「シャトー・ペトリュス」81年



 ついに、というか結局開けてしまった「ペトリュス」であります。
 聖ペトロの描かれたラベル、ポムロールで一番高価な取引価格、粘土質土壌なのに最高品質「マーキュリー・ライジング」でブルース・ウィルスがラッパ飲みした代物。そしてあの「ハンニバル」のレクター博士の愛好するワイン。いよいよ映画も公開されるようで、原作に対して疑問もないわけでもないけれど、やっぱり楽しみにはしているのでありました。
 さすがにまあまあどうぞと軽く薦められるものでもないので、人数を集めてお金をはらってもらうという、「ワインのばか」(二年前にやっていた某深夜番組)のワイン男爵が聞いたら怒りそうな飲み方をしてしまったわけですが、81年という微妙な年……グレートビンテージではないが、名のあるシャトー物なら今が飲み頃とされていることを考慮して……何はともあれ、飲んでみないことには偉そうなことはいえないとばかり、クリスマスだし!(意味不明)ということで抜栓したのでした。
 81年物としては、以前に「シャトー・コスデストゥルネル」を飲んだことがありますが、古いビンテージとは思えないくらい力強さを残していました。ならば、このペトリュスは……?
 少しグラスに注いでみる……深いガーネットにややレンガ色が混じる……もっと濃厚な色を想像していたのですが、ある意味おそらく今まで飲んだもののなかで最も「血の色」に近いような。少し熟成を感じさせる色調……しかし香りは、驚くことにどちらかというと「青い」のでした。どこか枯れ草やハーブを思わせるようなグリーンな香り。しかし20年近く寝かせて置いてまだ若いなんて……オリのあることを考えに入れて注意深くデカンテーション。しばらく置く必要を感じたので、その場はいったん別のカリフォルニアのメルロー「ダックホーン・ビンヤード」を開けて待つことに。
 一時間ほどして再びグラスに。かなり香りは丸くなってどこか甘く花のようなニュアンスが。スワリングするに従って微妙に変化していく……うーん、これはかなり厄介なワインかも。どの段階で飲んだら良いのやら
 メルローの持つ独特の舌触りの良さも手伝って、内心困惑するほどすいすいと飲めてしまうのですが、これは多分ボトルを開けてから半日くらい時間をかけて変化を楽しむきわめてスノッブな……貴族的な飲み物のようで、そういう意味ではレクター博士のようにヘンリー八世の音楽でもかけながら一人唇を赤く染めるというのは案外ハマっているのかも知れない。あんまし楽しくはなさそうだけど
 「レクター博士は嫌いな人間は食べちゃうようだが、嫌いな人間を自分の血肉にしたいと思うかな」なんて物騒な話題にもなったわけですが、この血の色をしたワインには、殉教者聖ペテロの肖像とも相まって、そんな血生臭い物を連想させるものがあります。考えてみれば、キリスト教自体血とワインが結びついた宗教だし。ただ、このデリケートな香りのワインに料理を合わせるのは難しい気がします。手元にある「ボルドーワイン・セレクション」には、キジのローストが合うとありますが、キジの肉が手に入らなかったので、トリュフのスライスを添えた地鶏のローストやら、タンシチューやら用意はしたのですが……鳥肉を軽くローストした後に蒸してクリームを加えて少し味を丸く仕立てたタイプの物が、結果として一番合っていたような気も。これはビンテージ物のブルゴーニュを飲んだ時にも思ったんだけど、純粋な意味で香りを楽しむのなら、手を加えた料理はあまり必要がないような気がします。感覚を麻痺させないシンプルな物で充分。むしろカリフォルニアの苦渋味もしっかりあってボディも強いものの方が、手の込んだスパイシーな肉料理と一緒に口に入れて丁度マッチするのかも。
 「ハンニバル」はある意味、一流のシェフを自認する美食家レクター博士と、食肉加工会社のメイスンの対立に暗示されるように、肉食人種の物語だと言えましょう。レクターの精神の根底には、審美主義と生臭さとが同居している……「血と蜜の味」の象徴でもある「シャトー・ペトリュス」と「シャトー・ディケム」を続けて飲むという形で表現されているように。ああ、やっぱりムリしてでも両方一度に開けるんだった……(コラコラ)。



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