「フェレイラ・ビンテージ・ポート」85年



 人気テレビシリーズ「刑事コロンボ」の最高傑作はどれか? ミステリ好きならそれぞれお気に入りの作品があると思います。若きスピルバーグの監督作品「構想の死角」、スター・トレックのミスター・スポックことレナード・ニモイの登場する「溶ける糸」、コロンボが犯人を逮捕しなかった唯一の作品「忘れられたスター」、スタイリッシュな「魔術師の幻想」等々、印象的な作品群が数多く並んでいますが、中でも多くの人がベストと推すのが、73年放送の「別 れのワイン」(ANY OLD PORT IN THE STORM)でしょう。私もどれか一本選べと言われたらこの作品になりますね。
 他のコロンボ作品と比べてもこのエピソードが傑出しているのは、そこに何とも表現しがたい感動があるからです。シノプシスだけ読めば、ワイナリーの経営者がワイン大事さのあまり弟を殺害するという話でしかないのだけれど、ストーリーを追っていくうち、この不幸な犯人の驚くべき才能とワインへ注ぐ愛情とに、全くワインを飲んだことのない人ですら思わず惹き込まれてしまうはず。
 ミステリ作品なので残念ながら物語の詳細はここに書くことはできないのだけど、この作品に登場するのがこのビンテージ・ポート「フェレイラ」なのです。ネタばらしにならない範囲でちよっとノベルズから引用。コロンボが経営者のエイドリアンを食事に招待する名場面 から。

 コロンボ「ところで、ディナーはいかがでした?」
  エイドリアン「最高でしたよ。ワインの選び方がまた良かった。牡蛎にモーゼル、肉料理にジンファンデルとは、実に想像力豊かでしかもすばらしい取りあわせだった。大変参考になりました。食後のワインにあなたが何を出して下さるか、私は期待で胸が高鳴る思いですよ」
 
コロンボ「じゃあ、宿題をやるつもりで……。望むらくは、ここにあれば……。フェレイラのビンテージポートだ。1945年産が欲しいのだが、あるかどうか聞いてくれ」
 エイドリアン「コロンボ君、そりゃあちょっと難しい注文だと思いますよ。私はそのビンテージポートのことはよく知っています。だが、たぶんここの酒倉にはないでしょう。たとえあったとしても、天文学的な値段になること確実です」

 このあとうやうやしくデカンターに移し替えられたポートが登場するのですが、これを初めてテレビで観たとき、まだお酒の飲めない年齢だったにもかかわらず、「こんなに丁寧に扱われるワインって一体どんな味がするんだろう……しかも高級レストランにすら滅多に置かれていないワインなんて」とまさに興味津々だったのを覚えています。ビンテージポートがポルトガル産の甘い酒精強化ワインであることなんか当然知らないので、まさに味なんて全く想像できないわけでして。結果 として大学に入ってからさっそくアルコールにハマってしまったわけですが、同じ思いを抱いた人は多いらしく、あの漫画「ソムリエ」の監修を担当した堀賢一氏も、著書「ワインの自由」の中でこう書き記しています。

 私がワインに興味を持ったきっかけは、小学生の時に観た刑事コロンボの「別 れのワイン」でした。これはカリフォルニアに実在するワイナリーがモデルになっており、この中で出てきた「ジンファンデル」というワインが、私が生まれて初めて覚えた銘柄です。ショッキングだったのは、専門家がいとも簡単に保管状態の劣ったワインを言い当ててしまうことで、「自分もいつかこうなりたい」と思ったものでした。

 というわけで、いつかは飲みたいと思っていた「フェレイラ」なのですが、これがなかなか、ワイン専門店ですら置いていない。これが手に入らないので「フォンセカ」を買ってみた、と3年ほど前に書いたのですが、実はその後偶然手に入れることができたのですね。なんと日本ではなく、出張先のハワイで! なんか意外といえば意外なトコロで出会ったものですが、まあコロンボもアメリカのテレビ番組ですから……(えらいこじつけだなあ)。
 大事にセラーに寝かせていた一本なのですが、先日たまたまミステリ好きのメンバーが集まった時に、勢いで空けてしまったのでした。前述の「ブラネール・デュクルュ」なら、やまや酒店をはじめとして手に入れることは可能ですが、今度ばかりはまた外国にでも行かないと手に入らないかも……すぐその後ネット検索も試みたけれど自分の「フォンセカ」のページしか引っ掛からなかったし。あああもしかしたらえらく勿体ないことをしてしまったのかも知れない! どうしよう!
 さてそのビンテージポート、ゆっくりとデカンターに移して味わったところ……まさに力強さと柔らかさを合わせ持ち、甘いのにべたつかず、まさに高級ブランデーとワイン独特の葡萄の香りが渾然一体となったまろやかな風味におもわず夢心地。今まで飲んだことのある「ハート」「フォンセカ」「ダウズ」 などのビンテージポートと明確にどこかどう違うのか、と言われるとむずかしいんだけど、強いてあげれば「柔らかさ」でしょうか。うまく表現できませんが、何か心を慰めてくれるような優しさを感じたのですね。思い入れの強い一本だったからということもあるでしょうけど。
 フェレイラは1751年、ポルトガルのドウロ川流域にホセ・フェレイラが設立した会社で、最大の販売量 を持つポート・メーカーのひとつ、とのこと。「ビンテージポートは必ず樽で二年寝かせた後、さらに瓶で最低10年から15年の熟成を要する。が、本領を発揮するのは20年ないし25年後のことが多く、その後も長きにわたって楽しめる」だって……ああっ、やっぱり早すぎたんだ!



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