4月


【漫画】花輪和一「刑務所の中」

 異色な作風で知られる漫画家花輪和一氏が、銃刀法違反で逮捕されて懲役三年の実刑判決を受け、三年間の刑務所生活を送った経験をそのまま漫画にした作品です。刊行は2000年なので、新作という訳ではないのですが、前からちょっと気にはなっていました。
 花輪和一といえば、すこしアングラの、どちらかというと血みどろ路線の危ない漫画家の一人という感じで、同じようにどろどろした描線の持ち主である丸尾末広氏と並んで、大学生の頃結構読んでいた作家です。特に1988年刊行の「英名二十八衆句」は、同名の明治の無残絵集(月岡芳年・落合芳幾の競作)にならって昭和の無残絵集を花輪和一・丸尾末広の競作で編纂したもので、正直言ってかなりレベルの高い画集になっています。同じようなスタイルを持ちながら、美人絵に移った芳幾と狂死した芳年が若干テイストが違うように、花輪氏と丸尾氏も違ったスタイルを持っています。どちらかというと泥臭く日本の中世絵巻を思わせる花輪氏よりも、シャープな描線で黒く飛び散る血飛沫を丁寧に描いていた丸尾氏の方がより病的で好きでしたけれど。ちなみにこの二人、あの「ちびまる子ちゃん」で花輪クン、丸尾クンとしてちゃっかり登場しています。さくらももこもサザエさん的世界を描いているように見えてその実かなりマニアックな人だと思いますね。
 さて、花輪氏はモデルガン集めが高じて改造銃を試射しているところを見つかって実刑判決を受けたわけで、それだけで三年投獄というのも意外ときついなあとは思うのですが、その体験を淡々と絵にしているところが逆に面 白かったりして。写真撮影どころかスケッチだって許されないはずなのに、完全に記憶だけで屋根から床までこまかくびっしりと絵にしているのはさすがというべきか。平穏無事な三食付きの刑務所生活はそれほど過酷なものではなかったようで、唯一辛かったのが煙草が吸えないことだったとか。酒も煙草もやらない人なら基本的に苦痛はないってことかしら。本人も思わずこう感想を洩らしています。「しかしまあ毎日毎日忘れもせずメシをくれるもんだよなあ。罪人なんだから、カビの生えたような食パンの耳ひとつまみと、クズ野菜のスープでも三日に一度与えれば充分だと思うけどな。悪事働いたのにこんないい生活してていいのかな。これじゃ被害者はあわれにも泣き寝入りだ。悲しみと憎しみは地球にたまる一方だな……」
 日本の死刑制度の問題点は、何より死刑とそれ以外の刑との間にあまりに差があることだと、何かで読んだ気がするけれど、確かに日本の刑罰はその意味ではあまり厳しくないような気がしないでもない。無期懲役といっても、実際には仮出獄が認められているので、現実には無期懲役囚の平均出獄年数は約17年だとか。
 よく「働かないと食べていけない」などと言うけれど、単に食べていくだけなら、軽犯罪を繰り返して刑務所に入り続けていけば何の問題もない。これでは犯罪抑止どころか逆効果 のような気もする。後は残された家族がどんな気分だとか、出獄後の世間体が悪いとか、そういった事が抑止力として働くのを期待するしかないが、家族がいなければあまり問題にもならないし、人殺しならともかく銃刀法違反程度なら、問題起こした○○企業の従業員です、と言う方が(下手すると本人が何も悪いことをしていなくても)世間体が悪かったりしかねない。そういう時代になりつつあるわけで、こりゃこれから犯罪は増える一方、正直者はバカを見る一方じゃないかしら、と思わないこともないのでした。


【小説】トールキン「指輪物語」

 映画「ロード・オブ・ザ・リング」を観たのをきっかけに、第二部「二つの塔」までで止まっていたトールキンの原作、文庫本全九巻を最後まで読むことにしました。
 正直言って、第一部に取り掛かったのは三、四年前だったと思うけれど、はなかなか話が進まないので結構しんどかったのでした。その頃入院したり通 院したりの毎日だったので、それなりに長い小説も読めるだろうと思って選んだのが「指輪物語」とプルーストの「失われた時を求めて」だったんですが、どちらもしばらくの間本棚に飾っとく状態でした。ちなみに「失われた時を求めて」は第一巻で挫折。印象派小説とでも言うのでしょうか、分厚い文庫本一冊読んでも何がなんだか分からなかった。他に挫折した長編は、トーマス・マンの「魔の山」とか、あと「帝都物語」とか……。
 挫折して一端放って置いてから、再び挑戦して読み通して満足、という物もあります。ドストエフスキーの「カラマーゾフ兄弟」も、最初は事件らしい事件が起きないものだから、何の話か分からず文庫本全五巻のうち一巻目で放棄。再び単行本で一気に読んだらめちゃめちゃはまってしまいました。ドストエフスキーはそういうわけで後期長編は中学の時に全部制覇したんだけど、逆にさっぱり入り込めなかったのがトルストイ。同時代のロシアの文豪ということで、「戦争と平和」「復活」と挑戦して読み通 したんだけど、どこがいいのか今だによく分からない……。

 さて、「指輪物語」ですが、紆余曲折ちんたらモードの印象のあった第一部ですら、映像化したら「おお、こんな凄い話だったか」と思わず盛り上がったわけで、そういう意味では期待大なのが第三部「王の帰還」。原作本ではやはりここが一番の見せ場。ついに指輪を捨てる火山の場面 に至るその展開はさすがに考え抜かれており、なぜ優秀な魔術師であるガンダルフや勇猛なアラルゴンではなく、小人族のフロドでなければならなかったのかがまさに納得できる結末となっています(これはまあどちらかというと作者のトリック、という気もしないでもないのですけれど……)。いずれにしても、孤立し錯乱するフロド、土壇場でふんばるサム、暗躍するサルマン、妖精・人間・魔物入り乱れての総力戦と、まさに見せ場続きの第三部、映画が観れるのは来年かしら。待ち遠しいなあ、やっぱり。


