【映画】クリストファー・ノーラン「オッペンハイマー」
2023年7月に公開され、世界中で大ヒットし、アカデミー賞を受賞した後、2024年3月末にやっと日本公開となった、クリストファー・ノーランの最新作。正直なところ、この作品の日本公開がなぜここまで遅らされたのか、作品を観た後でもさっぱり分かりません。むしろ「ゴジラ-1.0」とタイミングを合わせて公開されるべきだったと、つくづく思うのです。「ゴジラ-1.0」の中では何故かひと言も語られることのなかった「広島・長崎」が、この作品の中ではひたすら連呼されています。
第二次大戦下で、マンハッタン計画でのロスアラモス研究所初代所長に抜擢されたアメリカのユダヤ系物理学者、ロバート・オッペンハイマーの後半生を描く、三時間の大作映画。原爆開発に成功した彼は、「原爆の父」として名声を得たものの、広島・長崎の惨状を知り、水爆開発に危惧を抱いて核軍縮を呼びかけるようになり、家族の周囲に元共産党員が多くいたために、赤狩りの時代にスパイ容疑をかけられ公職追放の憂き目に遭います。
冒頭から、いきなり時間軸をある意味無視して、オッペンハイマーの密室での聴聞会とそこからさかのぼる本人の回想シーンはカラーで、後に開かれた、彼と敵対する原子力委員会委員長のストローズの公聴会はモノクロで、しかもそれが交互に描かれるというかなり複雑な構造となっています。こんな分かりにくい会話ばかりの展開で、よく当たったなあと正直最初は思ってしまったくらい。会話のスピードも速いし、物語の進行も速いので、三時間という長時間の大作なのに、こちらが置いて行かれるのではと感じるほど。まるでダイジェスト版のように、細部を敢えて省略していくような進め方なのに、「メメント」「インソムニア」「インセプション」等、記憶や夢、無意識を積極的に映像化してきたノーラン作品だけのことはあって、所々に主人公の妄想や記憶が実体化されるようなシーンが混じっており、なかなか飽きさせません。物理学の数式は楽譜のようなものだ、とボーアが語るシーンの後に、光の乱舞や音楽を感じる主人公の内面が映像化されたり、聴聞会の途中で女性と一緒に裸でいたことを思い出すとその場で主人公が裸になってしまったりするところなどは、ノーラン風のエンターテイメント作品だと感心してしまいました。
冒頭、ストローズの仲介のもと、オッペンハイマーがアインシュタインを訪ね、広い庭で池に餌を撒いているアインシュタインの帽子が飛び、それを拾うオッペンハイマーをアインシュタインが笑顔で招くシーンがあります。それを見ていたストローズがその場へ近付くと、不機嫌な顔となったアインシュタインが彼の横を無言で通り過ぎ、会話の内容が分からなかったストローズはオッペンハイマーに対して疑念を抱くことになるわけですが、この会話が物語の最後に明かされ、それ自体が映画のラストをしっかりと締めくくると共に、長い映画のテーマが明らかとなるあたりは、まさに圧巻でありました。「オッペンハイマーの物語は私たち全員にかかわるものです」と、パンフレットに記載されたインタビューの中でノーランは語っていますが、まさに最後の最後で、納得されられた次第であります。
【小説/ドラマ】劉慈欣「三体」
評判が良く2019年版「SFが読みたい」で海外編No.1を獲得したのを見て、『三体』小説版を購入したのが2019年の7月、冒頭の文化大革命のくだりは実に印象的で、その時に半分以上まで読み進めていたはずなのに、正直途中何だかよく分からなくなり挫折したまま放っていた作品でした。いや正直この話どこへどう向かって行くのかよく分からなかったもので……。
しかしこの春、Netflixで新作ドラマとして紹介されていたのをきっかけに、まずドラマを観たら結構分かりやすくて面白く、それに伴い途中で挫折していた小説版も一気に読み通した、ということなのでした。もっともドラマ編も小説編も「続く……」というオチだったので、正直傑作と言うかどうか以前になかなか評価が定めにくい作品ではあるのですが……。
単純にストーリーをかいつまんで言えば、より進化した宇宙人が地球に攻めてくることになってまあどうしよう、という話なのであります。その意味ではウェルズのSF小説「宇宙戦争」、そしてローランド・エミリッヒ監督のSF映画「インディペンデンス・デイ」の延長線上にあるオーソドックなエイリアン物ではあるのですが、「宇宙戦争」の宇宙人が地球上のウィルス(というか病原菌)にあっさりとやられ、「インディペンデンス・デイ」の宇宙人が地球人の創ったコンピューター・ウィルス(Mac用?)にあっさりとやられてしまったのに対し、進化した生物ならもっと本格的で無敵な技術で襲ってくるはず、という当然の設定の元に練り直された結果、世界を席巻する中国発のSF大作となったというわけです。
正直なところ、原作ではある意味展開が非常にまどろっこしいので、そもそもこれが異星人侵略の話なのかどうか分からないまま話が進んでいきます。その意味では、原作の出だしのインパクトからそのまま二部・三部のエッセンスも加えつつ一時間×八話のドラマに仕上げたNetflix版ドラマは、入門編としてとても分かりやすく入りやすかったです。もっとも登場人物がキャラも名前も全然違っていて、全編中国人の登場人物となっている原作に対し、Netflix版では主要キャラクターが白人や黒人、アジア人などに振り分けられていて、より幅広い世界観にしているのはある意味納得のいくリライトなのかも知れません。むしろこれだけの大騒ぎで舞台が中国だけに限られるのは不自然です。というものの、より原作に近い人物配置となっているWOWOWの中国版ドラマも観てみたい気がしますが……。
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