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【映画】ジャン・ポール・サロメ「ルパン」

 アルセーヌ・ルパン……ルパンと言えば、ルパン3世。ルパン3世と言えば、映画「カリオストロの城」。宮崎駿の一番元気の良かった頃の傑作で、そのストレートな勧善懲悪活劇ストーリーの中に細やかな演出が盛り込まれている……。その主要登場人物であるカリオストロ伯爵クラリスが、ルブランの原作「カリオストロ伯爵夫人」に由来することは、公開当時から知ってはいたものの、そして手元に文庫本も持っていたものの、何となく手を出さないまま今日まで来てしまいました。
 子供の頃児童書で親しんでいたシャーロック・ホームズとアルセーヌ・ルパンでしたが、ホームズ物は小学校の頃からコナン・ドイルの原作に親しんでいたものの、ルパン物については今一つ魅力を感じず、その原作もあまり読んでいないのでした。当時は「ルパン三世」がひっきりなしにテレビで再放送されていたにも関わらず。やはりルブランの原作では、「ルパン対ホームズ」「奇巌城」等で、シャーロック・ホームズを三流の探偵として扱っていたのが気に入らなかったのかも。特に「奇巌城」のラストではホームズは単なる脇役どころか悲惨な失敗をしでかしてしまうので、児童書の方ではさりげなくそのくだりは書き替えられていたほどだから、原作は余計に面 白くなかったわけ。殺しだけはしないアルセーヌ・ルパンに対し、邪魔な相手に対しては殺人も厭わないモンキー・パンチの「ルパン3世」の方がそれでもまだ好きでした。芦辺拓氏「真説・ルパン対ホームズ」を書きたくなったのも分かる気がします。
 さて、未だに人気の衰えないコナン・ドイルのホームズ物に比べて、本国でも既にその著作は忘れられているとまで文庫本に書かれていたルブランのホームズ物。その「ルパン」がフランスで映画化、しかもその下敷きは「カリオストロ伯爵夫人」……となれば、出来はともかく見なければなるまい、と思い、思ってはみたものの何かと忙しく延び延びにしていたら、公開終了日を迎えてしまったので、急いで観に行ったのでした。たまたまカイシャが早く終わったということもあるのですが。
 宮崎駿「カリオストロの城」では、カリオストロ公国はゴート札という偽札を使って世界経済を操る独立国家。王家に使えていた伯爵はお姫さまことクラリスと結婚し、指輪に隠された財宝を手に入れようとする。それを阻止しようと活躍するのが、若いころクラリスに助けられたことのあるルパン3世。
 あくまで「プラトニック」だったクラリスとルパン3世ですが、映画「ルパン」ではかなり生々しい関係。子供の頃にマリー・アントワネットの首飾りを盗み出すほど根っからの泥棒だったアルセーヌ・ルパンは、従妹で幼なじみだったクラリスと再会するが、クラリスの父親スビーズ公爵がその仲間達と共に殺そうとしていたジョセフィーヌことカリオストロ伯爵夫人を助けたことから、三つの十字架にまつわる財宝探しに身を投じることになる。ルパンは「ラウル・ダンドレジー」を名乗って、当初は愛を誓った悪の華ジョセフィーヌを追いつめることになるが、さらに「誰がルパンの父親を殺したか?」という謎と、ルパンの子を身ごもってしまったクラリスの危機とが加わり、物語はさらに混乱へと向かう……。「813」や「奇巌城」などがさりげなく引用されるところを見ると、なんだかんだいっても本国フランスではルブランのルパン物も結構読まれているのかも。
 ちなみに映画を観た後に原作も読んでみました。原作の「カリオストロ伯爵夫人」との違いですが、出だしと人物配置、メイントリックはそれなりに共通 してはいるものの、原作ではルパンの父親の死はあくまで昔話に終わり、アントワネットの首飾り事件や奇巌城事件は直接関係しません。それでも印象はさほど変わらないかも。「天才的な希代の大泥棒」を自認するわりには、その盗みの手口はそれほど賢いものでもなく、ジョセフィーヌに誘惑されるとあっさりとクラリスをほっぽらかし、肝心なところでジョセフィーヌに出し抜かれてしまうルパンの姿は、「ルパン3世」で大人数相手に見事に大ワザを決めてくれるルパンを知っている我が身としてはやはり物足りないです。ジョセフィーヌ役のクリスティン・スコット・トーマスは40才を超えているので、クラリス役のエヴァ・グリーンを捨ててまで主人公が溺れるかしら、と思ってしまったのですがどうだろう。
 もっとも、「殺さない」ことを絶対の身上としていたが故に相手にとどめを刺すことができず、結局はそのために全てを失ってしまうアルセーヌ・ルパンは、全てを解決して爽やかに舞台を去っていくルパン3世とは違う影を引きずっているのも確か。映画では爆破テロのシーンが数ヶ所あり、またかよ、流行っているなあと思わせるものの、アメリカの反テロアクション映画とは違うアプローチがあって、そこら辺はやっぱりヨーロッパ映画だなあと思ってしまいました。


