【映画】テリー・ギリアム「ローズ・イン・タイドランド」
「ブラザーズ・グリム」の撮影が難航する中、鬼才テリー・ギリアムがその合間に低予算に甘んじて短期間で撮った「ローズ・イン・タイドランド」。大作「フィフス・エレメント」の資金稼ぎのために撮った「レオン」において、よりリュック・ベッソンのピュアなスピリットが凝縮されているように、この「ローズ・イン・タイドランド」も、過去の作品以上にギリアムのエッセンスが詰まっている。
原題はシンプルに「TIDELAND」だが、敢えて「アリス・イン・ワンダーランド(不思議の国のアリス)」を意識した邦題となっている。「TIDE」は「潮,潮汐、流れ」を意味し、「TIDELAND」は「干潟」を意味するそうだ。この物語の主人公は決して「ワンダーランド」の中にいるわけではなく、現実と幻想の境界線にいる。そこがまさにポイントなのだ。
しょっぱなから、10才の少女である主人公のローズが父親のヘロイン注射の手伝いなんかしてたりして、も〜画面
に釘付け、なのだが、機嫌のころころ変わる母親と、夜中に「沼男が来る!」とか妙なことを思いついては叩き起こしに来る父親の間にはさまれながら、父親に「不思議の国のアリス」を読んでやることによってファンタジー能力を高めている少女ローズ。「友達」である首だけの四つの人形に語りかけ、厳しく不条理な現実世界と折り合いを付けながら、しかもそれを楽しんでさえいる。現実の悲惨さから逃避するために幻想に逃げ込んでいるわけでも、夢見ながら現実に流されているわけでもない。少女にとって、現実世界と幻想世界は同格なのだ。危うい両親も、物言わぬ
首だけの人形も、同じように彼女にとっては大切で、そして一方で、決してかけがえのない絶対的なものでもない。
母親が死んでも、父親が死んでも、少女は涙を流したりはしない。薄情なわけでも、死が理解できないからでもない。慌てふためき、おろおろしながら母親の死体に火を付けようとする父親を少女は阻止する。彼女の方がより現実を冷静に受け止めている。彼女はただ、泣いても仕方がないから泣かないだけだ。子供とは本来、そういうものではないのか? 葬式で人が泣くのは、単なるもらい泣きに過ぎない。彼女は人形の首を穴に落としてしまうと、慌てて助けを求め、ウサギが狙われると効くと、慌てて危険を知らせようと巣に向かう。命の価値は平等であることを、何よりも彼女は承知しているのだ。もちろん無生物の命も含めて。
母親の突然の死の後、ユトランドを目指してローズと父親は旅立ち、故郷テキサスへ辿り着く。テキサスの祖母の家は既に廃屋となっており、辿り着いた途端に父親もオーバードーズであの世行き。一人残された少女は、右目を蜂に刺された「幽霊女」デルと、その弟でてんかん手術のため精神年齢が10才のままの「シャークハンター」ディキンズに出会う。死体を埋めたりしてはいけないと考えるデルは父親の剥製を作り、テキサスの草原を海だと思っているディキンズは、線路に現れるサメを捕らえようと危険な賭けを企む。三人は廃屋となった祖母の家を掃除して、家族のように仲良く食事をしたりするのだが、ローズがディキンズの妄想に同調していくと同時に、破局は突然訪れる……。
両親が死んで一人残されて、奇妙な隣人と関わって、どうにも悲惨な状態なのに、ローズはいつもどこか楽しげで、悲惨さを感じさせない。焦点も定まらず手が震えっぱなしのディキンズに接吻し、剥製になった死体に愛しげに寄り添うような、そんな「危うい」場面
でも、何故か違和感を感じさせない。少女の行動はどこか気まぐれでもちゃんと一貫性を持っている。不安定なのは不条理な世界の方だとでも言わんばかりだ。
一体この先どうなるんだと気を揉ませるような展開ながら、物語はちゃんと行き着くところに行き着く。伏線はちゃんと張られている。裏切られようが救われようが、最後まで少女は簡単に嘆きもしないし喜びもしない。不条理な現実世界を描くギリアムの視線は、子供を描いていても常に冷静だった。
ちなみに、映画「アリス」で、ルイス・キャロルの物語の持つ残酷性を見事に映像化したヤン・シュヴァンクマイエルは、その前に人形が互いに食いあう愛らしくもグロテスクな短編「ジャバウォッキー」を撮っているが、テリー・ギリアムもソロ監督デビュー作のタイトルは「ジャバウォッキー」。こちらの方はいかにもモンティ・パイソン風の怪物退治物語らしいのだが、東欧と米国という離れた場所で、ルイス・キャロルの世界をしっかりと継承する映像作家がいるのは注目すべきことだ。少女はしっかりと片足を豊潤な幻想世界へ、もう片方の足を不条理な現実世界へ踏み入れたまま立ち尽くしている。チェコのどこか閉鎖的な劇場空間においても、そして、テキサスの乾いた青空の下に広がる草原の上でも。
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