「クリュグ・ビンテージ」89年



 「シャンパンでこれぞ極め付きの一本を選んでもらうとすれば、それは多分クリュグになるだろう」……山本博「シャンパン物語」にもあるように、シャンパンの第一級品といえば何をさておいてもこの「クリュグ」になる、ということは結構前から知っていました。確か漫画「美味しんぼ」にも、シャンパンのイメージを変える名品として紹介されていたはず。発酵を今でも木樽で行っており、しかも仕込むのは最上の葡萄の初搾り物しか使わないという徹底した伝統的なワイン作り。出来上がったワインは少なくとも5年は寝かせる云々……。
 2年ほど前にもグラン・キュベを飲んだんだけど、香りが強くて酸味も結構感じるなと思ったくらいで、実はそれほど強い印象は残らなかったのでした。「ボランジェ」のようなコクのあるタイプというよりは、「ドン・ペリニヨン」のような割とスッキリ辛口系のシャンパーニュ、というイメージでした。グラン・キュベは生産の八割を占めるノン・ビンテージ物で、これはこれで6〜10年のストックされたワインからブレンドされるのだからなかなかのものなのですが……。
 しかし今回、あらためて89年物のビンテージを飲んでみてびっくり。グラン・キュベとは正直言って全くイメージが違うのでした。コクのある味わいはあの「サロン」を上回り、ナッツ香やバターのようなニュアンスは白の銘醸物と同等。翌日「サロン90年」を飲んだのだけれど、う〜、僅かながらクリュグのビンテージの方が強力かな? これはもう殆ど好みというよりその時の気分の問題なのかも知れませんが。
 クリュグにはさらにこれを上回る希少品があります。ル・メニル・シュール・オジェにあるベネディクティン修道会の古い葡萄園のシャルドネだけを使用した「クロ・ド・メニル」。クリュグのグラン・キュベもビンテージも、五割近くピノ・ノワールを使うので、こちらの方はさらに違った味のはず。お店で一本六万円で売っているのを見たことはあるんだけど……うーん。
 クリュグの創始者はドイツ人で、その歴史はそれほど古くはないそうです。マインツ生まれでフランスに帰化したジョセフ・クリュグがランスに自分の会社を作ったのが1843年(「ドン・ペリニヨン」を造るモエ・エ・シャンドン社はその100年前の1743年創立)。その孫ジョセフ二世は第一大戦後事業を引き継ぎ、その孫アンリが社長となったのが1977年。醸造長を雇わずに社長自らが酒造りに当たるという家族経営がここの特徴らしく、確かに1960年に至まで自社畑 を持っていなかったこのシャンパーニュ・メーカーの名声を支えていたのは文字通り職人の技、なのかも知れません。



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