ワインツアーレポート〜イタリア名醸地を訪ねる(Sicilia, Firenze, Milano)

第四日(1/14.Tue.)「シチリアからトスカーナへ」「サシカイア訪問」

 熱冷ましのロキソニンは効果は確実なのですが、やたら汗をかくのが難点であります。一着しか持ってきていないパジャマがすぐびしょぬ れになってしまうのでした。かといって肌着だけではどうも体が冷たくなっていけないし……。結局この朝もあまり眠れぬ まま五時半頃起きて身支度。プラネタのラベルはお湯に浸けておけば剥がれることを発見。ああっ、もっと早く気がつけば……。時既に遅くうまく剥がれたのは二本分だけでした。
 七時にホテルを出発。朝食はバスの中で軽く済ませることに。取りあえず平熱のままなのでひと安心なのですが、薬で無理やり抑えている感じなので引き続き服用は続けることに。
 九時十五分発ローマ行きの便に乗り込む。結局あまり眠れず。
 十時五分にローマ着。そのままバスでボリゲリ方面へと向かう。途中十二時にローマとエトルリアの遺跡が混在するという「TARQUINIA」へ。一時半には出なくてはならないので、食事だけ済ませる。皆で立ち寄った店で白ワイン「CERVETERI SASSO BIANCO」(とりあえずはDOC)とスパゲッティ(シーフードのトマトソース)を食べました。すこしスパイシーだがそれなりにアルデンテで美味しい。
 さらにバスで途中ガソリンスタンドでトイレ休憩を取りつつ二時間半、午後四時ころかの有名な「サシカイア」のワイナリーへ到着。

Tenuta San GuidoSASSICAIA

 専属ガイドのマリアさんが英語で説明。我々が今年最初の訪問客だとのこと。
 サシカイアの敷地は2,500ha、うち60haがブドウ畑。他は競走馬の飼育や小麦、オリーブの栽培が行われています。1940年に今のオーナーニコラの父マリオ・インチーザ・デッラ・ロケッタ公爵が始めたワイナリー。現在サシアイアのブドウ品種はCS85%, CF15%。生産量1万8千本。そのうち45%がUSAへ。輸出先の第二位はドイツ。CSを始めたのは1944年から。インチーザ家はピエモンテのトリノの出。マリオは1920年にピサ大学で農学を勉強。今もトリノにはその名の村があるそうです。マリオはフェデリコ・テリーゼとまず競走馬の飼育を始めましたが、1930年にグレディス家のマリアと知りあい結婚。ここに住むようになりました。

 トリノでフランスワインに親しんでいたマリオはこの貧しい土地で自家用にボルドー風のワイン作りを始めます。1944年が初ビンテージ。1940年にブトウを最初に植えたときは、今とは異なり丘の上の一番高い所の後ろ側を選んだそうです。海に近い場所は良くないと言われていたからですが、しかし後にはより温暖な場所である低地で作られるようになりました。
 20年間家族・友人用にのみ作られていたワインですが、1968年市場に出され、海外で評価を受けるようになります。マリオの妻の姉妹がアンティノリ家のニコラと結婚したので、販売の際にはニコラの息子に支援してもらったとのこと。ちなみに、ニコラの従兄弟のロドリゴは後に隣で「オルネライア」を作ることになります。
 83年、ボルゲリの白とロゼだけがDOCに昇格。当時はカベルネ・ソーヴィニヨンはDOCの対象外でした。サシカイアとボルゲリ・スペリオーレの赤がDOCに昇格したのは1994年。サシカイアは唯一の一社生産地呼称となります。
 サシカイアの名は、当時それぞれの土地を小作人達が各々命名していた名称をそのまま採用。「石が一杯ある」という意味で、植物がうまく育たないことから名付けられたもの。決していい意味ではなかったそうです。
 収穫は九月の中頃から一ヶ月かけて三回に分けて行します。十月下旬までタンク内で発酵させ、フレンチオークで二年間熟成、瓶詰め後六ヶ月寝かせてから出荷。収穫から市場に出るまで二年半かかることになります。セラーには樽が600本。一樽225Lのバリック(300本分)で、3%だけ甘味を加える意味でアメリカンオーク使用。新樽は1/3、三回使って他へ転売。樽は三ヶ月ごと澱引き。セラーの温度は12度。