【映画】ロバート・ロドリゲス「シン・シティ」

 この夏公開された「バットマン・ビギンズ」は、フランク・ミラー作「バットマン・イヤーワン」をベースにしていました。スーパーヒーロー達が活躍するいわゆる「アメコミ」こと「DCコミック」の中にあって、フランク・ミラー作品は「グラフィック・ノベル」と称され、人物の心理描写 にこだわる「絵のある文学」として異彩を放っています……。
 とはいうものの、実は「バットマン・ダークナイト・リターンズ」「バットマン・イヤーワン」を読んでも、それほどはインパクトを感じませんでした。アレックス・ロスの「マーヴルズ」「キングダム・カム」 の方がより絵がリアルでカラフルで、セリフも作りも丁寧に思われたので。わりと絵がラフなので、あまりダークさを感じないということもありました。内容的には苦悩し狂気する人間を真っ向から描こうというハードボイルド志向のものだけに、フランク・ミラー作品の絵はやや平面 的過ぎるように感じられたのです。
 墨一色のコントラストにこだわるのは、日本の劇画に影響を受けてのこと。だからというか何というか、脚本参加の「ロボコップ3」にしても、映像化された「バットマン・ビギンズ」にしても、何故か「ニンジャ」が登場します。どう見ても場違いな気がするのだけど……。刀と銃とを同じレベルの武器として描きたいという強い欲求があるみたい。
 さて、「バットマン・ビギンズ」ですが、普通人とフリークとの対立の中に独特の美学を描き出したティム・バートン「バットマン」「バットマン・リターンズ」に対し、「メメント」を監督したクリストファー・ノーランがフランク・ミラーのこだわりを残しつつ、どこか現実離れした物語をハードボイルドなスタイルで描いているところが特徴的でしたが、何よりも気になったのは、同じころ公開されていた「スターウォーズ・シスの復讐」との類似。全てを失い、それでも復讐心を抑えられず、相手が自分を恐怖するよう黒ずくめのマント姿になる……ってそれってダース・ベイダーじゃん! と思ったのでした。もともとバットマンって自分が活躍すればするほど敵が盛り上がるという構造なので、ティム・バートンのシリーズでも「ジョーカー」「キャット・ウーマン」はバットマンがその誕生をおぜん立てしたようなものだし、「バットマン・ビギンズ」もラーズ・アル・グールやデュカードといった敵役と密接な繋がりをもっているので、普通 の意味で正義の味方とは割り切れない存在です。というかそんなに超がつくほどお金持ちなら、マスクを一万個発注とかする前に貧しい人達に寄付でもしたら、と思ってしまいますが……。ともかく実を言うとバットマンの考え方は、秩序を乱す悪には自らの判断で実力で制裁を、というものなので、ある意味どちらかというとダークサイドの物の見方に近いわけです。少なくとも「死は自然の摂理、死はその者の運命。死者は喜んで送り出すこと」というヨーダのジェダイ精神とは真逆に位 置するものです。

