5月


【映画】ティム・バートン「アリス・イン・ワンダーランド」

 ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」は、様々な形で映像化され、その多くは映像作家の個性を反映した傑作となっています。ディズニーの「不思議の国のアリス」は、続編「鏡の国のアリス」をも取り込んだ当時としてもかなりの意欲作で、あの星新一も「これは傑作」と太鼓判を押したとか。ディズニー作品は大抵の場合古今東西の名作を分かりやすくキャラクター化してしまうという点で、批判されることが多いように思えますが、この「不思議の国のアリス」に関しては、原作の持つナンセンスな部分を意外に忠実に絵で表現していて、決して説教臭くなく、むしろ今観ても色褪せないほどのパワフルなアニメーションではないかと思う次第であります。一方で、さらに硬質なシュールレアリズム作品にまで仕上げたのが、ディズニー作品を徹底して批判した、チェコの映像作家シュヴァンクマイエル長編「アリス」はもちろん、短編「ジャバウォッキー」も「鏡の国のアリス」に登場する詩に歌われる怪物ジャバウォックをタイトルに冠し、どこかノスタルジックでかつグロテスクな独特な雰囲気であふれています。ギャヴィン・ミラー監督の「ドリームチャイルド」では、80才になったアリスがイアン・ホルム演ずるルイス・キャロルことドジスン先生を回想する話で、今回のバートン監督の「19才になったアリス」のさらに先を行くストーリー。そして近年の作品、テリー・ギリアム監督の「ローズ・イン・タイドランド」や、ギレルモ・デル・トロ監督の「パンズ・ラビリンス」などは、まさに「不思議の国のアリス」の現代版で、空想の中に生きる少女はまさに厳しく残酷な現実と折り合いを付けなくてはならなくなります。
 さて、映像作家という点では、「シザーハンズ」から「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」に至るまで、どこか常人とは反転した独特の世界観を持つティム・バートン。そして「エド・ウッド」から「スウィーニー・トッド」に至るまで堂々と奇人を演じて見せてきたジョニー・デップとの組み合わせとなれば、これはかなり期待してしまうところではあります。
 ストーリー的には、意外とスタンダード。19才に成長したアリスは、建前ばかりが先行する現実社会にうんざりし、再び「不思議の国」へと舞い戻る。そこで彼女をアリスと認めるのは、ジョニー・デップ演じるマッド・ハッターただ一人。独裁者「赤の女王」の操る怪物ジャバウォッキーを倒すことを運命付けられたアリスは、女王から剣を奪い返し、甲冑に身を固めて怪物へと立ち向かう…。原作の言葉遊び的なナンセンス要素は抑えられ、むしろストレートな竜と剣のファンタジーに仕上げられています。「赤の女王」と「白の女王」の対立する世界を描いているわけですが、当然ながら、敵味方共に変わり者ばかり。善玉の「白の女王」にしても、不自然なほどのカマトトぶりで、ホントにこちら側について良いものなのか今ひとつ釈然としないあたりがバートン流ではあります。最初これは引っ掛けで、「白の女王」も実は人格破綻者か、と思ったほどでした。
 キャロルの原作からエッセンスだけ取り出し、シンプルなファンタジーに仕立ててしまったあたりは少々論議の分かれるところ。どこか毒々しいところが持ち味のバートン作品群の中では、確かに少々予想以上に甘口かも。アリスが貴族との結婚を拒否し、中国貿易に乗り出すあたりは少々史実を無視して現代風にアレンジしすぎたのでは? と思わずにはいられません。もっとも、やたらと騒ぎ回っているキャラクター達の中で、主人公であるアリスが始終不機嫌そうな顔をしているあたりは、当初ミスキャストかなと思ったものの、逆に振り返ってみると「らしくて良いかも」と感じてしまいました。現実社会の嘘臭さも、空想世界の仰々しさも、彼女を本気で微笑ませるには至らない…まさに「不機嫌さ」は現代のキーワードかも。


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