 99年物をテイスティング。さすがに微妙な風味は分かりませんでしたが、質の高いカベルネであることは直感的に理解できます。少ししか注がれていなくてもグラスの底が見えないほど濃厚な赤紫。エレガントさを重視し、野菜などの持つ青っぽい香りがあるところが、米国のカベルネと違うところなのだそうです。ちなみに98年物はとてもパワフル、99年は後味が長く、2000年は前年より暑かった。2002年は雨が多かったがここはそれほどでもなかったそうです。いずれにしてもここでは、海と山に囲まれていて、山が北風をさえぎり、海が温度を一定に保つことから、暑すぎることも寒すぎることもなく、ビンテージのばらつきは少ないとのこと。
 従業員はいつもいるのは4名ですが、収穫期には20人まで増えます。今いる醸造責任者は91年からここで仕事をしていますが、彼にとって一番好きなビンテージは98年とのこと。97年よりも骨格がしっかりしていて、10年後にはその評価ははっきりとしたものとなるだろうとのことでした。
 サシカイアの特徴は酸がエレガントであること。これは土壌によるところが大きく、そこが米国のものと違う点だと強調されていました。食事と一緒に飲むことが望ましく、特にイノシシの肉がお薦めだそうです。


  五時二十分頃サシカイアを離れてサン・ヴィンツェンツォのホテル「RIVA DEGLI ETRUSCHI」へ。着いてみるとコテージのように各部屋は別々の棟に分かれていました。暖房も効いていてシチリアのホテルよりは過ごしやすいのですが、食事を取るのに寒い中外を歩いていかなくてはならないのが難点。部屋に入り、落ち着いて熱を計ると37.4度。薬が切れてきたのか少し上がり気味。
 七時半からB棟でディナー。部屋を後にする際、二重になっている出入り口の内側の扉のノブが引っ張った途端に外れてしまい焦る。とりあえずむりやり元に戻しておきました。いい加減〜。
 食前酒はスプマンテ「MASOTTINA PROSECCO VALDOBBIADENE」。メニューは具沢山の野菜スープとマカロニ状のパスタ。そして子牛のステーキ。ステーキは塩だけかけて網焼きしたシンプルなもの。一月の誕生日の方が今回五人もいらっしゃるとのことで、赤ワインはその方々に選んでもらう。もっともTさんが私の薦めで選んだ「ティニャネロ97」は70ユーロとなかなかリーズナブルだったのだが売り切れ。Y家の奥さんの選んだのは「POGGIO ROSSO CHIANTI CLASSICO 98」。こちらは色も濃く少し酸味が強くやや青っぽい印象。もう一本はTさんの選んだ「CARPINETO BRUNELLO DI MONTALCINO 90」。さすがに年を経たブルネロということで、底の広いデカンターに移してから試飲。柔らかくて熟成感も手頃といったイメージ。あくまでイメージです。なにしろ鼻が利かないので……。

 「POGGIO ROSSO CHIANTI CLASSICO 98」

 ウェイターはかなり陽気な方で、給仕の最中も楽しげに歌っていました。こんなところがなんとなくイタリアっぽい。サシカイアのビンテージ物などを見せてくれたのですが、あくまで「見せるだけ」というのが傑作です。
 ドルチェと紅茶を頂いた後十時頃部屋へ。鍵で扉を開けようとしたが開かない! どうしたことだこれは? どうやら二回回すことができてしまうので、鍵を入れて回す方向を間違えると二回逆に回さないと開かないのでした。なかなかそれに気付かず焦る。何とか部屋に入り、熱を計ると37.2度とあまり変わらず。これはいい傾向なのだろうと勝手に思うことに。また寝汗をかいて調子を崩さなければ良いのですが……。


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