「シャトー・ラトゥール」1929年



 年末の楽しみの一つが、シノワのプレステージワイン会に参加すること。今回のテーマは「1920年代ボルドー」。2010年に味わった「シャトー・オー・ブリオン1929年」が非常に印象に残っているのですが、今回は6つのアイテム全てが1920年代という豪華なもの。殆ど入手できないか、できたとしても1本数十万円近いレア物です。これはもう参加するしか…。

 

↑左から…
 「シャトー・グリュオー・ラローズ1920年」
 「シャトー・パルメ1924年」
 「シャトー・オー・ブリオン1925年」
 「シャトー・マルゴー1926年」
 「シャトー・ムートン・ロートシルト1928年」
 「シャトー・ラトゥール1929年」


 1800年代のワインも今飲むことができる…というのは話には聞いたことがありますが、実際に飲んだことのあるのは1928-1929年の物が一番古いものでした。1920年ものとなると、およそ100年前のワインということになります。果たしてどんな味がすることやら…。
 ところで、1920年代のワインは、1930年代のワインに比べてまだ手に入るのだとか。1929年の世界大恐慌を受けて、経済的な打撃が欧米を襲い、大量のストックが残されたことが逆に幸いし、1928-29年の黄金のヴィンテージが残されたわけです。逆に1930年代は3回の凶作に見舞われ、シャトーが捨て値で売りに出され、結果として本格的な原産地統制呼称の導入を招きました。ワインのヴィンテージは、自然現象と歴史的変化の両方の影響を多大に受けるのだと言えそうです。

 まずは最初の一杯、「シャトー・グリュオー・ラローズ1920年」。アメリカで禁酒法が施行された、少ない生産量と高い品質のヴィンテージ。「シャトー・グリュオー・ラローズ」と言えば、格付シャトーの中でもとびきり厚みのある風味を持っているという印象があります。何人かのソムリエさんからも、かなり古いヴィンテージを味わったと聞いたことがあり、いかにも長命なワインというイメージ。1935年に「ベトマン」「サルジェ」が統合される前の、「グリュオー・ラローズ・サルジェ」物。さてその味わいは…。
 見た目はブルゴーニュよりも明るいのではと思わせるような透明感のあるルビー色。熟成ボルドーはガーネットとされていますが、さすがにここまで来ると濃い色調は淡く落ち着いてくるようです。店内はあまり明るくないので、色の判定は自信がないのですが、それにしても鮮やかで、くすんだレンガ色を想像していると虚を突かれます。香りも華やかで、若干のムスクにラズベリー、カシス、ブラックオリーヴの甘い香りが感じられ、まさに飲み頃のブルゴーニュの古酒を想起させる香りです。ひたすら澄んでいて、今まで飲んだグリュオー・ラローズのあの獣っぽい、肉っぽい風味はあまりありません。むしろ甘味のある果実の風味で、90年以上経っているのに果実香があること自体が不思議でした。タンニンは落ち着き、ボディも軽めですが、味わいは舌に長く残ります。タンニンよりもその他のエキス分よりも、酸が一番残るということなのでしょうか。ちなみに1時間ほど経つと、香りのニュアンスが変わり、どこかドライフラワー、ドライハーブのような風味になっていきました。

 2杯目は「シャトー・パルメ1924年」。黒のラベルは殆ど文字が見えません。1924年は夏は雨が多かったものの秋は好天が続いた豊作の年。大恐慌のあおりを受けて1930年代に売られてしまう前の、ペレール家所有時のパルメです。
 こちらも明るいルビー色で、縁にオレンジのニュアンス。香りはやはりカシスやアニスの甘さが感じられるものの、グリュオー・ラローズ1920年に比べやや重々しく、肉っぽい風味も感じられました。こちらもブルゴーニュ古酒の雰囲気があり、味については酸の印象が強いのですが、グリュオーよりも若干タンニンを感じました。良質の紅茶のようななめらかな味わい。1時間置いてもまだ甘さが残りました。

 3杯目は「シャトー・オー・ブリオン1925年」。以前に「シャトー・オー・ブリオン1929年」を頂きましたが、まさにその時と同様、コーヒーを思わせるような濃い色調に驚かされます。前2杯と異なり、やや暗いガーネットの色調で、香りは重く、まるで黒糖のよう。ある意味その香りも果実と言うより砂糖やキャラメル、シナモンの甘さが感じられました。これはやはり造り方に由来するものなのか…。濃い色調と甘い香りに比べて、味わいの方はむしろ控えめ、旨味は感じられるものの、酸やタンニンはむしろ前2杯に比べ少ない印象でした。甘味のある香りは1時間経っても健在で、その意味でもなんとも不思議な味わい。マイケル・ブロードベントも著書「ヴィンテージワイン必携」の中で、1924年、1926年、1929年について、それぞれ「かなり深い色、甘く芳ばしいブーケ」「その香りと味わいは独特で、総体的にメドックの1級とは全く異なる。豊かな香り」「今もとても深い豊かな色。焦臭をつけたグラーヴの香り」と述べているので、やはり1920年代のオー・ブリオンは独特の色調と香りがあるということなのでしょう。

