期的だったんですね。ねもちろんベティ・ブープ風の白雪姫というのもちょっと観てみたい気もしますけど。
 実際、「白雪姫」に先立ち三年前に制作された「春の女神」という短編カラーアニメ作品があって、同時収録されているのですが、踊る女神とそれに群がる小人達のシーンは実に平面 的で酔っぱらっているような動き。解説者は「この3年間で20年分の違いがある」と言っていたけど、確かにその通 り。描く場面のイメージコンテをボードにならべ、人間の動きはまず実写を撮ってからトレースしたという徹底ぶり、そして場面 場面のギャグやユニークな動きのアイデアを思い付いたものには1ドル(現在の100ドル位 の価値はあったそうな)渡したとエピソードなどから、この「白雪姫」の制作によってアニメーション技術が飛躍的に進歩したことが納得できます。
 ミッキーマウス、ドナルドダックなどのキャラクターを定着させることに成功したディズニーが、単なる脇役に過ぎない小人達に名前を付け、それぞれに性格設定を細かく行い、より心に残る映像作りに腐心したことは当然の成り行きとはいえ、ある意味画期的なことだったと思います。一切言葉が喋れないがゆえに体全体で感情を表現するドーピー(おとぼけ君)や、他の6人と距離を置き、いつも皮肉なしかめっつらをしているグランピー(おこりんぼ君)がいなかったとしたら、えらく薄っぺらい作品になって、80分ももたなかったんじゃないかしら。実際、この作品の制作発表が行われた時は、当時映画の前座でしかなかったアニメーションを90分も我慢して観ていられるはずがない、目がおかしくなってしまうと攻撃されたそうです。
 あらためて作品を観て、この一人覚めた視点を持つグランピーというキャラクターが実によくできていることに気付かされます。彼は白雪姫が小人達の小屋にいるのを見つめて真っ先に警鐘を鳴らす。ここに彼女がいることは既に魔女に知られている筈で、すぐに相手はやってくるだろうと。白雪姫も他の小人達も分かりっこないよと相手にせずにただ浮かれているだけなのですが、彼だけは一人離れて部屋の隅から他の物達を眺めているわけで、七人くらい人が集まればいるよなこういう奴、と思わずにやにやしてしまうのでした。自分を警戒するグランピーを気にして、彼の名を描いたパイを焼く白雪姫、そして魔女がやってきたことを知って、事態を飲み込めないでいる他の小人達の先陣を切って突進していくグランピー。毒に倒れた白雪姫の周りを無言のまま小人達が取り囲むシーンで、観客の間からすすり泣きが聞こえたというエピソードも思わず納得してしまいます。白雪姫の死という悲劇だけでなく、小人達が悲しみにくれる姿に同情を禁じえなくなるのです。初期のディズニー作品にはよくこういうユニークな存在感のあるキャラクターが出てきます。どこか孤独な、それでしてハートの熱い、他のキャラクターからは距離を置いていても、観客の心にはしっかり残るような……。「ピノキオ」のバッタ君も、ピノキオと行動を共にして活躍していながら、彼が人間に生まれ変わった時にはひっそりと何も言わずに退場していく……その姿が印象的でしたし。

 実際のグリムの「白雪姫」は、桐生操「本当は恐ろしいグリム童話」にも記されているようにもっと残酷な復讐劇です。この本が出版される以前から大学の西洋史等で「赤ずきん」「ヘンゼルとグレーテル」も、その背景には当時のヨーロッパの過酷な生活が反映されていることを教わってた私としては、その原典にも非常に興味がありました。より原典に忠実だという触れ込みの映画も、シガニー・ウィーバー主演で制作されていましたが、見に行こうと思ってはいたもののあまり評判にならないうちに公開が終わってしまいましたけど……。原典版では、白雪姫の殺害を画策するのは実の母親で、最後に王子と結ばれた白雪姫は披露宴にやって来た実母を捕らえて真っ赤に焼かれた鉄の靴を履かせて躍らせたといいます。当時の魔女裁判などを背景にした物語は、そのまま解釈すれば姫の父親は近親相姦者、王子は死体愛好家ということになるわけで、一時も他人に気を許すことが出来なかったヨーロッパの宮廷社会や、異形の者達の住む森と都市との隔絶、といった時代の特徴が分かる構造になっています。これはこれで面 白いし、一時期ブームになったのも分かるのだけど、一方であえてピノキオのとがった鼻を丸くしたディズニーや、子供が座り込む場所に車道を描かなかったスヌーピーの作者シュルツのこまやかな心遣いにあこがれます。「ディズニーはヨーロッパ文化を破壊する」と言ったのはチェコのシュヴァンクマイエルで、実際グリムの童話やコクトーの文学、ベートーベンの田園のようなクラシックまで一様にカリカチュア化してしまうその影響力に警戒する人達がいるのは当然のことなのですが、原典は原典で大事にするのは当然のことで、世界中の人達がディズニーランドに嬉々として出出掛けるその背景に、厳しい中世・近世のヨーロッパでは存在できなかった新しい形でのぬ くもりのあるキャラクターファンタジーとでもいうべきものが、多くの人々に望まれて存在していることは否定できないような気がします。