 フランク・ミラー原作、モノクロ映像に部分的にカラーが入り、グラフィック・ノベルの手法をそのまま映画に取り入れたという「シン・シティ」。公開前から気にはなっていましたが、金曜深夜の「虎ノ門」で例のごとく筒井監督がめちゃめちゃにけなしていたので、これはきっと面 白いに違いないと思いさっそく朝一で観に行ったのでした。やっぱり観に行ってよかった。
 極悪人の血縁者達が実権を握り、犯罪者達の温床となっているダークな街「シン・シティ」を舞台に、三つのストーリーが「パルプ・フィクション」よろしく一部登場人物達を共有しながら別 々に語られます。いずれも主人公は並外れた体力を持つ一匹狼で、一人の女性の為にヤバイ事件に巻き込まれ、捨て身でバイオレンスの世界に飛び込んでいく。文字通 りハードボイルドな異世界物なのですが、女性はみんなビジュアル系で、それしかないのかというくらい銃と刃物が幅を利かせている、どこか人工的な世界なので、いわゆる悲哀とか哀愁とかの世界とは無縁。首を切られた男が喋ったり、唐突にくの一のようなアジア系の女性が手裏剣を放ったり、全身黄色で異様な匂いを発する怪物が出てきたりと、さりげなくコミカルな部分もあります。無実(というか相当に殺しているとは思うが)の男が処刑されたり自殺したりと、ある意味酷い話なんですが、基本的に悪役も皆制裁されるし、助かるべきヒロインは助かるのであまり暗い印象は受けないかも。もちろん「目には目を」の復讐ストーリーなので、完全にダークサイド寄りの物語だとは思います。ハリウッド映画の勧善懲悪ハッピーエンド物が嫌で、この「シン・シティ」を手掛けたというミラーですが、そういう意味ではエンターテイメントの王道をある意味押さえてはいるわけです。そう、エンターテイメントの一側面 として、人が皆内部に抱え込んでいるダークサイドの部分にいかに訴えかけるかという手法は確かに存在するように思われます。マシンガンをぶっ放してみたいとかそういう衝動って多分誰でも持っているものだと思うしね。
  「サイコドクター」のページにもありましたが、ケビンこと殺人鬼の青年を演じたイライジャ・ウッドが最高です。凄いよイライジャ! 最高だよイライジャ! 「ロード・オブ・ザ・リング」の主役の後だってのに何ていう映画に出ているんだよイライジャ! もう普通 の役はできないよ良かったねイライジャ!
 イライジャ・ウッドの演じたケビンは、普段は農場に住んでいる今流行りの(?)メガネ男。暖かそうなセーターなんか着ちゃったりして。そのメガネは暗闇で常に光っていて、そうでなくてもその表情は殆ど読めない。劇中セリフは一言もなし女性を襲ってその肉を相手の目の前で食べながら、最後には殺してその首を剥製にして飾っているという殺人鬼で、シティを支配するロアーク卿の寵愛を受けているので警察も手出しできない。指に仕込んだカッターナイフを使って自分より倍近い体格の大きな敵をもあっさりと捕らえてしまう運動能力の持ち主でありながら、いつもはおとなしく椅子に座って聖書を読んでいるという、何を考えているのか分からない、というかおそらくあまり何も考えてなさそうな異様な人物。何よりも異様なのは、いざ自分が捕らえられて四肢を切断されはらわたをえぐられても、叫び声一つ上げず微笑を浮かべているというところ。自分にも他人にも殆ど関心を持たず、すぐ近くで格闘が行われていても気にもしない人間。このケビンという役、原作では中年男らしいのですが、映画ではソフトな雰囲気の青年に設定を変更して大正解。どこまでも徹底して異常なのに、今回の「シン・シティ」の登場人物の中では一番リアリティがあり(そりゃ全身黄色の怪人よりはね)、実際に世の中にいそうな存在感があります。いるよ絶対こういう奴。ほらきっと、あなたのすぐ隣にも。


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