 4杯目は「シャトー・マルゴー1926年」。収穫は少なく品質の高い「偉大な年」。「マルゴー」も比較的荒廃していた1870年代から復活し、1924年に「Mise en bouteille au chateau(シャトー元詰め)」表示を初めて義務づけた後の優良品。ソムリエさんは今回の6本の中ではこれが一番お薦めとのことでした。
 色は深いルビーで、縁はオレンジ。非常に「上品」としか表現しようのない香り。ダージリン、バラ、そして若干のムスク。先の3つの個性的なワインに比べると、どこか大人しくデリケート、まさにフィネスの極み。「澄んだ」「瑞々しい」としか言い様のない香りでしたが、味わいは深く、しっかりしている印象。マルゴーの持つ女性的なイメージとは異なり、しっかりタンニンを感じさせてくれる味わい。まさに上質な紅茶を思わせるような後味でした。

 5杯目は「シャトー・ムートン・ロートシルト1928年」「シヤトー・ムートン・ロートシルト」といえば、毎年ラベルのデザインを有名な芸術家が描くことで有名ですが、絵画ラベルが始まったのは1945年以後のこと(正確には1924年のみ、ジャン・カルリュというキュビズムの画家がラベルを描いていますが)。1928年のラベルはシンボルマークに馴染みのあるロゴというシンプルな物です。こちらもどちらかというとしっかりした風味のあるボルドーという印象ですが、タンニンが強く、1920年代で最も長命とされる黄金の1928年物の味わいはいかに…。
 深みのあるルビー色にオレンジの縁、香りを確認してみると、紅茶やドライフラワーの香りの中に、どこか青っぽいグリーンな香りを見つけてびっくり。90年近い時を経てまだ青みが残るとは信じられませんが、先のマルゴー1926年に比べ色も香りも濃く、ここあたりになるとやはり「ボルドーらしさ」を感じます。噛みしめたくなるような口当たり、若干のタンニンの苦渋味が、ひきしまった印象を与えます。暖かみのある香りに、厳しさのある味わいがからまって、逆にすいすいと飲めてしまいそうなバランスの良さを備えています。抵抗感のない割に後味が長く残るワインでした。

 最後の一杯が「シャトー・ラトゥール1929年」。1928年と双璧とされる1929年は、対照的に平均的な収穫量と絶妙にバランスの取れた味わいが魅力のヴィンテージとされています。「シャトー・ラトゥール」は、五大シャトーの中では抜群の安定感を誇る逸品。ヴィンテージに限らず良質な味わいを常に維持するとされていますが、世紀のヴィンテージとなればさぞかし…。
 深みのあるルビー色は、ムートン1928年よりも濃いめで、まさに独特としか言い様のない甘酸っぱい香りが非常に印象的でした。ハチミツ、バニラ、アップルティーなどが複雑に混ざったような、ある意味表現しにくい独特の香りでした。目の覚めるようなインパクトがあるものの、決して不自然な香りではなく、それでいて若い赤ワインには決して感じたことのない香りでした。味わってみるとしっかりした酸とタンニンとアルコールが感じられ、複雑な、それでいてパワフルな、ある意味まだ若さを感じさせるワインでした。

 今回のまさにレア物の6本を振り返ってみると、まず色が濃くて驚いたのが「オー・ブリオン」、そして「ラトゥール」。香りが特徴的で印象に残ったのがやはり「オー・ブリオン」の甘さと「ラトゥール」の甘酸っぱさ。味わいが印象的なのが「パルメ」「マルゴー」「ラトゥール」。逆に「グリュオー・ラローズ」と「オー・ブリオン」は香りと味のギャップが面白いかと。バランスの良さは「マルゴー」「ムートン」「ラトゥール」でしょうか。その意味で総合点は「ラトゥール1929年」が第1位かなと思った次第ですが、このクラスになると順位付けはあまり意味がないかも。

 さて、このクラスのワインとなると気になるのがコルクの状態です。以前に試飲した「シュヴァル・ブラン1928年」「シャトー・オー・ブリオン1929年」はリコルクなしと伺っていたのですが…。コルクを見せて頂くと、殆どが既にボロボロに崩れています。抜栓の際には、既に形が保てないので、パニエに寝かせてコルクの破片が流れ込まないよう注意しながら、ソムリエナイフの先で少しずつ取り出していったのだそうです。このクラスとなるとリコルクのあり・なしは判定しずらいとのことですが、少なくとも「マルゴー」「パルメ」「オー・ブリオン」はリコルクなしと思われますとのことでした。

 
 ↑コルクはまさにボロボロ。

 1920年代ボルドーは水とパンだけで味わいましたが、それだけではやはり味気ないということで、エゾジカのロースト・山葡萄ソース「DRCリシュブール2009」をグラスで追加注文。いくら何でも若すぎますが、この日だけの特別グラス(ボトルの一部が余ったため)なので…。リシュブールはさすがに力強く、濃いルビー色に強いベリー香、DRCならではの濃密なピノ・ノワールの味わい。凝縮感と複雑味が半端ではありません。
 最後のデザートワインは、ルピアックの貴腐ワイン「シャトー・ドーフィネ・ロンディロン2003年」を。10年熟成ではやはりまだまだ若いかも。ハチミツの甘さの中に樹脂っぽいニュアンスか感じられ、後には豊かな甘さの中にグレープフルーツの苦味が混じります。年に一度の贅沢ですが、今年も満足のいく締め括りを迎えることができました!



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