【小説】ロバート・J・ソウヤー「フレームシフト」

 主人公の遺伝子学者ピエールは、遺伝病であるハンチントン病に冒され死を待つ身であるにも関わらず、ネオナチの暴漢に殺されそうになる。そのピエールの心を支えているのは、心理学者のモリー。彼女は自分の近くにいる人間の心を読むことができるテレパシストだった。彼女がピエールに魅かれたのは、彼の思考が彼女には理解できないフランス語で形成されていたからだった。遺伝病であるがゆえに自らの遺伝子を子孫に残せない彼のために、彼女は他人の精子を使って人工授精を試みる。しかし生まれた女の子アマンダは生まれつき口を利くことが出来なかった。その受精卵の遺伝子は研究所に保管されていたネアンデルタール人の遺伝コードと入れ替えられていたのだ……。
 ナチスの遺伝管理思想を扱いながら、本書はそれに対抗する物を呈示しようと試みています。人の運命は遺伝コードの呪縛から逃れることができるのか……それに対する作者の答えは「イエス」なのですが、必ずしも強引なハッピーエンドに持っていったりはしないところがむしろ好感が持てました。
 先に読んだ「さよならダイノサウルス」では、時間移動に対してかなりアクロバットな発想を展開していて、そこが非常に新鮮に感じたものですが、人間ドラマの方は控えめでドライに仕上げられていて、その分やや感情移入しにくい部分も多かったように思います。その点こちらの「フレームシフト」は、人物の造形や設定そのものがテーマと密接に関連していて、それほど激しいアクションシーンがある訳でもないのに、実にハラハラさせられます。後半、筋肉の自由が利かなくなったピエールが、一人陰謀の首謀者と対峙するところなどは、ある意味かなり「あざとい」部分がなきにしもあらずですが、ハンディを背負った人物の描き方がうまいので不自然には感じられないのでした。
 物語の最後に、アマンダが手話で語る言葉。「私は夢見ています。いつの日が、この国が立ち上がり、"全ての人間が平等に作られているのは自明の理である"という心情を、真の意味で実現させてくれることを」 ……今の段階での遺伝子学は人間の平等を必ずしも認めてはいないし、現実の世界はまだ民族や宗教を超えて手を結ぶには至っていないのですが、SFの世界ならばそのビジョンを形にすることができます。未来を描くことはSFのスタイルの一つであり、未来を夢見ることなしでは、我々は悲観的な現実の前に押しつぶされるしかないからです。


【映画】滝田洋二郎「陰陽師」

 野村萬斎安倍晴明を演じたオカルト時代劇。安倍晴明(921-1005)は実在の人物ですが、その生涯は殆ど知られておらず、50歳を過ぎた後の記録しか残ってはいないそうです。それだけに想像力を働かせる余地も多く、ずっと後の江戸時代になってから白狐を母として生まれた呪術を駆使する超人として描かれるようになった訳です。
 映画もそういう意味では、正史をなぞるというより、人物を自在に動かして平安を舞台にアクション・ファンタジーを展開した、といった趣。それでも主役の野村さんは随分頑張っています。顔立ちも整っていることは間違いないのだけど、今風の若者ではなくどこか平安の貴族が似合っているし。「花の乱」細川勝元役は印象に残っていて、冷徹な政治家ながら義政に振り回されることに苦悩するという複雑な人物を実に存在感豊かに演じていました。(応仁の乱という興味深い題材を扱っていたのに、主役の日野富子役の三田佳子がちょっと芝居がかりすぎていたのと、ルー大柴とかあんまりの演技だったのがちょっと勿体ない作品でしたが。)
 色々注文したいところは多いです。殆どセリフで状況説明しているのもちょっと興ざめ。特撮の方も、呪いをかけられた赤ん坊なんかぴくりともしないので人形にしか見えないし、怨霊にとりつかれる兵士もお面 をかぶっているようにしか見えない。これは演出効果の問題で、照明やカット割り、構図でかなり雰囲気も変わるレベルのはず。そもそも平安時代に陰陽道が政治を支配していた背景には、照明もなく殆ど闇に閉ざされてしまう夜への恐怖、慢性的な飢えや病への恐怖があったからで、そこら辺を描かないと何故怨霊が人を襲うのか、なぜ平安の都を治める天皇制を転覆しなければならないかがはっきりしなくなります。
 映画では陰陽頭の道尊が、桓武天皇に陥れられ憤死した早良親王の霊を呼び出し、都を破壊しようとします。なんか「帝都物語」を彷彿とさせる展開ですが、道尊が何を目的で、何に対して怒りを覚えているのかがどうもぴんと来ないので、ムキになっている姿がどこか最後は滑稽に映ってしまうのですね。
 道尊はおそらく晴明のライバルであった芦屋道満がモデルなのでしょう。こちらは実在の人物ではなく、民間の陰陽師のイメージから作られた「道者」の代表名と考えられるそうで、別 の文献では道摩法師とも呼ばれます(藤巻一保「安倍晴明」より)。いわゆる星印マーク、五芒星ドーマンセーマンと呼ばれますが、これは道摩法師と晴明の名から来ているそうです。若干二十歳、その姿は12,3才の童子だった晴明は、三十才の道満と呪術を競いこれを打ち負かす。道満は負けを認め弟子となるが、その裏で晴明殺害を画策し……という風に話が続いていきます。文献によって道満は殺されたり、あるいは晴明の協力者となったりしているようです。
 ちなみに夢枕漠の原作は岡野玲子が漫画化していて、2巻までは手元にあるのですが、原作者絶賛なんだけどなんか読みにくいのですね。というわけで私の中ではまだまだ「安倍晴明」の存在はピンと来ないままなのでした。