【映画】ピート・ドクター「モンスターズ・インク」

 アカデミー賞では、確か「シュレック」が長編アニメ部門を、「モンスターズ・インク」が主題歌賞を取ったと思うのだけど、純粋に作品として観るなら私はキャラクターの造形と新しさという点でこちらの「モンスターズ・インク」の方に軍配を上げたいですね。とにかく画面 に出てくるのが殆ど異世界のモンスターばかり。足がなかったり目が多かったりゼリー状だったりと、殆ど何でもありのキャラクターはまさに絵心のある人の腕の見せ所。どちらかというとセサミストリートのキャラたちの様に、シンプルであるが故のリアリティを持っています。キャラクターの造形は極めて単純化されていて、メインキャラのマイクは目玉 だけだし(口がある分鬼太郎の目玉おやじよりは表情が豊かだけど……)、人間の女の子ブーもパンフの静止画で見た限りではそれほど可愛らしくはないのだけれど、ひとたび動き出すとその存在感は圧倒的。ブーも「確かに二、三才の子供ってこんな動き方をする!」と納得してしまうほど。少なくともハリウッドでは絵によるセルアニメよりも3Dアニメの方が出来が良くないかな。結果 として優秀な作家がそちらの方に集まっているということかも知れないけれど。
 モンスター達はいわゆるどこでもドアのような装置を使って、子供達の寝室へと忍び込み、その悲鳴をエネルギー源にしている訳だけど、単に「どこでもドア」なら「ドラえもん」に慣れ親しんだ我々にはそんなに珍しくない。でも映画ではこのドアがレールによって運ばれて、メトロポリスの様な高層建築の間をものすごいスピードで移動しています。その中をカーチェイスよろしく主人公達が追いかけっこするわけで、しかもそのドアは別 な世界へと繋がっているから、空中を落ちていくドアから別のドアに移ったり、捕まえたと思ったら逆にドアを通 り抜けて逃げられたりとスピーディな展開が繰り広げられます。そこら辺がやっぱり向こうの映画の強みかしら。アイデア自体は決して新しくないけれど、演出効果 は新しい。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を初めて観た時も、アイデア自体は「ドラえもん」にあるものなのに、独特のスピード感に酔いしれた記憶がありますね。

  例によってエンディングにはNG集が。フルCDアニメにNGなどある訳ないのにわざわざ作ってしまうところがウマいのですが、今回は映画の内容をさらにモンスター達が舞台で演じて見せるという凝った内容が織り込まれていて、さらに凝り方がエスカレートしていました。


【DVD】ドラマ「TRICK」

 実は2000年夏に本放送があった時には、金曜の夜ということもあって殆ど見ていなかった「TRICK」、しかも評判の悪い最終回だけ観て「何じゃこりゃ?」と思っていたのでした。しかし年初から始まった「TRICK2」が意外と面 白く、特に佐野史郎が意味なく「ゾーン」という言葉を1オクターヴ高く発音する(しかも他の者達もそれを真似する)あたりでツボにはまり、これは推理物というよりコメディだなと了解したのでした。そう考えると殺人事件とその解決というあらすじの中に、意味なく体の毛が伸びるという現象が起きても、「これでいいのだ」と納得してしまったりして。
 こりゃやっぱり第一シリーズを観ないと……と思っても近くのレンタルビデオの店に置いていないし……ということでDVD全五巻を購入してしまう。テレビドラマなんて再放送録画すりゃいいじゃんと思っていた私が何で……と思いつつ。
 全五巻五つのストーリーを通して観て、やはりこりゃ評判が良かったのもうなずけるなと思ったのでした。第二シリーズはなんだかんだいってもキャラクターコメディ主体という感じで、シリアスなドラマとしての側面 はある程度セーブされていますが、第一シリーズには結構毒のあるオチがあって強く印象に残りましたね。佐伯日菜子演じる霊能力者のエピソードも、橋本さとし演じる千里眼の男のエピソードも、ありがちなトリックで話を進めておいて、最後にびくりとするような結末を用意していて好感が持てました。「トリックを新しく見せるというよりは、その崩し方にセンスがある 」という意見に賛成です。
 何かしらコンプレックスを持った妙なクセのあるキャラクター、不安感をあおる画面 構成、コメディタッチの会話とどこか残酷なストーリー、不条理なタイトルバックなどなと、見どころは沢山。緊迫感をあおるべき所で登場人物がいびきをかいていたり、人物の会話の合間にテレビで「徹子の部屋」ならぬ 「哲この部屋」をやっていたりと、肝心の推理劇がおざなりだったりする(第一話で死んだ男はどうやって殺されたの〜?)割には妙に細かい所に神経が行き届いていたりするところが逆にいい味出しています。主人公の仲間由紀恵もその相手役の阿部寛も、それまではどっちかというと地味なタイプだと思っていたのに、ここまで面 白い役ができるとは……。
 DVDには「やむなく落としたカット集」があって、より楽しめる仕組みになっています。編集上内容に合わないからというよりは、単純に時間的な制約で切ってしまったカットが多く、そういう意味では削る必要のなかったお宝映像満載。それだけでも買って良かったかなと思ったりして。
 6月の「TRICK2」のDVD発売、そして秋の映画も楽しみ。もっとも「踊る捜査線」にしても「ケイゾク」にしても、過去の経験からあんまし映画版は期待しすぎない方がいいかな……?



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