【小説】芦部拓「真説ルパン対ホームズ」

 コナン・ドイルが創出したイギリスの探偵シャーロック・ホームズと、モーリス・ルブランが創出したフランスの怪盗アルセーヌ・ルパン。ホームズ物は小学校の時創元推理文庫で殆ど読んでいたのだけど、ルパン物は長編が多かったせいもあって意外と読んでいないのでした。「ルパン対ホームズ」と、ホームズの登場する長編「奇巌城」は児童向けの本で読んだことがあったはずなんだけど、結構印象が薄いですね。今にして思うと、いわゆるホームズの性格と振る舞いは本家に近いように変えられていましたね。文庫で読んだ限りでは、ホームズはかなり損な役回りで、「奇巌城」ではヒロインを殺してしまうという殆ど悪役に近い扱い。ホームズ愛読家には読むに耐えられない内容なのでした。
 実際、先に名声を獲得していたホームズを登場させることによって、新しい主人公ルパンの存在を際立たせようとしたというのがルブランの本音でしょう。「ルパン対ホームズ」はルパン物の中でも最も初期に記され、雑誌掲載時こそ「シャーロック・ホームズ」の名を使ったものの、単行本収録の際にははやくも「エルロック・ショルメス」と名前を変えられています。
 ルブランの手による作品はあまりにルパンを引き立て過ぎなので、もっと本格的な「怪盗対名探偵」を読みたかったなあ、と思う人も多いはず。芦部拓氏の連作短編集「真説ルパン対ホームズ」は、そういう点でかなり元々の探偵のイメージを崩さないように気を使っています。1900年の万博を舞台に、売り出し中のルパンと既に名声を得ているホームズがパリで邂逅する表題作他、ファイロ・ヴァンスエラリー・クイーンの登場する「大君殺人事件」チャーリー・チャンサム・スペード金田一耕助の登場する「ホテル・ミカドの殺人」ポーの代表作に全く別 の解決をもたらした「新・モルグ街の殺人」等々、黄金期の探偵達のオン・パレード。名前を聞くだけでなんとなくうれしくなってしまうラインナップです。
 ただ数十枚の短編の中で、主役級の探偵が二、三人以上登場するとなると、プロットを練り込むには少々短いような気がします。従って知恵と知恵の勝負、というよりは、最後に一人が真相に気が付いて、他の者達も「うむうむ、そうじゃのう」とうなずくパターンに陥りがち。どうせなら丸々一冊使ってルパンとホームズの追跡行をやってほしかったなあ。また表題作や「ホテル・ミカドの殺人」などは少々「日本人批判」が前に出過ぎた分やや小粒にまとまりすぎているような気もするし。でも「大君殺人事件」や「ホテル・ミカドの殺人」などはかなり納得のいくミステリーに仕上っていて、好感が持てます。「モルグ街の殺人」も、原作の解決法は少々今読むと納得いかない、というか「違うだろう!」と思う点が多いので、芦部氏の「新・モルグ街」の解決法の方が正しいと思う程です。ドイルのホームズ物の代表作「まだらの紐」にしろ、この「モルグ街」にしろ、19世紀でこそ許されるオチでしょうから。



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